巨匠トゥーツ・シールマンス逝く 

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text by Keiichi Konishi 小西啓一

この8月は3週間ほど東京を離れており、TVも新聞とも無縁な信州の高原滞在だったので、世間での出来事などはほとんど関心外。月末に自宅へ戻るとJazzTokyoの編集長から“トゥーツ・シールマンスが亡くなりました。ついてはベテランの貴兄に追悼文をお願いしたいのですが”という依頼メールあり。トゥーツは好きではあるがいささかひねくれ気味のぼくは、彼というよりもジャズ・ハーモニカ、そしてジャズ・アコーディオン&バンドネオンといった、日の当たらない楽器ジャズ好きというわけで、この手のアルバムに出会う(これがまたどれも素敵なアルバムが多いのだが...)とすぐ手を出してしまうのだが、そこは長い付き合いの同窓からのお頼み、受けざるを得ず、これはと...新聞を捲ると、確かに8月22日に生地ベルギーのブリュセルで亡くなっていた。記事では大往生とあり、享年94、合掌...。

本名をジャン・バプティスト・フレデリック・イシドール“トゥーツ”シールマンスという、異様に長い名前(但し“トゥーツ”はニックネーム)のこの天寿を全うした“バロン=男爵”(2001年にその功績により爵位を授けられる)ミュージシャンは、日本の年号でいえばあの大正時代生まれ。その死亡ニュースでは、“ハーモニカの世界的巨匠”という形容句が使われていたが、なかには“伝説のハーモニカ名手...”とか“音楽界の人間国宝”などともあった。ぼくならば“ジャズ・ハーモニカ(=トゥーツ)を世界に認識させた真のイノベーター”とでも書きいところだが、彼は最小楽器を自在に扱い心ゆくまで唄わせ、多くの人の心を捉えてしまう最大の成果を引き出した音楽の達人であり、ジャズだけでなくポップスやロックなど、世界中の様々な分野のミュージシャンやシンガー達からこよなく愛され(あのジョン・レノンも影響を受けたとされる)、自身のアルバムのゲストに迎えようと図った垂涎の人でもあり、いま注目のグレゴリー・マレットを始め、ヘンドリック・ミュールケンス、続木力等々、内外のジャズ・ハーモニカ奏者のほぼ全員が、その薫陶を受けているとも言える偉大な存在でもあった。一方、ジャズを愉しむ余裕のあるファンならば、ほぼ例外なくこのハーモニカ親父(爺さん)の愛称を持つ名匠(口笛の名手でもある)の音楽が好きで、ぼくの周辺で彼を嫌いだなどという輩には、まだお目にかかったことがない。そういった意味でもジャズ界で珍しい誰からも愛される存在だったといえる。

ジャズ・ハーモニカ奏者としてその名前が知られるようになった、そのキャリア初期の『マン・バイツ・ハーモニカ』(Riverside/1957)では、共演のケニー・ドリューなどと張り合うハード・バッビッシュな、若く威勢の良い一面も窺わせてくれていたが、70年代以降はクロマティック・ハーモニカという極小な器の中で、恬淡としながらも最大限の情感表現を描き出すことに腐心、ハートウォーミングにしてそこはかとないサウダージを漂わせた、独特で唯一無二なハーモニカ・ワールドを確立したのだった。

数年前91才の折り、現役引退を宣言、多くのファンを悲しませた彼だが、その生涯に30枚を超すリーダー・アルバムを発表、ゲスト参加した作品は数知れず...、当然そこには駄作とされるようなものは一切無い。なかでもぼくが好きなのは、イヴァン・リンス、ミルトン・ナシメント等、ブラジルのMPBのスター達と共演した2枚の『ブラジル・プロジェクト1&2』(1992・93年/RCA)。彼のハーモニカとブラジル音楽、この絶妙なマッチング、まさに堪えられないもの。それと定評あるビル・エヴァンスとの共演盤『アフィニティ』(1978/WP)、出会うべくしてであった巨匠どうしの邂逅。言うことなし。さらにこのアルバムとよく似たムードが漂う、名手フレッド・ハーシュ・トリオとの郷里でのライブ盤『行かないで』(1986/Milan)といったあたり。また彼と最も相性のいい共演相手、これは同郷の後輩ギタリスト、フィリップ・カテリーン(数枚の共演作あり)で決まりだ。異色の好組み合わせとしては、天才&鬼才ベーシスト、ジャコ・パストリアスとの共演盤『ワード・オブ・マウス』(WP)も、進取の気概溢れたジャズ・ハーモニカ奏者の神髄が披歴される。さらにもうひとつ挙げれば、高倉健主演作『夜叉』(1985年)のサウンドトラック演奏ということになるのだろうか...。降旗監督~健さん主演という黄金コンビのこの作品、出来は今一だったと思うが、彼のハーモニカが映画全編に流れ、忘れられない鮮烈な印象を残した。

まあいずれにせよジャズ・シーンは、惜しい好人物と名職人を永遠に失ってしまった。

再度 合掌!(2016年8月末日)

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小西啓一

小西啓一 Keiichi Konishi ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。

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