#5 メリー・ルー・ウィリアムスのフェミニンなドレス

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Mary Lou Williams’  dresses : text by Yoko Takemura 竹村洋子

photos : Used by permission of the University of Missouri-Kansas City Libraries, Dr. Kenneth J. LaBudde Department of Special Collections

 

メリー・ルー・ウィリアムス(Mary Lou Williams:1910年5月8日〜1981年5月28日)は女性ジャズミュージシャンのパイオニアであり、ジャズシーンに最も貢献した女性ピアニスト、コンポーザー、アレンジャーの一人でもある。

1925 年にデューク・エリントンのスモールバンドで演奏した時、彼女はわずか15歳だった。1929年にアンディ・カーク・バンドに参加し、1942年からはソリストとして活動していく。1981年に亡くなるが、彼女のミュージシャン活動の初期、1930年代に活動していた頃のファッションに注目したい。

1930年代のファッションは20年代に大流行したウエストをマークしないストンとしたシルエットの短い丈のドレス女性を解放したより活動的なスタイルから一転し、より女性らしさが求められた。スカート丈は長めになり、ドレスも体のラインに沿った柔らかな細くて長いウエストにややくびれのある曲線的なシルエットのものが主流になってくる。
女優でいうと、マーナ・ロイやベティ・デイヴィスなどのファッションで見ると特徴が解りやすい。
素材ではレース、ジャカード織、小紋柄やドットなどのプリント、ディテールではタック、フリンジ、スカラップ、刺繍などの装飾も流行った。

*(註1)ジャカード[jaquard]とは本来は、J.F.ジャカード氏(フランス1752~1834)の考案した紋織り機で織られた紋織物。サテン地に織で花模様などを浮き上がらせた重厚感のある生地。ジャカードは糸と糸とが交錯して見える柄で、点や線や柄などの混ざった複雑な模様が、全て刺繍のように織り込まれている

ピアニストのメリー・ルーはさぞかし衣装選びが大変で、仕事がしにくかっただろうと察する。1930年代当時、男性中心のジャズ業界で数少ない『シンガーではない女性ミュージシャン』だった。。
ピアニストは男性、女性問わず、上半身の動きが大きく、とにかく汗をかく。現在のように夏のエア・コンディションもない時代だ。冬だってクラブで演奏すれば観客の熱気で暑いだろう。
素材に関しても、現在では当たり前のようになったストレッチ・ファブリックは存在しない。天然素材のシルクかウールが一般的、夏ならコットンだろうが、ステージコスチュームでコットン素材というのはいくら何でもないだろう。

1930年代は新素材の開発がファッションで花開きかけた時でもあった。19世紀末から開発され始めたレーヨンが靴下や下着に使われ始めた。デュポン社が開発したナイロンは40年にストッキングになり、ビニール、ポリエチレンなどの新素材が開発され、デザイナーのスキャパレリはレーヨンのドレスを発表し、後の化学繊維が全盛となる時代の先駆けとなる。メリー・ルーのドレスもシルクだけでなく、レーヨンなどの化学繊維のドレスだったかもしれない。

女性のパンツスタイルもこの頃から始まるが、すそ幅の広いもので、メリー・ルーが着用している姿は見当たらない。

メリー・ルーは聡明であると同時にお洒落な人だ。彼女の写真を見ると、男性中心のジャズ・ミュージシャンの中で、きちんと女性であることを主張している。それは、露骨にではなくかなり控えめに。
話はちょっとはずれるが、日本の閣僚に女性が起用されるケースがあるが、あれを見ていつも思う。なぜ女性閣僚は皆、階段で記念写真を撮る際に場違いなドレスを着るのだろう?どこからあんなドレスを持って来るのだろうか、と。私の記憶の中には、素敵だな、と思った女性閣僚の姿は残念ながら極めて数少ない。1930年代からすでに80年以上経ち、日本にも西洋の服を着るという形は定着したが、精神はまだまだ、という気がする。
メリー・ルーを見習ってほしい。

メリー・ルーは流行りの装飾性のあるファブリックで控えめに体の曲線を意識したラインのドレスをよく着ていたようだ。レースはお好みだった。レース素材のドレスに関しては彼女の晩年の写真にもよく見られる。メリー・ルーのドレスのデザインはごくシンプルだ。Too much はない。
ドルマンスリーブがいくつか見られる。ドルマンスリーブは袖付けがなくアームホールがゆったりしているので、ピアノの演奏はし易かったかもしれない。

彼女のファッションは、行き過ぎずエレガント。男性に媚びないが極めて女性らしいファッションなのだ。彼女のインテリジェンスをはっきり示している。

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竹村洋子

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 美術学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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