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Interviews~No. 201

#110 矢沢朋子|Tomoko Yazawa (piano)

東京生まれ。桐朋学園大学演奏学科ピアノ科卒業。エコール・ノルマル・ミュージック・ド・パリ卒業。1990年タングルウッド・ミュージック・センター奨学生。3年のパリでの留学後、東京で全曲20世紀のピアノ作品によるデビュー・リサイタルを行った。1997年、京都賞でクセナキスの「ミスツ」を演奏、1998年には現代音楽の分野への優れた業績に授与される「第16回中島健蔵音楽賞」を受賞。1998年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(旧ロックフェラー財団)の奨学生として、ニューヨークに半年滞在。アメリカ現代音楽と文化の研究を行った。1999年より自身のミクスト・メディア・プロジェクトを立ち上げ、2000年8月からはAbsolute-MIXの名前で活動、プロデューサーとしても活躍。2001年以降は、演奏とミクスト・メディア・パフォーマンスに関する講座での教練も取っている。 2003年、女性アーティストのためのレーベル「ゲイシャ・ファーム (Geisha Farm)」を設立、プロデューサー、ディレクターをつとめている。2011年、愛犬と2猫と共に沖縄に移住。
CDに『Cabaret』『Transition』『Flash Point』。
ダウンロード・アルバムに『Serious=Japanese』『EGOIST』がある。
http://www.myspace.com/tomokoyazawa

Interviewed by Kenny Inaoka/Jazz Tokyo
Via e-mails, September, 2012


♪ 沖縄の豆腐がものすごく美味しい

JT:東京で存分にシティ・ライフを満喫されていたようですが、いつ沖縄に移住されたのですか?

矢沢:去年。

JT:沖縄移住に踏み切った最大の理由は?

矢沢:311。

JT:しばらくは沖縄生活を続けられるのですね?

矢沢:分かりません。中国とのこともあるし。今のような険悪な状態になるとは思っていなかったので。

JT:毎日どのような生活を送られているのですか?

矢沢:食材と海で泳ぐことを除けば今のところ東京での生活とほとんど変わりません。Absolute-MIX(註)の引っ越しコンサートもやりましたし。Absolute-MIXでは琉球箏と共演しました。もともとペンタトニックのライヒのピアノ・フェイズをピアノと琉球箏でやったり、ピアノと琉球箏の新曲を作曲家に委嘱して発表したり。

註:矢沢朋子はAbsolute-MIXという名前のミクスト・メディア、ジャンル横断型のコンサートを定期的に行ってきた。エレクトロ・アコースティック作品を委嘱したり、ヴィジュアル・アーティストとの共演、あるいはインドネシアの作曲家トニー・プラボウを招聘してトークを行ったり、アメリカの作曲家でマルチ・ユーザー音楽ソフト「ピッチ・ウェブ」の開発者ウイリアム・ダックワースを招聘してワークショップの開催などを行ってきた。

JT:沖縄に居住すると基地の問題など、より身近に感じられますか?

矢沢:身近すぎて麻痺してるようなところもあります。基地に限らず放射能などの問題もそんなものではないでしょうか。実際には米軍機や自衛隊機を見ない日はないですし、音もすごい。でも慣れたし私の生活には直接関係ない。問題意識を持ち続けて暮らすのも体力が要ります。

JT:手料理も得意とされていたようですが、沖縄の食材は如何ですか?

矢沢:果物や野菜など本土とは違う食材がほとんどで楽しい。大豆はアメリカやカナダからの輸入ものがほとんどですが、豆腐の作り方が本土と全く違って、お豆腐がものすごく美味しい。京都の気取った豆腐とかは一体何だったのだ?という感じ。麻薬でも入ってるのかと思うほどハマって毎日食べて気持ち悪くなってもまだ食べてます(笑)。県産野菜本来のものは原種に近い野菜だったり果物なので栄養価も高い。サプリメントが要りません。なのでTPPには反対ですね。自殺種子(F1シード。モンサント製)が紛れ込んで生態系を破壊してしまう。

JT:CDカバーを制作された紅型作家の田中紀子さんとの出会いについて教えて下さい。

矢沢:沖縄ガイドブックに紹介されていた、琉球土産の彼女の作品写真に一目惚れして探し出しました(笑)。紅型(びんがた。註)は、着物では暑くて一体いつ着るのだ?という気候なんですが、アート、絵画として大好きで、田中さんの作品は全部欲しくなってしまうんです。

註:紅型(びんがた)とは、沖縄を代表する伝統的な染色技法の一つ。その起源は13世紀頃と推定されている。「紅」は色全般を指し、「型」は様々な模様を指していると言われる。沖縄県では「びんがた」と平仮名表記する場合が多い。

矢沢朋子/Playing in the Dark 仏蘭西幻想奇譚
矢沢朋子/Playing in the Dark 仏蘭西幻想奇譚

♪ 新作CDでは世紀末に流行った神秘主義の曲を取り上げた

JT:新作のCDのコンセプトは沖縄移住に至った理由ともつながっているように思われますが?

矢沢:それは気のせいでしょう。全然関係ありません。東京で何年も前に考えていた企画ですから。

JT:しかし、その具体的な思いは2010年のコンサートの頃に芽生えたのですよね?

矢沢:クラシックの演奏家はレパートリー構築に何十年もかけるのが当たり前なので、いつからと答えるのは難しい。今弾いているプログラムはそれまでの人生そのものなので。

今回のアルバムは私にとっては初めての現代音楽ではないクラシック・アルバムですが、クラシックの中ではマイナーな比較的新しい曲になります。いわゆるバッハとかベートヴェンとかモーツァルトやショパンではないもの。フランスの近代以降の作曲家が好きで、ドビュッシーやラヴェル、サティ、スクリャービンなどフランス世紀末に流行った神秘主義の曲を取り上げています。『夜のガスパール』でも3曲弾くとなると、どうしても3曲目の「スカルボ」の超絶技巧や、1曲目の「オンディーヌ」の、いかにも印象派なピアニズムに押されてしまって、2曲目の『絞首台』は「箸休め」的に聞こえがちなんですが、この1曲だけ聞いてみると、ラヴェルの作品の中でも特異で特別な響きのする曲で、とても神秘的です。

JT:2010年のコンサートはライヴ収録されましたね。そしてその中から1曲、新作CDにも収録されています。

矢沢:違います。ライヴ収録はNHKが行ったもので、その音源は使っていません。ライヴの翌日に、ホールでオノ・セイゲンが録音してくれたものです。ライヴ収録とは全く別物です。

JT:オノ・セイゲンが録音したのは 「マンドラゴール」ですね。1993年にコンサートのためにトリスタン・ミュライユに委嘱した曲でしたね。『のだめカンタービレ』にも登場しています。この曲について教えて下さい。

矢沢:ライナーにも書いてありますが、中世の時代、マンドラゴールはその効用から、絞首台の下に生える植物と言われていました。死刑囚の流した血を吸って育つ植物だと。根は人間の形をしていて、抜く時に悲鳴を上げる、とか。幻覚作用のある麻薬のマンドラゴールは、現在では植物園などでしか栽培が許されていない植物です。 ベルトランの詩とラヴェルの「絞首台」の両方のイメージからミュライユが作曲したので、続けて弾くと確かに「絞首台」の次はスカルボではなく、マンドラゴールだ、というほどピッタリきますね(笑)。ライナーノートもエッセイ風に面白く書いて欲しいと横井一江さんにお願いしたもので、本として出版できるくらい。CDに華を添える以上の玉稿で必見です!

JT:アルヴォ・ペルトがオープナーに使われていますが、ペルトは好きですか?ピアノ作品はそれほど多くありませんよね?

矢沢:ペルトの音楽は古くも新しくも聞こえる、ノン・ピリオド・ミュージックだと思います。現代曲と言われればそうも聞こえるし、グレゴリア聖歌の時代の曲と言われても、そうかなと。宗教的な響きを持ちつつ、聞いた人の思索を促すような面もある。このアルバムのコンセプトの冒頭にふさわしい曲だと思いました。

JT:録音はスムーズに進行しましたか?なにか工夫したことはありますか?

矢沢:このアルバムに限ったことではなく、これまでのどのアルバムでもしてきたことなんですが、毎回、工夫をしていることとして、録音から曲想に合ったマイク位置に曲ごとに変えていること、曲想に合った音圧で各曲のマスタリングを仕上げること、ということです。CDは1曲ごとの配信と違ってトータルでの作品なので。これ以上は企業秘密です(笑)

JT:今回はポスト・プロダクションでもある種の加工があったようですが、どのような意図でどのような細工が施されたのですか?そのことも含めてベルギーでの録音、ミックスした結果に満足していますか?

矢沢:ポスト・プロダクションをやるのは実は大変でした(笑)。日本でやるようなワケにはいかなかった。彼らにとっては伝統音楽だし、伝統に基づく「こうあるべし」という感覚もすごく強い。それを異郷の日本人がヘンにいじくってる、という感覚を外してもらうのに、けっこう体力を使いました。普通にちゃんと素晴らしく弾いてるのに、どうしてそんな録音の仕方にしたり加工をしたりするのか?という原理(純粋)主義みたいなものかな。最終的に上手く行ったのは、嫌々始めた途中から「こりゃいい!こういうのは初めて聞くな!」と乗ってきてくれたおかげで、結果的には相性のいいエンジニアだったということでした。「これはスペシャル・プロジェクトだな!」と最後は気分良く乾杯できたし(笑)。

もともと私は常識の範囲内で既存ラインのものを作りたいとは全く思っていないのでね。そうなると、やり方だって常識を超えるような新しいものだったり、より本質的なものだったりするわけで。今の手持ちのスキルで成すということではなく、潜在能力の全てを引き出して成し遂げる。そうでなきゃ新しいものを作る意味、特にクラシックでそれをする意義が見出せない。すでに巨匠の録音が山ほどあるんだから。まー私の選んだ曲はほぼマイナー・ワークスなので、検索かけてもそれほど出てはきませんけどね。それにしても本場も新風を吹き込む必要があるんじゃないかな?とは思いましたね。なーんて(笑)

♪ ピアニストになったのは家業で宿命...

JT:生まれは音楽一家ですか?

矢沢:音大出の母がピアノ教師でした。

JT:いつ頃からどのような音楽に興味を持ち始めましたか?ピアノはいつ頃からどのように始めましたか?

矢沢:物心がついた時にはピアノに向かっていましたし、クラシック音楽は常時聴かされていました。興味を持つ以前に音楽とは「そこにあるもの」でした。

JT:大学ではどのような生活を送っていましたか?

矢沢:「のだめカンタービレ」のような暮らし(笑)

JT:音楽家になろうと決心したのはいつ頃からですか?

矢沢:家業で宿命でした。幼児虐待の英才教育を経て高校から音校でしたし(桐朋学園)。しかも附属の桐朋学園子どものための音楽教室に幼稚園から通っているという純粋培養なんです(笑)。音楽家にならないということは、人生の敗者でしかなかった。音楽学と古楽器いうのは負け犬の学部という認識でしたし(笑)。現代音楽とフランス近代以降を自分の専門としようと思ったのは大学生になってから。他の職業への全ての可能性は母親に早期に潰されたという、ごく普通の音大生でした。

JT:クラシック以外の音楽を聴いていますか?

矢沢:テクノと現代音楽のコンピュータ音楽をよく聞きます。録音物=テクノロジーということで考えると、テクノしか参考にして聞くべきものはないと思っているから。ケミカル・ブラザーズとか「これは本当にステレオなのか?」ということをずっと前からしている。ステレオで出来ることというのはまだまだ沢山あるということにも気付かされるし、新しいサウンド作り(3Dなど)にも興味が湧いてきます。

JT:好きな作曲家、演奏家は?

矢沢:クラシックではラベック姉妹(笑)。レパートリーからファッションまで全部好き。録音も素晴らしかった。それからクロノス・カルテット。こちらも全部好き。 作曲家ではメシアン、スクリャービン、ドビュッシー、トリスタン・ミュライユ、カイヤ・サーリアホ、平石博一、スティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムス、ジョージ・クラム、キャロリン・ヤーネル、アーティストではジェフ・ミルズ、ケミカル・ブラザーズ、JAZZANOVA、チック・コリア、ジスモンチ、セシル・テイラー、画家ではルネ・マグリット、オーブリー・ビアズリー、ミロ、ニキ・ド・サンファル。

♪ ピアニスラーとゲイシャ・ファーム

JT:自らにピアニスラーというニックネームを付けたり、レーベル名をゲイシャ・ファームとしたり、どうも偽悪家ぶる性癖があると思いますが?

矢沢:偽悪家ぶる>職業に貴賤があるんですね?(笑)

私としてはGeisha Farmのイメージはバイオ・ハザードの『アリス』のような感じでした。

コンセプトが、『音楽の才能をもつDNAを注入された培養ビーカーで育てられた最強のバイオ・ミュージシャン(ゲイシャ)たちが誕生する場所(ファーム)。音楽のDNAを注入したバイオ・ゲイシャ研究&製造所』= Geisha Farm 。Bio Geishaの奏でる音楽は近未来的サウンド、というもの。

Absolute-MIXとの活動ともリンクしているので、「自然とテクノロジー、伝統と現代、通俗とエレガンスという対立する要素とあらゆる異質の文化をミックスさせたサウンド、完全に自由な表現としてのアバンギャルドを Geisha Farm は愛しているのです。 才能と創造力豊かなGeisha達のアイデア、音楽を発信するGeisha Farmは、様々な分野のアーティストとコラボレートし、現代のテクノロジーにアクセスしています。」というようにミクスト・メディアを意識しています。

Geisha Farmを立ち上げようと思ったのは、NYで暮らしていた(98-02)時、フツーに友人の作曲家や演奏家が自分で自主レーベルや出版社を作っていたことに影響されて。ベンチャーの本場は違うなー。なんてフットワークが軽いんだろうと驚きつつ、自分も真似して始めました(笑)。レコード会社にデモを送って「気に入られますように」と祈ってるより現実的だったし。自分のやりたいことを100%できるし。

あとGeisha Farmではダウンロード配信しています。私は硬派の現代音楽ダウンロード・アルバムも2枚発表してます(『Serious=Japanese』と『EGOIST』)。少しでも現代音楽に興味のある人に気軽に聞いてもらいたい。まだ私のやってる硬派な現代音楽はそういう市場です。儲けなんか全然出ない。それをCD化するのは気が重い。レコード会社の苦悩も分かります(笑)。そういう点で、私はダウンロード配信は積極的です。今回のアルバムから高音質配信(24bit/ 96Khz)も始めます。音楽を気軽に楽しむならダウンロードで十分でしょう。CDというパッケージ商品は、ヴィジュアル(ジャケットのデザインなど)を重視した全く別の次元のアート作品と考えています。

JT:(仕事以外の)趣味で聴いている音楽以外の趣味、つまり、端的にいえば、趣味はありますか。

矢沢:音楽でも映画でも小説でもマンガでも、観るもの聴くもの全て、「この構成はいいな」とか「こういう風に次のコンサートやCDはしよう」というように、どうしても仕事に結びつけてしまう。別にそれが不幸とも思わないけれど、仕事に結びつかなければ逆に観たり聴いたりもしないかもしれません。世間で話題になっているものは、私はジャンル問わず一通り触れています。

マリン・スポーツが好き。ダイビングをしたいんですが耳に悪いのでシュノーケリングしてます。サーフィンもロング・ボードで。海に浮いてるだけでもいい。ホワイト・シュナウザーとチンチラ・シルバーを2匹、飼ってます。白い動物は神様の使いで縁起がいいというのを信じてるから。全員、里親として引き取りました。ペットショップでは買わない。犬猫殺処分反対運動とかは趣味?

JT:現在の夢は?

矢沢:放射能を無害化する発明と、フリー・エネルギーにして電気代とか要らない世界になって欲しい。底魚(穴子、ヒラメ、カレイ)とイカ、タコ、エビ、貝類が好物なので、お寿司を安心して食べたい。若くてハンサムな愛人も欲しい。白い孔雀も飼いたい。すごくキレイ。これは卵から孵さないと無理かも。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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