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No. 228R.I.P. ミシャ・メンゲルベルク

追悼 ミシャ・メンゲルベルク

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

 

僕のミシャの思い出は何と言っても1979年7月のノース・シー・ジャズ・フェスティバルである。当時のNSJFはオランダ デン・ハーグのコングレスホールで開催されており、国際会議場の大小ホール、イベントホール、会議室などを活用、複数のコンサートが並行して展開されていた。その中から自分の聴きたい演奏を選んで、館内をあちこち巡ることになる。聴きたい出演者が重なって一方を諦めたり、それぞれ一部と二部だけを聴き分けるなどというやりくりも必要になってくる。あれもこれもという対象の中で僕が絶対外せないと選んだのが、大ホールでのサン・ラ・アーケストラト、イベントホールでのミシャ・メンゲルベルクとハン・ベニンクのデュオ、それに山下洋輔トリオであった。 大ホールのステージに板付いたサン・ラのアーケストラは圧巻だった。楽器を演奏するアーケストラに加えてコーラス隊とダンサーがそれぞれ7.8名整列し、 サン・ラはステージ下手(しもて)のアーケストラの前にエレピと共に仁王立ちしていた。きらびやかなガウンをまとい光り物を散りばめたかぶり物を頭に乗せての正装だった。サン・ラにはちょっとした思い入れがあり、A&R着任間もなく契約したシカゴ・デルマークのカタログに含まれていた『Jazz by Sun Ra』(1957) を苦労の末、Transitionのオリジナル通りに復刻したのだった。このアルバムでのサン・ラはすでにテンテットの編成でアートワークには地にゴールドが引かれていた。復刻に際してはもちろん金地と、LPに同梱されていたブックレットも再現した。サン・ラ・アーケストラはサン・ラのアレンジがユニークだったがリズムが明確でダンサーを交えた華やかなステージは充分エンターテインメント性を意識したものだった。サン・ラ自身も時折り回転してみせるなどショーマンシップさえ発揮していた。

山下洋輔のトリオはイベントホールでの演奏だったが、坂田明(as)と森山威男(ds)を従えたいわゆる“ゴールデン・トリオ”が圧倒的なパフォーマンスでヨーロッパの聴衆をまさしく熱狂させた。 3人でテーマを演奏した後の迫力満点のインプロから森山のキーでテーマに戻るのだが、ハイになった森山がなかなかテーマに戻るキーを出さないままドラムを叩き続け、山下から大声で「森山!森山!」の声が飛ぶほど。聴衆は大喜びで大拍手に指笛が乱れ飛ぶ。僕には、3人が日の丸を染め抜いた鉢巻を額に締め突撃する兵士にも見え、思わず胸を熱くしたものだ。

さて、ミシャとハンである。エリック・ドルフィーの『Last Date』(Limelight, 1964)* が愛聴盤であった僕はどうしてもこのデュオを目で見、耳で確認したく少し早めから会場にスタンバっていた。聴衆は5,60名だったろうか、会場に入ってきたミシャとハンは何かを小脇に抱えている。譜面ではなさそうだ。所定の位置に着いた彼らは、小脇に抱えていたものを広げ出した。なんとそれは大きな布だった。その布で、ミシャはピアノを、ハンはドラムセットを被せ、紐で縛り始めた。聴衆は固唾を飲んで見守るばかり。楽器を縛りおえた二人は黙って会場を後にした。残された聴衆は一瞬の間ののち大きな拍手と指笛で彼らのパフォーマンスを讃えた。その間、わずか数分。同行していた大熊隆文事業部長(故人)と僕はどちらが言い出すまでもなくジョン・ケージの作品<4分33秒>(1952) を口にしていた。ケージのあまりにも有名な作品。ステージに出た演奏者(楽器の指定はない)は、作曲者の指定する4分33秒間、楽器を演奏することなくそこにとどまり、退場する。一般的にダダイズムの影響と言われている。Wikipedeiaによるとミシャは、1958年から1964年の6年間、ハーグ王立音楽院で学んでいるが、この間フルクサスの活動に参加したり、ジョン・ケージの講義を受講したとある。日常を非日常化する。有用を無用化する。ユーモアを湛えたハプニング。僕らがノースシーで目撃した彼らのパフォーマンスはこれらの実践だったのだ。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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