連載第30回 ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 チャド・テイラー、アナイス・マヴィエル

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text by ガブリエル・ジャーメイン・ヴァンランディンガム-ダン(Gabriel Jermaine Vanlandingham-Dunn) and シスコ・ブラッドリー(Cisco Bradly)

translated by 齊藤聡(Akira Saito)

1. 『Chad Taylor / Myths and Morals』

ears&eyes Records

Chad Taylor (ds)
All music by Chad Taylor (CTORB ASCAP)
Recorded, mixed and mastered by Alex Inglizian at Experimental Sound Studio, Chicago USA

except ‘Simcha’
Chad Taylor (ds)
Elliot Bergman (electric kalimba)

Recorded by Will Holland at Selva Recording, Brooklyn NYC

人生のフェーズというものは、終わったり、また始まったりもする。その間では、引き裂かれたりもくっついたりもする。静かだったり孤独だったりもするし、今後だってそうなりうるものだ。経験の深さや変貌の頻度によって、プロセスの中に平穏を見出すこともできる。自分自身が正直であるためにはヴァルネラビリティが必要だが、それがまた多くの場合に不快を引き起こしたりする。ときどきは、自分自身にとって新しいものを発見するために、孤独がもっとも良い場所である。

『Myths and Morals』において、チャド・テイラー Chad Taylorは夾雑物を脇に置き、新たなアイデアのプロセスを前面に出してくる。

1999年、筆者はボルチモアの有名なThe Sound Gardenで働きはじめた。私がジャズ部門のヘッドだったから、多くの同僚はがっかりしたかもしれないのだが。彼らの多く(白人で、私自身よりもすこし歳上)は、インディー・ロックや妙なリイシュー物やYazooのブルース・コレクションといった最新動向に精通していた。中には親友のジェイソン・ユーリック Jason Urickもいた。彼を通じて、筆者は電子音楽、アヴァンギャルド、現代音楽の世界を知り、耳が吸い寄せられていった。これらとジャズとを融合させた世界が、シカゴ・アンダーグラウンド・デュオ The Chicago Underground Duoの『Synesthesia』(Thrill Jockey、2000年)にあると思った。このグループのパーカッショニストがすぐに気になったのだが、それは、エネルギーに満ちているからではなく、歯切れがよく策略的な音によるものだった。それがあってこそ、ロブ・マズレク Rob Mazurekのコルネットから秋の枯葉が感じられるのだ。

それと似たようなテクニックが、『Myths and Morals』でのドラミングとエレクトロニクスに使われている。アルバムの冒頭「Abtu and Anet」は、トニー・ウィリアムス Tony Williamsの『Lifetime』(1964年)や『Spring』(1965年)における対話を想起させるものだ。「Arcadia」に入り、よく聴くと、テーマを模索するアイデアを見出すことができる。「Carnation」ではシンバルを弓で鳴らしており、そんなことから、アルバムというよりも美しいスケッチのコレクションのように感じられはじめる。

バスキア Basquiatを観たときのことを思い出す。アトランタのHigh Art Museumにおける「The Unknown Notebooks(知られざるノートブック)」展(2016年)である。好きな画家のスケッチブックを観るのは楽しかった。これが、より大きな作品に結びついているのだから。「Island of the Blessed」を聴くと、テイラーが古いアイデアを新しいアイデアと組み合わせているのだと感じる。美しいドラミングと親指ピアノ(kalimba、mbira)との併用は、素材の提示にとどまらず、経験をつなぎあわせる一瞬のプロセスなのだ。

最後の曲「Simcha」は引き締まっており完璧だ。パーカッションの繰り返しのループがあり、その背後では、DJが12インチ盤で使うようなハウス的なドラミングがある。まさに神話(myth)とモラル(moral)を創出するための究極の要素だ。このアルバムは、42分間のナマの音を通じて、現在最高のドラマーのひとりが提示してくれる創造的なプロセスの親しみやすいコレクションだと言える。

text by ガブリエル・ジャーメイン・ヴァンランディンガム-ダン(Gabriel Jermaine Vanlandingham-Dunn)

DJ、ライター、アフリカと民族音楽の歴史家、精神的・感情的に幸福なアメリカ黒人男性。

2. Rouletteにおけるアナイス・マヴィエルの画期的なパフォーマンス

ニューヨークでは、こちらが忙しいと、パフォーマーによっては定期的にプレイしているのに1年以上も全く観ないでいてしまったりする。私にとって、例えば、ヴォーカリストであり多楽器奏者でもあるアナイス・マヴィエル Anais Maviel。そんなわけで、久しぶりに、2018年5月29日のRouletteにおけるパフォーマンスに足を運んだ。この夜彼女はふたつのバンドを率いており、そのうち、ルーク・スチュワート Luke Stewart(ベース)、サム・ユルスマン Sam Yulsman(ピアノ、エレクトロニクス)とのトリオを観ることができた。どう見たって渾身の成果であり、彼女の美的なスコープをさらに発展させたものだった。長い通しのパフォーマンスであり、山、谷、深い森、湧き出る水流などの変貌しゆく風景のように、多くの形となるものだった。音楽は、濃紺、深紅、黒といった深い色を豊かに持ち、ときに、官能的で精神的に昂ったキャンバスに赤が沸き上がることもあった。

3人の演奏は、現実世界を超えた領域へと開かれた入口のように、低音のうなりによって始まった。弾みがつくと、マヴィエルが舞い上がるようなアンビエントな叫びをもって登場し、エレクトロニクスとヴォイスによる音響的なアクセントがサウンドを形成した。スチュアートがサウンドのダークな角を支え、ユルスマンのエレクトロニクスとマヴィエルのンゴニ(弦楽器)とが語るようなテンションを形成した。ンゴニの上に、ヴォーカルの歪みが付け加えられた。鋭いサウンドの下には水の流れがあり、出てきて形をなして間もなく、また、集団サウンドの中に合流するのだった。このパターンは一貫していた。マヴィエルのヴォーカルとンゴニのソロは震え、リリカルに、「I let you draw the map of what you seek … in the garden.」などと物語るような、特筆すべきものであった。また、明示的な言葉がなくても、音楽は、生命に満ちた活きるエコシステム全体をもたらした。

このパフォーマンスは、マヴィエルの才能と美的感受性を通じて創出されたものだ。彼女のヴォーカルの歪みが存分に提示され、既存のものを高めるためにも、新規なものに移行するためにも用いられた。マヴィエルの熟練したヴォーカルは、既に彼女の特徴的なスタイルとなっており、この数年間でさらに洗練されている。曲の後半部は次第にミニマリスト的になってゆき、最小のサウンドでも最大のインパクトを与えるものとなった。アナイス・マヴィエルは、このトリオに続き、チキータ・マジック Chiquita Magicとのデュオを行った。

今回はマヴィエルにとって目覚ましいステップである。ブルックリンの同世代の即興・実験的なミュージシャンの中でも、彼女の美的でヴィジョナリーな個性は目立っている。

text by シスコ・ブラッドリー(Cisco Bradley)

【翻訳】齊藤聡 Akira Saito

環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley

ブルックリンのプラット・インスティテュートで教鞭(文化史)をとる傍ら、2013年にウェブサイト「Jazz Right Now」を立ち上げた。同サイトには、現在までに30以上のアーティストのバイオグラフィー、ディスコグラフィー、200以上のバンドのプロフィール、500以上のライヴのデータベースを備える。ブルックリン・シーンの興隆についての書籍を執筆中。http://jazzrightnow.com/

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