ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま 第8回 ラファエル・マルフリート~感性と認識を越える領域~

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Find your own freedom

「素晴らしいジャズの奏者達にとっては、内容がジャズであるか、そうでないかということは重要じゃなかった。自分自身が誰で、何になりたいのかということを明確にして、音楽をできるだけ発展させ、その中でどれだけの自由を得られるか、それを重要視してきたんだと思う。」―マルフリート

フリー「自由」という言葉は、時にひとつの定義づけとして、そしてまた時にはある種の記号または標語として、ジャズと呼ばれる音楽におけるテーゼであり続けてきた。それは、限られた枠組みの中でどこまで自由に飛翔できるかという挑戦でもあり、枠組みの不在においてどれほどに自由を手なずけられるかという挑戦でもあった。オーネット・コールマンの『Free Jazz』(Atlanctic, 1961)が「ジャズを解放せよ」という意味であったという解釈があるが、60年代以降、抑圧された社会の中での自由の代名詞の様な立場でさえあったジャズ、その音楽自体が、解放を必要とするほどに観念的に束縛されていると理解した当事者(音楽家)が居るという事実は、この音楽の性質を読み解くためのひとつの指標になるかもしれない。

フリージャズ、フリー・インプロヴィゼーション

ここで、フリージャズとフリー・インプロヴィゼーションというふたつの呼称について少し考えてみたい。音楽に名前をつけてカテゴライズすることに私が見出すことのできる意義は、音楽に関するコミュニケーションと相互認識を円滑にすること、それだけである。また、ラベルを貼るという行為は、音楽に対する私達の理解能力と受容範囲の限界を逆説的に示しているわけで、そういった感覚の至らなさを恥じることは、新たな感性の発達への期待にも繋がるのではないだろうか。

フリージャズ、フリー・インプロヴィゼーション、どちらにも自由という枕詞がついており、音楽的構成そのものもまたほぼ同質であるにも関わらず、その内容のイメージには半ば決定的な違いがある。その違いのひとつは、速度であると感じる。フリージャズは一様にして音数が多く、前方へと進みつづける圧倒的なモーメンタムを持つことが多い一方で、フリー・インプロヴィゼーションと呼ばれるものの多くは直線的な移動を目的とせず、キャンバスに絵の具を落とすような図形的な動きを持ち、静止や方向転換への躊躇がない。またもうひとつ別の違いは、イデオロギーの有無である様に思う。フリージャズが、解放への運動や抑圧に対する抵抗というイデオロギーに少なからず突き動かされてきたものだと考えると、フリー・インプロヴィゼーションに関しては、ディストピア的社会において抵抗の対象または意義を失った新しい世代のつづる自由即興なのであり、政治性よりも個人の内省が核にあるという風に説明ができないだろうか。

私がここで今までもこれからも紹介していく音楽家達の作品は、必ずしも万人の「ジャズ」の定義にあてはまる類のものではない。ただ、私が深い興味を抱いているのは、ジャズがどこから来てどこへ向かうのかということであり、そのベクトルの多重性と寛容であり、この生きた芸術体系が私達のマインドをどこまで拡張してくれるのかという可能性についてである。

ヌーメノン

ラファエル・マルフリートはベルギーのデンデルモンデで生まれ、12歳でエレキベースを手にとった。若干26歳の彼は、2014年に数か月間ニューヨークに滞在し、その間にメアリー・ハルヴァーソン、フリン・ヴァン・へメン、マイケル・アティアスなどニューヨークで活躍するエッジーなミュージシャンの面々との共演を果たしている。彼のデビュー作、『Noumenon』(Ruweh Records, 2016)は、マルフリート(bass guitar)、トッド・ニューフェルド(acoustic/electric guitar)、カルロ・コスタ(drums/percussion)からなるトリオ編成での演奏になっている。三者ともにジャズを背骨にした奏者ではあるが、このアルバムの感触は、ノイズ・ミュージックとも呼べるし、サウンドインスタレーション、または全体的音響体験とも呼べるかもしれない。聞こえてくる音の厚みも内容も奥行きがあり、それぞれの音は、聞く者の頭と耳の中をあらゆる角度から刺激する。これにはアナログテープ録音の甲斐もあるかもしれない。私は、通してアルバムを聞いている時に、途中で、聞こえてくる音のどこまでがスピーカーから聞こえる音で、どこまでが外界から聞こえる生活音なのかの区別がつかなくなった瞬間があった。普段無意識に遮断している生活音が音楽に聞こえ始めるという面白い体験だった。

録音されたノイズ、弦の擦り切れる様な音、聴覚を最大限に刺激する音の密度の後に続く、シンプルなアコースティックギターとベースのインタープレイ。絡まる静寂。

丁寧に、あくまでも忍耐強く導かれていくこのアルバムの音の印象はとても視覚的で、まるでタルコフスキーの描く情景の様だ。静寂の中で培養するストイックな美しさ、ゆらゆらと波打つ水面下で息をひそめるカタストロフィーを示唆する緊張の糸。だが、その予感は裏切られるかもしれない。展開におけるひとつのアイディアが例えどれほどの引力を持っていたとしても、安易にその引力に流されない。あくまでも、張り詰めた弦を互いが手放すことなく、前方へと少しずつ向かっていく。いや、前方へ、と言うのは違う様な気がする。どこかへ到達し結末を向かえなければならないと言う固定観念さえ一蹴するストイックさがそこにはある。あるいは、光と影で構成される抽象的な映像の瞬間ごとに全体が光に包まれたり、または真っ黒の影一面になったりと移り変わるビジュアルイメージを眺める時、影の部分に焦点をあてて認識していたイメージが、何かの拍子に焦点が光へと変わり、知覚認識が反転する感覚。全体の中心的存在に思えたものが実は突然脇役に思える時。そんな人間の知覚の移ろいやすさについて思いを馳せながら、私の耳の中では細かく振動するシンバルの音とどこからともなく聞こえるモーター音が何の抵抗もなく混ざり合っていった。

インタビュー

蓮見(以下H): デビュー作、”Noumenon”がどのようにして生まれ、どんなアルバムに仕上がっているか教えてもらえますか?

Malfliet(以下M): トッド・ニューフェルドとカルロ・コスタに初めて会ったのは2014年、ニューヨークでした。2回ほどのセッションをした時点で、もうすでに何かがそこにあることは感じていました。2人とは、リラックスして話せたし、自然に冗談を言い合ったりもできた。それは他愛もないことかもしれないけど、僕にとっては人との関係においてとても大事なことなんです。

同じ頃、僕は現代音楽の作曲家について知り始めていました。その当時は、モートン・フェルドマンに最も惹かれていました。ベルギーに戻ってから、フェルドマンの音楽についての勉強を始め、作曲法についての本を買ったり、楽譜を手に入れて分析したり、現代音楽に精通している人達と話をしたりしました。トッドとカルロとのトリオの為に曲を書くというアイディアは日に日に明確になっていきました。僕はとにかく、最初のアルバムはフリー・インプロヴィゼーションのみのものにはしたくなくて、作曲がしたかったんです。夏が来て、僕は南フランスへ行きました。そこで数週間の間、毎日部屋にこもって五線譜を前に座り、トリオでセッションやコンサートをした時にすでにそこに存在していた音を思い出してインスピレーションを待ちました。それはかなり骨の折れる責任の重い作業ではあったけれど、最終的にはうまく仕上げられたと思います。

アルバムについて説明するのはちょっと難しいな。多分、聞く人によって感想は全く違うかもしれない。時々思うのですが、僕達は「手放す」ことや「ありのまま」で居させることに慣れなければいけません。アルバムのタイトルはそういったことを意味しています。

僕の母の友人がベルギーでやったトリオのコンサートを見に来てくれたのですが、母は、後日その友人が「(音楽を)理解できなかった、どう捉えるべきか分からなかった。」と言っていたことを僕に話してくれました。だけどこれは僕には良いことに思えるんです。「分からない」ということ。それは、すべてが強迫観念的に定義づけされなければならない現代においては、なかなか得られない経験ですから。「分からない」という感覚は、人によっては恐怖さえ覚え、手に負えないと感じる様ですけれど。

ヌーメノンというのは、フェノメノンとの対比または関係性において語られる言葉です。カントは、人間の認識能力を通さない、「Ding an sich = thing in itself」つまり物自体の存在そのものをヌーメノンと呼びました。リスナーがこのアルバムを聞いた時に、「認識」する努力などせず、あまり多くの疑問を抱えずにこの音楽自体をそのまま受け取ってほしいという思いをタイトルに込めました。

でももちろんそういった試みは簡単なことではないし、音楽や芸術を知覚する時には必ずと言っていいほど何か感じたり汲み取ったりするのが一般的です。例えば、僕は映画鑑賞がとても好きで、家族や兄妹で一緒によく映画を見ます。他の人達が駄作だと言うものだって見ます。音楽を聞くと、映画のシーンを思い出すことがよくありますし、時にはその音楽に合いそうなシーンを自分で想像したりもする。僕にとって、映画は作曲への素晴らしいインスピレーションです。

H: アルバムで共演しているミュージシャンはふたりともニューヨークを基盤にしていて、ご自身はベルギー在住ですね。ニューヨークで音楽的に何が起こっているかについては以前からよく知っていましたか?特に気になっているシーンがあったとか?

M: 2014年に学校を卒業した頃から、ニューヨークのシーンに興味を持ち始めました。特にブルックリンを中心としたインプロヴィゼーションのシーンです。奨学金を得て、ベルギーの学校からニュースクールやマンハッタン音楽院に編入した友人も何人か居ましたが、僕はあまりそういうのには興味がありませんでした。やっと卒業したばかりだったので、学校に戻りたいとは思えなかったし、何をやりたいかということについていつも真剣に考えていました。ニューヨークでは、音楽だけでも本当に多種多様なことが常に起こっていて、そういう環境はどの方向へ向かうかを決める後押しになる、という意見もあり、これに好奇心を掻き立てられました。同じ頃、ニューヨークのミュージシャンへの興味も沸いていました。すべての始まりは、僕の尊敬するベーシスト、トーマス・モーガンでした。彼が共演したミュージシャン、例えばクレイグ・テイボーンやダン・ワイスについて調べ始め、そこから知識を増やしていきました。僕が影響を受けているベルギーのリード奏者、ヨアヒム・バーデンホルストの周辺のミュージシャンについても同じプロセスを辿りました。彼もニューヨークに住んでいたことがあるミュージシャンのひとりで、ベルギーのシーンの中では異彩を放っていて、彼が共演しているミュージシャン達についても調べました。そのうちに、僕はこの音楽シーンに心を奪われて、三カ月間のニューヨーク滞在を決めました。

H: 図形楽譜を使用した曲があると聞いていますが、これについて聞かせて下さい。

M: 図形楽譜を使うことはリスクを負うことです。譜面を見て何を弾くかという奏者達の決断力を信じなければいけないし、図形楽譜の演奏が成功するかどうかは、その奏者達のクリエイティヴィティにかかっています。僕の記憶が正しければ、モートン・フェルドマンが図形楽譜の使用をやめたのは、時として図形楽譜により自由を与えられすぎた奏者が彼の気に入らない内容まで弾いてしまう(例えば長三度だとか)ということがあったからだそうです。トッドとカルロに関しては、クリエイティヴィティが溢れるくらいの奏者だということは分かっていたので、あとは譜面を完璧に再現することに重きを置かず、ある程度の自由の中で演奏して欲しかった。どんな音になるのかは未知数で、僕自身も完成品へのイメージはあってもそれを強制することはできないと思っていたし、このプロセスは驚きの連続でした。とにかく、ミュージシャンと、楽譜と、音楽そのものを信頼していようと思っていました。最終的に点と点は繋がったと思います。僕が気に入っているのは、それが完全な即興演奏ではなくて、ひとつの枠組みを持った作曲であるということです。その意義というのは、何度も再現することができ、ほとんど同等の演奏時間になるということです。図形楽譜を用いたもうひとつの理由は、単に一般的な記譜の仕方では表現しきれない音や音響空間のイメージがあったことです。そこで僕は一定の音を表現する自作の記号を作り、そういったものと一般的な記譜によるコードや音を繋げ合わせました。これがアルバムに収録されている最初の曲「Kandy」となりました。

H: アルバムを通しで聞くと、前半部分の演奏は、幾層の音響的表現の様なノン・イディオマティックなアプローチで始まり、後半に入るにつれて、より捉えやすいメロディやイディオムの色彩が加えられていき、構成に対称性を与えている様に感じました。これは意図したものですか?

M: アルバムの曲順を決めるのは簡単じゃありませんでした。正しい順序なんていうものがあるのかさえ分かりません。誰が決めるか、決めるタイミング、色んな要因も影響します。正直に言えば、その様な対称性を意図したわけではありません。トッドと一緒に直感的に決めました。意図的に決めたことは、「Kandy」と「Arcana」という長尺の曲ふたつを、このアルバムの中の錨とするということでした。アナログ盤ではこのふたつの曲がA面B面の最初の曲として収録されています。その後に続く曲は、感触や密度の濃淡に基づいて決められました。

H: 影響を受けた音楽家はいますか?

M: 何かに影響を受ける時、僕はいつも明確な段階を踏みます。それは移り変わる季節の様なものかもしれません。素晴らしい音楽を発見し、それ以外には何も聞かない時期が続いたりします。他のことに関してもそうで、例えば小さい時はまず初めに恐竜にはまり、その後スターウォーズにはまり、音楽に関してはメタリカから始まってドリーム・シアターへと移りました。本当に初期の子供の頃のそういう影響は今でも何かしらの力を持っている気がするけれど、本物の影響の話をすれば、ジャコ・パストリアスを通してジャズについて知り始めたのが最初でした。彼の圧倒的な技術は、おそらく多くの人がそう感じていた様に、僕にも本当に魅力的に思えました。それから後に彼の作曲や、どうしたらシンプルなメロディをあんなに美しく響かせることができるのかということにも興味を持ちました。アントワープ音楽院時代は、コルトレーンやキース・ジャレット、ポール・モチアンを集中して聞いた時期もありました。

それから少し後、音楽院ではヤコブ・ブロがとても影響力を持つ様になりました。学生達は、「このスタンダード曲をヤコブ・ブロ風に弾こう。」なんてよく言っていました。彼がこのことについてどう思うかは分からないけれど、とにかくこの風潮を通して僕はトーマス・モーガンの演奏を知り、彼の参加するプロジェクトについて知り、ここでトッド、トーマスと菊地雅章のプロジェクトTPTを発見したのです。トーマスには感服させられました。彼の演奏は他の誰とも違っていて特別で、彼を見ていると、僕はいつも本当に喋り過ぎていると思わせられました。

ニューヨークに居る間、マイケル・アティアスからも多大な影響を受けました。モートン・フェルドマンの音楽を聴き始めてはいたものの、まだ深く掘り下げてはいなかった僕に、譜面を見ることや、フェルドマンの音楽の何が好きなのかを明白にすることを勧めてくれたのはマイケルでした。それはとても単純明快なアドバイスなのにも関わらず、その瞬間まで僕には思いつかなかったことでした。そういうわけで、フェルドマンを掘り下げ、そこからシュトックハウゼン、リゲティ、クセナキスなんかも聞き始めました。ここ最近はヴァレーズやグリゼーを聞いています。

H: あなた自身の音楽と「ジャズ」という名詞との関連性とはどういったものでしょうか?

M: ジャズも、スタンダードも大好きです。僕は現代音楽の様な他の音楽を聞く合間にジャズにも頻繁に立ち戻り、その度に奏者達の演奏や音楽の素晴らしさに感銘を受けています。アントワープ音楽院でジャズを学んだ経験から、僕の音楽の基盤にジャズがあることは否めません。僕はジャズの演奏に関しては優れた技量を持っているわけではなく、他の音楽家達がジャズを演奏するのを見て、もう少しスタンダードやジャズの語彙についての知識を持っているべきだった、と罪の意識を感じることがあります。でも、もしかするとそういう流れにも無意識的な理由があるのかもしれない。僕は、もっと他の音楽をやるために生まれてきて、そういうオリジナリティを生かして全く別の角度からスタンダードを弾くというやり方もあると思うんです。僕の ― 演奏の仕方にスタンダードを当てはめる方法 ― をまだ見つけられていないことについてよく考えます。普通はその逆で、特に人と一緒に演奏する時は ― 自身の演奏をスタンダードに当てはめること ― が必要とされるのかもしれない。だけどこれもまた、長い探求の中の一面であって、きちんと心に留めておき自然に育てるべきものなのではないかと思います。

ジャズとは自由だ、と言うのは今では陳腐な台詞かもしれません。だけど、それは基本的に間違ってはいなくて、音楽の中でどれだけ自由になれるか、そこにつきると思うのです。自分自身のやり方を見つけて、その中で自由になること、それが僕には一番大事なことの様に感じますし、それこそがジャズの真髄なのではないでしょうか。素晴らしいジャズの奏者達にとっては、内容がジャズであるか、そうでないかということは重要じゃなかった。自分自身が誰で、何になりたいのかということを明確にして、音楽をできるだけ発展させ、その中でどれだけの自由を得られるか、それを重要視してきたんだと思います。根気のいる作業ではあるけれど、Noumenonを出発点に、これから進むべき道、モチベーションを僕は見つけたのです。



ラファエル・マルフリート・トリオ 日本ツアースケジュール

ラファエル・マルフリート Raphael Malfliet (bass)
トッド・ニューフェルド Todd Neufeld (guitar)
カルロ・コスタ Carlo Costa (drums)

11月19日 Jazz Spot Candy(千葉・稲毛)
11月20日 Velvet Sun(東京・荻窪)
11月22日 Spinning Mill (大阪)
11月23日 Big Apple(神戸)
11月24日 箱崎水族館喫茶室(福岡)

 

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蓮見令麻

蓮見令麻(はすみれま) 福岡県久留米市出身、ニューヨーク在住のピアニスト、ボーカリスト、即興演奏家。http://www.remahasumi.com/japanese/

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