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BooksNo. 218

#085 「プライベート・マフィア 草兵」

書名:「プライベート・マフィア 草兵」
著者:江本正記
版元:白夜書房
初版:1991年8月15日
定価:1300円(本体 1262円)

 

25年前に出版された本。

まずは第一章「運びの手口、これ、全部」から引用。「運び屋。英語でスマッグラー。ここに登場するのは、そのスマッグラーの中でもなんら組織を背景としない一匹狼。ノルマや規律にしばられないフリーランスの運び屋だ。草兵、41歳。国際前科4犯。身長180センチ。彼はみずからのことを、プライベート・マフィアと呼ぶ。ニューヨーク、カトマンズ、三重とムショ暮らしも3ヵ国で体験した超強力な犯罪的越境者。(中略)扱うのはドラッグ一本やり、主にスマック(ヘロイン)と大麻」。

これは、4年間、スマッグラー稼業に身をやつした男、草兵の懺悔録。新潮社の雑誌『03』に連載されたものを大幅に加筆、改稿した、とある。草平が興に任せて語り下ろしたものを著者が書き起こしたもので、草平のノンシャランな語り口が何度も笑いを誘う。

運び屋の手口がすべて明かされているので参考にする者もいようが、常に死や入獄と隣り合わせであることを覚悟の上で、ということになる。また、各種のドラッグによる体調の変化、抜く場合の処方めいたことも書かれているが、実体験だけに説得力はガイド本をはるかにしのぎ鬼気迫る。

草平がスマッグラー稼業に従事していたのは’83年から’86年の約4年間だが、僕が仕事でNYに出かけることが多かった70年代、ドラッグを見聞することはかなり日常的だった。セントラル・パークやワシントン・スクエアを夜間散歩しているとプッシャー(密売人)が寄ってきてすれ違いざまに耳元で「smoke,smoke」と悪魔のささやきをつぶやく。夜間はおろか日中でも交差点で信号待ちをしているとすっと寄ってきて「smoke,smoke」。ダウンタウンのジャズクラブ、地下のドレッシング・ルームにおりていくと、ミュージシャンが角砂糖のような白いキューブの角をナイフで削っている。コカインだ。親指の爪の上に乗せ、片方の鼻の穴を指で閉じ、もう一方の鼻の穴からすっと吸い上げる。アディクト(常習者)になると副作用で鼻汁が止まらなくなる。さらに進むと鼻腔の隔壁に穴が開き鼻血が止まらなくなる。シカゴのバンドリーダーのロフトを訪ねると仲間が車座になり大麻をまわし飲みする。連帯を確認する一種のセレモニーだ。彼らは一様に「大麻はタバコよりずっと健康的なんだ」という。あらゆるドラッグを体験した草平も「やっぱり、大麻が一番」という。「精神をピュアにしてくれるんだ」。

ロサンゼルス近郊の別荘地で開かれたロックバンドのパーティ、食後にコーヒーを飲みながら手焼きクッキーを2、3個つまんだ。友人の車に同乗、ホテルに向かう途中、友人の話し声が天上から聞こえ、強烈な寒気に襲われ身体が震え出した。スワ、心臓の異変かと慌て、SSで給油中のパトカーに乗り移り救急病院へ直行。ポリスに「寒いから窓を閉めてくれ」と頼むと「窓は閉まっているよ!」と怒鳴り返された。病院のベッドで毛布に包まれても寒気が止まらない。身体を温めようと「ウィスキーをくれ」というと、「ここは酒場じゃないよ。今、お前がウィスキーを飲んだら確実にあの世行きだ」と返された。「お前は急性アルコール中毒と同じ状態にあるんだ」。どうやらクッキーの中に純度の高いマリファナの粉が仕込んであったらしい。70年代、ハワイのサーフロックバンド、カラパナの初来日コンサート。プロモーターはプッシャーを寄り付かせないために楽屋口にスタッフを張り付かせた。客席に降りるとあの独特のマリファナの匂いが鼻をついた。サンプラでの出来事。ボブ・マーリーのホテルも大変だったようだ。彼らラスタはマリファナを常用する。ジャマイカでもラスタは特別扱いで、ボブ・マーリー・ミュージアムでは朝からラスタがマリファナを吸っていた。タバコに勝る「ガンジャ」と信じ込んでいる。

わが国では終戦直後のヒロポンに始まる覚醒剤が厳しい管理下におかれているが、70年代にジャズ・ミュージシャンが愛用していたのはミナハイ(ハイミナール)などの睡眠薬。オフィスに来たミュージシャンが晴天の空を見上げながら「こっちは、ど、ど土砂降りでさあ」と呂律の回らない口で電話をかけていたり、ジャズ・フェスに出演したサックス奏者がマイクスタンドで揺れる身体を必死で支えていたり...。阿部薫のようにオーバードーズ(致死量を超えた服薬)で命を失った者もいる。ヒロポンのアディクトになったミュージシャンからは、「やめたくてもどうしてもやめられない。現行犯なら逮捕してもらえるから、注射を打ちながらカミさんに、『今、警察に電話してくれ!』」と、すがったことがあると聞いた。

Jazz Tokyoでは 、アディクトから更生し、現在では麻薬中毒者の施設で働きながら音楽を続けるクラリネット奏者ピーター・キューンにインタヴューを敢行したことがある。アメリカではアディクトから抜け出すためのプログラムが確立されており、自力更生者も多いと発言している。
http://www.archive.jazztokyo.org/interview/interview117.html

ストレスから覚醒剤に溺れた清原和博の初公判のニュースが流れている。過ちは誰でも犯す可能性がある。更生の道も誰にでも進むことができる。

ちなみに、草平は僕の親友のひとりで、その後立派に更生し、現在では庭師や別荘管理の仕事に励んでいる。

 

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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