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Jazz and Far Beyond

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GUEST COLUMNNo. 249

小説「ゴースト」(中)

text by Yoshiaki ONNYK Kinno  金野ONNYK吉晃

 

<登場人物には実在の人物名を用いていますが、性格や言動は想像上のものです。また歴史的な事実やその順序と合致しているわけではありません>

 

コルトレーンは真剣な顔で答えた。
「ああ、君に参加して欲しい。一緒に凄い世界をみせてやろうじゃないか」
「…とても嬉しいです。本当に!だけど、ちょっと待ってください。まだツアーがあるし」
「アル、音楽の世界に生きている以上、何かを目指さなければならない。君の場合、それはなんだ。俺ははっきりしている。俺は向こう側を見た。ほんの少しだが。俺はもっと見たい」
コルトレーンは、アイラーの目を見据えて続けた。
「このコンボは俺のシップだ。そこに行きつくための船員を求めているんだ。実は、最近、船員が一人降りちまった。俺は期待していたんだけどな。だが、良かったよ。もっと凄い奴がいたんだからな」
「ジョン、わかります。僕も見える。行くべき世界が。それが貴方のと同じかどうか、それはまだわからない。正直言えば、僕はそこから来たと思っています。そうなんです。そしてそこで僕は聖霊に満たされていたのです…」
「アル…」
アイラーの声はうわずりだした。
「僕はまた、そこに帰るでしょう。それは見知らぬ場所ではない。そしてそこに帰るまでに僕にはやるべきことがある。それが僕の音楽なんです。僕のバンドの仲間は、僕の魂を共有しています。もし音楽が良く響かないことがあっても、それは全て僕のせいでしょう。僕がまだ十分になしえていないからでしょう」
「なるほど。では君の魂とやらを俺たちにも分けてくれないか」
アイラーの物言いはまるでプリーチャーのようになった。
「…ジョン、貴方は素晴らしいミュージシャンだ。今まで誰も到達したことの無いサウンドを出している。僕も憧れている、貴方に嫉妬している。どうして僕は貴方のような演奏ができないかと。しかし、それは違うのです。貴方に与えられた使命と、僕のそれは」
コルトレーンは目を伏せて黙り込んだ。
何か怒りのようなものがこみあげてきた。しかしそれは自分の小ささを知ったことによるものだった。
沈黙していたジミーが口を開いた。
「ジョン、あきらめな。こいつは思い上がってる。確かに、いい音は出している。しかし俺は一緒にやりたいとは思わない。こいつは一人で走っていく。ファロアだってそうだったが、奴はまだ音楽をやろうって思ってた。こいつは違う。叫んでる、わめいてる。だったらサックスを持たなくてもいいさ。街角で説教してればいいんだ。この世の終わりが近づいたってな」
アイラーはジミーを一瞥すると、にやりと笑った。
「貴方は分かっている」
そしてコルトレーンに向かうと言った。
「僕はわかりました。やはり、自分のバンドでやっていきます。申し出は本当に嬉しかった。光栄です。でも、また会いましょう」
彼は手を差し出した。
コルトレーンは軽く握り返した。アイラーはアリス、ラシッド、そしてジミーと握手をするとスタジオを出て行った。その後姿は、入ってきたときより大きく見えた。
コルトレーンは急に疲れが出てきたのを感じた。

ニューヨーク、ハーレム、ある集会場。黒人達が激論を交わしている。

「いいか、俺たちの故郷はどこだ?アフリカだ!俺たちは今、どこにいる?ここだ!ユナイテッドステイツだ!ここで俺たちは幸福か?とんでもない!俺たちは搾取されつづけている!…俺たちは奴隷としてここにつれてこられた人々の子孫だ。彼ら、俺たちの祖先は何を持ってきた?何も!ただ牛馬と同じ労働力として、しかも賃金なしの!」

「言葉も、宗教も奪われた....」
「いや、ある。祖先が持ってきたもの。それはソウルだ!それだけは白人に奪われず残った!そして祖先の魂は我々に受け継がれた」
「じゃあ音楽はどうだ…それは変った。楽器はなかった。だからある物全てが楽器になったし、ギターやラッパは俺たち流にやったのさ」
「言葉も変った。俺たちは全て英語を話さなければならなかった。だから歌も祖先のものじゃなくなっちまった。酒や女の歌ばかりになった」
「歌は慰みものになった!そうだろ!」
「しかし変らなかったものがある。声だ!俺たちの声は決して変りはしない。そして声はソウルそのものなんだ!」
「そうだ、だから俺たちが声を合わせて歌うのを白人達は恐れる。俺たちが団結して一つのソウルに結ばれれば、怖いものはないからだ」
「だから、俺たちは教会で歌う。そこなら奴らもだめだとは言えないから」
「まて、教会だって?それは誰の宗教だ?やつらのさ!キリストは、救世主は白いか、黒いか知ってるか」
「白人だろ!だってそうじゃなけりゃ、黒い俺たちがこんなに苦しんでるのを黙ってるわけがない!」
「そうだ!そのとおりだ!俺たちは宗教も奪われてここに来たんだ。俺たちは、俺たちのソウルを結ぶ宗教を持たなきゃだめなんだ!」
「それはアフリカの宗教か?」
「そうともいえるし、そうでないともいえる。しかし、キリスト教でないことだけは確かだ!」
「それはなんだ!?」
「イスラームだ!」
「みんな!我々は教会に隷属することをやめて、イスラームに改宗すべきだ。ムスリムになるのだ!」
「ちょっと待て。我々の先祖をアフリカで捕らえ、奴隷として白人に売り渡したのはイスラム承認だという事を知っているんだろうな?!」
「....」
「それは昔の話だ!今は今だ!」
「ジーザスをアラーに言い換えるだけじゃないのか!」
「そういう奴はいつまでも十字を切ってりゃいいさ!」

多くのジャズミュージシャンが改宗した。そして洗礼名の代わりにイスラム名を名乗った。ムハンマドやアリがジャズ界に溢れた。
しかし、コルトレーンも、アイラーも、決して改宗しなかった。

アイラーのグループが演奏している。
どのパートも延々と音を引き伸ばし、嗚咽しているかのようだ。
これは葬送か。誰を埋葬しに行くのか。ジャズか?音楽か?人類か?
悲しみは、それ自体を超越して、感情の原初にたどり着こうとしている。
そこには受難があった。誰が何の罪を負うというのか。それは誰だ。
聴衆は沈黙している。
全てのテーブルの上には、ぬるくなったビールのグラスが汗をかいている。
客席の片隅にコルトレーンの姿があった。じっとアイラーを見つめている。
コルトレーンは最高のサックス奏者だ。だから、アイラーがサックス奏者以上の何かであるのをわかった。彼は今猛烈にそれを嫉妬している。
何故俺ではなかったのだ。俺は今まで何のために追及してきたのだ。この体を燃やし尽くすまでに酷使して。あの健康そうな若い男が、誰よりも高いところへ赴こうとしている。
俺のバンドは「最も金をとれる黒人達」。そして彼、アイラーのバンドは使徒たち。
突然、肩に手が置かれた。
振り返るとマイルスがいた。相変わらず隙の無いファッションできめている。
ぎろりとした目でコルトレーンをにらんで言った。
「あいつにご執心だそうじゃないか」
「…」
「たしかにそこらの垂れ流しサックスとは一味違うな。何か見えているんだろう」
「わかるか」
「わかるさ。ただ、気に食わない。奴は受けるのを嫌っている。まるで受けることが悪だというようにな。特に白人には『お前達に俺のやっていることが分かるはずがない』とまで言ったそうだ」
「奴は音楽をを商売にしてるんじゃない」
「ああ、だから俺みたいに好きなことができるミュージシャンを蛇蠍の如く嫌い、レコードをどんどん出すのが罪悪だと言うのさ。ジャズを汚しているとか、売り物にしているとかな」
「良くも悪くも契約でしばられている。出さなければならないレコードがある」
「それそれ。まあ俺はやりたいことが山ほどあるから、いくらでも作るさ。アイデアは毎日あふれてくる。今の倍のレコードを出せと契約しても困らないね。まあお前は違うだろうな。どこか奴に似ている」
「マイルス、俺は疲れた」
「それで」
「俺は奴になりたい」
「考えてもみろ。もし奴がお前だったらってさ。お前と同じように苦しんで、そして燃え尽きちまうだろうな。お前より早く」
「そうだろうか」
「やらせてみればいいじゃないか」
そういうとマイルスは連れの、モデルのような白人女性と一緒に出口に向かった。
互いに囁いているつもりが、激しくなった演奏のせいで聞こえる声になっている。
「ねえ、何これ、ジャズなの?ひどい音!」
「ジャズじゃない。いやもう音楽でもないんだよ、ベイビー。行こうか」

コルトレーンは、クラブのマネージャーに、電話を欲しいとアイラーへのメモを託した。
もし彼が電話をしてこなければそれまでだ。かけてこないで欲しいとさえ思った。
果たして、電話が鳴った。
「もしもし、アルバート・アイラーです」
(嗚呼!俺が呼んだのだ)
「やあ、こないだの演奏はまた良かった。マイルスも来ていたんだよ」
「あ、そうですか。なにか言ってましたか」
「あ、うん、君の演奏は。そこらの連中とは一味違うってな」
「....僕は、彼のようにはやりたくはないんです」
「まあ、人それぞれだ。皆やりたいようにやるさ」
「やりたいようにできるジャズメンは限られていますよ。貴方やマイルスはそうかもしれないが」
「...いや、奴や俺みたいになるとかえってできないこともある」
「そうかもしれませんね。でも、そういう状況をなんだか許せない時があるんです。」
「マイルスのことは考えるな。それより君にいい話がある」
「なんですか」
「『インパルス』からレコードを出さないか」
「え?」
「勿論、君のグループでだ」
「ほんとですか」
「君のグループはもう、次の録音とか予定あるのか」
「ないですよ。去年ヨーロッパで録音したのが最後です」
「じゃあ、いいじゃないか。『インパルス』の連中に話をしてみたら、いい感触だった」
「嬉しいなあ。本当にできるんですか」
「よし、じゃあ、後は会社の連中から直接連絡させよう。連絡先はどこだい」
「今は安ホテルに泊まってます。次のギグはピッツバーグですけど、一週間さきです」
「わかった。じゃあ番号を」
(ああ、遂に彼を籠に入れてしまった。)

アイラーはインパルスと契約した。大御所コルトレーンの折り紙つきの遅れてきた新人だ。今まではマイナーレーベルでしか録音がない。
実を言えば、アイラーには幾つかのメジャーな会社から契約の話はあった。しかしそれまでの慣例通り、全く黒人ミュージシャンには不利だらけの内容だったこともあり、全て蹴ってきた。
今回の内容は違う。ある意味、ほとんどアイラーの要求をのむ形になっている。契約金もけた違いだ。
コルトレーンと、その弟子とも言えるファロアのアルバムがどんどん売れて、会社としては三人目の大物を逃がしたくなかったのである。

アイラーは勇んでリハーサルを開始した。練習にまで最高のスタジオを使えるのだ。彼はコルトレーンを訪ねてきた。
「本当にありがとう。いい環境でやると音が全然違うな。なんだか余裕ができてしまう。いいのか悪いのか分からないんだけど」
「初めはとまどうものだよ。でも、そのうちなれる。最初のアルバムはどうするんだ」
「ライブにしようと思います。一番それが緊張感があるし」
「俺もライブ録音は好きだ。客の熱気も伝わってくるしな」
「それから...メンバーも少し変えてみようと思います」
「でも、君の魂を分かちあった仲間だったんじゃないのか」
「それは勿論、今でもそうです。でも新しいメンバーにも僕の魂は伝わるはずです。そうでなければ一緒に演奏は出来ないですから」
「期待しているよ」

アイラーのグループは「グリニッチ・ヴィレッジ」でライブ録音をした。アイラーの主張で二枚組のレコードが作られた。ジャズ界は、遂にあのアイラーがメジャーデビューしたことで騒然となった。

「ふふん、ジョンめ、何を考えている」
マイルスはつぶやいた。彼もまた新しい構想を練っていた。しかし今度はちょっと厳しいものがある。
まずはリズム隊の問題だ。ロンがどうしてもネックになる。いや、トニーもか。
これまでやってきたことを壊さなければだめだ。これまでなら、ロンとトニーは最高のリズムだ。しかし俺は今それを脱しようとしている。
ロンは俺のやりたいことを理解していない。それどころか嫌ってる。トニーはいつものとおりだ。どういおうが変らない。こいつらには随分助けてもらったが、もうだめかもしれない。
時代が変ったのだ。いや、違う。俺が時代を変えるのだ。
スライ・ストーンっていったな。あのアフロヘアのファンキーな奴め。すごいグルーヴだ。あの単純極まりないリズムとリフ!
そしてもう一人、ジミ・ヘンドリックス。あいつは本当の天才だ。
俺は、自分のバンドにあの二人を入れたいほどだ。しかし、そうはいかない。
ジョンはお人よしだから、才能のある若い奴を自分のところにいれたがる。それじゃだめだ。才能があっても埋もれてる奴を見つけるんだ。
白でも黒でもかまわない。俺はそういうことにかけては誰よりわかってるのさ。ジョン、お前だってそうだった。

アイラーのライブアルバムに対する評価は分かれた。絶賛と罵倒。
彼はそれでいいと思った。
「僕は自分の音楽がより多くの人に聴かれるのは悪いことではないと思う。だけど、それを皆が理解できるかどうかは別だ。いや、違う。感じれるかどうかだな。僕は語りかけてる。でも地上の言葉じゃないんだ」
彼はインタビューに答えた。それがまた批判的な連中の怒りを煽った。

ニューヨーク、あるジャズクラブ。
「奴は盛んに聖霊だ、魂だと言う。だが結局はレコード会社に飼われているんじゃないか。笑わせるな」
「アイラーの演奏は真のジャズだ。これがまさにニューシングなんだ。ニュージャズなんだ」
「奴の演奏は良かった。そう、昔は良かったのさ」
「多くのニュージャズ・ミュージシャンがいる。しかし本当に新しいことをやっているのはアイラーだけだ」
「ちょっと待て。セシル・テイラーはどうだ。アート・アンサンブル・オブ・シカゴはどうだ。ドン・チェリーは、サン・ラのアーケストラはどうなんだ」
「すごい奴等は皆ヨーロッパにいっちまったぜ。やらせてもらえないからな」
「ムスリムネームを名乗るだけでお断りだ」
「じゃあ、ほんとはコルトレーンもそうしたかったのかな」
「わからん。でもシェップやロリンズみたいに、見た目の格好でわからせようという奴もいる」
「アイラーはどうなんだ」
「あいつはクリスチャンさ。神よ神よって叫んでるんだ」
「あいつの神は教会にいるのか?」
「ほんとの神は、クリスチャンもムスリムも関係ないんじゃないか」
「一体音楽の話なのか、宗教の話なのか、これからどうなるんだ、ジャズは…」
「…」
「…」
「オーネットが復活したらしい」
「ジャズを変えた男だ!また何かやってくれる」
「奴は相変わらずだ。下手なペットやバイオリンも」
「マイルスは何をしているんだ。最近はおかしな事を始めたようだが」
「ああ、あいつはロックをやりたいんだ」
「何だって?」
「もう黄金のクィンテットはないのさ。ロンもトニーもくびだとさ」
「ベースもピアノもエレクトリックにして、ロックリズムで、ロックギターも入れるらしい」
「ロックなんて、白人の、ヒッピーどもの、ガキの音楽だ」
「一体どうなるんだ?」
「ジャズはもうだめさ」

<「ゴースト」中 終わり>

*本作は、2011年、雑誌「アルテス」創刊号と第二号に連載した作品を全面的に改稿したものです。

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。「第五列」の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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