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Reflection of Music 横井一江No. 240

Reflection of Music Vol. 59 八木美知依


八木美知依 @JAZZ ART せんがわ2016/スーパーデラックス2018
Michiyo Yagi @JAZZ ART SENGAWA, September 17, 2016 / Super Deluxe, Tokyo, March 23, 2018
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


八木美知依のさまざまな演奏活動は、これまでの箏奏者の活動範囲を超越している。フライヤーなどで見かける「ハイパー箏奏者」という呼称は、キャッチコピーのようでもあり、彼女の音楽的姿勢を上手く言い当てている。

私が彼女の演奏を初めて観たのは、1990年代初め、横濱ジャズプロムナードでの齋藤徹のステージだったように思う。その後、沢井忠夫・沢井一恵門下生で結成した箏アンサンブル「KOTO VORTEX」を知ることになる。それ以上に、さまざまな即興演奏家とのセッションで八木美知依の姿をあちこちで見た記憶がある。

彼女と即興音楽との接点はやはり沢井一恵の存在を抜きには語れないだろう。沢井は邦楽というジャンルを超えて、現代音楽や即興まで箏の可能性を広げた先駆者と言っていい。80年代後半に3ヶ月ほどアメリカに滞在した沢井が、若い音楽家が組織していた「Bang on a Can」フェスティヴァルに出かけ、ジョン・ケージの知遇を得、ジョン・ゾーンなどとも知り合う。後に「Bang on a Can」フェスティヴァルではケージ作品を演奏しており、そのバックに八木はいた。そのような影響をダイレクトに受けたのが90年代の八木美知依だったのではないだろうか。

しかし、彼女の活動はそこに留まらなかった。なによりも驚いたのはエレクトリック箏の開発である。箏の歴史を辿ってみると、近代に入ってからいろいろな箏が考案されている。宮城道雄による17絃や野坂惠子(野坂操壽)の20絃(改良されて絃は21本になったが、20絃と呼ばれている)のみならず、さまざまな絃の数の箏が作られてきた。エレクトリック箏という発想も生まれた。最初にそれを考案したのはおそらく桜井英顕で、プリミティヴなものをライヴで使用していたと推察される。しかし、八木美知依ほど本格的に取り組み、積極的に使用している奏者は他にいない。エレクトリック箏を開発した理由を八木に尋ねたら、共演したいと思う音楽家に音量の気遣いをされずに演奏したかったということにつきるという。確かに邦楽という枠の外で、即興演奏家達と対峙するには楽器の音量という問題をクリアする必要はあった。それは21絃から始まり、17絃ベース箏、さらに18絃ベース箏を今では用いている。ピックアップやエフェクターを常にアップグレードしており、楽器の改良が音楽にも反映されているといっていい。日本・ヨーロッパで共にツアーをしたペーター・ブロッツマンをして、「ミチヨは強い」と言わしめたパワフルでアグレッシヴ、かつ繊細な演奏を可能たらしめたのもエレクトリック箏あってこそだったのだ。

今年、八木は『Into the Forest(仮)』というアルバムをリリースする予定だという。メンバーは、八木美知依トリオのメンバーである須川崇志(cello,b)と田中徳崇(ds)、そして彼女と「道場」というパワー・デュオでも活躍している本田珠也(ds)。ソロ演奏も含め、アルバム収録曲は全てオリジナルで、ジャズロックっぽい<MZN3>、プログレ調の<森の中へ>、中央アジアのツアーに行った時に移動中のバスの中から見た景色、草原からインスパイアされて書いたという<Song of the Steppes>、また地歌の発声で歌う<通り過ぎた道>など。自分がやりたかった音楽がすべて詰まっているという。アヴァン・ポップ、プログレ、ジャズロック、地歌、フリージャズ、アンビエントなどジャンルを超越したまさに八木美知依の世界だ。多様な音楽が飛び交う現代、その音の交差点に彼女が立っているような感がある。

下のスライドショーは、3月23日のスーパーデラックスでの『夢見月』と題したライヴで撮影したもの。ファースト・セットはアイヴィン・オールセット(g)とのデュオでのアンビエントな世界、セカンド・セットはデュオに本田珠也(ds)が加わった編成でパワフルな展開、アンコールではアンネ・マリー・ヨルチ(vo)が加わるという構成だった。デュオでのサウンドスケープ的な要素も感じられる音空間は、エフェクターを効果的に多用して、ポスト・クラシカルにも通じる内容である。八木のエレクトリック箏によるさまざまな音表現は、楽器の進化も窺わせるもので、エレクトロニックな世界では随一のオールセットのギターと相俟って、たゆたうような音空間に身を浸らせた「音見月」な体験だった。ちなみに、このデュオでも録音をしており、CD制作が予定されているという。

かつて沢井一恵にお話をうかがった時に、箏という楽器が世界中の様々な楽器の中で同時代的に生き残ってほしいということを言っていた。今、その最先端にいるのが八木美知依である。

スライドショーには JavaScript が必要です。


【八木美知依 4月~5月ライヴ・スケジュール】

4月15日(日)  東京・渋谷  公園通りクラシックス
SOUND MOVMENT PHOTOGRAPHY
八木美知依(17絃箏、21絃箏、エレクトロニクス)+小暮香帆(ダンス)+榊水麗(写真)トリオ

4月19日(木)  東京・渋谷  公園通りクラシックス
河崎純(b) 八木美知依(17絃箏、21絃箏)デュオ
ご予約・お問い合わせ: ビオロギヤ・ミュージック kawasaki_jun6@r7.dion.ne.jp

5月4日(金)  東京・下北沢  レディジェーン
八木美知依(21絃箏、エレクトロニクス、Vo) 田中徳崇(ds)デュオ
Tel: 03-3412-3947 (Lady Jane)  03-3419-6261 (Bigtory)

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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