ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま 第9回 イングリッド・ラウブロック~曲がりくねる道を歩く、真っ直ぐなひと~

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イングリッド・ラウブロックは、ドイツ出身のサックス奏者で、80年代から90年代にかけてのおよそ10年間に及ぶイギリスでの音楽活動を経て、現在はニューヨークのジャズ、インプロヴィゼーションのシーンにおける重要なアーティストのひとりとして活躍している。彼女の演奏活動は、トム・レイニー、タイショーン・ソーリー、メアリー・ハルヴァーソンなどの現代ジャズにおいて最も注目される奏者達とのプロジェクトの数々に代表されるが、その他にもアンソニー・ブラクストンやデイヴ・ダグラス、ジェイソン・モラン、ウィリアム・パーカーなどとの共演も果たしている。

精力的に活動するラウブロックの演奏はこれまでに何度もライブに足を運び聴いてきたのだけれど、その演奏は彼女の人となりを忠実に反映していると私は感じる。地に足がついていて、気取らない。竹を割った様なさっぱりした歯切れの良さ、真っ直ぐな目で音を追いかける、あくまでも熱くなりすぎない焦点。一旦、走り始めると躊躇はしない気前の良さ。

Serpentines

そんな彼女の記念すべき10枚目のリーダー作が、つい先日リリースされた。この作品、『Serpentines』(Intakt, 2016)は、7人編成のグループでの演奏で、イングリッド・ラウブロックのサックスを筆頭に、ピーター・エヴァンス(trumpet)、ミヤ・マサオカ(琴)、クレイグ・テイボーン(piano)、サム・プルータ(electronics)、ダン・ペック(tuba)、タイショーン・ソーリー(drums)という錚々たるメンバーの名前が並ぶ。このアルバムに参加している奏者達はそれぞれにニューヨークのアヴァンギャルド、インプロヴィゼーション、またはニューミュージックなどのシーンの内外で活躍する生粋の即興演奏家ばかりである。メンバーの凄さにも加えて目を引くのはやはり、何やらただものではない感じのする楽器の組み合わせだ。琴やチューバ、エレクトロニクスという変則的な楽器が入ってくることによって、どんな聴こえのアンサンブルになるのか、俄然興味をそそられる。加えてこのアルバムでは、ライヴ・エレクトロニクスという、楽器の音をマイクでひろってそこに電気的操作を与えスピーカーから流すという電子音楽的なアプローチも取られている。

電子音楽とジャズの交差する場所

電子音楽という背景を視野に入れると、途端にこのアルバムの導入部分の意図が掴みやすくなる。チューバという楽器を選んだこと(ノーノ「ドナウのための後‐前奏曲」からの間接的レファレンスである可能性)や、タイショーン・ソーリー(シュトックハウゼンの影響を受けていることを公言している)をドラマーに起用していることからも、このアルバムがシュトックハウゼンやノーノなどの潮流を受け継いだ現代即興音楽という側面を持つ可能性も明らかになってくる。1曲目と2曲目の「Pothole Analytics Pt.1」、「Pothole Analytics Pt.2」において特にこの傾向は顕著である。3曲目の「Chip in Brain」に入り、琴とグロッケンシュピール、ピアノによる連続的なヘテロフォニーが登場すると共に音楽のポートレイトは少しずつ変化していく。ここでのピーター・エヴァンスのソロは、エレクトロニクスの振動する低音の雲の中で、実にゆっくりと時間をかけて展開していき、ロング・トーンの連なりにより、それまでの抽象的世界からのメロディの出現をかすかに示唆する。途中のマイクロトーナルな演奏展開ではトランペットがまるで尺八の様に聞こえる瞬間さえあり、聴き応えのあるソロとなっている。その音色には洗練された美しさと有機的な柔軟性が、行儀良く同居している。4曲目、「Squirrels」に入ると、これまでのどちらかというと掴みどころのない現代音楽的な様相はぐっと変化していく。この曲のイントロ部分はラウブロックとエヴァンスのふたりでのソロの掛け合いで始まり、それは一見するとこれまでのアルバムの導入部分の延長線とも思える様な抽象的なテクスチャーにも思えるのだが、そこにペックの奏でるチューバのベースラインが入ってくると途端にこれがまるでニューオーリンズのセカンド・ラインの様に聞こえ出すから不思議だ。そんな感覚を確かめる間もなく、タイショーン・ソーリーのドラムとクレイグ・テイボーンのピアノがアンサンブルに入り、唐突に、いかにもブラクストン的なメロディがユニソンで演奏される。この瞬間に、ユニソン、構築し言語化されたメロディ、一定のビートというものが、いかに抽象世界に明確なふちどりを与え、我々の意識に変革を起こすのかということを確認できる。ここからのテイボーンの疾走するソロは、ソーリーの叩く洗練されたビートに乗っていわゆるジャズの文脈を全面に押し出してくる。だが、ここでその流れや勢いをそのままに維持して次に展開していくのかと思うと、そうはさせないのがイングリッド・ラウブロックの大胆なセンス、その魅力なのだ。一旦エレクトロニクスの音がそれまでの流れを中断し、ブツブツと切れる様なノイズの連なりは、別の音楽世界への移動を期待させる。自在にかけまわる電子音の上から重なるのは、微かな琴の音色で、その音の感触の決定的な違いは実に鮮明なコントラストを見せる。ところがこの新しい音響世界に腰を下ろそうとする間もなく、先程の疾走するテーマが唐突に戻ってくるのだ。エレクトロニクスの音も加えられ、さらに厚みと説得力を増したテーマが一通り演奏されると、ここで惜しげもなくこの曲はストンとした終わりを告げる。そして最後に、表題曲の「Serpentines」が、全員の振り幅を最大限までに盛り上げた密度の濃いインプロビゼーションで幕を開く。速度を落とし、テイボーンの夢想的な美しい伴奏で展開するラウブロックのテナー・ソロでは、彼女の演奏の魅力を十分に聴くことができる。この流れから、ミヤ・マサオカの静謐且つ饒舌な琴のソロ演奏、そしてテイボーンとマサオカのインタープレイは、アルバムの始まりからは想像もつかないような感傷的な響きを持って静かに我々を夢の終わりへと導いてくれる。

こうして始めから終わりまでの音の繋がりを振り返ってみると、それぞれの曲のテクスチャーの違いに加え、ひとつの曲の中でさえ全く予期できない変化が起こることに気づく。聴いているうちに、ここからどこへ行くのかを予測し始めてしまったりする生真面目な我々聴衆を翻弄する様に、まるで想像もつかない方向へと動いていく。『Serpentines』は、ラウブロックの探求心、そして実験を躊躇しない大胆さによって作りあげられた、遊び心に縁取られた我々への挑戦状であるようにさえ、私には思えるのだ。

インタビュー

以下は、シスコ・ブラッドリー氏による2013年のインタビューからの抜粋だ。

ブラッドリー: あなたはロンドンでのおよそ20年にも及ぶ演奏活動を通して音楽家としての道を築きましたね。ニューヨーク、特にブルックリンのシーンに関わる様になった経緯はどのようなものでしたか?

ラウブロック: 沢山のセッションをしました。結果として沢山のバンドも生まれたわけです。ニューヨークに着いてすぐに、ピアニスト、クリス・デイヴィスの誘いで参加したセッションの結果として、Paradoxical Frogというコラボレーションが生まれました。クリス、私とタイショーン・ソーリーのトリオです。私達はクリスの家に集まって演奏し、すぐに音楽的にも打ち解けました。それから少し後になって、メアリー・ハルヴァーソンとの出会いがあり、私はAnti-Houseというグループを結成しました。ニューヨークに住む前からベーシストのジョン・エイベアのことは知っていました。私がスタジオをシェアしていた友人のジェフ・ウィリアムスから紹介されたのです。ドラマーのトム・レイニーは、イギリスで私がリードしていたノネットに参加していました。

ブラッドリー: ニューヨークに来てからのあなたの音楽家としての進化に特に重要な影響を及ぼしたグループはありますか?

ラウブロック: 先程述べたミュージシャン達、メアリー・ハルヴァーソン、クリス・デイヴィス、タイショーン・ソーリー、ジョン・エイベア、それから特に私の夫でもあるトム・レイニーです。トムとこれ程までに沢山の共演の機会を持つこと、一緒に音楽を聴けることは私の音楽的人生の中の大きな糧となっています。それから、公の場での共演の機会がそれほどないにしても、他にもダン・ペック、ベン・ガースティン、ティム・バーン、ネイト・ウーリー、マット・マネリ、テイラー・ホー・バイナム、ジョシュ・シントンなど沢山のミュージシャンに影響を受けてきました。ニューヨークもブルックリンも本当に素晴らしいミュージシャンに溢れています。ニューヨークに来てからの一番大きな音楽的変化は、と言うと、アンソニー・ブラクストンのグループに招かれ、彼らと共演したこと、そしてTri-centric Orchestraに参加する素晴らしいミュージシャン達と共演したことです。彼らのコミュニティは素晴らしいもので、アンソニー・ブラクストンの音楽や彼のビジョンには毎回脱帽させられます。今多くの時間を割いている、作曲という面で言えば、ジョージ・ルイスに出会い、私の初めてのオーケストラ曲を指導してもらったことも、素晴らしい経験となりました。彼はとても正直な批評をしてくれる人で、その批評はいつも的を得ています。彼からは深いインスピレーションを受けてきました。

ブラッドリー: Anti-Houseはどのようにして結成されたのですか?

ラウブロック: バルベス(ブルックリンの老舗バー、毎夜ライブコンサートが開催される)で、トマ・フジワラのグループでメアリー・ハルヴァーソンが演奏していた時に、私達はそこで出会いました。トム・レイニー、私とメアリーの3人でセッションをしないかと持ちかけたのです。私達は3人ともそのアイディアには可能性があると感じていて、のちにこのグループはトム・レイニー・トリオとなりました。ニューヨークに来てからというもの、しばらくは即興演奏に集中しなければいけないという思いがあり、あまり作曲する機会が持てていませんでした。しばらくして、また作曲したいという思いが強くなり、そういう流れからAnti-Houseは生まれたのです。最初はゲストとしてクリス・デイヴィスがいくつかの曲に参加したのですが、彼女の演奏がとても良かったので、正式にクリスもメンバーになりました。

ブラッドリー: Anti-Houseに関しては、もともとあなたの持っていたアイディアからグループはどの様に発展してきたと思いますか?

ラウブロック: インタープレイの繰り返しは音楽に変化をもたらします。作曲家として感じているのは、そこに実際的な譜面があったとしても、私は単に結末を示唆しているだけだということです。私の作曲の中には即興というコンセプトが沢山用いられていますし、奏者に対しても、曲の中で自由を手にし、彼ら自身のやり方で音楽を形づくって欲しいという思いもあるのです。Anti-Houseはこれまでに長いツアーやフェスティバル演奏などを共にしてきたグループなので、音楽を譜面から切り離して、どこか別の新しい場所へ自由に飛ばしてやることもできるのです。

【参考映像】

Tom Rainey, Ingrid Laubrock, Mary Halvorson@Cornelia Street Cafe

Ingrid Laubrock Anti-House in France

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蓮見令麻

蓮見令麻(はすみれま) 福岡県久留米市出身、ニューヨーク在住のピアニスト、ボーカリスト、即興演奏家。http://www.remahasumi.com/japanese/

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