RIP:追悼 ジェリ・アレン

閲覧回数 2,211 回

ジェリ・アレン(1957.6.12~2017.6.27)
ピアニスト、コンポーザー、グゲンハイム・フェロー、エデュケイター。
ガンによる多臓器不全のためフィラデルフィアで死去。還暦を祝ったばかりだった。

同世代では最も完成度の高いピアニスト、エデュケイターの一人として高い評価を受け、直近の役職はピッツバーグ大学ジャズ科ディレクター。ここ2年間はマッコイ・タイナーとの共演を享受しており、また、2組のトリオ(ジェリ・アレン、テリ・リン・カーリントン、エスペランサ・スポールディングとのACS、デイヴィッド・マレイ、カーリントンとのMACパワー・トリオ)でも活躍。

豊かな音楽の歴史で知られるデトロイトで育ち、音楽に情熱的な父親の影響でジャズに親しむようになった。7歳でレッスンを始め、キャス技術高校でトランペッターのマーカス・ベルグレイヴの教えを受けた。1979年、ハワード大学を卒業するときは、ジャズで学士号を取った最初の一人となった。大学ではクロス・カルチャルな音楽に接し、この経験が後年彼女の音楽に決定的な影響を及ぼすことになった。当時、NYCではケニー・バロンに就いて学んでいる。

NYでは著名なエデュケイターのネイサン・デイヴィスと出会い、彼の勧めでピッツバーグ大学のジャズ学部に進学、1982年に民族音楽学の学位を取得、2013年退官したデイヴィスを継いでジャズ学部のディレクターに就任した。
全米をネットワークする教育活動を通じて、テリ・リン・カーリントン、クリス・チェイフ、ジョージ・ルイス、マイケル・ドレッセン、ジェイソン・モラーン、ヴィジェイ・アイヤーなどのアーチスト、科学技術者らと親交を結ぶようになる。
メリー・ルー・ウィリアムスの作品の録音や演奏を目的とするメリー・ルーウィリアムス・コレクティヴの音楽監督を務めた彼女は、ピッツバーグ大学が主催した初めてのメリー・ルー・ウィリアムス・サイバー・シンポジウムで、ヴィジェイ・アイヤー、ジェイソン・モラーンとインターネット2の技術を駆使、ハーヴァード、コロンビア、ピッツバーグの3大学を同時中継し、リアルタイムで3台のピアノによる即興演奏に挑んだ。
ジェリは、ハワード大学の他にニューイングランド音楽院、ミシガン大学でも教鞭を執り、2014年にはボストンのバークリー音楽大学から名誉音楽博士号を授与されている。
リーダーとしてのデビュー・アルバムは、1985年の『The Printmakers』。1990年にはブルーノートレコードと契約。1996年にはオーネット・コールマンの『Sound Museum』に参加。2004年、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットとのトリオ・アルバム『The Life a Song』をリリース、2010年に制作したピアノ・ソロ・アルバム『Flying Towards the Sound』はNPRとダウンビート誌の批評家投票で年間最優秀アルバムに選出された。
35年以上に及ぶキャリアでの共演者は、オーネット・コールマン、ラヴィ・コルトレーン、ジョージ・シャーリー、デューイ・レッドマン、ジミー・コブ、サンドラ・ターナー=バーンズ、チャールス・ロイド、マーカス・ベルグレイヴ、ベティ・カーター、ジェイソン・モラーン、リズ・ライト、マリアン・マクパートランド、ロイ・ブルックス、ヴィジェイ・アイヤー、ちゃーリー・ヘイデン、ポール・モチアン、ローリー・アンダーソン、テリ・リン・カーリントン、エスペランサ・スポールディング、ハル・ウィルナー、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス、ダイアン・リーヴス、ジョー・ロヴァーノ、ビリー・テイラー、ザ・シュープリームス、ハワード大学アフロ・ブルー・クワイア他。(photo:Rob Davidson)


ジェリ・アレンは、スポンテイニアス・コンポーザー(即興的作曲家)の系譜に連なる主要な存在のひとりであった。彼女の素晴らしい寄与の足跡を辿ってみると;まずは演奏を通じて(刮目すべきピアニストであると同時に即興的作曲家でもあった)、次いで作曲された作品を通じて、さらには女流ミュージシャンの庇護活動を通じて、またメリー・ルー・ウィリアムス、マーカス・ベルグレイヴ、ハービー・ニコルスなどのミュージシャンに関わる歴史に残る作品を通じて、それに教鞭を通して(とくに若い女性に演奏に関心を持たせた)など。

僕自身、彼女を通じて初めてハービー・ニコルスというピアニストの作品を知ることとなった。僕がジェリと知り合った頃、彼女はニコルス、アンドリュー・ヒル、それにセシル・テイラーに深く入り込んでいた。他にもモンク、バド、マッコイ、ハービー(当時のアフリカン・アメリカン系ピアニストがそうであったように)も研究対象ではあったが、僕の印象では、彼女のテイラー=ヒル=ニコルスからの影響が彼女と同世代の他のピアニストと彼女を峻別していた。

テイラー=ヒル=ニコルス派のピアニストなんて極めて稀な存在だったから。その後に登場したピアニストたち、アンディ・ミルン、ジェイソン・モラーン、ヴィジェイ・アイヤー、クレイグ・テイボーン、デイヴィッド・ブライアントなども彼女とは違ったやり方で独自のスタイルを追求しているが、僕の知る限り彼らの誰もが多かれ少なかれ彼女の作品の影響を受けていると思う。それは彼女が彼らより先に地上に降り立ったからかも知れないのだが。それにしてもジェリ・アレンのジャズ界に対する貢献は数多く、広範囲にわたるのである。(スティ—ヴ・コールマン)


ジェリは、純な心と芸術性を映し出す極上のプリズムとして輝いていたし、今も輝き続けている。彼女は単なる黒と白の鍵盤からカラフルなスペクトラムを放射し魔法のように音の虹をかけた。そして、自身の力強い音楽の軌道の中央に永久に輝き続ける創造の太陽を現出させた。ジェリは、世界中の聴衆、バンド仲間、生徒たちに倦むことなくあの驚くべきミラーボールのような光を放射し続けた。私は本当に幸運にも彼女のその光を浴び共有するチャンスに恵まれたのだ。彼女は私たちが想像するよりずっと早くあらゆる芸術と光の尽きせぬ源泉と同化するために前進していた。間違いなく彼女独自のやり方で。彼女の旅立ちによって音楽の世界と彼女を知る誰もの心にぽっかり大きな穴が空いてしまったけれど、ジェリの生命の音は永久に響き続けるに違いない。そして私たちが共有する人間性という音楽の世界を広げ豊かなものにしてくれるだろう。(エスペランサ・スポールディング)


「ジェリ、言葉が出ないわ。あなたはまた私の口をつぐませたのね。あなたの人生における聡明さと優美さ、そして死そのものがあなたの想像以上に私の心に響いています。あなたは眉目秀麗、本当の意味での特別な存在だった。そして今は幸せそうに自由に空を舞っている。あなたを失った今、私はもっと自分を際立たせ、もっと愛情に溢れ、もっと辛抱強くならなければと思っている。あなたは他人にインスピレーションを与える独立独歩の人、頭抜けた創造の人だった。あなたを我が友人、バンド仲間と呼べたことを誇りに思っています。あなたは私をいつも感動させ、私の人生と芸術はいつもあなたのヴィジョンと影響の写し鏡のようだった。あなたともっと一緒に新しい何かを発見したり探し求めたり、おしゃべりしたり笑い合ったりしたかったけれど、考えてみれば私はもう充分あなたの恵みを受けてきたのでした。素晴らしい恵みの数々をありがとう!私は癒されています。私たちの旅は続いており、いつかまた必ず再会できることに気付いて安心しました。姉妹よ、愛しています。平和と永遠の光を、いつの日も。」(テリ・リン・カーリントン)


「ジェリはモダーン・ミュージックにおける強力な革新者であり、明確なヴィジョンを持ったピアニストであった。彼女はまた学者でもあり、アフリカン・アメリカン・ミュージックの歴史学者であり、コミュニティの組織者でもあった。さらには、組織の設立にも長けており、フェミニストであり、とても熱心で心の広いエデュケイター、静かで決断力のあるリーダーでもあった。ひとりのミュージシャンとして彼女は心の真実とヒーリング・エネルギーの伝道者であった。彼女の死は僕らにとって大いなる損失であり、僕らは彼女の遺産を引き継ぎ、発展させるべく努力を続けることになる。(ヴィジェイ・アイヤー)


「ジェリはジャズに大きな貢献をしたひとり、ジャズの匠であった。僕は、彼女と共に音楽を想像する機会を持てたことを光栄に思う。彼女はピアノで紡ぎ出す独自のヴォイスとその人格で多くの人を感動させた。彼女の死は寂しいが彼女の遺産は永遠に不滅だ。愛するジェリ。(ジャック・ディジョネット)


 
photo by Patrik Landolt (INTAKT Records)
Trio 3+Geri Allen in Brooklyn (Reggie Workman, Geri Allen, Oliver Lake, Andrew Cyrille)

Share Button
稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

One thought on “RIP:追悼 ジェリ・アレン

  • 稲岡編集長
    2017年8月3日 at 9:36 AM
    Permalink

    Mary Lou Williams is joined by bassist Carline Ray and drummer Max Roach for this performance of “My Blue Heaven.”
    Filmed almost 50 years after the start of her career, Williams sounds as good as ever.

    Video:
    http://www.jazzonthetube.com/page/29807.html

    – Lester Perkins
    Jazz on the Tube

    Reply

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

↓ ロボットでないかお知らせください。 * Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.