#6 星降るサハラ砂漠を目指して

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text & photo by Kaz Harada 原田和男

 

タラゴーナから一挙にスペイン南端アルヘシラスに向かいます。

オレンジの名前で知られているバレンシアへ出て帰途立ち寄ることにしたマドリード経由の長旅となります。

このグーグルの地図では12時間25分と表示されていますが、現在は鉄道も高速化されているのでしょうね。

途中車内の兵隊たちが同席のスペイン人の女の子に夜中の2時過ぎまでしつこくちょっかいを出してくるので、ついに堪忍袋の尾が切れてBe quiet、Go away!と怒鳴ったとノートに書いてある。 そんなこんなで20時間くらいかかり朝5時間遅れで到着と記されています。

そして連絡船で1時間45分ほどかかりアフリカのスペイン領でフリーポートのセウタに渡ったのでした。

ペンション探しはどれも満員でなかなか見つからず、明日はカサブランカへ夜10時のバスで出発するのでどんなところでも良いやと、やっと見つかったのは一泊70ペセタの玄関先。午後は海水浴をして過ごしたのだった。

セウタから ”名画カサブランカ” の街へはバスの旅だ。ハンフリー・ボガード演ずるボギーの ”昨日のことは忘れた”、”傍観者は常に見物人、相手にしても始まらない” のセリフが好きなんだな。いよいよ現地かと胸がワクワクしたものだ!

これも、グーグルMapで検索すると陸路4時間23分なんて記載されているが、当時は夜の10時ごろ出て到着したのは翌朝の5時半だから7時間半もかかったんだ。

もっとも、当時より40数年を経た現在では、道路・交通網も大幅に整備され高速化された結果であろうことは確かでしょうがね。

途中検問所があり、髪の長いアメリカ人は入国拒否されてしまった。そしてなんと日本人が我々を含めて6人も乗り合わせたのにはびっくりした。みんな関西人だ! 車中サハラまで行くという話をしたら二人が参加したいということで4人でパーティーを組むことになった。

カサブランカは、見た目にはフランス租界のおしゃれな街で気に入ったが、6時15分発のバスで、市場で有名なマラケシュへ向け直ちに出発したのだった。

12時近くには着きHASSANという市場を見渡せるホテルに投宿。ここまで来てようやくヨーロッパではないなという感じ。スペインでも人々の貧しさを感じていたが、ここはそれどころではないぞ。物価は非常に安い安いのだ。

 

翌朝5時半のバスでマラケシュからサハラへの中継地ワルザサートに向かう。途中一回だけ一休みをして、12時近くに着くがエイ!とばかり12時57分発で砂漠の街ザゴラまで一気に行くことにした。

 

食料品を買う、といってもちょっとした座布団くらいの大きさの丸いパンだけど。

さて喉が渇いたので、辺りの人が、柄杓乗った蓋つきの大きな瓶(かめ)から水を飲んでいるので、真似をして飲もうと蓋を外したらビックリ!ボウフラらしきものが浮かんでいるではないか?側にいた現地人が笑いながら柄杓を取り上げ瓶の腹を叩いた、その瞬間ボウフラ様の生き物は底に沈んだ。その間に柄杓で水を掬い飲んだのだった。美味しい冷たい水で、瓶は素焼きだからじわじわと漏れ出し気化熱で内部の水は冷たいのだな〜。生物が生きているから水も安心して飲めるってわけなのさ...。

村落から村落の間は広漠として荒野が続き水気のない大地・岩肌が目につくばかり。

 

窓から入ってくる熱風は暑いこと甚だしい。古いボルボの大型バスは頑丈そうだ が、身震いしながらの走行中2回エンストを起こした。20年も寒いスエーデンで走ってきて今度はまた20年暑い国で働いているんだもの...。で都度、車掌兼エンジニアと運転手が協力してアーだコーダと騙し治してしまうの...。

やっとこさ来ました。夕方18時にサハラ砂漠との接点の街ザゴラ。バンガローの中でも気温は40度!連日の強行軍で疲れ果て食事もままならない。四人で協議し、たったの一泊だけで何と翌朝4時45分発でマラケシュに戻ろうということに...とほほー。

バンガローは暑苦しく寝るどころではありません。

砂漠に出たら、すでに旅人や住人が砂上に横たわっているではないか...。見習って仰向けに寝たら大地の懐は涼しく身体を抱きしめてくれるのだった、あ〜何といい気持ちなんだ。そっと目を開けてビックリ!手の届きそうなところで星々がキラキラ、チカチカ微笑んでいる。星が降るとはこのことだと思わず手を伸ばした....星は握れなかったけれどこの素晴らしい光景に頭が冴え渡り浄化されていく私は唯一無二の存在として宇宙を彷徨(さまよい)出したのだった。

早朝のバス停には野営したのだろうか、すでに人々が薄暗がりの中うごめいていた。

近くでヤギの乳を入れたコーヒーを飲む。

定刻の4時45分ほぼ満席となったバスは出発。私の横はやせ細った老人と息子らしい二人連れ。しばらくすると老人は咳き込みゲロを吐き出した。時折り車掌が容態を見に来て息子と一緒になって介抱している。これが日本だったら、降りて欲しいくらい言うのではなかろうか。マラケシュの病院にいくのだろう。

車掌は私に前の方に席が空いているから移らないかと言いだしたが、別に気にならないので座っていたら、じっと時計を見つめ幾らかと欲しそうに聞いてきた。後部席に居た宮原さんが腕から時計を外し、あげるよと彼に差し出したではないか。彼は何やら分からずに目をパチクリするばかりだが、再度宮原さんが押し付けると、満面の笑みが顔じゅうに広がった。こんなに嬉しそうな顔を見たのは生まれて初めてだ!! 私は、これからの旅を思い、あげちゃっていいのかなあと心配になったが、スペアでもう一本持ってるよとのこと。車掌の親身な世話に感激したからだとさ。

着いたマラケシュに1泊、カサブランカには2泊し、行かないようにと言われていたカスバ探訪に繰り出したが、建物と建物の通路が暗くやたら狭い。これじゃあ引きづりこまれたらどうなるか分からない、がどうってことなかったな。

初めての経験ということで大枚払ったビニール袋(30リットルくらいかな)一杯の草は、スペインに持ち込むと獄門行きなので、この2日間で吸い尽くした。だが私は歯科の麻酔も人の3倍やらないと効かない質(たち)のせいか分からないが、いい気持ちにはならなかったのが残念。

さて次回は、セウタ経由でグラナダのアルハンブラ宮殿とジプシーのフラメンコからマドリード、闘牛へと歩を進めます。

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原田 和男

原田和男 Kaz Harada 昭和21年東京生まれ。早大商学部卒。在学中はモダンジャズ研究会に所属。鈴木良雄(b)と同期、1年後輩に増尾好秋(g)がいる。サラリーマン生活を経て、トリオレコード入社、ジャズ担当となり、渋谷毅、田村翼、峰純子、酒井俊などを手がける。製薬会社勤務を経て、現在、Power Designを主宰。

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