特別寄稿 「良い音、忠実な音、心地よい音、太い音、細い音、歪と飽和の識別原理」

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text by Ryo Kawasaki 川崎 燎
photo: © Marko Kivimäe // marko.kivimae@eesti.ee

ちょっと思いついた事柄なので忘れない内に書き留めておきます。

先ず音楽に関してこれらの違いは何かと言うと、

1)アーチストが発信する音が先ず一番の基本となります、それらが例え歪んでいようと、飽和してようと、多少音程が外れていようと、もしアーチストがこれが自分の求めている音であり満足の行くものであればそれを修正する必要はない事になりますが、もしアーチストが気に入らなければ、録り直すなりポスト・プロダクションの過程で修正する事になります。

2)次はこのアーチストが発信した音をより忠実に何も加えたり差し引かずに録音するのが録音技師の使命となります。

3)但しこの録音過程に於いて使用する機材、マイク、ダイレクト、プリアンプ、最終録音メディア(アナログのテープ・スピード、テープ幅、使用するノイズ・リダクションの種類、デジタル録音の解像度、ビット数)の違いや性格でこのアーチストが発信した音を何処までより忠実に録音出来るかと言うと厳密には千差万別となりアーチスト、プロデューサー、そして録音技師の間の妥協で何を良しとするかを決めることになりますが実際の過程ではお互いの間の信頼関係で成り立っていて敢えて現場でこの部分に時間を費やす事はプロの職場では有り得ませんので信頼出来る録音技師を雇うというのが要となります。

4)アナログ・テープを使用する場合は自然な歪と飽和が足されますのでその程度とレベルの設定でS/Nを最小限に止める作業から始まります。歪とは何かと言うと原音には含まれていない倍音が追加される現象でありある程度の微量の歪の場合は音が太く聞こえたり高域が気持ち良く聞こえると言う錯覚なり反能が見られこれがひいてはより良い音、太い音或は心地良い音などの印象に繋がり、倍音の追加されないデジタル録音の場合はアナログに較べて細い音、つまらない音に聞こえると言った様な印象を与える事もあり得ますが厳密にはデジタルの方がより原音に近い録音が可能となります。

5)再生メディアの場合も同様でLP,EP等のVinylではそれぞれの特色が再生機器類のチェインを通して追加されますのでそれをより良い音と解釈する傾向も生じるでしょうがこの辺はきりのない個人的なマニアックな追求になりアーチストの発信した音をより忠実に再現するのとは異なった再生技術・アートの分野になると思われます。

歪(Distortion)と飽和(Saturation)の音響工学に於ける解釈の仕方は日本語と英語では多少異なるので僕なりの解釈なりで説明してみます。何れも基本的には音のシグナルの通る各機材にはそれぞれ綺麗に音源の波形を通過させるなり録音するなり再生するなりの過程に於いて耐えられるレベルの上限があり「一番馴染みのあるのは俗に言われるVUレベル・メーターで0dbと言う基準点があってそれ以上はダメ(赤)それ以下はセーフ(黒)」波形を原音のママの形で通したり録音したり再生できるのが理想とされておりますが実際には各種の理解と対応技術を会得せねばより純粋で高度な録音や再生技術は学べないと思われます。

1)飽和(Saturation)とは各機材の耐えられる上限レベルを超えたシグナルが入力されるとそれぞれの波形のてっぺんが潰されて例えば綺麗なサイン波や三角波のてっぺんが矩形波の様に潰されて通過、録音、再生されてしまい音楽でなくノイズの成分を含んだ音に変えられてしまいます。

2)歪は以上の飽和した波形が耳で簡単に識別出来る状態でもありますがそれ以外にも各種の歪の形態があり、ある種の歪は音楽効果をより広げられる音楽の原音として種々使われています。例えばジミ・ヘンのギター・サウンド、B3のオルガン・サウンド、フェンダー・ローズの歪を効果的に利用したサウンドなど数限りなくありますので一概に歪は非音楽的なサウンドとはなりません。歪の一部の種類は各種の倍音を生じて原音に付け足される効果もありこの倍音に関しては整数的に割り切れる効果的で気持ち良く聞こえる倍音と割り切れない倍音が生じる可能性があり後者の倍音は非音楽的なノイズと聞こえます。アナログ・テープ録音などで生じる微妙な少量の整数で割り切れる倍音はかえって音を気持ち良く聞こえさせる効果もあります。

3)S/N比(シグナルとノイズ・レシオ)は音響技術に於いて最も大切な概念でありノイズ成分の多い音は基本的には悪い音となりますがそのノイズ成分は上記の飽和や歪も含めて多種多様にあり一概には何がノイズであるかの識別はケース・バイ・ケースで行われます。例えばギターの弦の軋みやフレット・ノイズは果たして非音楽的なノイズであるか、管楽器奏者の唾や呼吸のノイズ、歌手の呼吸や口から漏れる音楽以外のノイズ、キースやプーさんのピアノを弾く際のうめき声、ピアノのペダル・ノイズ、テープ・ヒスなど数限りないノイズの可能性があります。

4)さて、アナログやデジタル録音をする際に逆にどの録音レベルで録音すれば最良の音質が得られるのだろうかという疑問も生じると思われますが、僕の経験では飽和直前のぎりぎりのレベルが最良でありS/Nの獲得、各サウンドのDecayのエンヴェロープなどが最良に録音・再生できると思われます。録音のレベルが低すぎると各サウンドのDecayのエンヴェロープの滑らかさが犠牲にされてしまい音楽の中の各楽器のダイナミックスが殺されてしまいます。

取り敢えずにて, Ryo February 6, 2017

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Ryo Kawasaki 川崎燎

1947年東京生まれ。日本大学理工学部卒。在学中の1967年よりプロのギタリストとして活動を開始。1973年渡米、ギル・エヴァンス、エルヴィン・ジョーンズ、トニー・ウィリアムスらと共演を続けながら、ギター・シンセサイザーの発明、音楽ソフトの開発などコンピュータープログラミングの分野でも世界的注目を浴びる。2001年よりエストニア、タリン在住。2017年、新作『Level 8』を発表。

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