Seiichi Sugita / 杉田誠一

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追悼 ポール・ブレイ

1971年6月、NYCをホーム=根拠地とし始めたPoo (菊地雅章) を訪ねる。と、そこはポール・ブレイのアパートであった。
スタインウェイの、フルコンがある、虚飾を排した、シンプルな空間。ポールの楽旅中、ずっと、住んでいた。
Pooさんは、ポール・ブレイのようになりたかったのだろうか?ぼくたちは、スタインウェイに、ピアノを買いに行った。グレン・グールドのように。
ぼくにとっての、ポール・ブレイは60/70年代の、フリー、そしてポスト・フリーの輝かしきキー・パーソンである。
ぼくの知る限り、カーラ・ブレイとアネット・ピーコックをパートナーとした、いい男である。
ポール・ブレイと出会ったのは、たった1度きり。ぼくが、「アウトゼア」の編集長を始めたころ。サントリー・ホール。
小太りの人なつっこい、心優しき人。
ボストンのイングランド音楽院の生徒で、卒業祝いにDUOアルバムをプレゼントされた、藤井郷子に紹介される。
たった1度きりのソロ・ピアノ。
フリー/ポスト・フリーの雄は、とめどもなくリリカルで、クール。あのビル・エバンスよりも、さらに深く深く音楽の在りどころ、その美しき 深淵へと、沈潜していく。
ポール・ブレイは1932年11月10日、モントリオールに生まれ、2016年1月3日、フロリダで、老衰のため死去。享年83歳。キース・ジャレット、菊地雅章に、多大な影響を与えた。
レジェンドが、またも、死去。
きっと、天空の彼方で、Poo さんと、心ゆくまで、交感してるでせう。
合掌。(ジャズ・バー店主)


Seiichi Sugita / 杉田誠一
1945年4月新潟県新発田市生まれ。獨協大学卒。1965年5月月刊『ジャズ』、1999年11月『Out there』をそれぞれ創刊。2006年12月横浜市白楽にカフェ・バー「Bitches Brew for hipsters only」を開く。著書に、『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』『ぼくのジャズ感情旅行』他。

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