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Monthly EditorialEinen Moment bitte! 横井一江No. 239

#05 現代ジャズの諸相の中で

text by Kazue Yokoi 横井一江

 

この数年、1970年代以降に生まれたミュージシャンが音楽シーンの中核で活躍していることがやっとリアルに伝わってくるようになってきた。そのひとりがヴィジェイ・アイヤーである。しかも、昨年『Far From Over』(ECM) をリリースしたセプテットのメンバーは現在進行形のジャズのキーパーソン達、タイショーン・ソーリーやステファン・クランプ、スティーヴ・リーマン、マーク・シム、グラハム・ヘインズ(**)だ。

ヴィジェイ・アイヤーに限らず、ルドレッシュ・マハンサッパ、50代だがレズ・アバシ、フリー系でも活躍するジョン・イラバゴンなどアジア系アメリカ人の名前をジャズ・メディアで目にすることが近年多くなった。しかし、20世紀のうちはアジア系のミュージシャンはローカルなシーンでこそ活動していたが、アイヤーのようにアメリカを代表するミュージシャンとして世界的な知名度を持つ人物が出てくると思っていた人はどのくらいいただろうか。

アイヤーにについて言えば、彼に対する評価が高まったのは、ドイツACTレーベルを経て、ECMから作品を出すようになってからである(***)。だが、彼のキャリアのスタートは西海岸で、最初のアルバム『Memorophilia』はAsian Improvという西海岸のレーベルから出ていることはあまり知られていないように思う。このAsian Improvは、80年代にフランシス・ウォンとジョン・ジャンというアジア系のミュージシャンが始めたレーベルだ。ウォンとジャンはおそらくミュージシャン/アーティストによるNPOの先行例としてのシカゴAACMなどについて知っていたのだろう。1987年にはAsian Improv aRtsというNPOが創られている。アメリカの黒人ジャズ・ミュージシャンは少なからずそのアイデンティティを自身の音楽の中に投影しているが、アジア系にとってのそれはどうなのだろう。もしかするとディアスポラということで共通性を見いだせるのかもしれない。それはともかく、黒人でもなく白人でもないインド系移民2世のヴィジェイ・アイヤーが大学院生時代にアジア系のミュージシャンによるコミュニティを知り、また当時西海岸にいたジョージ・ルイスと共演するなどミュージシャン同士の繋がりを得たことが、音楽家の道を進む足がかりになったと考えられる。

ところで、アジア系アメリカ人という言葉はいったいいつ頃から用いられるようになったのか。調べたところ、1968年にカリフォルニア大学バークリー校で結成された「アジア系アメリカ人政治同盟」が最初のようだ。60年代の反戦運動のなかで、アジア系の人間は白人のグループあるいは黒人のグループの後につくしかない状態だったので、自分たちのグループを作ろうということになったという。最初はアイデンティティがどうのということではなかったのだが、この呼称は広がっていった。尤もアジア系とひとことで言っても、出身国などのバックグラウンド、宗教、社会的立場などはかなりばらつきはあるので、とても一括りには出来ない。だが、白人でも黒人でもないマイノリティとしての立ち位置から考えるとアジア系の団体が出来ても不思議はないのだ。最初のそれが西海岸であったことも他地域に比べてアジア系移民が多いことを考えると納得がいく。

私が西海岸のアジア系アメリカ人のジャズについて知ったのは90年代の終わり頃だった。アンソニー・ブラウンがアジアン・アメリカン・ジャズ・オーケストラを結成したことをメールスで人づてに(たぶんディヴィッド・マレイだったと思う)聞いたのである。ブラウンの父親はネイティヴ・インディアンの血が入っている黒人だが母親は日本人である。アジア系アメリカ人でオーケストラを結成するほど、ジャズ及びその周辺のミュージシャンの層が厚く、そのコミュニティがあるとは。それを知った時、いずれアジア系がメジャーなジャズ界でも活躍する時が来るかもしれないとぼんやりと直感的に思ったのだ。(このオーケストラについては2009年録音のCDレビューを書いた。: リンク→

アジア系アメリカ人については専門の研究者以外は関心を持つ人が少ないのか、書店を検索してもそれについての本は数冊しかヒットしない。そのため、その歴史や彼らが置かれている状況や諸問題については甚だ勉強不足なのだが、現在の移民の数字などから考えると彼らの社会的なプレゼンスは今後も高まっていくと考えられる。それはジャズでもそうだろう。アイヤーなどの活躍はその端緒を開いた。彼らはアジア系という狭い枠組みの中で演奏活動しているわけではない。新たな混淆の中で音楽表現がどのように変わっていくのか。そして、アマルティア・セン(*) が言うところの「アイデンティティの複数性」、つまり人は国境や国籍、文化、宗教など境界を越えたアイデンティティ意識を持っていることが今後どのように表象されていくのか、興味深いところである。

ところで、アメリカのジャズについて我々が目にする情報の多くはニューヨークで活躍するミュージシャンについてのものである。しかし、アメリカの各地にはそれぞれローカルな音楽コミュニティがある。そこで成長したミュージシャンがニューヨークへ移住するケースは多い。ヴィジェイ・アイヤーもその一人だった。だから、それなくしてはニューヨークの音楽シーンの活況がないともいえる。そういえば、今活躍が目覚ましいマタナ・ロバーツやニコール・ミッチェルは世代こそ違うがシカゴAACMのメンバーである。情報がバーチャルな世界に浮遊するようになって久しいが、音楽はリアルの中で創られる。日常的にミュージシャン同士でリハーサルでき、自身のプロジェクトを演奏するヴェニュー(大きさは関係ない)の有無は重要だ。これはアメリカに限らずだが、ローカル・コミュニティの豊かさがあってこそ同時代音楽としてのジャズの進展があるのだろう。

 

* アマルティア・セン: インドの経済学者。哲学、政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。(ウィキペディアより)

 


【追記】

** ロイ・ヘインズ(ds) の息子でコルネット、フリューゲルホーン、エレクトロニクス奏者。このカルテットの中では1960年生まれと年長である。スティーヴ・コールマンが「ファイヴ・エレメンツ」を結成した時のメンバーであり、後に自身のバンド「ノー・イメージ」を立ち上げ、その後も幅広い活動をしている。ちなみにヴィジェイ・アイヤーは西海岸時代にステーヴ・コールマンとジョージ・ルイスとツアーを行っている。

*** ニューヨークに移住した後、ヘンリー・スレッギルやロスコー・ミッチェル、ワダダ・レオ・スミス、アート・アンサンブル・オブ・シカゴなどの作品を出していたPi RecordingsなどからCDをリリースする。Pi盤で彼を知るようになったコアなファンも多く、その評価は高かった。Piからは2002年から5枚出している。ルドレッシュ・マハンサッパもPiからリーダー作を4枚リリースし、最近はドイツACTからリリースしている。ちなみにPi Recordingsのオーナーのひとりは中国系である。

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

#05 現代ジャズの諸相の中で」への2件のフィードバック

  •  ユーロセントリックな横井さんが海の向こうのヴィジェイらを取り上げるとは嬉しい限りです。
     いくつかコメントさせて頂きます。
    1. 出だしの文章ですが、ここに連ねられたメンツの中で1960年生まれのグレアム・ヘインズが異色であることは、たぶん説明された方が良かったかと思われます。
    2. レーマン➔➔➔リーマン
    3. マハンザッパ➔➔➔マハンサッパ(エグい表記よりもこの方がサッパりしませんか?)
    4. 2008年度セロニアス・モンク・コンペティション優勝者で、コンコードからストレイト・アヘッドな作品をリリースし、デイヴ・ダグラスのバンドのレギュラーとして活動しているジョン・イラバゴンを単純に「フリー系」と形容するのは如何なもんでしょうか?
    5. 「アイヤーにについて言えば、彼に対する評価が高まったのは、ドイツACTレーベルを経て、ECMから作品を出すようになってからである」➔➔➔アイヤーに対する評価は彼がPi Recordingsから”Panoptic Modes”がリリースした2000年頃から非常に高かったと記憶します。一般的に知名度が高まったのはACT及び(そして当然ながら)ECM以降です。
    6. Momorophilia➔➔➔Memorophilia

  • ご丁寧なコメントありがとうございます。
    ミス(2, 6)と言い回しが乱暴だった箇所(4)は修正いたしました。
    5についてはコアなファンの間で評価されていたことは知っておりますが、まだその範囲内だったと思います。
    1と5については追記という形で註を入れました。
    3についてはインド系なのでどちらの表記がベターなのかわからないので、知人(インド人)に聞いてみます。

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