連載第26回 ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報

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text by ジョン・モリソン(John Morrison) and ジョアン・ランダース(Jeanne Landers)

translated by 齊藤聡 (Akira Saito)

I. ニコール・ミッチェル『MANDORLA AWAKENING II』

SF作家オクテイヴィア・バトラー Octavia Butlerは、亡くなる2年前の「Motion」誌でのインタビューで、彼女が創作した「異種発生」(Xenogenesis)シリーズにおける地獄のような終末論的風景に、冷戦後半の政治情勢がどのように影響を与えたのかを説いた。バトラーは、興味深いことに、自分自身が作った奇妙で豊かな世界を破壊の対象にしてしまった主な理由として、社会生活を暴力的なヒエラルキーに組み込んでしまう人間の性向を指摘した。「ロナルド・レーガンは、核戦争に勝ち得ると考えていたのにもかかわらず、大統領に就任しました。私は、レーガンがこの手のことをぶち上げていたからこそ、「異種発生」の本(「Dawn」、「Adulthood Rites」、「Imago」)のアイデアを得たのです。となれば、何か根本的なもの、何か真に常に邪悪なものがなければならないと考え、その特徴を思いつきました。エイリアンは戦争後に出現し、私たちが2つの相反する特徴を持っているのだと伝えてきます。彼らは知的であり、また私たちについても、彼らがこれまでに出会った最も知的な生命なのだと言います。しかし、私たちはヒエラルキーにとらえられているのです。これを事例として、大きな戦争の後に設定しました。私たちは自分自身を死に追いやって来ました。一方、大小によらず、個人や組織として互いに仲良くなる傾向もあります。」

人間社会の中心にある危機はヒエラルキーなのだと指摘した最初の知識人がバトラーだったというわけではない。左翼の理論家マレイ・ブクチン Murray Bookchinは、20世紀のほとんどの時間をかけて、人類が直面する多くの危機の理解を深めた。ブクチンは、厳密に経済的な階級を前提とするマルクス主義の分析モデルを棄て、最終的には、ヒエラルキーと支配を中心とする包括的な社会理論を採用し、押し進めた。富裕層と貧困層のヒエラルキー、女性と男性のヒエラルキー、「文明」と自然のヒエラルキーなど、自然界を征服/支配するという人類の必要性の結果としての階級的・社会的な組織の形を提示した伝統的な西洋哲学の考えから脱して、ブクチンは、(人間対人間としての)社会的支配が「人間対自然」のヒエラルキー/支配よりも根底にあるものとした。それがこの惑星の搾取と汚染の原因だとして。「自然界を支配するという考え自体が、人間による人間の支配に由来している」(Bookchin – Advanced Concepts 2)。この問題を究極的に解決し、ブクチンの考えを発展させた社会は、人間の技術革新が人間と環境の両方の必要性に活用される新たな社会的エコロジーによるものであろう。バトラーと同じように、ブクチンは、人類が自分自身や周囲の自然界を害する態度によって危険にさらされる未来を視た。かれらのような20世紀後半の知的巨人は、私たちの種が生き残るためには、人間の社会的責任と技術開発が、全体主義的・平等主義的な価値を中心として再配置されなければならないのだと理解していた。

作曲家・フルート奏者のニコール・ミッチェル Nicole Mitchellは、最新のプロジェクト『Mandorla Awakening II: Emerging Worlds』において、彼女自身の平等主義的ユートピアを提示している。「二元的なものの衝突」として作品を見るなら、『Mandorla…』は、2つの文明の物語だ。ひとつは、厳しく、暴力的で、男性に支配され、階級的。もうひとつは、繁栄し、環境にやさしく、女性が支配し、平等主義的。ミッチェルは、自身のグループ「ブラック・アース・アンサンブル」 Black Earth Ensembleにおいて、とても明確なビジョンをふたつ掲げている。私たちが今住んでいる世界のひとつでは、ヒエラルキーと支配による中毒が、私たちを社会的にも生態学的にも自己破壊の道に導いている。もうひとつの世界は、より良く、より安全で、衛生的な世界を想像したものである。

シカゴ現代美術館で録音された『Mandorla…』は、悪夢的なパーカッションと雰囲気のフーガから生まれた恐ろしい7/8拍子のグルーヴ「Egoes War」で始まる。ドラムとベースが加わると、曲は別のレベルに浮上する。切り裂き唸るギターとエレクトロニクスの盛り上がりは、ミッチェルの自由でメロディックなフルートに抗して、激しい戦争の叫び声を生み出し、そのテンションが曲を狂気の瀬戸際まで引っ張ってゆく。「Egos War」のカオスから一転し、「Sub-Mission」では、タツ・アオキ Tatsu Aokiの三味線が繊細ながら完全に現代的なフレージングによって前面に出て、美しい曲となる。アンサンブルは流れるように「The Chalice」に入り、ミッチェルのフルート・チェロ・尺八とアレックス・ウィング Alex Wingのギターの微妙で美しいインタープレイを強調したものとなる。ウィングが「Dance of Many Hands」に主導し、アンサンブルが始動し、テンポが上がり、愛らしく楽観的なグルーヴによって、ミッチェルのフルートが自由に踊りはためく。『Mandorla…』全体を通じて、アンサンブルは、流動的でコミュニケーションが取れた演奏や、暗く混沌とした要素と明るく楽観的なものとの巧みなコントラストによって、ミッチェルのヴィジョンに生命を吹き込む。それは、ディストピアとユートピアという並行世界のヴィジョンを強調したものだ。詩人・歌手のエイヴリー・R・ヤング avery y youngをフィーチャーした魅力的なヴォーカル曲が、これらの世界や緊張とを力強く総括する。「鳥は想像を連ねて詩を唄う。無限の可能性に満ちた想像の国家。場所がある…場所がある…場所がある…イノヴェーションの場所が。インプロヴィゼーションの場所が。インポッシブルの場所が。(※訳注:韻を踏んでいる)それは私たちが生きのびる場所…。暗闇は美しい、この先ずっと…。新しい世界と言葉…。新しい世界と言葉…。」と。

text by ジョン・モリソン John Morrison

フィラデルフィア在住のライター、DJ、プロデューサー。ソロ・アーティストとしても、デビュー作となるヒップホップのアルバム『SWP: Southwest Psychedelphia』(Deadverse Recordings)をリリースした。ツイッターとインスタグラムは@John_Liberatorをフォローされたい。

II. 『Hearts and Minds』

シカゴを拠点とするバンド「Hearts and Minds」が、バンド名がタイトルの作品『Hearts and Minds』を2016年10月にリリースした。これは電子音のノイズとインプロヴィゼーションのジャズとの合成であり、リスナーを、ファズとひずみを合成した雰囲気に誘いこむものだ。より「クラシカル」なサウンド(特に「Streaming」と「Irresolute」)や、抑えなく実験的な勢い(特に「Nick Masonry」と「Old Balance」)を生み出すバスクラリネットと組み合わせられている。メンバーは、ジェイソン・ステイン Jason Stein(バスクラリネット)、ポール・ジャロレンツォ Paul Giallorenzo(シンセサイザー、E-Pianet)、フランク・ロザリー Frank Rosaly(ドラムス、エレクトロニクス)。筆者は、ニュー・ミュージアムやMOMA PS1にあるような現代美術のヴィデオ・インスタレーションと同様のものを、このアルバムに見出した。奇妙で幻惑するものが視え、聴こえる。筆者には、それが何かをすぐに知ることはできなかったが、感じようとした。その効果は興味深いものであり、意味を与えたいと思った、無理かもしれないのだが。『Hearts and Minds』は、「ジャズ」をその文脈から引き離し、粉砕して、その壊れた欠片で新しいものを創り出している。

このアルバムは流れと混乱の組み合わせだ。それは突然始まり、突然不安定になる。「Stocky」でのシンセサイザーは、暴力的な交通渋滞を想起させる。筆者には、路上で車が積み重なり、バンパーが絡まり合っているところが視える。金属が軋み、傷付け合い、まるで風景全体に緑や赤の光がばらまかれたようだ。クラリネット、ピアネット、ドラムスの衝突があり、クラリネットが突破しようとし、ときに叫び混乱しているのが聴こえる。これはアルバム全体を通じてのトーンだ。筆者の好きな曲は、電子的なスタイルからかなり外れている。「Irresolute」は、官能的に熱く始まるのだが、慎重になり、そして重く情熱的になってゆく。再び、表通りを視る。しかし、今度は、暗く、金曜や土曜の夜の急いたような賑やかさで満たされている。人々はバーや夜のたまり場を出ては、次にどこに行こうかと自由にふらふら歩いている。街の通りは人で一杯であり、魅惑的だ。ドラムスが鼓動し、クラリネットが私たちの上を滑る。

また、アルバムのカヴァー・アートは、視覚的に音楽と同調して創られたものだ。色はクールでメタリックであり、シンセサイザーによる音波のように、直線的な動きのようだ。「Three for One」はそんな風に聴こえる。筆者はこの曲で時間の経過を感じることができ、前方でスピードを出すもろもろの動きにも視える。パーカッションは柔らかいタップでペースをキープする。時計は無限に時間を刻む。クラリネットは曲全体のさまざまな局面で上下に動き、約3分半が過ぎたあたりで疾走に転じる。筆者はこの曲(そして『Hearts and Minds』全体)で、時間の流れが強調されていると感じた。動きと性急さがアルバムを満たしているのだが、その一方で、ドラムスは落ち着いており定常的である。筆者は疾走するサウンドとともに動いているように感じつつも、流れのコントラストがあるために、時間の経過を面白く思った。性急にもかかわらず、ドラムスのパルスのおかげで、サウンド内で迷子にならずに済む。サウンドは絶えず前へ前へと進んでおり、ときに、クラリネットに追従するために速度を緩めたりもする。

text by ジョアン・ランダース Jeanne Landers


【翻訳】齊藤聡 Akira Saito

環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley

ブルックリンのプラット・インスティテュートで教鞭(文化史)をとる傍ら、2013年にウェブサイト「Jazz Right Now」を立ち上げた。同サイトには、現在までに30以上のアーティストのバイオグラフィー、ディスコグラフィー、200以上のバンドのプロフィール、500以上のライヴのデータベースを備える。ブルックリン・シーンの興隆についての書籍を執筆中。http://jazzrightnow.com/

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