#146 Nicolas Letman-Burtinovic ニコラス・レットマン=バーティノヴィック

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ウィリアム・パーカー、ケン・フィリアノらとともに、現在のニューヨークのダウンタウン・ジャズ・シーンを代表するベーシストのひとり。フランスのノルマンディー出身で、西洋古典音楽を独学後にニューヨークに移住した後、ケン・マッキンタイアに学び、スティーヴ・コールマンと活動を始めた。アーチー・シェップ・カルテットのレギュラー・メンバーとして活動する一方で、スティーヴ・ポッツとの共演もあり、スティーヴ・レイシーや、ハービー・ニコルズの曲をレパートリーとしている。即興演奏家として活動すると同時に自身も作曲家であり、ヴァイシュネグラツキーやリゲティを研究しており、微分音を取り入れた作曲や演奏を行う。また、モロッコのグナワ・ミュージシャンなどの東洋音楽を積極的にニューヨークに紹介している。近作『Closeness Duets』では、アンソニー・ブラクストンとトリオを組むヴォイス・パフォーマーの北村京子とのデュエットを残しており、こちらのデュオも期待されている。パートナーのローレン・レットマン・バーティノヴィックは自身のルーツであるアフリカとアメリカ原住民の神話を基礎とした絵画を多く発表しており、ニコラスに精神的、思想的な影響を与え続けている。ニューヨークで川口賢哉とアップライト・ベースと法竹によるユニークなデュオによる即興演奏を重ねており、初来日ツアーはこのデュオを中心に豪華なゲストを迎えて西日本を中心に行われる予定(詳細スケジュールは末尾)。

Jazz Tokyo(JT):出生はいつですか?
Nicolas(Nico):1972年4月18日、フランスのシェルブールで生まれました。

JT:音楽一家でしたか?
Nico;いいえ。

JT:家族のバックグラウンドを教えて下さい。
Nico:父はジャズ好きで、母はアート全般が好きでした。

JT:初めて興味を持ったのはいつ、どんな音楽でしたか?
Nico:7歳の時に、50’sとロックンロール、エルヴィスに興味を持ち出し、小遣いでLPを買いました。

JT:音楽を学び出したのは?
Nico:すでにプロのアーチストだった24歳のときにベースを始めました。正規に学んだのは、アロンディスマンのパリ・コンセルバトワールで6ヶ月間クラシックのコントラバスを学び、ノルマンディーのカーン・コンセルバトワールで数ヶ月学んだだけ。あとはほとんど独学です。

JT:最初の楽器は?
Nico:コントラバスです。

JT:NYへ出たのはいつですか? 目的は?
Nico:NYへ移住したのは1998年。祖父が死んで少し遺産を手にしたのでNYへ出てジャズやいろんな音楽を体験し学ぼうと思い立ちました。阻止て、そこからすべてが始まったのです。

JT:NYの第一印象は?
Nico:文字通り圧倒されました。一目で夢中になりました。騒音とエネルギー..。ビバップやフリージャズ、サルサなどいろんな音楽が生まれた理由が分かりました。

JT:ミュージシャンとはどのように知り合い、一緒に演奏するようになったのですか?
Nico:一年も経たないうちに有り金を使い果たし、ミュージシャンとして生計を立てるべく毎晩ジャズのスタンダードを演奏しましたが、満足できませんでした。嫌なギグはしなくても済むようにグラフィック・デザイナーの仕事を始めました。当時、NYCでは珍しかった作曲を始めました(BOMB X)。
複雑なリズムを組み立てそこに創意を持ち込んでくれる共演ミュージシャンを探しました。そして、アーチー・シェップやユゼフ・ラティーフ、オデアン・ポープ、ギレルモ・グレゴリオ、マケンダ・マッキンタイアらと出会ったのです。

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JT:現在のNYダウンタウンのミュージック・シーンはどんな状況ですか?
Nico:残念ながらNYCのダウンタウン・シーンはかなりヤバイ状態だと思います。クラブは少ないし、クリエイティヴなコンテンポラリー・シーンはほとんどブルックリンに移ってしまったと言えるのではないでしょうか。

JT:NYCとブルックリンのシーンではかなり差が出てしまったと
Nico:たとえば、マンハッタンにはこれといったクラブは3箇所しかなく、あとは観光客向けのもので演奏できる音楽も限定されます。一方、ミュージシャンが多く住むブルックリンにはクラブも多く、いろいろ新しい状況が生まれています。シリーズ化されたイベントやプライヴェートなハウス・コンサートまであります。私が主宰するホーム・シリーズには2年半で250のバンドが出演しました。

JT:その中であなた自身の活動は?
Nico:私は、マンハッタンとブルックリンの両方で演奏しています。NYCで3つとダウンタウンでひとつ、ブルックリンで2つのシリーズを組織しています。
加えて、サイドマンとしての仕事もしています。

JT:イスラエル系のミュージシャンがひとつの潮流を作っていると思えますか?
Nico:たしかにイスラエル系のミュージシャンはひとつのコミュニティを形成しています。彼らはクラブオーナーも含めてそれぞれ連携し合っています。ただし、彼らの目線はストレート・アヘッド、つまり、いわゆる“ジャズ的な”ジャズにあり、クリエイティヴな音楽はそれほどでもありません。

JT:あなたがNYのミュージシャンたちから学んだ最大のものはなんだと思いますか?
Nico:私は共演したミュージシャンからそれぞれ異なったものを学び、今も学び続けています。彼らに共通して言えることは正直で、つねにより高い目標に向け精進していることです。ただし、悲しい現実としてNYではただ音楽を演奏しているだけでは生き残れないということです。逆に、明確なヴィジョンを持っていれば、そのヴィジョンを実現するのにふさわしいミュージシャンに出会えるということを学びました。私にとってNYは天国でもあり地獄でもあります。音楽とさまざまなアートにあふれていますが、生き残るのはとても厳しい街と言えます。

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JT:ところで、あなたは60年代や70年代のアメリカのジャズを聴いてきましたか?
Nico:もちろんですよ。60年代と70年代は即興やコンテンポラリーな音楽の豊富な時代で、その時代のレコードが大好きです。耳と魂を鍛えるために毎日聴いていました。汎宇宙的なヴァイブを求めて、現代音楽や世界中の伝統音楽、ジャズを聴いていました。

JT:誰にもっとも影響を受けたと思いますか?
Nico:アートはわれわれが住んでいる世界のその時代の目撃者になるべきだと考えています。ですから、影響を受けた人物は大勢います。魔法のようなアレンジを生み出したという意味ではマイルス、変幻自在の作曲という意味でモンク、クインテットをビッグバンドのように鳴らしたミンガス、新しいフォームを発明し、同化しつつ前進を続けたコルトレーン!ひとつの音で物語を語ったチャーリー・ヘイデン、変拍子と自由の天才だったジミー・メリット、新しい地平を切り拓いたバール・フィリップス、ヨーロッパのフォークロアを見出したバルトーク、驚くべき色彩感と展開に長けたドビュッシーとラヴェル、新しいブルースを生み出したオーネット・コールマン、私自身を信頼してくれたアーチー・シェップ、図形スコアと私が出会ったもっともユニークなクラリネット奏者ギレルモ・グレゴリオ、画家では、カンジンスキー、クレー、クリムト、シーレ、マレヴィッチ等々。

JT:共演相手の尺八奏者・川口賢哉をどう思いますか?
Nico:賢哉は違う星からやってきた私の兄弟です。最初に出会った日から自然に関係が深まり今や共生関係にまで達しています。僕らは共にカール・ベルガー・オーケストラで演奏する仲間でもあります。彼の演奏を聴きとても感銘を受け、唯一無二であると感じました。強固な伝統、世界の歴史、音楽に対する情熱、レコード偏愛癖などを通じて僕らが親友になったのは当然です。僕らは当然のようにデュエットで演奏を始めましたが、お互いがお互いを求め合い、出会った当初から共演を続けることが必然のように感じ合っているというのは驚くべきことだと思います。私の今までの知識や経験は賢哉には通用しません。
賢哉と協演し一体となるために私は新しい演奏技法を開発する必要があるのですが、だからこそ私は賢哉と演奏することが好きなのです。僕らは真の意味で限界を超えていくのですが、その事実を演奏中、身体全体で体感しているのです。僕らが演奏する音楽は瞬間的ですが経時的でもあります。伝統に則った世界のフォークロアでありながら、同時に新しい次元を目指すリスクをも負っているのです。

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JT:「日本」という言葉を耳にしたとき最初に何を思い浮かべますか?
Nico:私は12歳のときに空手道を習い始めましたが、先生は日本人でした。それ以来、日本の伝統と豊かな文化の大ファンです。私はまた黒澤監督と映画『怪談』が大好きです。それらを通じて私の人生を変えた武満徹に出会うことになったからです。
私は毎日自炊していますが、日本料理とフランス料理を高く評価しています。日本に滞在中に誰に料理を作ってあげることになるのだろう。

JT:今回来日を決定付けたものは何ですか?
Nico:私が空手道を習い始めたまだ12歳のときから日本は夢でした。それ以来、夢の実現に励んでいましたが、未だ果たせぬ夢でした。ところが、(末冨)健夫と(川口)賢哉の尽力でそれが突然実現することになったのです。僕らミュージジャンはひとびとの魂と知覚に触れることができます。今回、日本の多くのクリエイティヴなミュージシャンと協演できてとても幸せに思います。私が協演を予定しているミュージシャンは次の人たちです;井野信義(b)、富松慎吾(和太鼓)、ジャンニ・ジェビア(as,ss)、田中恵一(g)、庄子勝治(as)、岡田昭夫(g)、臼井康浩(g)、豊住芳三郎(ds)、照内央晴(p)、川口賢哉(尺八)、Sella(荒瀬朋子&裕美子)。

JT:最後に、あなたの夢を語って下さい。
Nico:夢を語るのはまだ早いと思うけど、現状では、世界をより良い場所にすることと、音楽と芸術でひとびとに刺激を与えることですね。(訳責:稲岡邦弥)

Nicolas Letman-Burtinovic & Kenya Kawaguchi Japan Tour 2016.

5月
16日 四谷・茶会記 Nico w/井野信義
17日 京都市 Zac Baran Nico+Ken w/富松慎吾
18日 防府市 オーパスNico + Ken w/Gianni Gebbia
19日 岡山市 PepperLand Nico + Ken w/田中恵一(g)
20日 広島市 オーティス Nico + Ken w/庄子勝治
21日 萩市 玉ねぎ畑 1st set: w/Sella 2nd set:w/富松慎吾、川口賢哉
22日 防府市 Opus 1st set: w/Sella 2nd set w/Sella、富松慎吾、川口賢哉
前売り¥3500 当日¥4000+オーダー
23日 大阪市 コモン・カフェ Nico + Ken w/富松慎吾
24日 名古屋市 なんやNico + Ken w/臼井康浩
予約¥2000 当日¥2500+オーダー
25日 横浜市 エアジン Nico + Ken w/Sabu
26日 入谷 なってるハウス Nico + Ken w/照内央晴

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稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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