「リトアニアのジャズについて」
ヨナス・リムサ

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text by Jonas Rimsa ヨナス・リムサ
translated by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

1.リトアニアではいつジャズが演奏され始めたか

おそらくもっとも答えを出しにくいが、重要な問いのひとつを挙げてみよう。「リトアニアでプロが演奏するジャズを聴けるようになったのは何時のことだろう」。良く知られた伝統的なアメリカのジャズのメロディが前世紀の30年代に一時的に首都であったカウナスのレストランやコーヒー・バー(「Metropolis」や「Versalis」など)で演奏されていたという記録は残されているが、演奏の録音が残されていないので、それが本物の即興であったのかどうかは想像するしか手はないのである。この種の音楽は、戦後期にソヴィエト・イデオロギーによってほとんど姿を消してしまった。政治の雪解けがあった50年代の終りに、正確には1958年に、初めてヨーザス・ティスカス(Juozas Tiskasu) 率いるリトアニア・ヴァラエティ・オーケストラが国立フィルハーモニック・ソサエティの中に設立され、1966年まで存続していたのだ。このオーケストラは、通常は、各国の良く知られたメロディーを歌う歌手の伴奏を務めていたのだが、レパートリーには器楽だけのジャズ演奏もあったということが知られている。このオーケストラでは、リトアニアだけではなく、その他のソヴィエト共和国出身のプロのミュージシャンたちが演奏していたのである。よくスイングするジャズ・アンサンブルも組まれ、1963年以降はこのジャンルのさらに器楽的な音楽がコンサートで演奏されたのだ。このオーケストラが優秀であったことは、1985年4月28日にヴィリニュス(Vilnius) で開かれたコンサートで演奏された4曲を収録したレコードで確認することが可能である。このレコードは、現在、国営ラジオ局の基金に保存されている。

最終的には、ジャズはアカデミックな領域でも認知されるようになった。音楽学者のL.サルテニス (L.Saltenis/1941-1994) は次のように書いている。『この傾向の音楽の最初のコンサートは、1962年3月、国立音楽院の大ホールで行われ、ヴィルニュスのスタイルを異にする3バンドが順次演奏した。当時もっとも人気のあったわれわれのジャズ・ユニット「国立音楽院のディキシーランド(このユニットは1961年から1994年までの期間存続した)、存続期間は短いものだったが、L.サルテニスとE.プードカス (E.Puidokas) が率いたスイング傾向のクインテット、それにV.ガネリン(V.Ganelin) 率いるカルテット。後者はモダン・ジャズの作品を認知させようと試みていた(註1)。その後も、この種の音楽のコンサートがリトアニアで増えていったのだ。ヴィルニュスの若者向けのコーヒー・バーの中にジャズ・クラブが1軒作られ、ツアー中のバンドのメンバーが立ち寄ったり、ジャズの歴史に関する講義が持たれたり、レコードの鑑賞会が行われたりした。ヴャチェスラフ・ガネリン(Vyacheslav Ganelin)とオレグ・モロコエードフ(Oleg Morokojedov) が率いるアンサンブルやヴィルニュス出身のミュージシャンが1965年と1967年にタリンで開かれたジャズ・フェスティバルに参加し好評を得た。1968年には、初めてのジャズ・フェスティバル “Jaunyste-68” がリトアニアの小さな町エレクトレナイ(Elektrenai) で開催されたが、その種のイヴェントが次に行われたのは、1980年ビルストナス(Birstonas)であった。その後のリトアニアのジャズの発展は、70年代の始めに流入してきたロックと当時の政府の無関心さによって一時的ではあったが阻害されることになった。

*註1: L. Saltenis. M?za su mikrofonu. Mintis. Vilnius. 1983, p.13.

2.「ガネリン・トリオ」の国際的成功

Ganelin Trio (Vyacheslav Ganelin, Vladimir Chekasin and Vladimir Tarasov) Photo by Mephisto,Paris

ジャズという音楽に対する興味は、ポーランドのワルシャワで開催された国際ジャズ・フェスティバル「ジャズ・ジャンボリー’76」における「ヴャチェスラフ・ガネリン・トリオ」の大成功によって再燃することになる。リトアニアで1971年から1987年まで活躍したこのトリオは、国際的に認知される存在となった。“GTC”とも略称されるが、国際的には「ガネリン・トリオ」(註2)として知られるこのユニットは、つねに自らのオリジナル作品を前衛的ジャズとして演奏し、ヨーロッパ諸国に加え、アメリカ、カナダ、キューバ、そしてインドを楽旅した。ヴャチェスラフ・ガネリン(ピアノ、キーボード)、ウラジミール・チェカシン(Vladimir Chekasinサックス、クラリネット、 その他の管楽器)、ウラジミール・タラソフ(Vladimir Tarasovパーカッション)で構成されるこのユニットは、リトアニアという国の存在を海外に知らしめただけではなく、自国のジャズの聴衆と若い世代のミュージシャンを啓蒙する功績があった。独自のジャズ教育の方法論を開発したV.チェカシンは、1975年以来、ドヴァリォナス(Dvarionas) 音楽学校と国立音楽院(現在の、リトアニア音楽演劇アカデミー)で教鞭を執りながら、1976年から1988年にわたってビッグバンドも率いたのだった。80年代にキャリアをスタートさせたミュージシャンの多くは彼の生徒である。国立音楽院で作曲技法を習得したV.ガネリンは、ジャズだけではなくクラシックの作曲にも手を染め、1967年から1987年にかけてリトアニア・ロシア・ドラマ・シアターの音楽分門のリーダーを務めたが、1987年にイスラエルに移住、現在ではエルサレム・ミュージック・アカデミーで電子音楽の作曲技法を教えている。
*註2:M.Erlewine, V.Bogdanov, Ch.Woodstra, S.T.Erlewine, S.Yanow 編『All Music Guide to Jazz』(3 版、1988年Miller Freeman Books、San Francisco刊、 p. 403参照)

3.80年代を代表するミュージシャンたち

80年代を代表するミュージシャンで知名度の高いのは以下の通りである;サックス奏者としてはピャトラス・ヴィシニャウスカス(Petras Vysniauskas)、ヴィタウタス・ラブティス(Vytautas Labutis)、アレクサンドラス・フェドトヴァス(Aleksandras Fedotovas), ピアニストではサリュース・シャウチゥーリス(Saulius Siauciulis)、ジンタウタス・アバリュウス(Gintautas Abarius)、トロンボーン奏者でありまたヴォーカリスト、マルチ・インスツルメンタリストでもあるスキルマンタス・サスナウカス(Skirmantas Sasnauskas)、ベーシストのレオニーダス・シンカレンコ(Leonidas Sinkarenko)、それにドラマーのゲジミナス・ラウリナヴィシャス(Gediminas Laurinavicius)。彼らの多くは現役として活発に演奏活動を続けており、さまざまなバンドを率いて教育的な活動を展開している。彼らはまたさまざまな国際的なプロジェクトに参画したり、ジャズ・フェスティバルに参加しているが、主な例としては、“East-West Vapirov Project”, “Octet Ost”, “Jazz Baltica Ensemble”, “New European Saxophone Quartet”, “Moscow Composers Orchestra”, “Ford Montreux Jazz Festival” (USA), “Jazz Expo” (Italia), “Vision Festival XII” (USA) 等々である。2007年にNYで「ガネリン・トリオ・プライオリティ」と共演したピャトラス・ヴィシニャウスカス(Petras Vysniauskas)は、内外で多くのコンサートに出演経験があるが、米国のジャズ・ジャーナリスト・アソシエイション(JJA)の会長で、プロデューサーでもあるハワード・マンデルから以下のように評価された;『リトアニアのソプラノサックス奏者ピャトラス・ヴィシニャウスカスは、ソプラノサックスに特化している真の意味でもっともオリジナルなミュージシャンのひとりであると信じて疑わない。独特の間を持って決然と繰り出される鋭角的なフレーズ、彼の力強いサウンドは、かつてのサム・リヴァースよりも強力で芯があり、たとえば、エヴァン・パーカー的ポリフォニックではなくとも、かのスティーヴ・レイシーを凌ぐ密度を持っている』。

4.90年代を代表するミュージシャンたち

Dainius Pulauskas group

1990年にリトアニアが再び独立を勝ち取ると、ジャズやその他のジャンルの演奏家にとって演奏したり、学んだり、さまざまなプロジェクトを創造する可能性がさらに広がっていった。ピアノのダイニュース・プラウスカス(Dainius Pulauskas)、アルツラス・アヌサウカス(Arturas Anusauskas)、トマシュ・クタヴィシュウス(Tomas Kutavicius)、アルナス・スラウスタス(Arunas Slaustas)、エギデュース・ブオージス (Egidijus Buozis)、コントラバスのエウゲニュース・カネヴィチュース (Eugenijus Kanevicius)、サックスのリューダス・モツクーナス(Liudas Mockunas)、ダニエリュウス・プラスパリャウスキス(Danielius Praspaliauskis)、アルギス・キリス(Algis Kilis)、ヤナス・マクシモヴィシュウス (Janas Maksimovicius)、トランペットのヴァレリュウス・ラモスカ(Valerijus Ramoska)、ヴィタウタス・グルブリャウスカス(Vytautas Grubliauskas)、ドラムスのアルヴィダス・ヨッフェ(Arvydas Joffe)、アルカジュウス・ゴテスマナス (Arkadijus Gotesmanas)、ギターのヨーザス・ミラシュース(Juozas Milasius)、ヴォーカルのネダ・マルナヴィシューテ(Neda Malunaviciute)、ダイーヴァ・スタリンスカイテ (Daiva Starinskaite)は90年代のミュージシャンということができる。

5.リトアニアのジャズ・フェスティバル

人口300万の小国でありながら、現在、リトアニアでは5つのジャズ・フェスティバル(そのうち2つは首都ヴィルニゥス)が組織されているが、かつてはもっと多かった。隔年の3月末、リゾート地のビルストナスでは30年間も続けられていたのだ。当地ではさまざまなスタイルのジャズが演奏されると同時に、この即興芸術の発展を反映するフェスティバルでのさまざまな決定的瞬間を捉えた写真を集めた写真展が開かれるのである。このビルストナスのフェスティバルには各国のゲスト・ミュージシャンも参加するが、リトアニアの他のフェスティバルに比べ、リトアニアのミュージシャンが中心となる。1988年以来毎年開かれている国際的なフェスティバル「ヴィルニウス・ジャズ」は、“ヨーロッパ・ジャズ・ネットワーク”の一員として、ゲーテ協会、英国領事館、米国アート・インターナショナルと連携して開催されている。音楽の傾向としては、新しく、前衛的なジャズということができる。リトアニア第2の都市、カウナスで1991年以来毎年開かれている国際フェスティバル「カウナス・ジャズ」では、多くの有名なミュージシャンが参加してさまざまなスタイルのジャズが演奏されている。
2002年に初めて開催された「ヴィルニウス・ママ・ジャズ」では内外の大規模なオリジナル・プロジェクトが披露されている。

6.他国で学ぶ若い世代のミュージシャンたち

ジャズ・ミュージシャンをめざすものは、リトアニア音楽演劇アカデミー(リトアニア・アカデミー・オブ・ミュージック・アンド・シアター)などの教育機関で訓練を受けることになる。その他、近年では、デンマーク、オランダ、フィンランド、スウェーデン、ドイツ、アメリカの音楽学校を卒業したり、勉学中の若者が増加している。卒業生のなかには、サックス奏者リューダス・モツクーナス(Liudas Mockunas)やコントラバス奏者ヴィティス・ニヴィンスカス(Vytis Nivinskas)のようにリトアニア音楽演劇アカデミーのジャズ部門で後進の指導にあたったり、さまざまなコンサートに出演している者もいる。若い世代のなかでもっとも知名度の高いジャズ・ミュージシャンは、サックス奏者のケストゥーティス・ヴァイギニス(Kestutis Vaiginis)、アレクサンダー・ライヒェノック(Alexander Raichenok)、ドヴィダス・シタルモカス(Dovydas Stalmokas)、トランペッターのレオナルダス・ビャクシャ(Leonardas Beksa) 、ミンダウガス・ヴァドクリス(Mindaugas Vadoklis)、ピアニストのディミトリュース・ゴロヴァノヴァス(Dimitrijus Golovanovas)、ドラマーのダリウス・ルーディス(Darius Rudis) 、マリュース・アレクサ(Marijus Aleksa)がいる。

7.縦横に活躍するリューダス・モツクーナス

Liudas Mockunas
Photo by Dmitrij Matvejev

あらゆるタイプのサックスとクラリネットに通じたリューダス・モツクーナス(Liudas Mockunas/1976年生まれ)は、ジャズと古典の音楽教育を受けている。彼は、国立チュールリオニス(Ciurlionis)芸術学校で音楽を学んだ後、2002年にリトアニア音楽演劇アカデミー、2005年にコペンハーゲン・リズム・ミュージック音楽院(デンマーク)の大学院のジャズ部門をそれぞれ卒業した。彼の場合、作曲においても即興演奏においてもフリー・ジャズと前衛的な現代音楽の垣根が極く自然に取り払われている。例えば、モツクーナスの素晴らしい共演者のリストには非常に興味のある名前が並んでいる;マルク・デュクレ、アンドリュー・ヒル、スコット・コーリー、ナシート・ウエイツ、ミッコ・イナネン(Mikko Innanen)、バリー・ガイ、宝示戸亮二(Ryoji Hojito)、ピエール・ドルジ(Piere Dorge)、ヤーク・ソーエール(Jaak Sooaar)、ウラジミール・タラソフ、ウラジミール・チェカシン、マッツ・グスタフソン、マッツ・アイラーセン(Mats Eilertsen)、マーク・ソルボルグ(Mark Solborg)などである。2000年には、デンマークのドラマー ステファン・パスボルグとアンサンブル「トキシクム(Toxikum)」を結成し、デンマークでリリースされた同名のアルバムは「ジャズ・ディスカヴァリー・オブ・ザ・イヤー2004 (Jazz Discovery of the Year 2004)」を受賞している。またモツクーナスは、国籍をまたぐアンサンブル、「レッド・プラネット」、「バルチック・トリオ」、「リヴォルバー」のコ・リーダーであり、自身ではリトアニア音楽演劇アカデミージャズ部門のビッグバンド を率いている他(註2)、「コペンハーゲン・アート・アンサンブル」、「オデッサ5」、ニュー・ミュージック・アンサンブル「ガイダ」のメンバーでもある。さらに、ソロイストとしてのリューダス・モツクーナスは、リトアニア・ナショナル交響楽団(Kaspar Zehnder指揮)、聖クリストファー室内オーケストラ、リトアニア・ステート交響楽団(Donatas Katkus 指揮)、クライペダ室内オーケストラ(首席奏者Mindaugas Backus)とも共演している。

*註2: Jurat? Kucinskaite. MILC. Vilnius. 1997-2008. Website: www.mic.lt

8.国際的に認知され始めたケスチューティス・ヴァイギニス

ケスチューティス・ヴァイギニス(Kestutis Vaiginis/1978年生まれ)は、リトアニア音楽演劇アカデミーのピャトラス・ヴィシニャウスカス(Petras Vysniauskas) 教室をマスター学位を得て卒業した若い世代のサックス奏者で、ジャズとクラシックを演奏する。その後、オランダのオウリンス・クラウス・音楽院に学び2006年学士号を得て卒業、さらに2008年にはコンセルヴァトリウム・ヴァン・アムステルダムをマスターの学位を得て卒業している。ヴァン・アムステルダムの奨学金を得たK.ヴァイギニスはさらにニューヨークのマンハッタン音楽学校に学び、著名なサックス奏者スティーヴ・ウィルソンやダニー・マッキャスリンについて一学期間専門教育を受けた。K. ヴァイギニスは、内外のコンペティションで6つ(2005年のオランダで開かれたジャズ・フェスティバル「Leiden Swingt!」での3位も含めて)の受賞歴があり、多くのリトアニアの著名なミュージシャンと共演してきている。オランダで勉学中の2003年以来、アンサンブル「SiBuLi」やサキソフォン・カルテットの「Differences」など国際的なグループでの活動が増え出している。(註4)K.ヴァイギニスの自作曲、編曲、即興演奏は2008年にリリースされたCD『Unexpected Choices』 (SECD 018)に収録されている。このアルバムの制作にあたっては各国からミュージシャンが参集、手を貸している。
*註4:Ibid

9.ピアノの新星ディミトリ・ゴロヴァノフ

ピアニストのディミトリ・ゴロヴァノフ(1983年生まれ)は、リトアニア音楽芸術アカデミー(A.アヌサウカス・クラス)を卒業後、ライプチヒ(ドイツ)のメンデルスゾーン音楽院でリッチー・バイラークの教えを受けた。彼は、世代の異なるリトアニアの名だたるミュージシャンたちとメインストリーム・ジャズ (ビッグバンドと)からオリジナルのモダン・クリエイティヴ(サンサンブル「Riot」)までさまざまなスタイルの音楽を演奏している。リトアニアはいうまでもなく、フィンランドやベラルースのジャズ・フェスティバルに出演する他、さまざまなコンペティションをも勝ち抜き、現在ではリトアニア音楽芸術アカデミーの講師をも務めている。

10.群を抜くドラマー  ルーディスとアレクサ

若い世代のドラマーの中で、ダリウス・ルーディス(1982年生まれ)とマリウス・アレクサ(1985年生まれ)は、技術と守備範囲の広さで群を抜いている。彼らは、リトアニアや諸外国のミュージシャンとモダン・メインストリーム・ジャズ、フュージョン、ラテン、クロスオーバーなどを含むさまざまなジャンルの音楽を演奏している。ルーディスはまたヴィルニュス・カレッジやリトアニア音楽芸術アカデミーの講師でもある。

11.リトアニアのレコード・レーベル

リトアニアにはさまざまなレーベルやディストリビューターがあり、ジャズのCDやDVDをリリースしている。主なところでは、「Juosta Records」「Semplice」「Pukas」「LRT」「Intervid」「Prior Records」等々。これらの多くは、1993年に設立された「Bomba」の子会社で、さまざまなジャンルの音楽をリリースしている。「Semplice」からリリースされた2組のアルバム・セット(各3CDセット)、『リトアニアン・ジャズ』SECD011とSECD014は、歴史的にも重要な作品である。2008年に設立された「NoBusiness Records」(www.nobusinessrecords.com)は、ジャズだけをリリースする唯一のレーベルである。彼らのカタログには、ディヴィッドS.ウエア、チャールズ・ゲイル、ジョー・マクフィー、バリー・ガイ、ウィリアム・フッカー、「ATOMIC」、マッツ・グスタフソンの他、リューダス・モツクーナス、アルカデュース・ゴテスマナスなど海外でも知られたリトアニアのミュージシャンが含まれている。

12.その他のリトアニアのジャズ・グループ

1. Klaipeda Jazz quartet (1970-1985) リーダー:S. Siauciulis
2. P. Vysniauskas’ quartet (1981-1985)
3. V. Cekasinas’ quartet (1981-1991)
4. S. Sasnauskas’ quartet (1986-1989)
5. “Vilnius Jazz Quartet”
(1989年結成,メンバー: V. Labutis, O. Molokojedov, L. Sinkarenko, G. Laurinavicius)
6.“Lithuanian Jazz Trio” (1989年結成,メンバー: V. Labutis, L. Sinkarenko, A. Joffe) 7. “Labutis Jazz Quartet” (1990-2005)
8. A. Anusauskas’ quintet (1993-1995)
9. Quintet “Dziazo nubloksti“ (1994年結成)
10. “Doudi Jazz Band“ (1996年結成) リーダー:V. Grubliauskas
11. D. Praspaliauskis’dixieland (1996年結成)
12. D. Pulauskas’ sextet (1996年結成)
13.“Leonid Sinkarenko Jazz 4” (1997年結成)
14.“Saules kliosas” (2000年結成)
15.“DixXband” (2003年結成) リーダー:R. Arnasius
16.“Contra Jazz” (2003年結成)リーダー: A. Slaustas, D. Praspaliauskis
17.“D‘Orange” (2004年結成)リーダー:D. Aleksa
18.“Traffic Quartet” (2004年結成)
19.“Riot” (2005年結成)
20.“Saga Quartet” (2006年結成)
21.“Magic Mushrooms” (2006年結成)

13.その他のジャズ・オーケストラ

1. Lithuania Academy of Music Klaipeda Faculties Jazz Orchestra (1975-1993)
リーダー:P. Narusis
2. Lithuanian Radio and Television Big Band (1985年結成) リーダー:J. Cechanovicius
3. Kaunas Big Band (1991年結成) リーダー: R. Grabstas (1991-2009), S. Sasnauskas (2009年以降)

編集部註:
本稿は、リトアニアのジャズ専門レーベル「NoBusiness Records」のダナス・ミカイリョーニス氏(Danas Mikailionis) を通じてヨナス・リムサ(Jonas Rimsa)氏に執筆を依頼、現地でリトアニア語から英語に翻訳された原稿を稲岡が和訳したものである。なお、人名の日本語表記については、東欧スラブ音楽リサーチセンターの岡島豊樹氏にアドヴァイスをいただいた。(稲岡)

*リューダス・モツクーナスと宝示戸亮二のCD『Vacation Music』(NoBusiness Records)の発売記念日本ツアーについては;http://homepage3.nifty.com/musicircus/

*初出:Jazz Tokyo #144 (2010年9月3日)

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