精霊たちの祭り「白州」~セシル・テイラーTOKYO FMスペシャル・ライヴ

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text & photos by Midori Tanaka 田中美登里

 

杉木立に囲まれた神社に降り注ぐ蜩の声。境内に置かれた1台のグランド・ピアノが、吸い込んだ大気を静かにはくように鳴り始めた。1992年夏、山梨県白州町は甲斐駒ヶ岳の麓にある巨麻神社でのこと。ピアニストはセシル・テイラー。
農業を礎として身体表現を追求する舞踊家、田中泯さんが拠点としていた白州町の「身体気象農場」で「白州・夏・フェスティバル」が始まって5年目。ダンスのみならず、美術、建築、音楽、演劇、民族芸能まで、それも伝統・前衛を問わず表現者が集まって行われる祭りだ。そこに泯さんと共演歴のあるセシルが招かれたのだ。
セシルのソロに続いて、トリオでの演奏。メンバーはパーカッションの富樫雅彦さんと笛の一噌幸弘さん。二人ともセシルとの共演は初めて。富樫さんは納得として・・・能楽一噌流笛方の一噌さんは、今でこそジャズのライヴハウスにもたびたび登場してジャズ・ファンにもお馴染みだが、この時、意外に思った方も多いかも。しかし、91年にリリースしたデビュー・アルバムですでに山下洋輔さんや坂田明さんと共演、能管でドレミも吹けるし、即興もOK、笛とあらば洋邦なんでもござれのハイブリッドな笛吹きなんである。しかも、セシル・テイラーの大ファンだというではないか!そのことを、フェスティバルの実行委員だった音楽プロデューサー田村光男さんにささやくと、「よっしゃー!」って大喜びしていたなあ。
宇宙と交信するかのようなセシルのピアノ、自然界の全ての色を素材を打つことによって紡ぎだす富樫さんのパーカッション、お清めとお祓いの効果抜群の一噌さんの笛。大地と宇宙の精霊たちが集う祭りの空間が出現した。

白州での8月1日のセッションを何等かの形で残せないか。CD発売の目途はまだないけれど。田村さんの相談を受けて、放送を条件にすればTOKYO FMのレコーディング・スタジオが使えることを提案。8月5日と6日の2日間、スタジオを押さえ、レコーディングと相成った。エンジニアは及川公生さん。73年、セシルの初来日のステージでMCを務めた悠雅彦さんにも立ち会っていただいた。
リハーサルではラフなスウェット・ウェアを着ていたセシルだが、本番では田中泯さんからプレゼントされた作務衣に着替えていた。ピアノはこのスタジオ備え付けのスタンウェイのフルコン。セシルはウィンドチャイムを始め、様々なパーカッションを持ち込んでいる。特段言葉による打合せのようなものはなく、3人の音によるコミュケーションが進んでいく。最初の曲はピアノはなし。セシルは白州での体験にインスパイアされたのか、小さな紙にメモしたポエムを朗読する。ある時は宇宙に届けとばかりに叫び、ある時は子守歌のように優しいささやきで。やがてリリカルな美しいピアノが流れ出す。そっと触れ合う打楽器たち。スタジオを清める笛の音、セシルの歌う五音音階。
そうか、ここは白州なんだ!木々のざわめき、蜩の声、小川のせせらぎ、鳥や風の声、ニワトリや山羊たちの命・・・巨麻神社で感じた天地の交わりが再現していた。
休憩をはさんで、セッション後半。みんながまだおしゃべりに興じているうちに、富樫さんだけがいつの間にか、演奏を始めていた。そっとささやく4音だけの繰り返し。異界からの呼びかけのように。やがてそれに気づいたセシルと一噌さんが合流していく。地下水が静かに湧き出したような始まりにみんなの耳が集中する、すばらしい瞬間だった。音楽は遠い遠いところまで駆け巡り、やがて元の静けさに戻っていった。
打ち上げには富樫さんと一噌さんは参加しなかったけれど、新宿の小さなジャズ・バー「GOD」で。ママの条田さんはセシルの大ファンで、セシルもご満悦。二人の日本人アーティストを大いに讃えていた。

「白州」でなければあり得ないセッション、日本でなければあり得ない美しい演奏を残してくれた3人に感謝。途中、冷房が苦手という富樫さんを気遣って、冷房を止めたため、調整卓や録音機器が過熱し、扇風機やうちわで扇いで何とか無事終了、ハラハラしたのも楽しい思い出だ。セシルも富樫さんももうこの世にはいないけれど、地球の自然に捧げた祈りは、続いていかなければ。

 

☆セシル・テイラー、富樫雅彦、一噌幸弘によるTOKYO FMでのセッションは、
1993年1月16日と23日「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」で放送しました。出演:悠雅彦、田村光男、田中美登里

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田中美登里(タナカ・ミドリ)
TOKYO FMの衛星デジタル放送、ミュージックバード・プロデューサー。東京芸術大学音楽学部楽理科卒。1979年アナウンサーとして、エフエム東京に入社。90年から制作部ディレクター。主な担当番組は「歌謡バラエティ」「ミュージック・タイム」「民族音楽を訪ねて」「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」など。ミュージックバードではクラシック専門チャンネルで、保守的なクラシック・ファンと格闘している。

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