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BooksNo. 216

#084 『人生が変わる55のジャズ名盤入門』

タイトル:人生が変わる55のジャズ名盤入門(竹書房新書)

著者:鈴木良雄
発行所:竹書房
初版:2016.2.4
定価:1,080円
タスキ・コピー:
タモリ、小曾根真、ケイコ・リー、菅原正二、小川隆夫、岡崎正通、小西啓一など、ジャズの達人が選んだ約1,000枚のアルバム。その中からランキング55位までを徹底解説!!“聴けばわかる!”——タモリ

面白くて一気に通読した。
日本のトップ・ジャズ・ベーシストのひとり、鈴木良雄が語り下ろしたジャズ名盤55選。選んだのはチンさん(鈴木良雄のニックネーム)のジャズ仲間50人。仲間にはミュージシャンを筆頭に、ジャズクラブのオーナー、プロデューサー、評論家など。タモリ(チンさんの大学時代のジャズ・サークルの後輩)がひとりタレントとして参加しているが、タモリは近年のチンさんのCDにはエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ねているので、プロデューサーのひとりとしてみなして良いのかもしれない。50人がジャズへの入門CDとしてベストと思われる10作とそれに次ぐ10作を選出、多くの仲間が選んだ上位50作について語ったものだが、原則として邦人ミュージシャンの作品は対象外となっている。ベスト50の選出方法がユニークなら、それについて現役のミュージシャンが語るという手法もユニーク。この新書の成功の半分は企画そのものにあったと言っても過言ではないだろう。専門の音楽出版社ではない竹書房ならではの大胆さにある。
そうはいっても成功の過半はもちろん鈴木良雄の語りそのものにある。チンさんはマイルス(デイヴィス)の言葉「ジャズで大切なことはオネスティ(正直)にある」を引用し、自分が感じたことを正直に紹介した、と語っている。 チンさんは、音楽一家に生まれ、ヴァイオリンの「スズキ・メソッド」の創始者を伯父に持ち、早稲田大学のモダンジャズ研究会を経て渡辺貞夫グループ、菊地雅章グループでプロとしての研鑽を積んだのち、NYではスタン・ゲッツとアート・ブレイキーのレギュラー・メンバーとして活躍、帰国後は複数のグループを結成して活躍中という申し分ないキャリアを持つ。ミュージシャンの発言には得てしてアーチスト特有の独断と偏見に満ちた内容が多いのだが、チンさんの紹介は温厚かつ誠実なパーソナリティと豊富なキャリアが反映されているので(そして何よりマイルスの「正直であれ」を信条としている)、その発言が既存のガイドブックの評論家諸氏のそれとは意見を異にしていても信憑性と説得力を持つのだ。
こういうガイドブックの場合、その内容を引用紹介することは落語のオチをばらしてしまうことにも通じかねないのだがあえて2、3紹介してみよう。12位に選出されたオスカー・ピーターソンの『プリーズ・リクエスト』について、“テクニックは素晴らしいし、凄い音なんだけど、その奥になにがあるかって言ったらないような気もするんです。ごめんなさい(笑)。それを、レイ・ブラウンが補っているんですけどね...。” ビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』については、“この1枚は、初心者向きというより、通が聴いたほうがいいんじゃないかと思います。結論として、ベースがいろんなことやるので、幅を利かし過ぎて、本末転倒みたいな感じがしてしまうんですよね。” このトリオと並んで、ピアノ・トリオの双璧と並び称されるキース・ジャレットのスタンダード・トリオについても独特の意見を吐く。“そのトリオが有名なんだけど、僕はゲイリーとジャックのリズムって合わないと思っているんですよね。聴いていて気持ち悪い。” 等々。辛辣なコメントが続くが、一方で、それぞれのアルバムについてエピソードを交えながら聴きどころを伝えて抜かりがない。
個人的な余禄は、本書を通じてマイルスが菊地さん(Pooさん)のロフトを訪れた事実が確認できたこと。Pooさんからは聞かされていたのだが、その時現場に居合わせたチンさんの証言によってその事実が立証されたのだ。“ある日、プーさんのロフトにいたら「今日マイルスが来るよ」と聞いて、そしたら本当にマイルスが現れ、部屋の空気がガラッと変わったんですよね”。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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