#69 小さなホールで出会った喜びと驚き

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text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

●上野耕平~サクソフォン
4月19日、東京オペラシティ・リサイタルホール

1.パルティータ イ短調 BWV1013 (原曲:無伴奏フルート・パルティータ)(J.S.バッハ)
2.ソナタイ短調 Wq132 (原曲:無伴奏フルート・ソナタ)(C.P.E.バッハ)
3.ミステリアス・モーニングⅢ(1996)(棚田文紀)
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4.アルト・サクソフォン独奏のためのソナタ(1967)(リュエフ)
5.水の影---アルト・サクソフォンのための(2011)(西村朗)
6.スフルスティック---アルト・サクソフォン独奏のための(2008)(鈴木純明)
7.アルト・サクソフォン独奏のための ⟪ Aerial dance ⟫(2015~16、上野耕平委嘱作品、世界初演)(坂東祐大)

●音のカタログ Vol.6
4月25日、杉並公会堂小ホール

1.湖月綺譚―筝三重奏のための―(神坂真理子)~ 初演
2.蛇とライオン(森亜紀)~ 初演
3.三界(マーティン・リーガン)~ 初演
4.季節小景三題(松尾祐孝)
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5.ドリーム・チャット(17絃&20絃とエレクトロニクスのための)(たかの舞俐)
6.「年の三年(みとせ)を待ちわびて」伊勢物語より(田丸彩和子)~ 初演
7.熔(よう)―独奏尺八のための―(高橋久美子)~ 初演
8.三味線協奏曲「When the Waves Crush 波濤の飛沫」(コリーン・クリスティナ)~ 初演

 

まずは観客の入りがよかった最近のコンサートを拾い上げることから始めたい。

①グリーグ作曲の劇付随音楽『ペール・ギュント』全曲公演。東京フィルハーモニー交響楽団(指揮:ミハイル・プレトニョフ、語り:石丸幹二、ソプラノ:ベリト・ゾルセット、合唱:新国立劇場合唱団)による東京オペラシティ定期シリーズ(4月27日、東京オペラシティ)
②ビッグ・バンド・フェスティバル2016(4月16日、文京シビックホール)
出演バンド~本田雅人B.B.Station、角田賢一ビッグバンド、エリック・ミヤシロEM BAND
スペシャル・ゲスト~デイヴィッド・マシューズ
③上野耕平:サクソフォン(4月19日、東京オペラシティ・リサイタルホール)
が思い浮かぶ。

意外だったのは①で、何と満席に等しい入りだった。噂では語り役の石丸幹二人気だとか。『ペール・ギュント』には有名な2つの組曲のほかにも面白い曲があることを初めて知った。プレトニョフは指揮は無論だが、語りとの連携でも些細なミスひとつなくスマートに舞台を運んだ手際よさも新しい発見だった。

③は現在、世界的にも大きな注目を集める24歳の新鋭サックス奏者・上野耕平のソロ・リサイタル。こちらは265人収容の小ホールなので、大ホールでの公演と同等の評価を与えるわけにはいかないが、この俊英を世の音楽ファンがいかに高く評価しているかを示してあまりある秀演であり、逸材ぶりを遺憾なく発揮した素晴らしいコンサート。265席が人で埋まったコンサートは初めてだったが、期待通りにして文字通りB➞C(バッハからコンテンポラリーへ)というリサイタル・シリーズの看板を裏切らぬ、火花が飛び散るかのような熱演だった。バッハ親子のパルティータとソナタに、西村朗、及び2人の芥川作曲賞受賞者、鈴木純明と坂東祐大らの作品(特に後者は委嘱作で世界初演)という信じがたいほどの高度なプログラム。繰り返すが、”バッハからコンテンポラリーへ” の看板に偽りなし。テクニックといい、表現術といい、演奏スケールといい、まさに舌を巻かざるを得ないソロ・サックスの妙技に酔った2時間余であった。

上野耕平と初めて出会った演奏会は昨年9月、日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演。この日タクトを振った山田和樹が絶賛しているコメントに刺激されたからだったが、彼の見立てが決してお世辞などではなく、この新鋭がまぎれもなく須川展也の後を受け継ぐ稀れに見る素材であることをこの日の演奏で確認した。その後の彼の精進の賜物と絶賛したいのがこの夜の演奏だった。バッハ親子と現代作品を並べたプログラムだったが、ソプラノ・サックスを吹いたバッハ演奏での達者な息継ぎと力強いバランスのとれたフレージングの妙で観客を魅了した彼は、前半最後の棚田文紀作品での、同じ高さの音を指を変えながら演奏するビズビリャンド奏法や、ジャズの革命児チャーリー・パーカーの独創的な即興演奏に触発された流麗なフレージングで、観客を一気に惹きつける。

そして後半。60年代に先駆的な作品を書いたフランスの女流作曲家ジャニーヌ・リュエフ、西村朗、芥川作曲賞を受賞した2人の新鋭作曲家・鈴木純明と坂東祐大という4人の作曲家によるアルト・サクソフォン独奏のための先鋭的な4作品で、上野は驚くべきサックス技法を次から次へと開陳し、聴く者を驚かせ、かつ堪能させた。とりわけ坂東作品は上野自身の委嘱作でむろん当夜が世界初演となった。アンコールで演奏した「クォータートーン・ワルツ」(テュドール)も魅力的な選曲と演奏で、この時点でこれが2016年度の<ベスト・リサイタル>となることを確信した。もしこの評に触れて関心をお持ちになったら、一昨年秋に吹き込んだデビュー作のCD『アドルフに告ぐ』(日本コロムビア)をぜひお聴きいただきたい。

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一方、杉並公会堂小ホールは定員は194人。だが、たかが194人などと言うなかれ。100人の熱気が1500人のそれを上回ることだってある。『音のカタログ』は2010年に若い作曲家たちが結集して邦楽界の起爆剤になろうと声を上げた邦楽作曲家グループ<邦楽2010>コンサートの第6回である。「第1回を開いたときは、お客様はたった4人でした。それを思うと今夜お出で下さったこんなに大勢の方々を目の前にすると感無量で夢のようです」と、先ごろ野坂操壽と組んで『Crossroads~ 箏曲を繋ぐ』と銘打った力作(邦楽ジャーナル)を発表した高橋久美子が舞台上からコメントしたのは、決して誇張した表現ではなかっただろう。6歳を数えた2016年4月、<邦楽2010>が大きな春を迎えたといっていい小ホールでの出来事だった。

この夜、プログラムに名を連ねた8人の作曲家中、6人の作品が初演作品であるというのも作曲家たちの意気込みを示すものでもあると同時に、また邦楽界自体の充実ぶりや能力豊かな若い演奏家の躍進ぶりを間接的に反映している事象と見なすこともできる。それは例えば昨年、25弦筝でジャズ・ピアニストの黒田京子と共演するという意欲的なアドヴェンチュアを試みた山本亜美が、今年はメゾ・ソプラノの青山恵子と組んで新実徳英や湯浅譲二らの作品を演奏するという新しい展開や、筝の小野裕子ら邦楽演奏家がジャズ・ギター奏者の宮本政志と組んだユニークなRAMSES の試みが注目を浴びつつあるといったホットな話題からもうかがえる。かつてジャズやポップスの専売特許だったクロスオーバー現象が邦楽の世界にも起こりつつある、といってもいいかもしれない。個人的な経験でいえば、邦楽の分野で外国のミュージシャンが和楽器を操ったり、地歌や端唄を歌ったりする場に遭遇したときの不思議な驚きが今でもときに懐かしい。今ではすっかり消え去ったこの不思議な驚きがなぜ当時はあれほど新鮮だったのかと、それこそ奇妙に思えることがある。その最初の不思議なガイジンがマーティン・リーガンだった。オーラJのグループ展でのリーガン体験から10数年を経て、彼が25弦筝のために作曲した初の作品だというこの「三界」は、いわゆる序破急の伝統に即して作曲されており、日本の叙情性を深く理解したリーガンならではの和への共鳴が日本人である私の心に優しく響く。また第3楽章に当たる最後のワルツの展開がスリリングで聴きごたえがあった。もっとも、私の目をとらえたのは25絃奏者、小林道恵の演奏ぶりだった。25絃筝を弾く彼女のノースリーブの白い二の腕があたかも日本舞踊の舞い手のように、しなやかで、たおやかなのだ。彼女が暗譜で演奏したことで、舞い手のしなやかな動きがいっそうその印象深さを忘れがたいものにした。

「以前から伊勢物語第24段を作曲したいと思っていた」と、作曲者の田丸彩和子は司会役の田中隆文(邦楽ジャーナル誌編集長)に語った。伊勢物語が大好きな私もこの作品に注目した。語り、歌、筝演奏の3役をこなしたのは下野戸亜弓。彼女が、もし宮仕えのため別れて去った男を待ち続ける女が当時身につけていたような衣装で3役を演じたら、杉並公会堂小ホールはきっと伊勢物語が生まれた平安時代の民家へと変貌したのではないか。

ところが、次の高橋久美子の「熔」が始まり、善養寺恵介の独奏尺八があたかも古典本曲の居ずまいをたたえた厳かな音を神妙な気持で聴いていた私は、ある箇所で、ふとこれは伊勢物語の音楽ではないかと直感した。当の作曲者、高橋久美子は憤慨するかもしれない。彼女はプログラムに書いている。「今回は音の配置には制約を設けず自由に、様式のみを古典本曲に当てはめるという考えに基づいて作曲した」、と。恐らくはその結果、さまざまな要素、形式、歴史的背景などが ”熔” けあって、独特の雰囲気を持つ楽想が生まれたのだ。彼女は「2つの異なる世界がうまく融合し、時には形を変え、未来へと繋がることを願って」と結んでいるが、伊勢物語第24段が異化した形、あるいは現代化した音楽と信じこんだ私の耳に聴こえる高橋久美子の「熔」は私の耳に入った瞬間、平安時代へ一気に遡ることになった。

最後の「波濤の飛沫」は30代に入ったばかりのシカゴ生まれの作曲家コリーン・クリスティナの新作。彼女はシュムコー(SCHMUCKAL)を名乗っているが、仔細は分からない。長唄などの現代邦楽作品を研究し、2009年から野澤徹也のもとで三味線を学んだ経歴をもっており、この三味線協奏曲も当然野澤徹也のソロを想定して作曲したと推察される。3楽章作品だが、最初の1楽章は序奏のように聴こえる。彼女は3年前の牧野由多可賞コンクールで佳作に選ばれた三味線独奏曲「風舞千尋」を作曲しており、三味線への愛着が強いのだろう。さらに手を加えてがっちりした構成の協奏曲にしたら、すこぶる面白い作品になるのではないか。ただし今回の作品では、野澤徹也の演奏に着目する限り1本調子の感は免れなかったように思われる。今後の精進に注目したい。

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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