Interview # 179 宮嶋みぎわ Miggy Miyajima

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photo: Kengo Osaka 撮影:逢坂憲吾

2018年12月29日
東京神田神保町 アディロンダック・カフェ
インタヴュワー:悠 雅彦
文中写真・文責:稲岡邦彌
協力:アディロックダック・カフェ/ 竹村洋子

 

宮嶋みぎわ
ピアニスト / コンポーザー / プロデューサー The Vanguard Jazz Orchestra (VJO) 元日本代理人。
1974年、茨城県生まれ。上智大学文学部教育学科卒。リクルート「じゃらん」編集デスクを経て2012年、文化庁新進芸術家海外研修制度・研修員として渡米。『ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ/ Forever Lasting – Live in Tokyo』(2011) 、『ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ / OverTime – Music of Bob Brookmeyer』(2014) の副プロデューサーとして、それぞれグラミー賞ノミネート。2018年、『Miggy Augmented Orchestra / Colorful』(ArtistShare) 発表。

♩ 30歳で “脱サラ” 音楽家の道へ転身

悠:まず、お名前の由来から伺います。「みぎわ」さんというのはとても珍しいお名前ですが、ご両親はどういう意図で名付けられたのでしょうか?

みぎわ:珍しいですよね。漢字で書くと「水の際」と書いて「みぎわ」と読む単語があります。たとえば、「平家物語」の中には、那須与一が水際から弓の矢を放つというような箇所があり、とても古い言葉なんですね。両親としては、疲れた旅人を癒す砂漠の中の「オアシス」のように、私のところに友達が集まってきて、元気になって帰って行く、というような子供になってほしいと願って付けたようです。

悠:ご両親は相当ユニークというか、文学がお好きというか...。

みぎわ:ユニークだと思いますね。単語そのものはバイブル(聖書)の中で発見したらしいです。母は作家の三浦綾子さんの初代の秘書を務めていた女性で、文学に通じていて、自分でも文章がかける人でした。

悠:ちなみにご兄妹は何人ですか?

みぎわ:3人です。下に妹が2人おります。

悠:プロフィールを拝見して驚いたのはキャリアの中に音楽学校のことが何も書いてないんですね

みぎわ:そうなんです。私は音楽関係の学校にはどこにも行ってないんです。

悠:何か理由があるのですか?

みぎわ:じつは、子供の頃から作曲はやっていて、6歳頃には作曲家になりたいと思っていたんですね。ところが、日本の音楽関係の学校というのは、4歳とか6歳で入学すると音楽以外の勉強はさせてもらえないと思っていたんです。そして、そういう学校は東京に集中しているんです。私は茨城生まれでしたから、音楽家を目指す子供たちは東京まで時間をかけて通うことになります。有名な先生のレッスンを受けるために。友だちと遊ぶ時間もなくなる。音楽以外の勉強をする時間もあまりない。それはおかしいのではないかと子供心に思ったんです。

悠:なるほど。

みぎわ:子供ながら自分は音楽だけではなく普通の子供のように幅広く勉強してバランスの取れた人間になりたいと考えたんですね。小学校、中学校、高校に入るときに、必ず音楽学校に行かなくても良いのかと確認されましたが、結局、上智大学の教育学科へ入学するまで普通の教育を受けてきました。

悠:じつは、僕の妹も上智大を出ているのですが...。それはともかく、30歳で突然、いってみれば ”脱サラ” して音楽家になろうと決心するわけですが、一番大きな理由は何ですか。

みぎわ:理由はいろいろあるのですが、いちばん大きな理由は、世の中に対する貢献度の問題ですね。最後の職業が、リクルートで発行している「じゃらん」という旅行雑誌の編集デスクだったのですが、当時すでにアマチュアのビッグバンドを持っていて、週末にはTOKYO TUCさんなんかでライヴもやっていたのですね。たしかに、リクルートという大きな会社の有名な「じゃらん」の編集デスクというのも影響力のある仕事ですが、自分の考えていること、表現したいことを音楽を通して直接リスナーに訴える方に手応えを感じたのですね。私の音楽を聴いて元気になったり、感動して涙を流してくれたりするリスナーの反応がよりダイレクトに伝わってくる。

悠:よく分かりますが、しかし、決断するには30歳というのは難しい年齢ですよね。

みぎわ:難しいですね。それから相当苦労しましたから、今30歳の方にお薦めできるかというと、考えますね。現在の自分が成功して豊かで安定した生活が送れているかというと、そうでもなくて相当リスキーです。ちょっと足を踏み外すと...。

悠:考えようによっては自分の思う通りの人生を歩んでこられたのだから納得されているでしょうし。羨ましいですね。

みぎわ:ありがとうございます。

♩ スティーヴ・ウィルソンやスライド・ハンプトンに認めてもらった

悠:話を戻しますが、ほとんど独学ですか。

みぎわ:そうですね。38歳で国から奨学金をもらって留学するのですが。

悠:文化庁のですか?

みぎわ:そうです。文化庁の「新進芸術家海外研修制度」ですね。1年間の生活費を保証してもらえるのですが、NYに留学し、人生で初めて音楽だけに集中しました。それまでは、学校や、仕事や他のことをやりながら片手間で音楽をやってました。

悠:NYに行くといっても何かあてがないと難しいでしょう。

みぎわ:そうです。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラですね。2008年に彼らと初めて出会って、2010年に彼らから「日本代理人」というオフィシャルな肩書きをもらいました。彼らと仕事を続けて、2012年に渡米しました。

悠:そういう意味ではラッキーだったとも言える...。

みぎわ:そうですね。いろんなターニング・ポイントで皆に助けてもらったし、スライド・ハンプトンさんにも。

悠:スライド・ハンプトンのお弟子さんに当たる..?

みぎわ:いえ、スライドは今はもう教えてはいません。私は、彼の譜面の清書だとか、お手伝いしてました。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラとの出会いもタイミングが良くて。ヴァンガードと仕事をしていたおかげでグラミーにノミネートされて。文化庁の面接でも「音楽学校を出ていないのにグラミーにノミネートされた」というのがとても評価されました。

悠:とにかくプロフィールを読んでいて他に例のないユニークなキャリアに驚きました。

みぎわ:そうですね。友達にもよく映画にできるんじゃない、と言われます。小学校の時にクインシー・ジョーンズの音楽を聴いて感激したのですが、その田舎育ちの日本の女の子がヴァンガード・ジャズ・オーケストラと仕事をして、マリア・シュナイダーと同じレーベルから作品を発表できたのですから。

悠:ところで、スティーヴ・ウィルソンとは親しいのですか?

みぎわ:はい、ものすごく仲が良いです。

悠:ぼくも彼がNYに出始めた頃、演奏を聴いてレコードを制作する計画を立てたことがあったのですよ。

みぎわ:彼はとても日本贔屓なのですが、私をNYでデビューさせてくれたのがスティーヴだったのです。彼が私の楽曲をヴィレッジ・ヴァンガードで初めて演奏してくれたのです。とても評判が良かったので、レコーディングやツアーでも彼のバンドの持ち曲として取り入れてくれました。

悠:もちろん、ラッキーだったばかりではなく、才能があったからですが、あなたの才能を最初に認めてくれたのは誰ですか?

みぎわ:日本ではTOKYO TUCの田中さんですね。彼が、あなたはサラリーマンでいる人ではない、作曲家になりなさいと薦めてくれたのです。

悠:アメリカでは?

みぎわ:スティーヴ・ウィルソンとヴァンガード・ジャズ・オーケストラのメンバー。それに、スライド・ハンプトンですね。スライドは私のライヴをいつも聴きに来てくれて、褒めてもらってました。スライドのビッグバンドは私が指揮をしていました。
あと、マイク・ホロバーとジム・マクニーリーですね。このふたりは私の先生です。マイクは日本ではあまり知名度がないのですが、ヨーロッパではとても高く評価されている作曲家です。私はジムのアシスタントもやってました。

悠:たしか、挾間さんもジムの生徒だと言ってましたね。挟間さんはどうですか?

みぎわ:美帆ちゃんですね。よく知ってます。NYでは作曲家同士はみな仲がいいんですよ。美帆ちゃんもジムの生徒でしたね。彼女は学校で、私は自宅でレッスンを受けてました。

悠:NYJWJC(New York Japanese Women Jazz Composersという活動歴もありますね。

みぎわ:はい、今は休止中ですが、NYで活躍中の日本の女性作曲家5人のグループです。垣谷明日香さん、メグ大倉さん、ベーシストの植田典子さん、 挾間さんに私です。日本の作曲家は皆さん優秀ですよ。メグさんと私はグラミー・ノミニーですし、垣谷さん、植田さん、 挾間さんの3人はBMI主催のチャーリー・パーカー作曲アワードの優勝者です。

悠: 挾間さんもそうですが、垣谷さん大倉さんもJazzTokyoでとりあげたことがありますね。

みぎわ:皆さんNYの中で活動されているので、積極的に発信しないと日本にはなかなか情報が届きにくいかもしれませんね。

悠:BMIのチャーリー・パーカー作曲アワードというのは?

みぎわ:BMIというのは日本のJASRACのような著作権管理団体です。プロのビッグバンドの作曲家を対象にしたアワードで、優勝すると、BMIが主催している Jazz Composer’s Workshop で3年間、作曲の勉強をさせてもらえるのです。

♩ “colorful” には人種に関係なく共生していくという意味が込められている

悠:8月にリリースされた『Colorful』はぼくもJazzTokyoで紹介させていただきましたが、みぎわさんの最初のアルバムと考えてよろしいのでしょうか?

みぎわ:そうです。私の第1作です。40代の半ばになって初めてアルバムをリリースした作曲家がいると勉強中の皆さんに勇気をもってもらえたら嬉しいです。

悠:ArtistShareというレーベルについて少し説明していただけますか? マリア・シュナイダーが所属していますね。

みぎわ:そうです、マリアの成功で有名になったともいえますが、1年に10本も制作しない少数精鋭主義のレーベルですね。レーベルの代表が、音楽性、人間性、ファンとのコミュニケーション能力などを評価して厳選しているようです。ですから、グラミーのノミネート率も高いですね。

悠:あらためて、タイトルの ”Colorful”についての思いを聞かせていただけますか?

みぎわ:日本の方が想像する “色彩が豊か” とか “いろんな色があってきれい” という意味合いとはちょっと違って、アメリカでは color というとまず人種、肌の色を考えます。有色人種のことを colored といいますね。アメリカでは color という言葉をなかなか ポジティヴな意味合いでは使いにくいのですね。そういう背景を踏まえて、いろいろな人種のひとたち、違ったバックグラウンドを持った人たちがいる世の中という意味合いなのですね。アルバムのコンセプトを考えた時は自分の人生に引きつけて、母親のガン体験や東北大震災などの大きな事件に日常の喜怒哀楽を含めてすべてが人生なんだ、世界の人たちも皆多かれ少なかれ同じだよね、という気持ちでした。アップもあればダウンもあるのが人生だ、個人の人生だけでなく世の中にもアップとダウンがあるというメッセージに共感してもらえれば良いという考えでした。ところが、<Colorful>を作曲している最中にアメリカの大統領選挙があって、オバマからトランプに代わった。すると、1、2ヶ月して生活に影響が出てきた。例えば、われわれ移民にとってヴィザの発給手続きが変わったりした。やはり、アメリカといえど移民が生活していくにはいろいろな困難が伴う。できるだけそういう生きにくさを無くして良い世の中にしたいよね、という願いも込めるようにもなりました。そう意味では、”Colorful” には単に”綺麗”とか “かわいい” ということ以上に “重い” 意味合いが込められています。

悠:メンバーについて少し説明していただけますか。あまり馴染みがないのですが...。

みぎわ:オーケストラを構成しているのは、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ、マリア・シュナイダー・オーケストラ、最近人気のダーシー・ジェームス・アーギューのビッグバンド、それからクリスチャン・マクブライド・ビッグバンドのメンバーなど素晴らしいプレイヤーたちばかりです。ほとんど若手のバリバリばかりですが、なかにはトロンボーン・セクションの2人のように60歳を超えたヴァンガードのベテランたちもいます。

悠:録音も大変だったでしょう。

みぎわ:エンジニアはジェイ・メッシーナという “レジェンド” なエンジニアなんですよ。マイルスやジョン・レノン/オノ・ヨーコも録音しているんですね。本来は私のような若手がいきなり一緒に働けるエンジニアではないのですが、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラを通じて知り合って、今ではいろいろ助けてもらえる間柄になりました。私のライヴにも必ず顔を出してくれますし。そういう意味では私を認めてくれたうちのひとりですね。

悠:作曲や準備にはどれくらい時間がかかりましたか?

みぎわ:たとえば、震災にちなんだ<Hope for Hope>というのは背景が重いので、構想だけに何年もかかり、実際にかきあげるのに半年くらいですね。なんども書いては直し書いては直しがありました。
逆に<Captain Miggy〜>のように、他に何もしないで家に籠りきりで1週間で書き上げたのもあります。籠りきりのときは、書いているか食べているか寝ているか、という状況ですね。

♩ ゴールデン・ウィークの5月5日、NYのバードランドで『Colorful』の公演をやります

悠:来年 (2019年)に向けて予定しているプロジェクトはありますか?

みぎわ:つい最近始めたグループがとても面白くて来年はこれに取り組もうと思っています。New York Jazz Composer’s Mosaic というグループで、日本人と韓国人の女性コンポーザーとブラジル人の男性コンポーザーの3人です。発想は身近な食事からなのですが、私たちが気軽に和食や韓国料理、ブラジル料理を食べて、その国の人たちや文化を知ったり、好きになっていくように、その国の音楽を取り入れた作品を1回のコンサートで演奏していろいろな国の人たちに ”つまみ食い” して楽しんでもらおう、というものです。

悠:一種の作曲家集団ですね

みぎわ:そうですね。そのコンサートがきっかけで各国の友好関係が良くなっていけば嬉しいなということですね。但し、あまり難しくならないように食べ物をつまみ食いする感覚ですね。

悠:すでに公演したのですか?

みぎわ:はい。12月に一度コンサートをやりましたが大成功でした。お客さんには、ブラジルッグバンドの大使や日本の領事館、韓国の関係者たちもお見えになりました。今回、私は宮城道雄の<春の海>をビッグバンドにアレンジした作品を演奏したのですが、原曲で使われた楽器などを中心に日本の文化についても説明するのですね。この企画がとても評判が良かったので年内に何度かやろうと話し合ってます。

悠:自身のオーケストラの次のプロジェクトのアイディアはあるのですか?

みぎわ:そうですね。最低でも2年はかかりますので、来年は無理で、うまくいって2020年でしょうか。2020年から準備を始めて2021年にリリースできるかどうか。

悠:具体的なプランはありますか?

みぎわ:私の想像では、その頃にはもうCDはこの世から無くなっているだろうと思います。

悠:えー。

みぎわ:若い人たちはもうCDを聴きませんからね。ですから、何か違う方法で音楽を聴いてもらうしかない。どういうメディアでビッグバンド・バンド・ジャズを聴いてもらえるか、それが次の挑戦ですね。

悠:CDが無くなるか...。

みぎわ:そうです。じつは、すでに発明家の人たちと相談を始めているのです。CDではない形で生活の中に入っていける方法ですね。

悠:『Colorful』の公演はどうですか?

みぎわ:せっかくアルバムをリリースしたので、もちろん公演も考えています。5月5日にNYのバードランドが決まっています。ゴールデン・ウィークですから日本のファンにも来ていただけるのではないでしょうか。

*関連記事
『垣谷明日香/Bloom』CDレヴュー
http://www.archive.jazztokyo.org/five/five960.html
メグ大倉:Interview
http://www.archive.jazztokyo.org/interview/interview122.html

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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