ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま 第17回 マット・ミッチェル〜注目すべき対象と曖昧な始発点の交差する場所〜

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マット・ミッチェルは、今ニューヨークの前衛シーンで最も勢いのあるピアニストの一人である。ティム・バーンを始め、ダリウス・ジョーンズやダン・ワイス、デイヴ・ダグラスなど様々なミュージシャンのアルバムにピアニスト・キーボーディストとして参加し、自身の作品も精力的に発表し続けている。彼の演奏の秀逸さは言うまでもないが、ユニークなコンセプトで発信する楽曲の数々にも注目したい。2017年9月リリースのアルバム、『A Pouting Grimace』(Pi Recordings, 2017)は総勢12名のラージ・アンサンブルにタイショーン・ソーリーが指揮者として加わり、マット・ミッチェルの楽曲を演奏したもので、ミッチェル自身はピアノとエレクトロニクスで参加している。

このアルバムは、とてもパイ・レコーディングスというレーベルらしい音であると私は思う。数学的なアプローチと幾何学模様を連想させる音の構成には、容赦ないストイックさを感じる。そういった音楽的スタンスが示唆するのは、スティーヴ・コールマンの影響を直接的に受けたひとつ若い世代のニューヨークのミュージシャンが今集団で作り出している音のひとつの大きな潮流だ。コンピューターミュージックの様にも聞こえる、緻密に構成されたこの音楽は、気楽に聞けるようなものではないが、M-Baseの作り出してきたものが現代のシーンにどのように昇華されてきたか、その一辺を垣間見ることが出来る。

アルバムを聞きながら思ったのだが、この音楽は、三次元的空間、サウンド・インスタレーションとして聞くのが最適ではないだろうか。例えば、美術館の無機質な空間の中で流れるこの音の洪水の真ん中に立てば、デイヴィッド・リンチの世界に迷い込むような体験が出来るかもしれない。私にはどうしても、ビジュアルイメージとして音楽が浮かび上がってくる。無重力空間の中で、分裂し、増殖していく原子の形、色、そんなイメージだ。あるいは、宇宙の果てや、深海で聞こえる音楽も、きっとこういうものなのかもしれない。

アルバムの最後に収録されたマット・ミッチェルのソロ・エレクトロニクス作品は、それこそ深海を思わせる雰囲気で、アブストラクトな電子音の層が示唆するハーモニーはなぜかシューベルトの様にも聞こえた。

以下は、El Intrusoのセルジオ・ピッツレリ氏によるマット・ミッチェルへのインタビューとなっている。

セルジオ・ピッツレリ(以下、S): いつ、何がきっかけでピアノを弾き始めましたか?初期に影響を受けた音楽は?

マット・ミッチェル(以下、M): 小さい時から家にはピアノがあったんだ。4歳の時にピアノに触り始めて、5歳でクラシックのピアノレッスンを受け始めた。一番最初に興味を持った音楽は、ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス、スティービー・ワンダー、ビリー・ジョエル、それからレッド・ツェッペリンのファーストアルバムだ。11歳か12歳の時に聞いたストラヴィンスキーの「春の祭典」もとても印象的だった。丁度その時期にジャズを聴き始めたんだ。

S: 音楽を志すことを意識し始めたのはいつ頃でしたか?

M: 14歳ぐらいの時かな。その時は、今自分が経験している様なことが起きるとは思っていなかったけどね。基本的には、その頃からほとんどの時間を音楽に費やしていた。

S: ピアノの前でどれくらいの時間を過ごしますか?決まった練習の日課などはありますか?

M: その時の状況によるかな。作曲過程に入っている時は、練習はほとんどしない。大体の場合は作曲するか練習するかのどちらかだよ。だけどもう少し違ったやり方も出来るかもしれない。レコーディングが近い時期には、かなり力を入れて練習する。その時々で、どんな仕事が入っているかによって練習の内容は変わるよ、プロジェクトによってはとても難しいレパートリーを弾かなきゃいけない場合もあるからね。集中した練習を必要とする、すごく複雑な音楽だよ。だから、いつも同じルーティンという訳ではないけれど、1時間か2時間の練習が理想的かな。たまには休憩も必要だ。

S: どういったプロセスを経て、今の様に多面的な演奏をするようになったのでしょうか?自分自身の音を失うことなく、あらゆる背景に見合う演奏をするのに参考にした音楽家はいますか?

M: 音楽的多面性は、あらゆる種類の音楽を深く聞くという体験によって得られると思う。僕は、ジャズやインプロヴィゼーションだけじゃなく、あらゆる種類の音楽が心から好きなんだ。例えばスタジオ・ミュージシャンの様に「色々なスタイルの音楽を弾く」という意味での「多面性」を持つことには興味はない。即興演奏をするミュージシャンにとっては、あらゆる種類の音楽を本当の意味で好きになり、それらの音楽を自分の中に取り込むことで、即興が必要とされる様々な音楽的シナリオに寄り添うことが出来る様になると思う。楽譜を読む能力に加えて、他のミュージシャンの作曲したものを積極的に弾こうとする姿勢を持つことで出来ることは飛躍的に広がるはずだよ。

音楽は、ミュージシャンが創造するものだ。ミュージシャン達は、自然の話をするように音楽について語るけれど、ミュージシャンが居てこその「音楽」であって、その逆はあり得ない。「自分自身の音」に関する話をすれば、自分が弾きたいものを、弾きたいように弾く、という信念を貫くことが一番大事で、それ以外に近道なんてないということにしばらく前に気づいたんだ。それ以来、ラッキーなことに、色んなバンドに参加しながら自分の演奏を模索することが出来ているよ。それでも、自分のグループで演奏する時が、やはり一番「自由」に演奏出来ると感じているよ。いくらでも変わったことが出来るからね。バンドリーダーがどれほど良い意図を持っていたとしても、そのリーダーが考える「僕」の演奏と僕自身が捉える「僕」の演奏の間にはどうしても隔たりが生じる。だけどこの隔たりを乗り越えることが出来るバンドに参加出来ていることはとても嬉しく思ってるよ。

自分の信念を貫いて、新しい可能性を切り開いていったミュージシャンで特に影響を受けたのは、マイルス・デイヴィス、フランク・ザッパ、ジョン・ゾーン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット、ウェイン・ショーター、ティム・バーン、スティーヴ・コールマン、ヤニス・クセナキス、メルツバウ。それに加えて、自分の信じる音を洗練して磨き続けたミュージシャンといえば、アンドリュー・ヒル、セシル・テイラー、ポール・ブレイ、モートン・フェルドマンなんかがいる。ある意味では、この2つに違いはない。インスピレーションのもとが変わったり、楽器編成が変わると、多くの場合僕達は「スタイル」という言葉にとらわれてしまう。自分自身に忠実な音楽的背景を作りあげるということ、それには色んなやり方がある。

S: この10年間、様々な種類のプロジェクトに参加してきたことで複数の音楽的言語を習得したと感じますか、それとも、ひとつの音楽的言語を継続的に拡張してきたと感じますか?

M: ひとつの音楽的言語だね。全ての人が、シチュエーションや相手によって少しずつ話し方を変える。例えば友人、家族、デート相手、見知らぬ人、部屋一杯の観客を相手にしたスピーチ、人生を共にする相手、家、公共の場、眠りの中、催眠状態で・・・「自分自身」でいながらに、こういう風に少しずつ話し方を変えることは出来るんだ。色んなバンドで演奏することにも同じことが言える。

音楽を言語に例えるのは便利だということは分かるけれど、音楽と言語が同等のものであるとは僕は思わない。ヤニス・クセナキスもそう思わなかったらしい。彼はこう言ってる。「音楽は言語ではない。あらゆる音楽は、複雑な形状の大きな石に例えることが出来る。自然の削り跡や、彫刻デザインが表や中にほどこされている。それを見て人間は何千もの解釈をすることが出来るが、どれが正しい答えであるかを決める必要はないのだ。」

この考え方が全ての音楽に当てはまるかは分からない。だけど、音楽を通して僕達が得られるほどのものを、言語を通して得られるかと言えば、決してそうだとは言えないと僕は思っている。

S: 即興のプロセスは、演奏の内容によって変わりますか?自分自身の音楽を演奏する時、ティム・バーンのSnakeoilで演奏する時、また別の音楽を演奏する時で、アプローチは違いますか?

M: 音楽を演奏する上での基本的な指針はいつも同じだ。変わるのは音楽的背景だけだよ。即興演奏する時は、「音楽が『これが必要だ』と奏者の僕に訴えかけてくること」と、「僕自身が音楽に対して『これが必要だ』と思うこと」、この2つの違いをきちんと認識するように努力している。時として、様々な要因によってひとつの方向やまた別の方向に深く入り込みすぎることがあるからね。

S: 複数のプロジェクトを同時進行で進めていくことが多いと思いますが、そういった制作環境ではストレスが溜まることもあると思います。心身のバランスを保つためにやっていることは何かありますか?

M: 十分な睡眠を取ることかな。

S: 様々なスタイルのバンドでの演奏、そしてあなた自身のプロジェクトでの演奏を合わせると、かなり広範囲の音楽的内容をカバーしています。こういった様々なアプローチやプロジェクトは互いに重複するものですか、それとも分離した別々の音楽だととらえていますか?

M: プロジェクトの中には、間違いなく重複するものはあるよ、特に同じミュージシャンが複数のバンドに参加している場合はね。あるプロジェクトに参加することで、僕の普段の音楽活動からかなり離れた内容のことを演奏せざるを得ない状況になるのは良いことだと思う。僕が演奏する音楽の多くは、「アヴァンギャルド」なものだと理解されがちだけれど、だからといって僕がいわゆる「アヴァンギャルド」なものしか弾かないかと言ったらそうではないんだ。

S: あなたは現在、様々なプロジェクトやグループで演奏していますが、異なった背景の中で自分自身を表現しようと駆り立てるものは何ですか?

M: 生活していくため、というのがひとつの大きな理由かな。だけど、僕自身が尊敬しているミュージシャン達と一緒に仕事をして、そこから学ぶことが出来るのは最高だよ。音楽的思考を豊かなものにしてくれる。

S: 現在あなたが参加しているグループについて話しましょう。まずはやはり、長い期間音楽活動を共にしているティム・バーンのSnakeoilについて。ティム・バーンとの出会い、そして共演のきっかけを教えて下さい。

M: 一番最初に電話で彼と話をしたのが96年か97年だった。彼の音楽のスコアを買いたくて、手紙を書いたら電話をかけてきてくれた。だけど初めて演奏を共にしたのは2008年になってから、ブルックリンでラルフ・アレッシが主催するSIM (School of Improvisational Music) の一貫だった。教員主催のコンサートの準備のために、1時間ほど2人でリハーサルをしたんだ。そのリハーサルが終わってすぐに、ティムは僕を雇ってくれた。それからというもの、Snakeoilだけじゃなく様々なグループで一緒に演奏活動をしている。ティムとの活動は僕にとってとても誇りに思える素晴らしいものなんだ。これからもずっと続いていくと信じているよ。高校生の時からティムの熱狂的なファンだったから、彼とこんな風に共演して、親しい友人としてもつきあえていることには深く感謝している。

S: Snakeoilの新作、『Incidentals』(2017, ECM)はどのような作品か教えてもらえますか?

M: 参加しているミュージシャンは前作のアルバム、『You’ve Been Watching Me』(2015, ECM)と一緒で、Snakeoilカルテットにギタリストのライアン・フェレイラが加わっている。デイヴィッド・トーンはアルバムの中の2曲に参加していて、アルバムのプロデュースもした。Snakeoilのアルバムとしてはこれまでで最も激しい内容になっていると思う。『Shadow Man』(2013, ECM)に似ているかもしれないけれど、それに加えて、ライアン、デイヴィッド、そして僕の演奏するエレクトロニクスの音が沢山入っているし、始まりから終わりまで密度の濃いものになっている。エネルギーに溢れた部分もあるし、室内楽的な柔らかい音の部分もある。1曲だけ、部分的に僕が作曲したものもあるよ。Snakeoilのファンにとってはとても満足いくものになっていると思う。

S: ティム・バーンの音楽をフィーチャーしたソロ・ピアノのアルバム『Førage』を録音しようと決めた訳は?ティム・バーンの楽曲へはどのようなアプローチを取りましたか?

M: 僕とティムが知り合ってまだ間もない頃、2009年の終わりだったかな、フィラデルフィアで行われたティムの音楽に捧げられた小さなフェスティヴァルが開催されて、その一環として僕はティムの楽曲をソロピアノで演奏したんだ。ティムはその時の僕の演奏を気に入ってくれたみたいで、何年かの間、一緒にプロジェクトをするアイディアについて少しずつ話し合っていた。2016年の始め頃に、スタジオで一緒に演奏することになった。『Førage』(2017, Screwgun)では、 ティムからの助言ももちろんあったけど、ある程度自分で好きなように演奏する自由があった。異なった楽曲を繋げ合わせてみたりして、基本的にすべての楽曲へのアプローチは自由に僕が決めていったんだ。

S: あなたの参加したアルバムで最近リリースされた、ケイト・ジェンティルの『Mannequins』(2017, Skirl Records)、そしてスティーヴ・コールマンの『Natal Eclipse』(2017, Pi Recordings)について教えて下さい。

M: ケイトは、自身のカルテットのための楽曲を数年に亘って制作してきた。彼女の書く楽曲はとても素晴らしいものだよ。リスナーにとって手の届く距離にある一方で、挑戦することも忘れない。彼女の書く楽曲の中には、今まで聞いたことのないような構成が含まれている。ただし、少なくとも彼女に影響を与えた音楽のいくつかは、楽曲を聞けば明確に見えてくるものもあると思う。彼女の書く曲のピアノパートはすごく弾きがいがあるんだ。自分のプロジェクト以外では最も難易度が高いものだと言える。それでいて、特徴的であり、ピアノのために書かれているから、究極的にはすごく弾いていて楽しいものだ。彼女のバンドで即興演奏する時の感覚は、自分のバンドでの即興演奏で得られる感覚とかなり近いものがあるんだ。彼女のアルバムがリリースされるのはとても嬉しいよ。こういう音楽を聞くリスナーにとっても、彼女の演奏スタイルをすでに知っている人にとっても、とても新鮮な内容になっている。

高校最後の年のクリスマスプレゼントで『Black Science』(1991, Novus)を手に入れたのが1992年、それ以降、僕はスティーヴ・コールマンの演奏と楽曲の熱狂的なファンなんだ。もちろん、彼は音楽界においてとても重要な人物であることは間違いない。僕の友人や知り合いで彼と演奏を共にしてきた人は沢山いるけれど、僕自身も彼との共演を実現できたことは信じられないぐらいに素晴らしいことで、ひとつの夢が叶ったと言えるよ。『Natal Eclipse』の楽曲を細かくリハーサルしていくプロセスでは、驚くほど色んなことを学んだ。これらの楽曲の多くは、あらゆるサイクルや形式に乗せたスティーブの即興演奏をオーケストレーションしたものが基礎になっている。 スティーブが時間と空間の中で音を構築して形作っていくやり方、そしてもちろん彼の演奏そのものにはものすごくインスパイアされるし、深く考えさせられる。それに加えて、スティーヴは常にアイディアに溢れている人で、いつも何かのコンセプトを追求することに時間や労力を惜しまないんだ。

S: 今月リリースされる新作、『A Pouting Grimace』はどのようにして生まれましたか?

M: ケイト・ジェンティルと僕が共同でやっている、Snark Horseというバンドでは、僕達二人の書いた楽曲を演奏しているんだ。ただ、ひとつだけ決まり事があって、それはどの楽曲も一小節の長さにとどめるということ。このプロジェクトのために書いた曲の1つが「A Pouting Grimace」だった。この楽曲に込めたたった1小節の内容がすごく気に入って、それを基に組曲を書くというアイディアに至ったんだ。結果として出来上がったアルバムは、4つのエレクトニクス作品と、6つのアコースティック作品だ。それぞれの曲によって楽器編成は変わるんだけれど、基本的には、5人の木管楽器奏者、4人のパーカッション奏者、アコースティックベース、ハープとピアノという編成になっている。アルバムの基礎となった1小節の楽曲は、アルバムの中の1曲でひとつの伴奏パターンとして使われているけど、どの曲かはまだ秘密にしておきたい。

S: 作曲する時、どこからアイディアを得ますか?厳密な音楽的アイディアの他にも、音楽と関連性のないところからインスピレーションを得ることはありますか?

M: 比較的曖昧な意味合いでは、音楽は常に僕の「頭の中」にある。作曲するということは、通常の場合、僕の脳みそが一番注目している「何か」と、ピッチの集まり・形式・リズムの構成などの曖昧な「始発点」とが交わる場所を探すプロセスだと説明できる。そこからは、ただ鉛筆を紙に走らせながら、ごくゆっくりとしたペースで、終着点に辿り着くまで頭を使い即興していくんだ。 楽器編成や、それぞれの楽器を担当するミュージシャンを事前に決めておいた場合の方が、作曲はスムーズにはかどるけれど、エレクトロニクスを用いた場合はもちろんそういうわけにはいかない。

僕はフィクションや詩、ある種の映画、コメディ、ホラー、シュールレアリズム、変わったもの、不条理、などからインスピレーションを得ている。必ずとは言わないが、大抵の場合は、「アヴァンギャルド」と呼ばれるタイプのもの、またはその作品が制作された時代に「アヴァンギャルド」と呼ばれていたものに影響を受けている。

S: あなたの作品群、『Fiction』(2012, Pi Recordings)、『Vista Accumulation』(2015, Pi Recordings)、『Førage 』、『A Pouting Grimace』には核となるコンセプトの様なものがありますか?あなたのディスコグラフィのすべてに存在する共通点の様なものです。

M: シンプルな答えだけど、そこにある共通点は、「僕」という存在だ。ラッキーなことに、これまで僕は自分の美意識に基づいた衝動以外の何にも邪魔されずに創作活動をすることが出来ている。もし誰かが僕の楽曲群を分析した場合には、共通の音楽的な特徴を特定することは出来るだろうけど、すべての作品に共通するものが何かと言われればそれは言葉では表せないものだと思う。ひとつだけ言えるとしたら、これらのアルバムに収録されている楽曲、特に『Førage』での即興と演奏はすべて、10歳の時からノートに書き留められたものと、断続的にテープに自分で録音してきた無数の楽曲から派生しているということだ。その当時と変わったことは、ただ僕の演奏が上達したということだけだよ。

S: ミュージシャンとしての使命や目標はありますか?

M: 僕が描いてきた目標は、常に自分の作りたい音楽を作ること、自分が聞きたいと思う音楽で、これまでに存在しなかったものを作ること、そしてそれを実現するための環境作りをしていくことだよ。

This interview originally appeard in El Intruso, and is reprinted in translation with permission.

このインタビューは、 ウェブマガジン「El Intruso」に掲載された記事をもとに、許可を得て翻訳され転載されたものである。
(全文訳: 蓮見令麻)

Sergio Piccirilli – El Intruso www.elintruso.com

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蓮見令麻

蓮見令麻(はすみれま) 福岡県久留米市出身、ニューヨーク在住のピアニスト、ボーカリスト、即興演奏家。http://www.remahasumi.com/japanese/

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