ジャズ・ア・ラ・モード #10 「ビリー・エクスタインとジョー・ウィリアムスの粋」

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10 . ビリー・エクスタインとジョー・ウィリアムスの粋

Stylish black male singers: Billie Eckstine and Joe Williams
text by Yoko Takmuera 竹村洋子

photos:Used by permission of the University of Missouri-Kansas City Libraries, Dr. Kenneth J. LaBudde Department of Special Collections, Library of Congress-William Gottlieb Collection

#4.スタイリッシュなバンドリーダー達で初期のバンドリーダーやメンバー達が、如何にお洒落に気とお金を使っていたか、という事を書いた。
ほとんどのバンドが専属シンガーを抱えており、シンガー達は一際目立ち、個性的でユニークなファッションでバンドに華を添える存在だった。

今回は粋なブラック男性シンガーを取り上げてみよう。
『ブラックシンガー』とあえて書いたのは、人種差別でも何でもない。彼等のファッションが白人のそれとは少し違うテイストであるからだ。どんな人種にも、その人種が持つ独特の特徴が必ずある。体型の違い、肌の色の違いから、身のこなしに至るまで、その人種にしかない美しさも必ず存在する。

ブラック男性シンガーといえば山程いるが、ビリー・エクスタイン(William Clarence Eckstine:1914年7月8日 – 1993年3月8日)とジョー・ウィリアムス(Joe Williams:本名 Joseph Goreed:1918年12月12日 – 1999年3月29日)の格好良さに勝る人はいないだろう。
ビリー・エクスタインはバンドリーダーでもあったが、1940年代後半にはソロシンガーとして独立して活動をしていた。また、ビリー・エクスタインとジョー・ウィリアムス、この二人は同世代、1990年代まで現役で活躍しており、私の記憶の中にもまだ新しい。
そして、二人共、歌は上手いし、顔もハンサム、スタイル抜群、ファッションもパーフェクトで生涯に亘ってスタイリッシュだった。それは、若い頃のシナトラやフレッド・アステアといった『ホワイトシンガー達』の美しさとは全く違う。読者の皆さんには、「ちょっと待てよ、それは個人的好みじゃないの?」と言われそうだが…。

ビリー・エクスタインは男性的なバリトン・ヴォイスから『セピア色のシナトラ』と、クールなルックスから『黒いクラーク・ゲーブル』とも呼ばれた。『ミスターB』というニックネームで呼ばれ、人種や男性、女性を問わず人気があったようだ。
若い頃の写真を見るといかにも甘いマスク、そしてその洗練されたスーツに身を包んだ姿は、1940年代のズート・スーツ姿さえもどこか他の人達とはちょっと違い、シャープで垢抜けている。素材選びもかなり良い物にこだわっていたと思う。彼の好んだ幅の広いシャツの襟は『ミスターBカラー』として知られるようになった。
ビル・クロウは著書『ジャズ・アネクドーツ』の中でビリー・エクスタインとデューク・エリントンの間にはお洒落についての確執と競争があった、とデューク・エリントンの話を披露している。『ニューヨークのパラマウントで一緒に舞台に立った時、一日に5回彼の舞台を見るのは素晴らしかった。と同時にBと私の間には競争のようなものがあった。4週間に亘る間、二人とも2度と同じスーツを着なかった。3週間目になると、人々は我々の衣裳替えを見るだけにチケットを買うようになったさ。』と。

ジョー・ウィリアムスは19歳からソロシンガーとして活動をし、ライオネル・ハンプトンやアンディ・カーク・バンドを経て1950年代にはカウント・ベイシー・バンドの専属シンガーとして人気を博した事はよく知られている。ビリー・エクスタインより、ずっと男っぽくワイルドでアクが強い。私自身、この人の大ファンで生のステージも追っかけに近いほど何度も行った。若い頃のジョー・ウィリアムスは当然知らないが、現在多く残っている写真や映像でこの人の1930〜50年代の写真を見ると、つくづくカラーだったらどんなに楽しかっただろう、と思う。当時の姿はほとんどが白黒の画像でしか見られないが、白黒の画像からでも、そのジャケットやスーツ姿から鮮やかなカラーの派手な印象が感じ取れる。
背が高く、背筋を伸ばしてスッと立ってブルースを歌うその姿は、彼をよりスタイリッシュに見せる。スーツ姿もさることながら、タキシードの着こなしが抜群に上手い人だ。ダブル・ブレストのタキシードを着こなせる人はこの人くらいではないだろうか。黒だけでなく、パープルや色物、ホワイトの見頃に黒い襟なんてのもある。チェックやジャカード織り素材のタキシードなども着用していた。またネクタイやシャツの色が超派手で鮮やかなレッドやブルーといった原色の時もあった。この人が着ると、野暮ったくチープにならない。著作権の関係で、この場に多くの写真を載せられないのは残念だが、インターネット上でも多くの写真を見ることができる。

1930〜40年代(特に40年代)のメンズスーツには裏地に凝ったものも多い。表地がダークカラーやモノトーンの場合、裏地を思いっきり派手にするのも流行だった。特に黒人に好まれたスタイルで、シンガーやミュージシャン達の裏地を見て驚く事がある。これは現在でも好まれているようだ。
かなり前にアメリカで、ジョー・ウィリアムスとナンシー・ウィルソンがデューク・エリントン・オーケストラをバックにしたショウに行ったことがある。ジョー・ウィリアムスの18番、<Alright, Okay, You Win>を歌っていた時、「All right !」( ナンシー・ウィルソン)「Okay !」( ジョー)で彼は黒のジャケットのボタンを外して裏を聴衆に見せる。その裏地がなんとオレンジ色の地にショッキングピンクのコインドット(コインの大きさの水玉柄)だったのに、びっくり仰天した。そしてナンシーが「You Win !」と続いた。

日本では江戸時代、奢侈禁止令があった頃、人々はどうにかしてお洒落を楽しもうと、あれこれ工夫した。派手な表地に使われていたような柄や色を羽織りの裏地に使用するようになった。また、縞の着物を着た女性が歩くと派手な色の襦袢がチラッと見える、そんな『粋』にも通じるところがあるかもしれない。見えないところにこだわる『裏勝りの美学』とでもいうのだろうか?日本人はそれをおおっぴらに人に見せるのは野暮、とするが黒人達はどうだろう?彼等にとっては、『見せなきゃ野暮』なのかもしれない。
いずれにせよ、私が見たジョー・ウィリアムスのジャケットの裏地は超派手を超えていた。

 

*ビリー・エクスタイン <Pioneer of Love>

*ジョー・ウィリアムス:<Everyday I have the Blues>

 

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竹村洋子

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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