ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #15 『Nem Um Talvez』

閲覧回数 1,022 回

最初に断っておくが、上のカバー写真はネットで拾った合成写真だ。残念ながらマイルスとエルメートが一緒に写っている写真は見つけられなかった。YouTubeにエルメートが語るマイルスの有名な動画がある。エルメートが初めてマイルスに会った時、マイルスはエルメートにボクシングのスパークリングの相手をしろ、と命令したそうだ。エルメートはボクシングの経験がないだけでなく、スポーツはまるでダメと自称する。ところが、エルメートは極度の寄り目でマイルスはエルメートがどちらの方角を見ているのか判断できず、見ていないだろうと思われる方向からエルメートがマイルスに顔面パンチを食らわせてしまった。エルメートは自分の出したパンチが当たってしまって、自分の手が痛くてたまらなかったと回想する。

Hermeto Pascoal
Hermeto Pascoal (photo credit: O GLOBO)

さて、つい最近エルメート・パスコアールが来日したと聞く。羨ましい限りだ。筆者はエルメートを生で見たことがない。25年ほど前に筆者が住むボストンに来たらしいが、その頃は彼の名前すら知らなかった。彼の名前を知るようになったのはブラジル人たちとのジャムセッションでポピュラーな<Santo Antônio>(サント・アントニオ)を自分のレパートリーに加えてからだ。

エルメートは筆者の専門のフルートが飛び抜けてうまいだけでなく、ソプラノ・サックス、クラビネットとキーボード、パーカッション、とマルチ奏者だ。それに加えてあの奇抜な声だ。特異な作曲といい、彼の音楽には本当に魅せられる。そのエルメートに筆者が最初に出会ったのは、マイルスの『Live-Evil』だった。

『Live-Evil』

Live-Evil
Live-Evil

このアルバムはエレクトリック・マイルスの中でも群を抜く。ところがアメリカでの評判はまちまちであった。ローリング・ストーン誌はインタープレイを絶賛したのに対し、ダウンビート誌はだらだらと退屈だと批判したそうだ。後日ダウンビート誌はそれを撤回するような記事を出して絶賛した。いつものことである。マイルスは常に5年先を行っているので凡人にはついていけないという現象が発生してしまう。

このアルバムに関してまだまだ特筆すべきことがある。このアルバムはあの有名なD.C.のThe Cellar Doorでのライヴ収録とスタジオ録音を合わせたものだが、ジョン・マクラフリンが初めてマイルス・バンドのライヴステージに参加したアルバムだ。この3夜連続のライヴ、マクラフリンは直前にマイルスから招聘されたという。ところが、二日目まではマイルスはマクラフリンの演奏に満足できなかったという。最終日になってようやっとマイルスの思い通りのサウンドになった、とどこかのインタヴューで読んだことがある。

そしてこのアルバム、またしてもプロデューサー、テオ・マセロのマジックだ。マセロのスプライスはエレクトリック・マイルスの音楽になくてはならなかったものだが、このアルバムでのマセロの活躍はすごいものがある。オープニングのSivad(Davisを逆にスペルしたタイトル)では、<Directions>と<Honky Tonk>のライブ録音を4箇所切り貼りしただけでなく、真ん中にスタジオ録音バージョンまで挟んであるが、全く違和感がない。

しかしなんと言っても目玉はマイルスがエルメートに2曲も提供させ、参加させたことだろう。エルメートの参加に至っては、おそらくアイアートがマイルスに引き合わせたのであろうことは容易に想像がつく。エルメートが提供した1曲目はエルメートの口笛が素敵にフィーチャーされている<Little Church>、そして2曲目は後々スタンダード的扱いになった<Nem Um Talvez>(ネゥウン・タゥヴェス)、意味は「疑いもなく間違いだ」または「絶対にありえない」と言う話し言葉フレーズ。ちなみにその後に続く<Selim>は、LPでは2枚目の1曲目にあたり、<Nem Um Talvez>と同じ曲であり、そのタイトル、<Selim>はMilesを逆に綴ったものだ。

<Nem Um Talvez>(ネゥウン・タゥヴェス)

筆者はこの曲を採譜するのに非常に苦労した。この曲のスタジオ・セッションの模様は、2003年にリリースされた『The Complete Jack Johnson Session』に5テイク収録されている。困ったことに毎回違って演奏されている。メロディーにはある程度一貫性があるのだが、キース・ジャレットが弾いているオルガンのヴォイシングが、クラスターだらけなのに毎回同じでない。しかもベースのマイケル・ヘンダーソンが、ロストしているのかそれともラリっているのかかなり怪しい。『Live-Evil』に採用されたトラックのメロディーをまず採譜してみた。

Melody
Melody

面白いのは1箇所マイルスとエルメートが歌う声が合意していない部分がある(図参照)。<Nem Um Talvez>と<Selim>を聴き比べるとなんらかの合意を試みたようだが、それでもマイルスはエルメートが書いた譜面と違うメロディーを頭に描いているようだ。この採譜ではマイルスが演奏したいのだろうメロディーを採用した。

それにしてもこのメロディーはすごい。鳥肌が立つくらい美しい。この記事を書くに当たってジャック・ジョンソンのセッションからの5テイクをループして聴いていたのだが、あまりの感動で涙が出てくる程だった。図で示した3箇所の2度下降するモチーフがこの世のものとは思えない。そして最後は1小節足りない7小節フレーズというのも実におしゃれだ。

さて、ハーモニーだ。前述したようにマイケル・ヘンダーソンが怪しいので多くのコードでベース音の確信ができない。キース・ジャレットはベース音を全く弾いていないので、こうなると想像力を働かせるしかない。最初の16小節を採譜して見た。これは<Nem Um Talvez>の方で<Selim>の方ではない。全てのテイクを採譜して比べるのは老後の楽しみにでもすることにする。

Live-Evilでの演奏
Live-Evilでの演奏

エルメートが作曲した通りのコードをキース・ジャレットがどの程度弾いているのか確信できないので、コードに対する分析は控える。例えば他のテイクや曲の構成を考えても最初のコードはアイオニアンと自然に聴き取れるのに、キース・ジャレットはリディアンのヴォイシングにしている。しかもオルガンでクラスター・ヴォイシングをしているので、採譜しようとしなければ聴き取れないような響きなのだ。

<Nenhum Talvez>

Bodas De Latão
Bodas De Latão

偶然エルメート自身がピアノを弾く同一曲を手に入れた。題名は<Nem Um>ではなく<Nenhum>だが、意味は同じである。この録音はエルメートと40歳以上年下の超美人、Aline Morena(アリーニ・モエナ)との結婚記念に録音したらしい自費制作のアルバム、『Bodas De Latão』に収録されている。ただしアリーニには歌の素質がなく、今まで聴いていなかったアルバムだ。今回<Nenhum Talvez>を採譜するために聴いたが、かなりつらい。そのアリーニとも昨年2016年に離婚したらしい。しかしこの録音はエルメート自身がピアノを弾いているということで貴重な資料となった。採譜してみよう。

エルメートがピアノで弾いたものの採譜
エルメートがピアノで弾いたものの採譜

 

今回はこの記事の〆切も押しているので深く解説できないことをお許し頂きたいが、2、3特筆すべき点を挙げてみよう。調性はD♭メジャーで、最初のD♭Maj7コードが主調扱いになっている。続くB-7は5小節目で一時的にAメジャーに転調するための2度マイナーだが、続くのはドミナントのE7ではない。ドミナント音のEをベースにしてるが、コードはサブドミナントだ。続くA♭7はAMaj7に対してSubV7にあたり、スケールはMixo #11であるはずなのにエルメートはなんと♭9thをヴォイシングしている。奇抜である。それだけではない。メロディー音はアヴォイドの4度のD♭で、続く弱拍のCに対する解決感を高揚させている。このモチーフはその後も引き継がれる。16小節目のB♭7に対するメロデイーがE♭、同じモチーフで18小節目のC7に対するF。これは名曲<Stella By Starlight>で馴染みのあるアヴォイドからの解決と言う技法であある。

9小節目から約7小節間D♭メジャーのトーナリティーを続けるが、マイナー II – V を多用しているにも拘らず安っぽく聞こえず、美しいサウンドのする進行に感嘆する。このマイナー II – V のモチーフは17小節目から最後に向かう部分にも継がれるが、20小節目で意外性を突いて、マイナーの2度から明るくメジャーの5度に変更してハッとさせ、続く21小節目は、今度はリディアン#5コードのB♭Maj7(#5)でミステリアスな暗いイメージに落とし、最後のコードはなんとDMaj7、つまりモーダル・エクスチェンジである♭II Maj7コードで、意外と理論的に落ち着く。ただ、このコードに行き着くまでの7小節がとてもおしゃれだ。

スタンダード化した<Nem Um Talvez>

ジョン・マクラフリンがマハビシュヌでのライブなどで、エフェクトを駆使したソロギターでこの曲をフィーチャーしていたせいか、この曲は多くで取り上げられている。ベン・ペロウスキー(Ben Perowsky)などは自分のドラムソロをフィーチャーするためにこの曲をネフェルティティのように演奏して抜群の効果を上げた。その他でもフランクフルトのレディオ・オーケストラや、スカイマスターズと言うヨーロッパのビッグバンドがレパートリーにしているのを聴いたことがあるが、誰一人として同じフォーム、同じコード進行をしていない。つまり上記のエルメート本人のピアノ演奏が入ったアルバムを知らなければ、誰もこの曲の本当の姿を知らないと言うことだろう。

しかし筆者は何と言ってもフィリップ・カテリーンのバージョンが好きだ。彼はなんと2枚のアルバムでこの曲を収録している。最初は1987年発表の『Transparence』、そして1996年発表の『Live』だ。彼はジャズボサではなくブラジルのボサノバにとても素敵に料理している。筆者は長年の彼のファンであるが、それはまた後日時間を費やすことにする。

上記の2枚を参考にしてカテリーンがレーパートリーにしているこの曲のコード進行を採譜してみた。エルメートのオリジナルと比べてみると非常に興味深いだけでなく、カテリーンの解釈もとても美しいのでお楽しみ頂きたいと思う。

フィリップ・カテリーヌ・バージョン
フィリップ・カテリーン・バージョン → YouTube

=== アップデート ===

さて、この記事を書いてから筆者の頭の中ではこのメロディーが大宴会を開催し続けており、すっかり困ってしまったので急遽吐き出すことにした。お楽しみいただければ幸いである。また、筆者が採用したコード進行と、ついでに2本編成のメロディーにした譜面も添付することにする。

Nem Um Talvez - Hiro Honshuku version
Nem Um Talvez – Hiro Honshuku version

 

 

 

Share Button

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。昨年9月、ブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」を率い、新作CD『ハシャ・ス・マイルス』(インパートメント)発売記念ツアーを敢行、東京JAZZ他に出演。 [ホームページ:RachaFora.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

↓ ロボットでないかお知らせください。 * Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.