ジャズ・ア・ラ・モード#21.普段着のクィーンとキング:エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロング

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21.普段着のクィーンとキング:エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロング
Ella Fitzgerald and Louis Armstrong in casual cotton clothes
text by Yoko Takemura 竹村洋子
Photos:Pintrest, Coalition for Americans in Performingより引用

1956年8月にVerveレコードで録音されたアルバム 『ELLA AND LOUIS : エラ&ルイ』のデュエット・アルバムのアルバム・カバーに見られる、彼等のファッションを見てみよう。

エラ・フィッツジェラルド (Ella Jane Fitzgerald, 1917年4月25日 – 1996年6月15日) とルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901年8月4日- 1971年7月6日)。『ジャズの女王』と『ジャズの王様』の共演である。エラについてはこのコラム#13 女王達のファッションで一度取り上げた。ルイ・アームストロングは言わずとも知れた、20世紀を代表する、音楽史上最も重要なジャズ・ミュージシャンの一人である。

“サッチモ” の愛称で親しまれたルイ・アームストロングはニューオーリンズのジェームス横丁という典型的なスラム街で生まれた。そこは、ギャンブラーや殺し屋、娼婦、ジゴロなど、街でも指折りのならず者達の住む界隈だった。ルイが生まれて間もなく両親が離婚し、祖母の家に預けられる。エラと同様に貧しい子供時代を送り、少年院に送られたりした。送られたその少年院のブラスバンドに参加した事がきっかけで、ミュージシャンの道を歩むようになる。1920年代、キング・オリバー楽団、フレッチャー・ヘンダーソン楽団に在籍。1926年の<Heebie Jeebies>はジャズ史上初めてのスキャット・ヴォーカル曲としてヒットした。以後、1950年代から次々とヒットを飛ばし、映画へも出演。その活動は多岐にわたる。高い音楽性を持つエンターテイナーとしても評価され、トレードマークとなったギョロ目としわがれ声も有名だ。

エラもルイも最下層からアメリカを代表する大スターに上り詰めた。

『エラ&ルイ』のアルバムは全体にどの曲もスロー、ミディアム・テンポでゆったりと、二人とも競うことなくリラックス感たっぷりにスタンダードナンバーを唄いあげている。エラのピュアな声とルイのディープな声の掛け合いは、有り余るほどの聞き応えがる。クィーンとキングは特別な事は何もないのだが、聴き手を良い気持ちにさせてくれる。

アルバムカバーを見てみよう。エラとルイはスチールパイプの椅子に座っている。エラの堂々とした姿とちょっと茶目っ気のあるルイは、年齢的にはルイの方が16歳も年上であるにも拘わらず、まるでお母さんと息子のようなツーショットだ。

 

エラは白地に小花模様、フレンチスリーブ、ウエストを絞り、スカート部分が裾にかけて広がった、フィット&フレア・シルエットのコットンのドレスを着ている。大きく開いたネックラインにブルーのトリミングがしてあり、白のネックレス。黒のシンプルなミュールを履いている。

ルイは白のオープンカラーの半袖シャツ。フロント部分のブルーのグラデーション・ストライプがエラのドレスのネックラインのブルーと良くマッチしている。素材は、シャツの光沢具合から、この頃ポピュラーになり始めた化合繊、ポリエステルとの混紡だったかもしれない。ボトムはダークブルーのチノ・パンツ。足下のソックスをロールダウンしているのがとても可愛い。そしてローファーを履いている。

この2人のファッション、1950年代に流行したカジュアルなファッションの代表選手のようなものなのだ。特にエラの着ているフィット&フレア・ラインのドレスは当時、大流行した。1947年にクリスチャン・ディオールが発表した『ニュー・ルック』は世界中のファッションに大きな影響を与えた。ウエストをシェイプし、たっぷりとした分量の素材を使用した長い丈のスカート。肩パットを取り、なだらかなショルダー、女性らしい胸とウエストを強調するフィット&フレアラインのスタイルだ。エラについては#13 女王達のファッションでファッションにあまりコンセプトのない人だと書いたが、1950年代に好んで着ていたと思われるのが、このフィット&フレア・シルエットのドレスだ。ただし、このアルバムカバーでエラが着ているのはコットン素材のドレス。

このコットン素材というところにこのアルバムカバーの大きな意味がある。コットン(綿花)、コットン織物(綿織り物)は言わずともしれたアメリカの名産品だ。アメリカ合衆国では、1800年には南部、特にルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、ジョージア州、フロリダ州を中心に『コットンベルト』と呼ばれる綿花栽培のプランテーションが確立した。アフリカ系アメリカ人奴隷の労働力による綿花生産は 南部を豊かにしただけでなく、北部にも開発資金源として富をもたらした。

1865年の南北戦争終結と奴隷解放宣言の後も、南部の経済基盤は綿花生産だった。南部では小作農が増え、解放された黒人農夫と土地を持たない白人農夫が裕福な白人地主の 所有する綿花プランテーションで働いた。綿花プランテー ションでは綿花を手で摘む必要があり、多数の労働力を必要とした。労働者達の置かれた環境は苛酷であり、孤独感や悲しみ、苦しみを表現する音楽として生まれたフィールド・ハラー、ワークソングはその黒人労働者達から生まれたものであり、堪え難い困難な状況下でも意味のある実存を作り出そうとする彼らの試みでもあったのだ。コットンと後に奴隷制度廃止後(1865年アメリカ合衆国憲法で公式に廃止、実際には1995年ミシシッピ州憲法での承認をもって、制度は完全に終わった。)生まれたブルース、ジャズに代表されるアメリカ音楽とは切っても切れない関係にある。
サミー・ネスティコ作曲の<Tall Cotton>という曲がある。デューク・エリントン作<Cotton Tail>はエラも歌っている。(ただしこのコットン・テイルはうさぎのこと。) リード・ベリー作のカントリーソングの< Cotton Fields>も有名だ。『Cotton Club』は最も名の知れたナイト・クラブだろう。

1950年代 になってから収穫用機械が本格的に導入され、20世紀初頭には、徐々に機械が労働者を置き換え始めたが、現在も綿花、木綿織物はアメリカ合衆国の主要輸出品であり、木綿生産量の大部分は中国、インドと並びアメリカが占めている 。

エラとルイ。この2人のアフリカ系アメリカ人を代表するジャズ・ミュージシャンは『アメリカ名産のコットン素材の普段着』、ややもすれば、寝巻きにもなりがちなコットン素材のファッションで堂々とアルバムカバーに登場している。

このアルバムには続編の『Ella & Louis Again』(1957年録音)がある。この時にはエラもルイもやはりコットン素材のホワイトシャツをカジュアルに着こなしている。

2人はよく共演していたようだが、彼らの晩年はエラはゴージャスなイヴニングドレス、ルイはタキシードのフォーマル姿、というスタイルが多い。このアルバムカバーの二人がフォーマル・スタイルだったらどうだろうか?全く面白くない。

大物カップルのデュエット・アルバムは他にないかと探してみたところ、サラ・ヴォーンとビリー・エクスタインの『Sarah Vaughn &Billie Eckstine : the irving berlin songbook』があった。これはマーキュリー・レーベルから1957年に発売されたもの。このアルバムカバーのサラ・ヴォーンはエラと同様に、フレンチスリーブで、フィット&フレア・シルエットのコットン素材のドレスを着ている。小花柄の素材を縦にパネルに挟んだデザインになっている。ビリー・エクスタインの方はカジュアルなスーツを着ているがおそらく、コットンと麻の混紡素材だろう。アルバムカバーにはゴージャス感はあるものの、エラ&ルイほどのインパクト、説得力はない。

『ELLA AND LOUIS : エラ&ルイ』。この大物カップルのバックにはオスカー・ピーターソン(p)、ハーブ・エリス(g)レイ・ブラウン(b)、バディ・リッチ(ds)という豪華メンバーがいる。アルバムカバーにはVerveの記載はあるが、タイトル、ミュージシャン名すらない。

多くを語らずとも、このアルバムにしてこのスタイルありという装いの、飾らない普段着のエラとルイの存在がアルバムの中身全てを語っている。

全て計算され尽くしたアルバムである事は間違いない。アルバムのカバーも、本体のパフォーマンスも全部ひっくるめて、『古き良きアメリカ』をとても良く表現した、実にアメリカ的なアルバムだと思う。

*『ELLA AND LOUIS : エラ&ルイ』

*参考文献

Stephen Yafa (2004). Cotton: The Biography of a Revolutionary Fiber

竹村洋子

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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