ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #16 『The Train and the River』

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フュージョン界のゴッドファーザーと言われていたラリー・コリエルが突然死してしまった。筆者の大好きなフィリップ・カテリーンとのデュオアルバムから<The Train and The River>を解説するとともにコリエルの偉業やフュージョンの歴史も解説。

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Poo at ジョージ大塚「マラカイボ・コーンポーン」セッション

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1978年5月、NYサウンド・アイディア・スタジオでのジョージ大塚「マラカイボ・コーンポーン」をプロデュースする菊地雅章。多くの “ECMアーチスト” が参加した。

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修「男の約束」

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「アレックス君、そんな気分になったらいつでも連絡して来なさい。僕が注射してコロッとあの世に飛べるようにしてあげるよ」と云い、「Bitte! その時は頼みますよ」と二人は大笑いしていたことが今は懐かしい。

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修 「ありがとうございました」

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胃の検査でバリウムを飲まされ その後直ぐ食事をご馳走して頂き酒をガンガン飲まされたりと、、楽しい思い出になってしまいました。

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修「プーさんなりの謝意の表し方」

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そちらではプーさんや富樫さん、高柳さんらが待ち構えていたのでしょうね。録音機材はお持ちになりましたか?

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修
「ライブにはいつもドクター・ジャズ・内田先生が!」 

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その際の村上寛が僕に言った「先生はお元気だ!助平だもの!」に妙に納得、それで先生は長生きされたんだなぁ~。

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修 「ドクター内田の死を悼む」

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もし、スイスで私が内田さんと巡り会わなければ、私のカメラは故障したままだったろうし、ルイ・アームストロングの姿も幻のままで終わることになっただろう。

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追悼 ”Dr.Jazz” 内田修「お茶目で本当に可愛らしいお人柄」

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名古屋でもあまり外出されなくなった先生と、久しぶりに電話でお話しした時、「もう私も夫もすっかり年取って、夫なんか60歳すぎました!おじいちゃんですよ」と私が話したら、「そんな風に言っちゃいけないよ」と諭された。

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追悼 “Dr.Jazz” 内田修 「先生の笑顔に花束を」

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『新鮮組』(日本コロンビア) を制作して日本ツアーを行い名古屋の「ラブリー」に出演した際に内田先生が聴きに来てくださって演奏をほめて下さり<あなたも女だてらにすごいねー>とあきれられたことから始まる。

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#99 追悼 “Dr.Jazz” 内田修 「神の園へ」

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いまは「神の国」で、楽しく高柳さん、金井さん、宮沢昭さん、プーさんらと、心ゆくまで、スイングしていることでせう。
 

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#1368 『内田修ジャズコレクション CHRONICLE』

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“Dr.Jazz”こと内田修先生の訃報と時を同じくして届けられた。岡崎市制100周年の記念事業として編まれたものだから、刊行が先生の死と相前後したのはまったくの偶然だろうが、先生はこの労作の完成を目にされたのだろうか。

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RIP ルディ・ヴァン・ゲルダー

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生涯に録音したアルバムは2000作を超えるという。その足跡を辿ることはモダンジャズの歴史を紐解くことになろう。

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ルディ・ヴァン・ゲルダー 追悼            

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多くのエンジニアが挑戦したであろうルディ・ヴァン・ゲルダー・サウンドは、これで終わった。真似しても真似できなかった。

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Farewell to Mr. Rudy Van Gelder

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2016年8月25日、ルディ・ヴァン・ゲルダーが逝ってしまった。1989年4月25日に初めて、その伝説的なスタジオで撮影をするチャンスを頂いて以来の日々が、走馬燈の如く駆け巡った。最後にお会いしたのは、2014年のジャズ・アット・リンカーン・センターのディジース・クラブ・コカコーラで開催されたプレステッジ・レコード創立60周年記念パーティで、ヴァン・ゲルダーの90歳のバースディ・イヴェントでもあった。側近のドン・シックラー夫妻に付き添われ車椅子に座っていたが、相変わらず眼光鋭く矍鑠となさっていた。長年のご厚誼に感謝し、ご冥福をお祈りしたい。

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#149 ルディ・ヴァン・ゲルダー 〜インパルス・イヤー、クリード・テイラーを語る〜

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インパルス・イヤーは、とても重要だ。それは、コルトレーンのレコーディングが出来たことに尽きる。コルトレーンと共にモダン・ジャズ史に輝く作品を創りあげることが出来たのは、大きな自信となり、とても感謝している。コルトレーンが私を選んでくれ、共に過ごした時間は何にも代えがたい。私のキャリアにおいて、比類のない経験だった。

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ルディ・ヴァン・ゲルダーの思い出

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最後の音が消えフェーダーが下された瞬間、緊張から解放されたバンドから大きな笑いがはじけ、ずっと神妙な表情を続けていたルディの顔から初めて笑みが漏れた。ケイコさんと僕は拍手で彼らの健闘を称えた。ラッカー盤にルディが自分の名前を刻み込んですべてが終わった。

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#86 「ヴァン・ゲルダー決定盤 101」

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ジャズ喫茶で名盤に耳を傾け、新譜を追いかけたファンにはあの肉迫するスリリングでダイナミックなヴァン・ゲルダー・サウンドがまざまざと蘇ってくるだろうが、ヘッドフォンやイアフォン主体のデジタル世代の若者にはゲルダー・サウンドはどのように響いているのだろうか。

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RIP トゥーツ・シールマンス

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ギターと口笛のユニゾンは評判をとったが、晩年ますます味わいを増したハーモニカがやはりトゥーツのトレードマークだった。

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巨匠トゥーツ・シールマンス逝く 

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ジャズを愉しむ余裕のあるファンならば、ほぼ例外なくこのハーモニカ親父(爺さん)の愛称を持つ名匠(口笛の名手でもある)の音楽が好きで、ぼくの周辺で彼を嫌いだなどという輩には、まだお目にかかったことがない。

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追悼 : Toots Thielemans

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photo & caption

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #10『Obi』

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トゥーツ・シールマンズが逝ってしまった。ブラジル音楽をこよなく愛したトゥーツの『The Brazilian Project』、その中からジャヴァンの名曲のひとつ、<Obi>を解説。ジャヴァンの卓越した作曲法と、トゥーツのハイレベルなブラジル音楽の理解度に焦点を当ててみた。

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トゥーツ・シールマンス @ベルリンジャズ祭2004

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2004年のベルリン・ジャズ祭、リシャール・ガリアーノのニューヨーク・トリオのゲストがトゥーツ・シールマンスだった。色彩感溢れ、どこまでも情感豊かに聴かせる息のあった名コンビぶりからは、とても2度目の共演とは思えない。演奏の合間にシールマンスがベルリン・ジャズ祭にまつわる思い出として語ったのは、ジャコ・パストリアスのことだった。

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A day in the life of Poo, March 22, 1987

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ある日の菊地 Poo 雅章(1987年3月22日@NY ブルックリン グリーンポイント クラッカー・ジャップ・スタジオ)

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ジェレミー・スタイグ 9.23.1942 ~ 4.13.2016

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ミュージシャンの死亡記事を目にするのが嫌いだったジェレミーの遺言で、彼の死亡は死後半月後に公告され、NYタイムスが取り上げたのも6月2日付けだった。

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Jeremy Steig at home in Yokohama in 2013

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photo:Yu KUSANO 草野 裕

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#97 追悼 ジェレミー・スタイグ

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ほんの1週間前の、ヘロヘロ苦汁のエヴァンスとはまったく別人かと思わせるほどの活性化である。明白に、スタイグは、トリオを凄まじくも。扇情的にあおり続ける。ゴメスとマーティ・モレルは、ただただリズムを正確に刻んでさえいれば、用が足りた。

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『What’s New at F』

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私の関わらせていただいた録りの中でも、これほど一気に我々スタッフのお腹の中をもエグるように通り過ぎて行ったライヴ録音は無かったのではないでしょうか。及川氏の凄技をいっぱいソバで見てきましたが痛烈に印象深い録りの一つです。

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Flute Fever

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ジャズ・フルート奏者のソロをどれか1曲だけ聴くなら、ジェレミー・スタイグの<オレオ>に限る、ということだ。この衝動を抑えきれない演奏のスピリットはいつの時代にあっても(そして今後も)最高のジャズ・フルート・ソロの1つの典型であり、われわれすべての者にとってのギフトだからだ。

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ジェレミー・スタイグの思い出

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唯一、鮮明に覚えていることは『What’s New』に関する質問への答え。「あの、セッションは計画されたものではなかったんだよ。

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #8 追悼ジェレミー・スタイグ

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ジェレミー・スタイグが亡くなってしまった

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#283 『ジェレミー・スタイグ=エディ・ゴメス/ホワッツ・ニュー at F』

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スタイグさん、息を吹き込む雑音的な音も重要なサウンドなのだ。うなり声も重要なのだ。鬼気迫るとはこれだ..。

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#96 追悼 ガトー・バルビエリ

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と、バッタリ、ガトー・バルビエリと出会う。黒いハット、枯れ草色のコットン・ジャケットに、赤白ストライプのシャツ。 「Hi ! ガトー、たったいま『ラスト・タンゴ・イン・パリス』を観てきたよ」 ちょっと、キョトンとしていたけれども、ドン・チェリーの奥さんが、ゆっくりていねいに、伝えてくれる。

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追悼:ガトー・バルビエリ(1932年11月28日―2016年4月2日)

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そして、ガトー独自の他の誰のものでもない音楽がついに完成したのは、1973年から1975年にかけてImpulse! に残された『Latin America』4部作だと思う。

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RIP ガトー・バルビエリ

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ガトーのヴォイスは、コルトレーンの影響は別にして、つねにヤン・ガルバレクの根源に通底するものだ。叙情的な歌い方、刺激的なメロディーと活力に満ちたラインを通して僕らの魂を揺り動かし、とろけさせてしまう。

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #7 追悼 ガトー・バルビエリ〜アルバム『Fenix』を聴く

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今回の楽曲解説はいつもの楽理的な立場と少し目先を変えてみたい。筆者がなぜこのアルバムを好んでいないかというと、それはこのバンドのタイム感に対して居心地が悪くてしようがないからなのである。

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#890 エグベルト・ジスモンチ・ソロ〜ナナ・ヴァスコンセロス追悼コンサート〜

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目を閉じて音楽に聴き入ると、ジスモンチの演奏にナナ・ヴァスコンセロスのビートも聴こえてくる。ジスモンチはナナを意識しながら演奏をしている。すると、演奏が静かになった時、ピアノ以外の音が聴こえてきたような気がした。ジスモンチもピアノの向こうに身を乗り出して何か捜すように演奏をしていたが、いつしか会場の拍手の音にその気配は消されてしまった。

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ナナ・ヴァスコンセロス ECM

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唯一無二のブラジルの打楽器奏者、シンガー、ベリンバウの名手、ナナ・ヴァスコンセロスが故郷、ブラジルのレシーフェで亡くなった。享年71。(今年、エグベルトとナナはコラボを復活させ、4月には極東ツアーが組まれていた)

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フォト・アーカイヴ ロベルト・マゾッティ(Roberto Masotti)

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フォト・アーカイヴ          ノーマン・シーフ (Norman Sheef)

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ノーマン・シーフ Norman Sheef
1939年、南アフリカ・ヨハネスブルグ生まれ。
サッカー選手、医者のキャリアを捨てて、69年、映像の世界を追求するためNYに移住。渡米直後マンハッタンに生きる人々の写真で認められ、音楽家、映画俳優を撮影するチャンスに恵まれる。

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Nana meets Akiko Yano    上原 基章

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『Tokyo Music Joy ’91 / 矢野顕子 with ビル・フリゼール、ナナ・ヴァスコンセロス』。往時「Live Under The Sky」と並んで私たちに音楽の「喜び」と「驚き」を体験させてくれたフェスティバル「Tokyo Music Joy」。そのラインナップの中でも一際異彩を放っていたのが、この公演だった。

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ナナ・ヴァスコンセロス、自然へ還る

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ナナを突然失ったご家族、仲間、ファンの悲しみは計り知れない。でも、不思議と森の中へ、風になって空と海へ、ビリンバウを背負ったまま還って行ったような爽やかな印象を残す。今年のラ・フォル・ジュルネのテーマ「la nature」にしても、自然と人を媒介する存在としての音楽の素晴らしさと不思議さに気付かされる。まさにナナはそのために世界に遣わされた存在なのかも知れない。

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R.I.P. ナナ・ヴァスコンセロス

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ナナが大地に還った。
3月9日。突然。4月20日の東京での一夜限りのコンサートを控えながら。
上海のECM ジャズ・フェスではエグベルトとのデュオの録音が予定されていたという。デュオのライヴ・アルバムも惜しいとは思うが、『Dança das Cabeças』(輝く水 ECM1089 1976)以上の演奏とはどういうものなのだろう。

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AAOBB on TV – Archives

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AAOBB-All Night All

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プリンスを失ったことの痛み

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マイルス:『プリンスは例の教会的なことをやるんだ。プリンスはギターもピアノも最高にうまい(筆者:ドラムもベースもとんでもなくうまい)。だがヤツの教会的なサウンドがヤツを最もスペシャルにしてる。例のオルガンサウンドもだ。黒人のものだ。白人のものじゃない。プリンスってのはオカマ用教会みたいなもんだ(筆者:意味不明)。ヤツの音楽は夜10時11時に遊びに出かけるヤツらのための音楽だ。プリンスはビートと共にやってきて、そのビートの上で演奏する。プリンスってのはきっとセックスの時ラヴェル(筆者:近代フランス作曲家)じゃなくてドラムを頭の中で鳴らしてるに違いない。だからプリンスは白いヤツじゃないんだ。ヤツの音楽は新しく、しっかりトラディションを理解し、88年、89年、90年っとしっかりと時代を映し出す。ヤツはこのまま行ったら次世代のエリントンだぜ。』

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5/05 作曲家・シンセサイザー・アーティスト冨田勲逝く

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作曲家・シンセサイザー・アーティストの冨田勲氏(享年84)が、平成28年5月5日午後2時51分、慢性心不全のため東京都立広尾病院で逝去。

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殿下と帝王と、そしてプーさん

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マイルスとプリンスが交錯した時期、同じマイルスDNAの継承者である菊地雅章もプリンスを強く意識していたことは非常に興味深い。プーさんもその意味で、私にとっては to be continued….な存在だ。マイルスを軸としたプリンスと菊地雅章のトライアングル。未知の音への興味は尽きない。

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追想 冨田勲 オスカー・デリック・ブラウン

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私にとって冨田勲の音楽は覚めて欲しくない夢のような存在だった。
真の天才 ”冨田”。

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#1293 『菊地雅章/黒いオルフェ』

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Live Report で「僕の胸を締め付けたのは<オルフェ>と<リトル・アビ>であった」と特筆した2曲が収録されているのは殊の外嬉しい。さらに嬉しいのは、<リトル・アビ>こと愛娘・菊地あびさん撮影のスナップが9点もブックレットに使用されていること。これはこれで立派な菊地さんのフォト・ストーリーになっており、父娘共演の珍しい1作となった。

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #5『Purple Rain』

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プリンスの看板曲、パープル・レインの解説。映画との関連、この曲が発表されたライブと1年後のリリースなどにも触れ、プリンスの天才的な曲の構成、コードのヴォイシング、コード進行等を解説。

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#272 『菊地雅章/黒いオルフェ』

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東京文化会館小ホールでのライブ録音。大きな波動を感じさせるマイキングで捉え臨場感が見事。奏者の特徴的な高音部における連打が、肉厚に感じられ、これは従来の菊地雅章録音にはなかった収録の技。

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#32 Pooさんの靴

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帰り際、さすがに申し訳ないと思ったのか僕に靴とフランネルのパンツをくれた。新品ではなく菊地さんのお古。当時、菊地さんは最新流行のReebokのスニーカーを愛用していた。靴は茄子紺といったら良いのか本革のセミブーツ。お洒落好きの菊地さんらしい逸品である。

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Obituary:Vanessa Bley / ヴァネッサ・ブレイ

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大変悲しいお知らせですが、きのう私の父親が亡くなりました。以下が公式のお知らせです。父親は自宅で家族に見守られながら安らかに逝きました。

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ECM: OPEN, TO LOVE: PAUL BLEY 1932-2016

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オープン、トゥ・ラヴ:ポール・ブレイ 1932-2016
モダンジャズの歴史において変わらずもっとも創造的なインプロヴァイザーのひとりであったピアニストのポール・ブレイが逝った。享年83。

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Steve Swallow / スティーヴ・スワロウ

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ポール・ブレイの意識は私の知る誰よりも抜きん出て活発で、物事をなんでも分解することを止めず、時には分解したものを元の状態に戻すこともあれば、そのままに放置しておくこともある。

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Didier Boyet / ディディエ・ボワイエ

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私がポール・ブレイの音楽を発見したのは彼がフランスのレーベルOWLに初めて録音したアルバムで、他の多くの音楽愛好者同様、衝撃だった。

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Seiichi Sugita / 杉田誠一

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1971年6月、NYCをホーム=根拠地とし始めたPoo (菊地雅章) を訪ねる。と、そこはポール・ブレイのアパートであった。

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Natsuki Tamura / 田村夏樹

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カミさんである藤井郷子が、ニューイングランド音楽院でポールのレッスンを受け始めた。家に戻った藤井にポールとのレッスンの話を聞くのが凄く楽しみだった。

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Satoko Fujii / 藤井郷子

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ポール・ブレイの訃報はfacebookで知った。最近は、訃報はもっぱらfacebookからだ。ペットの猫の写真やランチの写真に混じって、訃報がポストされているのを見ると、不思議な気持ちになる。

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Tom Mark / トム・マーク

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ポール・ブレイのセッション(『禅パレスの思い出』『ハンズ・オン』Transheart 1993)は素晴らしかったね。いちばん大変だったのはポールに付いていくことかな。

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Roberto Masotti / ロベルト・マゾッティ

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RIP Paul Bley

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Yoshihisa Saito / 斎藤嘉久

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1999年6月、23年ぶりの来日公演を行ったポール・ブレイ。滞在中には、いくつか雑誌の取材にも応じた。その合間に、今は無き六本木WAVEの裏手にあった小さな喫茶店に彼と一緒に入った。

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Hiromi Inayoshi / 稲吉紘実

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私が武蔵野美術大学の学生時代[1970年代]、当時、国分寺にあった村上春樹のJazz Bar&喫茶 ピーターキャットに入り浸っていた。

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SMotoaki Uehara / 上原基章

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「富樫さん、ポール・ブレイとのレコーディングに興味ありますか?」
1999年の春先だっただろうか?新宿ピットインの控え室で、演奏直後の富樫さんに単刀直入に尋ねてみた。

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #4『ポール・ブレイ・トリオ/ビバップ、ビバップ、ビバップ、ビバップ』

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ポール・ブレイと言えば、我が恩師、ジョージ・ラッセルの『Jazz In The Space Age』でジョージが発掘したビル・エバンスとピアノの掛け合いをやっていたのを思うが、筆者にとってはむしろジミー・ジュフリをすぐに思い浮かべる。『The Life of a Trio』である。ジミーはジョージ・ラッセルと親しく、よく食事を共にしたのが懐かしい。ジミーとジョージの関係でポールがニューイングランド音楽学院に就任したのは1993年だったと記憶する。筆者がすでに卒業した後であった。

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Nobuyoshi Suto / 須藤伸義

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最初に買ったポール・ブレイのアルバムは、彼自身のレーベル=IAIから1974年に発表された『Jaco』だったと思う。

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#70 (Archive: Part 1) – PAUL BLEY (pianist)

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去る2008年10月25日、フィラデルフィアでポール・ブレイとドラマーのリチャード・プール(www.richardpoole.com) のデュオ・コンサートが催されると聞き思い切ってインタヴューを申しこんだ。

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#71 (Archive: Part 2) – PAUL BLEY (pianist)

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「成功できる」人は “天才”だよ。成功の秘訣は、失敗の熟知にある。最初から成功を目指すのではなく、失敗を目指した方が手っ取り早い。これが、私の提案だよ

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#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』

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高音部の余韻の減衰を微細に捉えた勇気ある録音技術に喝采!

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Andreas Schmidt / アンドレアス・シュミット

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ポール・ブレイは出かけなければならなかった。あるいは、彼を取り巻く人たちからちょっと姿を消す必要があっただけなのだ。人生を終えたわけではないのだ。

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Ethan Iverson / イーサン・アイヴァーソン

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午前3時に目が覚めた。何か変だ。アパートの部屋が寒い。とても奇妙な感じがする。不眠症にやられてコンピュータの電源を入れた。ポール・ブレイ逝去の報。

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Kenny Inaoka / 稲岡邦弥

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仕事柄、海外のミュージシャンとの付き合いは多い方だが、なかでもポール・ブレイとの付き合いは僕のキャリアと心に大きな痕跡を残している。

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Pooさんのこと

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気胸の他に悪性のものが見つかったとも漏らしていたがそれが何であるか問い詰める勇気は僕にはなかった

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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #2 〜『山本邦山/銀界』

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無理に一般概念にあるようなジャズにはしない、邦山の素晴らしさを充分に引き出せる構成に魅せられた。自分のピアノの誇示をするのではなく、まるでひとつの宇宙を完成させるような、そんなPooさんの演奏にも魅せられた。

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#192 『ポール・ブレイ/プレイ・ブルー ~ オスロ・コンサート』

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ブレイの特徴的奏法とエンジニアの超絶技法が相乗効果を生んだ高音質ピアノ録音

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#1100『ポール・ブレイ/プレイ・ブルー』

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いやさ、当時ブレイはECMアイヒャーの音の仕立てに本心は合点が行ってなかったんだと思うよ、

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#1006 『富田勲/イーハトーヴ交響曲』

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宮澤賢治の没後80年を契機に発表された作品だが、富田の中では何十年にもわたって育まれてきた思いの集大成である。300人に及ぶオーケストラとコーラスを駆使した壮大なドラマの展開を予想されがちだが、初音ミクというヴァーチャル・シンガーを起用したことにより一挙に浮力が付いた。

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