悠々自適 # 79 「ニューハードと日本フィル」

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text by Masahiko Yuh 悠雅彦
photo:Y.Tsunoda

今回の巻頭文は例外的に、すなわち通常なら滅多にないジャズとクラシックのエキサイティングなコンサートの両建てで書くことにしたいと思う。それも、ジャズのビッグバンドと、クラシックの方はフル編成のオーケストラという、このJazz Tokyoでも過去に一度も試みたことのなかった異色の顔合わせ。といっても、さすがに両者の音楽を交互に並べ論じるようなわけにはいかない。この場合、それぞれの特色が最良の形で読む者に伝わるような形になるのが一番望ましいわけだが、それにはやはり個別に書くしかないだろう。1つはジャズのビッグバンドで、もう1つがクラシックのオーケストラ。

 

 

●ニューハードの再生を応援する

新大久保の駅から徒歩5分ほどの閑静な一角にある ”スペースDo”。ここは80人も入れば満席という小さなスペースだが 、去る3月10日、かつて日本を代表するビッグバンドとして盛名を馳せたニューハードがライヴ・コンサート(「シリーズライブ」)を催した。リーダーの宮間利之が亡くなったあとも、バンドは”ニューハード”の名を代えることなく熱心なファンを集めてシリーズ形式で定期的にライヴ演奏を試みているのだが、ここはその会場。かつてのニューハード・ファンやバンドを応援する若いファンで熱気が立ちこめる。この日は第16回の「シリーズライブ」だった。スペースDoはライヴハウスの雰囲気も感じさせる、ミニ・コンサート会場といってよい。現リーダーは生前の宮間さんの信頼も厚かったテナー・サックス奏者、川村裕司。何気なく受付を通り過ぎてから、スペースDoでのコンサートがこの日は第16回だと聞いて思わずハッとした。というのも、総帥の宮間さんが亡くなられたのは約2年前(2016年5月24日)であることから推して、ほとんど間をおかずに当スペースDoでのこの「シリーズライブ」に着手したことになるからだ。

この夜はこれまでにも増して特別な一夜だったと言ってよいだろう(開演は夕刻5時)。プログラムの表紙に大書された<山木幸三郎/米寿記念ライブ>のタイトルが来場者の目を射る。その下に<山木幸三郎特集>とあり、この夜のプログラムがニューハード在団中に作編曲した山木幸三郎の作品群で構成されていることが如実に分かる。周知のように、宮間さんがニューハードのリーダーとして当時のジャズ界やファンに強くアピールした最初の出来事が、日本が誇る作曲家や音楽家にニューハードのための新作を委嘱し、ニューハードがステップアップする関門を自ら敷いてビッグバンド・ジャズの新しい1ページを開いてみせたことだった。その結果、佐藤允彦、故・富樫雅彦、加古隆、前田憲男らと組んだ作品の数々がジャズ・ファンの大きな関心を集めた。それらはわが国のさまざまな賞に輝いたばかりでなく、ニューハードが一躍日本のビッグバンド・ジャズに新機軸をもたらす新しいページを開いたことを、ジャズ・ファンなら多くの方がよくご存知のことだろう。

しかしその一方で、機会あるごとに、ニューハードへさまざまな新しい作編曲作品を提供したのが、ほかならぬ山木幸三郎だったことを私は忘れていない。宮間さんがニューハードを結成する以前に率いていたジャイブ・エーセスにギタリストとして加わって以来(1953年)、山木幸三郎は宮間さんとあたかも一心同体のように活動をともにし、とりわけニューハードとして生まれ変わった新しいビッグバンドのために数々の編曲作品を提供してきたことは繰り返すまでもないだろう。中でもニューハードが最初に獲得したジャズ・ディスク大賞(当時のスイング・ジャーナル誌)の1作『パースペクティヴ』にしても、アレンジャーとしての能力を発揮して寄与した山木幸三郎の功績を抜きにしてはありえない1作だったといっても過言ではない。1953年といえば山木は22歳(1931年生まれ)で、以後宮間さんのもとでまさに一心同体の、ニューハードにとってはなくてはならぬ存在として活躍する。

個人的にはニューハードが故江利チエミのバックをつとめていたころからニューハードとの浅からぬ縁で結ばれていた私は、全盛時のニューハードが主宰していた銀座ヤマハホールの定期コンサートの司会をしたり、1970年の滞米中に親しくなった巨人チャールス・ミンガスの日本での初公演を仲立ちしたとき、日本コロムビアでの共演吹込にニューハードを強く推したことなど、ニューハードとの私の個人的な思い出話は尽きない。閑話休題。

ニューハードとの長い付き合いの中で、私は山木さんが怒ったり気色ばんだりした場面に出会ったことがない。まさに温厚を地でいく人柄の方だった。そういう山木さんらしさは今もまったく変わらない。その山木さんが米寿(88歳)を迎えられたという。見た目にも、お会いして話を交わしても、88歳とはまったく思えない。すなわちこの日は、山木幸三郎特集と銘打って、その山木さんの米寿を記念するライヴ・コンサートだったというわけである。日本のジャズ、とりわけビッグバンドのオーソリティ、自薦著作集を上梓されたばかりでこのライヴへの出席も欠かしたことがない瀬川昌久氏(6月には94歳!を迎えられる)をはじめ、ニューハードの全音源や記録一切をお持ちの方(お名前を失念)や、ニューハードの歴史とともに歩んできた多くのファンが駆けつけて山木さんを称えた。その瀬川さんは常々、シャープス&フラッツも、ブルーコーツも、東京ユニオンもみな伝記が単行本で出版されているのに、ひとりニューハードだけがないのはおかしいと言い続けてきた。それがようやく長門竜也氏の執筆で近々陽の目をみることになった。多くのニューハード・ファンや日本のビッグバンド・ファンとともに喜びを分かち合いたい。

さて、プログラムはむろん山木幸三郎作品(作曲、及び編曲)集。

<第1部>

1.千秋楽
2.チュニジアの夜
3.キャラバン
4.イン・ア・センチメンタル・ムード
5.至上の愛

<第2部>

1.振り袖は泣く
2.妖怪河童今日何処棲也
3.寿老神
4.Lovin’ You
5.アランフェス協奏曲
6.マンテカ

<アンコール>
1.かもめ
2.スペイン(チック・コリア)

(山木幸三郎comp,arr,g 川村裕司ts,cond 竹田恒夫、佐久間勲、菊池成浩、伊勢秀一郎tp 三塚知貴、中雅志、高橋英樹tb、朝里勝久b-tb 澤田一範as、渡辺てつas、鈴木圭ts、宮木謙介bs、松本全芸p 堀剛e–b 坂田稔ds)~ちなみにサックス奏者はフルートやクラリネット、あるいはソプラノ・サックスを曲によって持ち替える

オープニングに「千秋楽」とは何とユーモラス。東芝(当時)から発売され、当時芸術祭で優秀賞に輝いたアルバム収録の1曲。以下どれも山木さんにとっては思い入れのある作品だろうが、それにふさわしいパワーが炸裂するような快感ほとばしる演奏が曲を盛り上げた。トロンボーンの三塚の独壇場となった「キャラバン」や川村のテナーをフィーチュアしたエリントンの「センチメンタル・ムード」、当時のスイング・ジャーナル誌で特別賞に選ばれたコルトレーンの「至上の愛」などどれも聴きごたえ充分だった。また「マンテカ」といえば、私にとってはニューハードを引率して行ったモンタレー・ジャズ祭のステージで、まだゲスト参加したディジー・ガレスピーがこの自分の代表曲「マンテカ」でラッパを吹きながらステージ前で踊り出し、最後にはバンドの最前列にいた山木さんを引っ張り出してユーモラスなダンスを演じた。このクライマックス・シーンに抱腹絶倒したことを昨日のことのように時おり思い出す。他方アンコールで演奏した「かもめ」はもう50年近く前(1970年)に浅川マキが歌って自己のアルバムに収録した1曲。山木さんにとっても印象深い1曲なのだろう。当夜は山木幸三郎のギターと川村裕司のテナーによるデュエット。私も青春時代に帰った気分だった。

それにしても、坂田稔のパワフルかつ正確で、しかも若々しいドラミングには、いつもながら感心させられる。彼がニューハードに入団したのは1981年。もう40年近くも叩いているというのに、年齢をまったく感じさせない溌剌としたプレイに拍手を贈りたい。

 

●情熱みなぎる新境地に立つ下野竜也

 

日本フィルハーモニー交響楽団
第698回東京定期演奏会<春季>

1.喜歌劇『詩人と農夫』序曲(フランツ・フォン・ズッペ)
2.チェロ協奏曲(尹伊桑)
En.。 by L・ Piovano : アブルッツォ(イタリア)地方の子守唄(作曲者不詳)
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3.イゾベル・ゴーディの告白(ジェームス・マクミラン)
4.弦楽五重奏曲へ長調WAB112より「アダージョ」(ブルックナー)

指揮:下野竜也
チェロ:ルイジ・ピオヴォノ
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:扇谷泰明)
2018年3月2日 19:00 サントリーホール

山田和樹が正指揮者に就いてからの日本フィルの音楽が闊達になった。そんな日本フィルの誠実なオーケストラぶりを久しぶりに堪能しようというのが第1の目的。もう1つが尹伊桑(ユン・イサン)のチェロ協奏曲を初めて聴く楽しみだったが、後半のマクミランとブルックナーの2曲を聴く中で、当初の思惑はどこへやら、この2つの作品の奥深い、不思議な響きに戸惑わせられながら、ときには神秘的な世界のまっただ中に吸い込まれそうな音の魔力に圧倒されることになった。これで締めくくったら音楽の魅力をもっと的確に語らなければならないわけだが、実は音楽のその凄さと想像を超えた魅力を引き出してみせた下野竜也のタクト捌きがなかったら、これらの音楽の魅力の中枢にたどり着けなかったかもしれない。あらためて下野竜也という指揮者の高度な把握力と美的表出力に感嘆の声を上げずにはいられないほどの感動を味わったのだった。イゾベル・ゴーディは17世紀にスコットランドに実在した魔女である。楽曲解説(斎藤弘美)には、ある日彼女は警察に出頭し、拷問なしで魔女の実態について供述を行った。裁判記録によれば、1647年にオルダーンの教会で悪魔と出会い、洗礼を受けて魔女となった。毎夜悪事を働き、スコットランドの闇夜を跳梁跋扈したという。魔女に仕立て上げられて迫害を受ける身の上は現代でもありうる。

一方のブルックナー作品はわが国でもファンの多い指揮者のスクロヴァチェフスキが、ブルックナーの弦楽五重奏曲の第3楽章”アダージョ”をみずから編曲して演奏した作品。

前半の尹伊桑の曲調、とりわけ生と死に真摯に対峙し合った尹伊桑の自由への渇望と激しい吐息が、後半の作品群にも影を落とすかのように聴く者の脳裏を激しく揺さぶってくるとでもいうような突き詰めた空気が、後半、まず「イゾベル・ゴーディの告白」の激越な曲調に拍車をかけ、そのクライマックスを経てブルックナーの祈りとでもいう世界に沈殿していくかのような音楽の流れを、指揮者の下野はときに救いのように、あるいは深刻極まりない渇望のように曲調に激しく揺さぶりをかけながらクライマックスを導き出す渾身のタクトで聴く者を惹きつけて放すことはなかった。下野竜也によって肉化された凄絶な音楽の迫力を満喫することが出来た35分が、1時間にも2時間にも思えるエキサイティングな時間だったといえばよいか。

https://www.japanphil.or.jp/orchestra/news/22214

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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