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Column~No. 201ある音楽プロデューサーの軌跡 稲岡邦弥

#26 Ex. ふるさと未来花供養〜花とギターと詩吟の競演(コラボレーション)

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

「ふるさと」や「未来」はいうまでもなく「花」も「供養」も、どれも馴染みのある言葉だ。「供養」は?「供養」だって辞書を引くほどのことはないだろう。「ふるさと未来花供養」と4つの言葉を合わせると分からなくなる。分かり難くなる。「ふるさと」の「未来」を信じて「花」を「供養」するのだろうか。じつは、「ふるさと未来」が主催する「花供養」が正解である。正確に記すと、「一般社団法人ふるさと未来研究所」が主催する「花」を「供養」する催事である。しかし、タイトルを解析して正確に意味をつかんだところで、イヴェントの内容が分かるわけではない。わけの分かり難い「ふるさと未来花供養」の方がちょっとミステリアスで、何かを期待して好奇心がはたらくのではないだろうか。ネーミングの妙と感心しているとフライヤのキャッチコピーに「花とギターと詩吟の競演(コラボレーション)」とあり、また、混乱してくる。会場は、千駄木・旧安田楠雄邸。東京都名勝指定文化財とある。

昨年10月、友人の誘いに乗って社団法人ふるさと未来研究所の創設に理事として参加した。創設理事は8人。建築家にシステムエンジニア、劇作家/演出家、 ドラッカー研究家、建設会社オーナーなど多士済々。それぞれ還暦を超えた人生のベテラン達である。私を誘い込んだのは東工大OBの発明家。「ろうそくラジオ」を発明し、災害時に情報を得る機器として東京都に採用された。ろうそくの芯炎と外炎の温度差を利用して微弱電流を発電、燭台に組み込まれたラジオを鳴らす。代表理事に就任した近澤可也(ちかさわ・かや)は、1934年金沢の生まれで、丹下健三直門の一級建築士。同じく建築家の奥方・近澤恭子(ちかさわ・きょうこ)と夫唱婦随で数々の建造物を設計してきた人生の達人。法人の目的は「地域の活性化及び自然環境の保護と改善をテーマに、次世代が希望を持つことができる社会を研究し、その実現に寄与する」こと。研究所を名乗る法人が上記の目的を掲げると何やらいかめしく、思わず眉をひそめたくなるが、実際には「理念は高く、実行は楽しみながら」をモットーとしている。近澤可也代表自身のモットーが、「オ・ハ・イ・オ」、つまり、オ=面白く、ハ=初めての、イ=意義があり、オ=驚きのある「ものを創る」、「ことを成す」なのだから。
創設から半年、趣旨に賛同する3人が新たに理事に就任した。企業支援コンサルタントとネットワーク・エンジニア、それにギタリスト。それぞれバリバリの現役で、理事の平均年齢をやや引き下げる副次的効果があった。

法人初のイヴェント「ふるさと未来花供養」は、新入理事のギタリスト高谷秀司(たかたに・ひでし)の熱意と行動力に引きずられるような形で実現した。法人の社友に近澤代表と同郷の工芸作家福田作美師がいる。福田師は工芸界では「福田三兄弟」として良く知られ、とくに長兄の芳朗師は高松宮殿下ご下賜の日本工芸会総裁賞を受賞した名工ながら、人間国宝指名を目前に病没した。高谷は作美師が持参した芳朗師制作の「神木沈金供養塔」に激しく感応した。たまたま携えていたギターを取り出し、無心にギターを鳴らし始めた。「供養塔から音が聴こえる」と言い、「供養塔に弾かされている」とも言った。この供養塔は、日光東照宮に至る参道拡幅工事のために伐採された樹齢数百年の欅から掘り出されたもので、私自身、来歴を知らずに一見した際、その雰囲気に圧倒されたものだった。まもなく開かれた理事会で、高谷秀司のギターを中心に供養塔をテーマにコンサートを開催する事が決定した。高谷の推薦でフラワー・アレンジメントの風戸彩耶加(かざと・さやか)の参加が決まり、代表の推薦でさらに詩吟の井口弘子(いのくち・ひろこ/城勝吟道会二代目宗家)が加わり、ギター、フラワー・アレンジメント、詩吟のコラボレーションを目指す事になった。プロデューサー役を仰せつかった私は、高谷以外(彼とて数回顔を合わせたきりであるが)面識がなく、詩吟に至ってははるか昔に剣舞とのセットで爺様の吟詠を耳にしただけで、雲をつかむような状態であった。しかし、この三者、何れも固有のジャンルを極めながらもそこに留まることに飽き足らず、他ジャンルとのコラボレーションを試みてきたクロスボーダー(越境者)たちであることが分かり胸を撫で下ろしたのであるが。

1ヶ月のオーストラリア楽旅から帰国した高谷のアトリエに井口師を迎えた音合わせでユニークなスピーカーに出くわした。井口師を待つ間、私は夢中になってそのスピーカー・ユニットの正体を探ろうとした。写真(iPhoneでスナップ)のように口径20cmほどのユニットが6発、コーンを上に向け裸でフレームに取り付けられている。音がユニットのボディに反射して無指向に拡散することは分かるのだが、高谷は、タグチというメーカーのカスタム・メイドだ、という以外詳細を明かそうとしない。ギターを鳴らしてもらったところ実音がそのまま拡声される。ヴォリュームの変化に音質が影響されず、S/Nも図抜けている。当日はこれを会場に持ち込み自身のモニターと会場のPAに共用するという。会場は大正時代に建てられた旧安田邸(東京都名勝指定文化財)という和風民家の大広間である。アコースティック的には最適のマッチングであることは充分予想できた。音合わせはユニバーサルなギタリストの高谷と非常に勘の良い井口師のスリリングな出会いを確認し、ビールで乾杯した後、それぞれ帰途に付いた。帰宅後、早速、師匠の及川公生氏に問い合わせたところ、さすがに氏はタグチ・スピーカーに通じており、大勢の教え子のひとりが勤務しているはずとの回答を得た。ウェブに当たったところ、タグチクラフテック社のREXというモデルをベースにしたカスタムであることが判明した。既製品は、60mmのフルレンジ一発で純正アンプ込みで売られているが、高谷はPA用に片側にユニットを6発組み、エンクロージャーを外した上、外付けのアンプで鳴らしているようだ。

公演が決定してから本番まで2ヶ月弱、理事の過半は催事には未経験だったが想定数を大幅に上回る来場者を得てコンサートは無事終了した。エアコンのない蒸し暑い広間に扇子が揺れる景色にも風情があり、張りと艶のある井口師の美声が会場の隅々まで響きわたった。七言絶句に和歌に俳句、ときには高谷のギターに即興で絡み、クロスボーダーとしての魅力を思う存分発揮した。井口師と初めてまみえるフラワー・アレンジメントの風戸は中央に設置した小机の上で二鉢生けた。一鉢目は、形と色に特徴のある極楽鳥花を選んで聴衆との距離のハンデを埋め、成功していたようだ。聴衆に背を向けて正面から構図やバランスを確認することができない難しいシチュエーションだったが終演後、作品をカメラに収める参加者が多かった。全体をリードし流れを作っていったのはもちろんギターの高谷である。ガットにエレキ、最後にはシンセ・ギターまで持ち替えて巧みにシーンの彩りを変えていった。アンケートに「ギターの音色がとても柔らかく“ふるさと”をテーマにしたコンサートに相応しかった」
とあったのは、高谷の狙いが見事に当たったことを証明している。そう、井口師も高谷も偶然ではあるが、同じ『故郷(ふるさと)』というタイトルのCDをリリースしているのである。

終演後、さっそく来場者のふたりから公演の申し出を受けたが、このギターと詩吟とフラワー・アレンジメントというユニークなコラボレーションが聴衆にアピールできたことを物語っているようだ。


*初出 :Jazz Tokyo #142 (2010.7.28)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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