ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま 第11回 ムハル・リチャード・エイブラムス~内側の焦点に共鳴する音~<後編>

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ジャンルという狭い定義に音楽を閉じ込めることをよしとせず、常に音楽を音楽として演奏し続けてきた伝説的なピアニスト、作曲家、そしてAACMの創始者でもあるムハル・リチャード・エイブラムス。自身も作曲家であるフランク・J・オテリにより2016年4月に行われたエイブラムスへのインタビュー後編。

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(階級の存在しない、独自性の表現のための基盤としてのAACMという音楽団体について。)

フランク・J・オテリ(以下F): どの様にしてそれは形を成していきましたか?

ムハル・リチャード・エイブラムス(以下M): AACMの先駆けとなった、 Experimental Bandというグループをまず結成しました。私個人の音楽的研究の中でその当時学んでいた新しいことを実験的に試みることのできる場を私は必要としていました。そういったことを表現できる場を探していたのです。その内容はかなり*開かれたもの(注*:よりフリー、即興的であるという意)でした。ジャズクラブで弾ける様な類のものではなかった。そういういきさつで Experimental Bandを作ったのです。ミュージシャン達が集まって、作曲でも即興でも実験できる場所です。私達は皆同じ様な考えを持っていました。この考え方を基にして、3人の他のミュージシャンと協力して正式な団体を作ろうということになり、AACMが誕生したのです。

F: グループとして始まったとは言え、必ずしも演奏を共にするグループというわけではなかった。どちらかというと、作曲家の集まりの様なもので、他のどのような作曲家団体とも違ったシステムを持っていたようですね。ジャズクラブでは演奏をせずに、そういった(即興的な)音楽を演奏できる別の場所を探すという目的もありましたが、AACM自体がその場所になるというわけではありませんでした。

M: 私達は自分たちでコンサートを開催しました。それから、音楽をプロデュースしたり、コンサートを開くための会場も創りました。単に空いたスペースを借りてそこでコンサートを開くというやり方です。はっきり言ってこれは簡単なことではありませんでした。音楽を演奏するための場所を「探す」のではなくて、音楽を演奏するための場所を「創る」のですから。

F: そういったやり方で物事を進めていくにあたって強い動機となったことがふたつあるのではないかと思います。ひとつ目は、先程おっしゃっていましたが、ジャズクラブでの演奏には向かない音楽を作っていたということ。もしかすると、そういうジャズクラブの経営者達が提供したいと思う種類の音楽の定義にあてはまらない、または客がそのクラブで聞けると期待する音楽の枠にあてはまらないという理由で、ジャズクラブ側はそういった音楽を敬遠していたかもしれません。もうひとつの動機というのは、この様な特別な種類の音楽を聞くのに最適の空間を創り上げるということ。ジャズクラブとは違う空間構築の必要性に焦点をあてていくということです。

M: それはちょっと違います。ジャズクラブで演奏することもできたんです。実際、演奏もしました。毎週月曜日にあるジャズクラブに出演していました。私達は、独自の新しいやり方で演奏し、そのジャズクラブは私達の音楽を聴きに来た人々で埋め尽くされました。ですから、クラブでは弾けないというわけではないんです。単に、私達の音楽は、普通の何度も繰り返せる様な音楽ではないということです。スタンダードな演奏を聴きにジャズクラブに来る人々もいましたが、私達が演奏する夜にあの場所にいたのは、実際に我々の特別な音楽を聞くために集まった人々でした。ですから、どんな場所でも演奏はできるのです。少なくともシカゴはそうでした。どこにいっても演奏はできました。

F: 私がこの話題をあげたのには理由があって、演奏の場ということを考えると、50年前と現代では大きな隔たりがあるのではないかと思うのです。最近では、ものすごく実験的なことをしているミュージシャンがジャズクラブで演奏しようとしてもそれが可能なくらいクラブ側が柔軟になってきた様に感じます。一方で、半世紀前は、ジャズクラブで演奏できる内容は限定されていました。現代、クラブでどんな演奏が許容されるかという線引きは昔と比べるとかなりの変化があります。

M: 確かに、今ニューヨークでジャズクラブに行けば実に多様な音楽が聴けると思います。個人の自由な表現に対して寛容ですから。そういう背景があってこそ、この様な状況が表に出てきたのだと思います。ニューヨークではそういった個人的な表現がおかしなものとは捉えられないですから。そう思いませんか?今の世代の人達は、個人によるごく個人的な表現を期待しているはずです。

F: これに関して私がまた興味があるのが、人々がレコードをどのように体験しているのかということです。この話の中で、リスナーについての話はまだあまり出ていませんね。例えば、あなた自身や他のAACMのアーティスト達が演奏する音楽を聴く場合の理想的なやり方などです。他の人達を代表して話してもらう必要はありません、あくまでもあなた自身の考えを聞かせてもらえればいいのです。音楽的体験における集中力という文脈では、「理想的なリスナー」とはどのようなリスナーでしょうか。リスナーは完全に集中して音楽を聴くべきでしょうか?それとも音楽はただ背景に流れるものとして捉えてもいいものですか?最近ではほとんどの人がヘッドフォンをして日常の仕事をこなしながら音楽を聴いています。音楽的体験としてこれは良いことでしょうか、それとも音楽を聴く時にはそれだけに完全に集中して、音楽の声をしっかりと聴くべきでしょうか?

M: 逆にあなたに質問させて下さい。人が集中するのにはいくつの方法がありますか?私が思うに、質問は新たな質問を生み出します。もし誰かがきちんと集中して真剣に何かを聴いているとしても、その人はもしかすると道を歩きながらヘッドフォンを通して聴いているという可能性だってあります。音楽を聞くのに理想的な状況が何であるかとか、どこで聴くべきかとか、そういうことにはとてもじゃないけど答えられない。ひとりひとりが決めればいいことだと思います。ある特別な種類の音楽を真剣に聴きたいと思っている人達はいるでしょうけれど、彼らはどこに居たってその音楽を聴くと思いますよ。ヘッドフォンだって使うかもしれない。分かるでしょう?場所がどこであれ、都合の良い場所があればそこで音楽を聴くだろうし、どんな時だって都合のつく時間があればその時に音楽を聴くでしょう。それが答えだと思います。それぞれが本当に色んなタイプの音楽を聴いているでしょうし、その多くはさまざまな音楽的要素の融合したものだと思います。つまり、我々は皆非常に幅広い種類のものを聴いているということです。

F: なるほど。あなたの音楽を聴くという体験は、それこそ幅広い種類の音楽を聴くのと同じことでは。

M: (笑)それはどうかわかりません。

F: AACMの初期の頃に話を戻したいと思います。あなたはシカゴの音楽シーンにおいて非常に重要な立ち位置に居たにもかかわらず、70年代の半ばにニューヨークに移り住み、そのままとどまりましたね。どうしてその様な決断に至ったのでしょうか?

M: 説明し辛いのですが、ただ単に場所を移す時期だったとしか言えません。シカゴは素晴らしい場所ですが、ニューヨークはまた違った種類の場所です。常に強烈さや挑戦というものが存在する場所。多分、単に私にとっては移動すべき時期だった。池で泳いでいれば、時には海へと繋がる場所へ行きたくなるでしょう。

F: 海へ来たのは間違いないです。だけど、あなたがここニューヨークでやってきたことは、シカゴでやっていたことそんなに変わらないのではないでしょうか?ニューヨークでは、ロフト・シーンを組み立てるのに一役かいましたね。ある意味では、シカゴ時代のアイディアをニューヨークに持ち込んだとも言えますか?

M: それはどうかはわかりません。だけどそれまでのやり方を他の新しいやり方に変えようとかいう意志は全くありませんでした。もちろん、他者を取り込んでいくことは必要でしたが、我々はみなやるべきことをやりに来ただけでしたから。つまりシカゴでやっていたのと同じ様にコンサートを行っていくこと。海に入っては海にしたがえ、と。

F: その時代は、音楽にとって本当に活力に満ち溢れた時代でした。だけど40年経った今、多くのシーンは消え去り、または根本的に変化してしまっています。当時はルーレットはロフトでした。ジム・ステイリーのアパートでしたね。今となっては、公式の、通りに面したコンサート会場になっています。ルーレットの様な、新しい探求的な音楽を専門にしたコンサート会場がついにできたことは素晴らしいことです。本当に素晴らしい。ですが同時に、多くのコンサートが誰かの家で行われていた頃の個人的で手作りの、DIY的な価値を我々は失くしかけているのかもしれないとも思うのです。不動産事情や、人口統計の変化にも影響されて、その当時の様な特殊なシーンを築くのはもう不可能に近いのでは、と感じます。

M: 不動産の話はまさしくそうですね。これには理由があります。不動産が家賃をあげるのにつれて、クラブオーナー達は会場の維持ができなくなっていきました。名前は挙げませんが、少なくない数のクラブがそういった目にあってきました。あなたもおそらく知っているでしょう。ですがルーレットに関してはジムがこのクラブを通してやろうとしていた事に対しての並外れた忍耐力を発揮したことで救われました。本当に幸運だったと思います。

F: 興味深いのは、この素晴らしい会場を手に入れたという事実がある一方で、それはもうロフトではないということです。まったく違ったものになりました。ロフトではなくても素敵な場所であることに変わりはありませんが、異なった鑑賞様式の会場になりました。ロフト時代の様な親密さはもうありません。

M: あなたもわかっているとは思いますが、アップグレードは必要です。お客さんにお金を払ってもらうわけですから、そのお金の価値に値するくらいのレベルに持っていかないといけない。もし幸運にもそういったことを実現するための人脈があればの話ですが。だけど私の考えでは、音楽そのもの、そして音楽に関するアイディア、そして音楽の上演の様式自体は変化していません。ルーレットでは、あらゆる種類の音楽的アプローチの数々を日々上演しています。どちらかといえば、その幅はより広がったと思いますが、物理的な構造に関して言えば、目的としていることを達成するためには今ある形でなければならないのだとも感じます。あなたが何かを十年やってきたとして、「これと同じことをこの先十年もやっていきたい、だけどもっと飛翔してこういう風にやりたい」と言ったとします。だとしたら、それ相応の成長が必要になります。例えばアナログレコードやCDに対してノスタルジックな感覚があるように、ロフトやそれに似たものに対してのノスタルジーもあるわけです。ですが私から見ると、ロフト的音楽のコンテンツそのものはまだ存続していて、ただそれがロフトという場所で演奏されていないだけの様に思えるのです。

F: ではあなたにとっては、あなた自身が音楽を演奏する、または他者があなたの音楽を演奏する場合に理想的な場所というのはありますか?

M: AACMのコンサートという舞台以外にはありません。私達は現在でもこのコンサート・シリーズを継続しています。ですがAACMの形式以外の上演をするのであれば、ルーレットは適した場所であると言えます。トム・バックナーのシリーズはとても面白いことをやっています。彼のシリーズでは、ある意味AACMらしくないもの、つまりコンポジションを基盤にしたものですが、そういったものを見ることができます。それは私にとって喜ばしいことです。彼のシリーズで、私自身も色々なことをやってきました。ブルックリンにはいくつかのコンサート会場があります。私自身はブルックリンはよくわからないので、ルーレット以外の会場とはつながりがありませんが、ブルックリンのそういった別の会場でも、一貫してコンポジションと即興演奏の両方を上演している場所がいくつかある様です。

F: またあなたの音楽の話に戻りますが、私があなたの作品で一番気に入ってるのが 『The Hearinga Suite』(Black Saint, 1989)です。このアルバムは、これまでに話した様なふたつの世界、つまり作曲された即興と即興された作曲、いわゆるクラシック音楽といわゆるジャズ、という二元的な世界の両方に一足ずつ足を踏み入れている様に感じます。その流動的なインタープレイは、同時に両方の世界であり、どちらでもない。非常に独特なものです。このアルバムについて、どの様にしてこの音楽が形づくられたのか、そういった話を聞きたいと思っています。このアルバムは、その尺の長さだとか奏者の数といった面でのスケールの大きさからしても、あなたの音楽にとってのターニング・ポイントの様な作品であったと思いますか?

M: いいえ、私自身はずっと変わっていません。つまり、ただ単にそういう流れの中に居たと。当時このプロジェクトをやったわけですが、そのための音楽的な材料は常にそこに存在していました。イディオムだとか、この曲の作曲法だとかは、自然に私の中から生まれたものです。

F: 「Hearinga」とはどういう意味ですか?

M: ひとつの表現で、歌のようなもの、ただの名前、のようなものです。音楽とは何も関係性がないのですが、音楽に関しての話をする時に使われる表現です。

F: 私はこれは聴くことと関連性があるのだと思っていました。「ヒアリング ~ ア」という風に。このタイトルはさっきも言った多様性に耳を傾けさせるためのものだと思っていました。

M: それは良かった。思考や疑問を呼び起こす様なタイトルにしようという意図は確かにありましたから。もっと正確に言えば、リスナーが自身と対峙せずにいられない様な種類の思考を湧き立たせるものにしたかったのです。私の言ってることが分かりますか?説明しずらいのですが・・・何かを考えながらテーブルを見つめている状況とでもいいましょうか。テーブルの事を考えていたのに、気づくと自分の中にある「形状」に意識が向かって、それまでは全く考えていなかった様なことについてのと疑問と答えに辿り着いている。

F: 個人のムーヴメント、動きというものは、あらゆるベクトルに向かうことができますね。例えば「Conversations with the Three of Me」(3人の自分との対話)の様に。

M: ああそうだ、それはピアノの曲ですね。

F: このタイトルが私は本当に好きなんです。あなたの中には3人以上が存在してるはずですけどね。

M: まあそうかもしれません。このタイトルは、哲学的であると同時にかなり平凡でもあります。この曲の中で私は3つの即興的アプローチを使いました。

F: というのは?

M: 3つの異なったムードが在るのですが、異なっているからと言って分離しているわけではない。演奏様式としてはソナタの様なものです。これはゆっくり弾いて、こっちは少し速く、そしてこっちをもっと速く弾く。すべてがその場で即興演奏されるわけですから、そのようなやり方とはちょっと違ってきます。タイトルは、曲が出来上がり録音された後につけられました。私の場合、いつでもタイトルは曲の演奏の後にやってきます。

F: この曲ではシンセサイザーも使っていますね。

M: それもいわゆるムードのひとつです。

F: ピアノや他の楽器では到底できない様なことがシンセサイザーを使うことによって可能になりますね。この音楽が作られた80年代半ばでさえ、エレクトロニックな音楽は未だ新しいものとして捉えられていました。あなたはどういった経緯でシンセサイザーを使う様になりましたか?また、シンセサイザーという楽器を使うことによってあなた自身の音楽的言語に変化があったと言えますか?

M: こういう風に考えてみましょう。私達は「音」の話をしていますね。音楽の話をしていますが、「音」の話をしている。つまり、「音」というのは自分がどのように創り出そうかと意図する思いのままに創り出すことができます。そういうことなんです。(シンセサイザーは)単にエレクトロニックな音であるというだけです。それだけの違いです。エレクトロニックな音があって、2つのピアノの音がある、それが3つのムードになるわけです。3人の私、その3人との対話、つまりエレクトロニックな部分と、2つの異なったピアノのムード。それが対話となるのです。しかしその「音」という感覚が重要です。音楽が音楽と呼ばれるには「音」の状態から手なずけられ、なんらかの構造を得なければならない。音楽とは「音」の副産物なのですから。「音」が重要なんです。「音」が。

F: 90年代に入ると、「Think All, Focus One」の中でエレクトロニックな音質をさらに追求していきましたね。あなたのエレクトロニックな即興演奏の中では私はこの作品が一番気に入っています。この曲は同じタイトルのつけられた、『Think All, Focus One』(Black Saint, 1995)という並外れて素晴らしい内容のアルバムに収録されています。

M: 繰り返す様ですが、このタイトルは音楽の内容そのものに関する説明とは全くかかわりのない、ごく挑戦的な声明なわけです。つまりそれは、支配を目的としない挑戦のための声明です。ただ純粋に挑戦することを意図している。この声明を耳にした時に訪れる感覚のことを言ってるのですが、わかりますか?「Think All, Focus One」(全体として考え、ひとつに集中せよ)。私は自分自身がこの言葉から何を受け取るかを理解していますが、あなたが何を受け取るかまではわからない。

F: 世界にはあらゆる類の音が「聴かれる」のを待っていて、それらすべての音に対して我々は注意を払うべきであると、私はそういう風に理解します。あらゆるスタイル、ひとつの楽器を通したあらゆる表現の可能性、 あらゆる幅、完全に能動的な即興演奏とすべてが予定されたコンポジションとの境界線、あらゆる文化から生まれたリズムやメロディ。そういったすべての側面に目を向けてはいても、決して自分という個人を忘れてはいけない。

M: それは良い見解ですね。『Think All, Focus One』というタイトルを上手く補足している。

F: ではご自身の作曲したものを誰かに弾いてもらうという場合―――例えばクロノス・カルテット、バリトンとストリング・カルテットのための楽曲がトーマス・バックナーと共に ETHELによって演奏され、また、オーケストラのための楽曲はアメリカン・コンポーザーズ・オーケストラやヤナーチェック・フィルハーモニックによって演奏されました。こういった場合、ミュージシャン達はあなたという作曲家の不在のもとに、楽譜だけを頼りにして楽曲を演奏します。こういった楽曲には即興という側面は含まれていないという風に想像するのですが。

M: そうですね、すべて記譜されています。

F: ご自身が楽曲の演奏からいわば切り離された様な状態で、そういう風に音楽が形成されていくことについてはどう思いますか。

M: 私自身は常に即興していて、常に作曲をしています。同じことです。それをどう応用するかというところで違いが出てくるだけのことです。このアプローチを譜面を使ってオーケストラにも応用しているわけで、根本的には同じプロセスを辿っています。何が違うかというと、(譜面を使えば)同じ手触りの音を50人の弦楽器編成で再現できるという感覚です。またはフレンチホルンが4人揃えば、その編成特有の音も出せます。つまりオーケストラへの尊重の気持ちを持ってやっているのです。そういったことがひとつの構成部分ではあります。オーケストラと呼ばれるひとつの楽器を尊重し、その楽器に対してある種の作曲的姿勢を応用することで得られる音の可能性を尊重するという選択をしています。

F: 一方で、即興演奏をするミュージシャンのアンサンブルのために楽曲を提供する場合、彼らは彼ら自身の個人的なやり方を持ち込みますよね。

M: その通りです。

F: あなたはサイドマンとして他のミュージシャンの演奏にも参加し、そういった場合にはあなた自身も独自のやり方を持って貢献する。

M: そうですね。

F: ですが、オーケストラのために曲を書く場合、すべての音楽的側面が記譜されていきますよね。奏者達はその音符を追い、同時にそれぞれの音符に対する指揮者の解釈に沿って演奏していく。個人的な表現をするための余白はあまり残されません。

M: そうですね、だけど、「複数の自己表現」のための余白は常にあるんです。熟練したクラシックの奏者、つまり素晴らしいオーケストラに参加している様な奏者達の音楽記号の解釈は、聞く側に様々な種類の情景や概観的なイメージを思い起こさせる力があります。熟練したオーケストラの演奏を聞くとわかると思いますが。記譜されたものを彼らがどのように解釈するか、それはまた別の要素になります。あれだけ沢山の奏者達が集まって一緒に何かを演奏するわけですから、そこには複数の個人的表現、または個人主義の複合体の様なものが存在するのです。こういった背景を持った奏者達は、どのよう音楽的状況にあっても、オーケストラ的観念を捨てることができないという場合があるので、ある種のミュージシャン達はオーケストラ出身の奏者との演奏はできないといいます。素晴らしいオーケストラにおいては、個人と個人の間で何が起きるかということは非常に重要なことです。もうひとつの要素はそれです。つまりこの複合的な個人主義は彼らの中で一貫している。説明しづらいのですが、演奏に参加する人数の多さに関わらず、音楽における個人主義というものはもっと自由に行き来できるはずだと私は思っています。

F: では、全体が記譜された楽曲の演奏において、奏者がかなりの自由を持って演奏することは許されますか?その楽曲があなた自身の楽曲としてとどめるためには内容のどの程度までを奏者が変えることが許されるでしょうか?このプロセスにおいてはどれくらいのギヴ・アンド・テイクがあるのでしょうか?

M: オーケストラそのものは変わりません。指揮者はもしかすると・・・

F: 速度をあげるとか?

M: そうですね・・・いやだけどそうはしないだろうと思います。スロー・テンポである風に聞こえるものは、速度をあげてしまうと全く違うムードに聞こえてしまいますからね。それは(作曲家が)指揮者と話し合うべきです。良い指揮者は、そういった変更をする前に作曲家にきちんと聞いて提案をするでしょう。作曲家がもし「いや、そのままにしてくれ」と言えば指揮者はその通りにする。そういう協力の仕方は常にあります。指揮者は本来作曲家の書いたものに対する解釈に努めるものであって、指揮者が自分自身の意志のままに進んでしまうというのは滅多にないことです。

F: (オーケストラの場合はアンサンブルの)構成が大きいので、違ったアプローチが必要になってきます。リハーサルの時間も限られていますから、例えその楽曲の音楽的背景の中で即興演奏を用いようと思っても、うまくそれをやるための十分な時間が取れない。それに加えて(オーケストラ出身の)ミュージシャン達の多くは即興の経験があまりなく、そういう演奏の仕方に慣れていない。それでもあなたはそういった(即興を取り入れたオーケストラの)曲を作りたいと思いますか?

M: いいえ。即興演奏をしない奏者にいきなり即興をさせても、私の経験からすると、あまり良い結果にはなりません。だけどそれはその奏者のせいではない。どんなに素晴らしいミュージシャンでどんなにその楽器の演奏に長けていても、普段やらない事をやれと言って上手くいくはずがありません。あまり良い方法じゃないですね。ですから、こういった状況には違ったアプローチの仕方が必要になってきます。即興という要素が必要ならば、それを新しく持ち込んで、もともとあるものと混合させればいいのです。

F: 最後にもうひとつ聞きたいことがあります。何十年も前からのあなたの録音作品すべてには、それぞれの曲の楽譜の入手法が記載されていますね。どれくらいの数の人がこれらの楽譜を実際に手に入れたのか、そして彼らが実際にその楽譜を使って作品の上演をしたか、そのパフォーマンスはどのようなものだったかについて聞かせて下さい。

M: それはちょっと説明できません。楽譜を手に入れた人達がそれを使って何をしたかまでは知りませんから。彼らがやりたいようにやればいい。楽譜を譲った時点で、それをどのように使うかの指南はしませんよ。だけど大体の場合は、彼らはレコードを聞いて、そこで聞いたものに忠実に再現をしていると思います。作品の内容をある程度変更する人も居るかもしれないけれど、それは私の手の届く範囲外の話ですからそれについては何もできません。私が自分自身に課した目的それ以外には、何も要望はないのです。

(完)

This interview originally appeard in NewMusicBox, the web magazine from New Music USA, and is reprinted in translation with permission.

このインタビューは、 New Music USAによって刊行されるウェブマガジン「NewMusicBox」に掲載された記事をもとに、許可を得て翻訳され転載されたものである。
(全文訳:蓮見令麻)

英文リンク元: http://www.newmusicbox.org/articles/muhal-richard-abrams-think-all-focus-one/

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蓮見令麻

蓮見令麻(はすみれま) 福岡県久留米市出身、ニューヨーク在住のピアニスト、ボーカリスト、即興演奏家。http://www.remahasumi.com/japanese/

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