ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #37 Roy Hargrove <Hardgroove>

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またしても偉大なアーティストが他界してしまった。この11月2日にロイ・ハーグローヴが、なんと若干49歳であっけなく他界してしまったのだ。寡黙で病弱なイメージだったハーグローヴ、コカインの使用も知られていたので原因はそれかと思ったが、死因は腎臓炎からの心不全。なんと14歳から人工透析を受けていたそうだ。なるほど病弱なイメージの理由が理解できた。天才ハーグローヴ、深く尊敬され、若すぎる他界を広くから惜しまれ、誰もコカインのことを口にしなかった。皆ハーグローヴのレガシーを汚す必要はないと感じたのであろう。

Photo: Getty Images
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ハーグローヴが日本でどう評価されているかよくわからないのだが、アメリカでの彼の位置はかなり高い。そんな彼が亡くなったのでたっぷり時間をかけて書きたいところだが、筆者もこの師走の押し迫った時期、世間さま並みに多忙の上、今月はカナダ演奏旅行中ネットアクセスが殆どなく入稿締め切りがとっくに過ぎてしまった。急いでどこまで書けるか疑問だが、このシリーズは一回一回が長すぎるというクレームもあるので、たまには短いのも良いかもしれない。

Roy Hargrove - Habana
Roy Hargrove – Habana

ハーグローヴはマイルスのように音楽の歴史を変え続けたわけではないが、歴史に残るすごいアーティストであったことは間違いない。他の誰にもできないような感動的なバラード演奏で聴衆の心を動かすことのできるハーグローヴだか、他にも多々特筆すべきことが盛りだくさんだ。まずトランペットの腕は驚異的だ。次にハーグローヴの作編曲の力も半端じゃない。準じて彼のバンドリーダーとしての手腕も相当なものだ。だが筆者にとって何がもっとも印象的かと言えば、筆者が知る限り本物のラテン音楽のタイム感で演奏できる唯一のジャズミュージシャンだということだ。グラミーを受賞した『ハバナ』をはじめ、ハーグローヴは数多くアフロ・キューバンのグルーヴを取り入れている。そのどれもがジャズラテンではなく本物のオン・トップ・オブ・ザ・ビートのラテンのタイム感で喰いつくようにグルーヴしており、実に気持ちがいい。それに対し彼のジャズやファンクやR&Bの演奏はビハインド・ザ・ビートでスイングしまくる。一体どうやってこうもタイム感をスイッチできるのだろうか。これは練習してできるようになることではない。天才とはこういう離れ業を難なくこなす才能のことなのだろう。

ハーグローヴは練習の鬼として知られている。すごいテクニックを見せびらかすのではなく、鍛え上げたテクニックで余裕の演奏をする。マイケル・ブレッカーが言う所の実力の70%で演奏することをコンスタントに実現しグルーヴしまくる。彼はジャズの真髄を貫くようにジャムセッションにしょっちゅう顔を出していた。名を世に出してからもだ。彼のインタビューで、自分は演奏しに行くその煩わしい旅行の行程に対して報酬を受けると言っていた。病弱であったことから旅行は嫌いだったらしい。そして演奏はまるで楽しみでやっているかのようなものの言い方だった。

ハーグローヴはウィントン・マルサリスに見出された。ウィントンと言えばトラディッショナルな黒人文化としてのジャズを絶対とし、マイルスを否定し、スティングのツアーバンドに加わった兄、ブランフォードをバンドから追い出したほどの純粋派だ。そんなウィントンの目にかなったのだから当然トラディッショナルで、ハード・バッパーというカテゴリーが充てがわれた。実際彼は現代版クリフォード・ブラウンと言われ、若いのにクラーク・テリーのように熟練したような演奏で、若者らしさに欠けるという意見もある。筆者もその意見に共感するところがある。聞いていて素晴らしいグルーヴ感に身を委ねるが、熱い何かエキサイトするものを求める時に聴きたいアーティストではない。それだけに彼が2003年に始めた「The RH Factor」には度肝を抜かれた。筆者としては初めて彼の音楽に興奮したということになる。

お察しの通り筆者はハーグローヴのストレート・アヘッドなアルバムにはそれほど興味を持っていなかった。いや、そうじゃない。実は彼のやりたいことに共感できないでいたと言った方が正しい。25歳で発表した『Approaching Standards』や、31歳で発表したストリングスをフィーチャーした『Moment to Moment』などの代表作はかなりトラディショナルで、筆者としてはこういう音楽なら別に彼のアルバムではなく、クラーク・テリーやクリフォード・ブラウンのアルバムを聴きたいと思ってしまう。それに対しハーグローヴがフィーチャーされているロイ・ヘインズのチャーリー・パーカー・トリビュート・アルバム、『Birds Of A Feather』となると断然話は違う。やはりロイ・ヘインズが自分で活躍して来た時代の音楽だから、バンドのサウンドが生き生きしていて、ハーグローヴが自分の生まれる前の音楽を構成するのとはビートの活気が違うし、実際このアルバムでのハーグローヴの演奏は自分のアルバムでの演奏よりよっぽど冒険していると筆者には聞こえる。おそらくケニー・ギャレットに触発されてなのかも知れないが、アンブシュア(トランペットのマウスピースの当て方)まで違うと聞こえる。そうそう、グラミーを受賞したハービー・ハンコックとマイケル・ブレッカーとの『Directions In Music』も筆者にはお気に入りだが、この時のハーグローヴの演奏はロイ・ヘインズのアルバムより抑えている。もちろんハーグローヴ、抑えていてもガンガンにすごい。この2枚を吟味して面白いことに気が付いた。ハーグローヴもやはりランディ・ブレッカーフレーズが出る。しかし自分のストレートアヘッド系のアルバムでは出さないのだ。他人名義だと自由に暴れられるという気分になるのであろうか。それにしてもランディ・ブレッカーの影響力は本当にすごいと思う。何を隠そう筆者も随分とご利益に預かっている。

The RH Factor

ハーグローヴが「The RH Factor」のデビュー盤、『Hard Groove』をリリースしたのが2003年、ハードバッパーとしてのハーグローヴのファンは『ハバナ』の時のように一時の気の迷いと期待したそうだが、このグループは結局3アルバム録音し、2006年まで続いた。そしてその3枚目、『Distractions』の直後『Nothing Serious』でファンの期待するハード・バッパーに戻った。マイルスやグラスパーならこんなこと絶対しないだろう。このあたりが筆者がハーグローヴを理解できない部分だ。ハーグローヴが商業的成功を考えているとはとても思えない。いや、むしろ「The RH Factor」の方がより多くの聴衆を得ていたと思う。彼はアメリカでは珍しいジャンルにこだわるファンを満足させたかったのではなく、自分が本当にハード・バップ系の音楽がやりたいのであろうと考えるしかない。それはさておき、彼がなぜ突然「The RH Factor」を始めたのか、大変興味がある。彼は2000年にErykah Badu(エリカ・バドゥー)やD’Angelo(ディアンジェロ)のアルバムに参加しており、これもハード・バップファンの気を害したそうだが本人はみんな仲のいい友達だよ、とインタビューで答えていた。筆者が数点流し読みしたインタビューではあまりジャンル的なことに触れているものがなく、彼の考えは未だにはっきりしない。検索してみると彼のインタビューは意外と多いのだが、今回は時間がない。ちなみに筆者は「The RH Factor」の3枚はどれも好きだ。アルバムのカバーアートもかなり気に入っている。なぜこのまま発展して行かなかったのか、筆者としては残念でしようがない。YouTubeによると2015年にCaribian Sea Jazzに「The RH Factor」として出演しているが、新しい曲も編曲もなく、懐メロ的なのがどうも残念だ。

『Hard Groove』を初めて聞いた時思いっきりぶっ飛んだ。あまりのカッコ良さにシビれた。これがあのハーグローヴなのかと耳を疑った。まず1曲目の<Hardgroove>、何が驚いたってハーグローヴのトランペット、キース・アンダーソン(Keith Anderson)のアルト、ジャック・シュヴァルツ- バルト(Jacques Schwarz-Bart)のテナーがグループソロに入ると、このやり方に感嘆した。全員同時に演奏しているのだが、ハーグローヴがはっきりと自分のラインで他の二人を誘導しており、また全員がお互いに聴き合って見事に三位一体を構築しているのだ。筆者も数多くグループソロを経験しているが、この三人のやり方には目から鱗状態だった。ものすごい勉強をさせて頂いた気分になった。

翌年2004年発表の「The RH Factor」2作目の『Strength – EP』の1曲目<Rich Man’s Welfare>はさらにぶっ飛んだ。ゴリゴリにグルーヴするファンクなのだが、ドラムビートがむちゃくちゃかっこいいだけでなく、キックドラムがディスコの縦ノリになっているのがまず不思議なグルーヴ感を出しており、さらにその上にアフロ・キューバンでグルーヴするコンガがガンガン追い上げるのだ。ハーグローヴは明らかにブレッカー・ブラザーズを意識しているが、その土台を遥かに発展させて完璧に新しいスリル満点の音楽を作り出している。本当に心からシビれてしまう。

筆者と故レニー・ストールワース
筆者と故レニー・ストールワース

2年空いて「The RH Factor」最後のアルバム『Distractions』はなんと2ベース、2ドラムだ(ライブでは最初から2ドラムだったようだ)。そのベーシストの一人、レニー・ストールワース(Lenny Stallworth)はボストンで活躍しており、筆者も何度か共演させて頂いたことがある。彼もハーグローヴ同様忙しい中ジャムセッションに顔を出すミュージシャンだった。YouTubeで「The RH Factor」のライブ模様を見ると2ベースはなく、レニーが一人でグルーヴしまくりの映像が多くみられる。残念ながら彼も昨2017年に若くして他界してしまった。レギュラーメンバーで、このアルバムでも活躍するボーカルとキーボードのレネイ・ヌーフヴィル(Renée Neufville)が教えてくれたのだが、後期レギュラーメンバーで、ギター担当のスパンキー(Chalmers “Spanky” Alford)も52歳で他界したらしい。若死にだらけ、一体どうなっているのだろう。さて、このアルバム1曲目、『Distractions (Intro)』はおそらくマイルスがやったようなグルーヴ上のフリーインプロの一部で、4つに分割してアルバムを通して挿入してある第一部だ。なにせドラム、特にスネアのフラム・ヒットが失神するほど官能的にかっこいい。二人のドラマー、ジェイソン・トーマス(Jason Thomas)とウィリー・ジョーンズ3世(Willie Jones III)が完璧にマッチしたタイム感でグルーヴしている中、スネアのヒットだけは同時ではなく、分担している。是非ヘッドフォーンで聴いていただきたい。そのような冒険をする趣旨なのかと思いきや、全体は前作2作よりもっと大衆受けするR&Bアルバムとなっている。ドラムパターンなどに凝った捻りが満載で楽しいのだが、下手すると80年代ソウルのサウンドの曲が多い。もちろんかっこいいから構わないのだ。この構成のアイデアが非常に面白く、やはり天才ハーグローヴだと思ってしまった。興味深いのは、このアルバムでは前作2作と違いランディー・ブレッカーの影が演奏にもアレンジにも全く聞かれないのだ。例外は最後の曲で、途中からどんどんテンポが早くなりランディー・ブレッカーのフレーズが出まくりながら、このアルバムを別の次元に引っ張って行く。ともかくすごい。だが筆者は9曲目の<Bull***t>に吸い付かれた。まずこれはD’Angelo(ディアンジェロ)のプロデュースで、このサウンドは他の誰にも出せない。ディアンジェロが起こした革命は、今までの黒人音楽のタイトなビート感の正反対を創造したことだ。彼のビートはある意味ルーズだが、実際演奏しようと思うととんでもなく難しい。一体どうやってあのルーズなビート感であんなにすごいグルーヴ感を出せるのであろうか。だが、筆者がこの曲に吸い付かれたのはそれだけではない。ハーグローヴがなんとマイルスしているのである。こればかりは言葉で説明できないのでお聴き頂きたい。ちなみにこの曲は歌詞が日本語に訳せない「ふざけんじゃねえ(直訳は牛の糞だが使用例は多岐にわたる)」的な意味なので [E] マーク、つまり子供は聞いちゃいけませんよマークが入っているのでご注意。

<Hardgroove>

今回の選曲には実に困った。なにせ「The RH Factor」の曲はどれもこれも話題満載なのだ。『Distractions』に収録されているタイトル曲はもとより、3曲目の<Kansas City Funk>、前述の『Bull***t』、クロージングの<The Scope>等、また『Strength – EP』もオープニングの<Rich Man’s Walfare>、2曲目の<Bop Drop>等トランスクライブしたい題材が多く大いに迷ったが、なにせ時間がないので、『Hard Groove』のオープニング、<Hardgroove>のヘッドを取り急ぎトランスクライブしてみた。

ハードグルーヴ、ヘッド
ハードグルーヴ、ヘッド

まずこのヘッドのテーマ部分だ。G Dorianのモードで書かれており、サックスが完全5度のハーモニーでエスニックさを出している。グルーヴはハーグローヴ得意の気だるいもので、ディアンジェロの影響も感じられる。記載したコード進行はキーボードのボイシングをトランスクライブしたものなので、実際の譜面がどうなっているか定かではないが、このハーモニーの書き方がまさにランディ・ブレッカーなのだ。まず最初のG-6/Aは第3音のB♭がベースのAと禁則の短9度でぶつかるようにボイシングされている。これはランディ・ブレッカーの得意技だ。そして赤で囲った展開部分、最初のコードも同じく第7音が根音と禁則短9度でぶつけることで一貫性を保っているが、続くD/E♭、このE♭はテンション♭9音で、禁則ではなくE♭ディミニッシュコードのサウンドを持って強力な以降感を出し、いきなりEのホールトーンスケールを構成する#5コードで不安定感を構築する。ここで間違ってはいけないのはこのEドミナントコードは♭13コードではない。何故ならメロディーが綺麗にホールトーンスケールだからだ。ホールトーンスケールに付随するコードは#5コード、つまりオーギュメンテッド・ドミナントコードしか成立しない。そしてこのコードは同基音であるEMaj9に解決する。興味深いのはこのEはG Dorianのキャラクター音であるテンション13だ。だから元のG Dorianに戻るのが実に自然だし、カラーの変化も見事だ。このようにコードの明暗を上手に移行して進むやり方もランディ・ブレッカーがブレッカー・ブラザーズで披露した、当時全く新しいアプローチだ。「The RH Factor」の曲にはこのような技法があちらこちらに使われている。お楽しみ頂きたい。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。昨年9月、ブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」を率い、新作CD『ハシャ・ス・マイルス』(インパートメント)発売記念ツアーを敢行、東京JAZZ他に出演。 [ホームページ:RachaFora.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook]

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