#073 竹田賢一著『地表に蠢く音楽ども』 山崎春美著『天國のをりものが 山崎春美著作集1976-2013』 JOJO広重著『非常階段ファイル』

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text by 剛田 武

書名:地表に蠢く音楽ども
著者:竹田賢一
版元:月曜社
初版:2013年7月10日
定価:本体3800円+税


書名:天國のをりものが 山崎春美著作集1976-2013
著者:山崎春美
版元:河出書房新社
初版:2013年8月30日
定価:本体2400円+税

書名:非常階段ファイル
著者:JOJO広重
版元:K&Bパブリッシャーズ
初版:2013年8月17日
定価:本体3000円+税

伝説のベールが取り除かれ、80年代カオス文化の真相が明らかになるか
時を同じくして出版された80年代=変革の時代の3人の立役者の著作

70年代後半にニューヨークとロンドンから発生したパンク・ムーヴメントは、ロックに留まらず芸術及び文化全般に大きな革命をもたらした。忘れられた初期衝動を取り戻そうという試みであり、権威主義・商業主義に対するアンチテーゼであり、若者らしい反抗精神の発露であったパンク革命の最大の功績は、「DIY」=Do It Yourselfの精神を広く浸透させたことだった。元々日曜大工を意味するDIYを、「やる気になれば誰でも出来る」、さらに「自分で行動しなければはじまらない」と読み替えて、技術や財力が無くても誰でも表現行為が可能で、自分でそれを伝えることが出来ると宣言した結果生まれたのが80年代サブカルチャーだった。

日本でも既成のシステムから落ちこぼれたアンダーグラウンドな音楽家たちが、自らの活動の場を創設し、自主レーベル/自主コンサート/自主メディアを創り出した。特に東京と大阪の二大都市の底辺にカオスのように沈殿する地下音楽シーンは、決してメジャーに浮上することはなかったが、じわじわと90年代以降の芸術文化に影響を与えてきた。
そんな変革の時代の立役者3者の著作が時を同じくして出版された。21世紀も10余年が過ぎ、時代がカオス化しつつある現在、30数年前のカオスに学ぼうという機運が高まっているのかもしれない。

『地表に蠢く音楽ども』は70年代半ばから音楽評論家・演奏家として活動する竹田賢一の初の評論集。間章の紹介で書き始めた『ジャズ』誌の連載タイトルから取った表題の通り、マイナーと呼ばれ、悶々と蠢くばかりで、一向に顧みられることの無い現代音楽、フリージャズ、前衛ロック、民族音楽などを拾い上げ理論的に分析する冷静かつ愛情溢れる視点で書かれた小論集。坂本龍一と「学習団」を結成し、演奏・映像・演劇等を総合したイベントを企画したり、即興演奏集団「ヴァイブレーション・ソサエティ」、自主学習組織「ヴェッダ・ミュージック・ワークショップ」、バンド「A-Musik」を結成し自らエレクトリック大正琴を弾き演奏活動を行ったり、雑誌「同時代音楽」を発行したりした竹田の活動は、文筆家というより運動家と呼ぶ方が相応しい。70年代末には、地下音楽の東京に於けるメッカ(掃き溜め?)だった吉祥寺のライヴハウス「マイナー」周辺人脈に名を連ね、東京アンダーグラウンド・カルチャーの中心で活躍する。マイナーには灰野敬二、吉沢元治、工藤冬里など個性派ミュージシャンに加え、有象無象の自称ミュージシャンや得体の知れないパフォーマーが巣食っていた。本書に収められた評論は、単なる音楽論ではなく、文化・社会・政治との関わりに重点を置き、権威に対する闘争精神に貫かれた檄文といえるかもしれない。

山崎春美はパンク・ムーヴメントと同時期に登場した音楽家・文筆家・編集者。パフォーマーとしては前衛ロックバンド「ガセネタ」や、不定形ユニット「タコ」で知られる。坂本龍一や佐藤薫(EP-4)、遠藤ミチロウ(スターリン)や町田町蔵(INU/現・町田康)、細川周平や野々村文宏など80年代を象徴するカルト・スターが参加したタコの1stアルバムは自主制作ながら大きな話題になった。山崎が1982年に企画した「自殺未遂ギグ」では、室内アンサンブルが葬送曲を演奏する中で、自らの身体を包丁で切り刻み流血するパフォーマンスを披露、その現場を目撃してしまった私の心に大きなトラウマを植え付けた。しかし私にとって山崎は、そうしたセンセーショナルな活動以上に、80年代サブカルチャーを象徴するアジテイターという印象が強い。文筆活動では、1976年にロック雑誌「ロック・マガジン」でデビュー、松岡正剛「工作舎」に参加、自販機本「Jam」「HEAVEN」の編集、「宝島」「遊」などのサブカル誌への寄稿で、サブカル界に多大な影響力を持っていた。数々の雑誌に執筆した文章をまとめた初の著作集が『天國のをりものが 山崎春美著作集1976-2013』。80年代カオス・カルチャーの担い手らしく、したり顔で大言壮語を喧伝する饒舌な文章の大部分は、空虚なロジックと無意味なレトリックの垂れ流しだが、独特の美意識に貫かれた流麗な文体が読む者の心を捉えて離さない。当時山崎のマインドコントロールに似た魔性の文章に惑わされた少年少女は相当数いるに違いない。かく言う私もそのひとりである。

竹田と山崎の著作が既出記事のアーカイブであるのに対し、関西アンダーグラウンドを代表するノイズ・バンド、非常階段のリーダーJOJO広重の『非常階段ファイル』は全編書き下ろしのドキュメンタリーである。結成30周年を記念して2010年に出版された『非常階段 A STORY OF THE KING OF NOISE』は30年の歴史をメンバーと関係者への取材と資料をもとに記録したドキュメントだったが、そのサイドストーリーと言える本書は、「○○階段」として行われた他のバンドとのコラボレーション企画について広重本人が綿密に詳細を記した回想録である。というと普通の評伝やヒストリー本に比べてマニア性が高いと思われるかもしれないが、非常階段というバンドを軸にして、地下音楽シーンの多様性とその変遷を鮮明に描き出し、さらに演奏行為とは何ぞや?という表現者の本質をも明らかにする貴重なドキュメントなのである。非常階段の大音量即興ノイズ演奏の原点は「ジミ・ヘンドリックスのフィードバックがずっと続く音楽があればいいのに」という広重の少年時代の夢であり、山下洋輔トリオを聴いた時「求めていた音楽が実際にあった!」と驚喜したという。「○○階段」のコラボ企画のきっかけも「森田童子の歌のバックがノイズだったらいいのに」という広重少年の夢想だった。メロディーもリズムも無い「ノイズ」だからこそ、コラボレーション相手のジャンルを選ぶ必要は無い。面白いと思ったらまずやってみる、というDIY精神を体現するように、パンク、ハードコア、サイケデリックに始まり、ジャズ、ボーカロイド、アイドルと縦横無尽に展開される「○○企画」の多くが、実は成り行き任せだったと明かす。中でも興味深いのは、山下洋輔トリオに鼓舞されて演奏を始めた広重が、活動当初フリージャズ・ミュージシャンから嘲笑・罵倒され、その反発をエネルギーにノイズという独自の方法論で活動を続け、30年経ってJAZZ非常階段として坂田明と豊住芳三郎と共演し、ジャズの殿堂である新宿ピットインに出演したというストーリーである。すべて成り行き任せだった活動が、まるで運命の糸に操られるように繋がっていった事実。「なんとかなる」「どうにかなる」「その時はその時」が処世術と語る関西人らしい肩の力が抜けたフットワークの軽さがバンドを続ける秘訣だろう。
それぞれの著作を読んだ印象では、80年代サブカルチャーに於いて、竹田は頭脳(理論)、山崎は顔(宣伝)、広重は手足(行動)と喩えられる。いずれも現代サブカルチャーに大きな影響を及ぼし、カリスマとして伝説的に語られる存在であるが、著作の出版により、伝説のベールを取り除き、80年代カオス文化の真相が明らかになることを期待したい。また、現役ミュージシャンである広重は勿論、竹田と山崎の現在の活動にも注目して欲しいと願う。(2013年9月16日記:剛田武)

*初出:Jazz Tokyo 2013.9.29

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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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