ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #2 〜『山本邦山/銀界』

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Philips 1970

1.序 (Prologue)
2.銀界 (Silver World)
3.竜安寺の石庭 (Stone Garden Of Ryoan Temple)
4.驟雨 (A Heavy Shower)
5.沢之瀬 (Sawanose)
6.終 (Epilogue)
*上記はCDバージョン。LPでは4からB面に移る。


筆者がジャズに触れたのはボストンに移住した28年前からで、アメリカで日本のCDを購入するのは困難であることを理由に、恥ずかしながら菊地雅章の音楽をよくは知らない。ニューヨークで活躍されていたPooさんのお名前は聞き及んでいたが、お会いする機会には恵まれなかった。大病を患って高額な医療費を負っていると伺って、存じ上げないのに今までの失礼をお詫びするつもりですぐに微々たる金額だが寄付金を送らせていただいた。アメリカで自由業が病気になると医療費で苦しむのは身にしみて知っている。
JazzTokyoの編集長に、『銀界』は唯一所持している菊地雅章関係のアルバムで何度も聴いている愛聴盤と語ってしまったことから『銀界』の楽曲解説を申し付けられ、自分のバンドの CDリリースとJapan Tourの準備でバタバタするなか、あわただしくパソコンに向かった次第である。
このアルバムのことを知ったのは確か移住1年目、ゲイリー・ピーコックに「おまえ日本人のフルート吹きか?『銀界』というアルバムを知ってるか?」と言われたのが最初だった。アメリカ移住直前に餞別として知人に尺八を頂いていた。日本人なら尺八を吹けというリクエストが多く、勉強するためにゲイリーから教えられた『銀界』の輸入盤を見つけ、貧乏学生にとっては大枚をふるって購入した。その後、首を八年どころか1ヶ月も振らずに尺八が吹けるふりをするのに嫌気がさし、尺八の仕事を断るようになり、結局盗難にあって尺八との縁が切れてしまった。自分の尺八との関係とは離れて、『銀界』は本当に何度も聴いた。まずあの説得力のある邦山師の音に魅せられた。当時筆者はニューイングランド音楽学院で作曲法の修士課程を専攻していたので、Pooさんの作曲の素晴らしさに魅せられた。無理に一般概念にあるようなジャズにはしない、邦山の素晴らしさを充分に引き出せる構成に魅せられた。自分のピアノの誇示をするのではなく、まるでひとつの宇宙を完成させるような、そんなPooさんの演奏にも魅せられた。 テクニックを誇示するでもなく、意味深い音だけを選んで演奏し、ゲイリー ・ピーコック と相対してグルーヴするタイム感も素晴らしかった。当時筆者は黒人のピアノトリオのおまけ役に雇われ、ジャズのグルーヴの意味をからだで勉強し始めた頃で、ゲイリー・ピーコックのオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライヴするベースと、Pooさんのレイドバックするコンピングのタイム感との間にできるタイムの幅に魅せられた。 実際この組曲の構成は凡人の沙汰ではない。<序><銀界><竜安寺の石庭><驟雨><沢之瀬><終>。アルバムのタイトル曲が2曲目になっているので一瞬当惑するが、これは明らかに組曲としての構成だからだ。

1)<序>。シンプルなオスティナートで始まる。ピアノがGとA♭で短9度を作ったところからCとDの長2度に解決するオスティナートなので、ヨナ抜き陰旋法にあたるわけだが、第一音と第二音を意図的に1オクターブ離して、西洋楽典では禁則とされている短9度を使用している。この短9度というのがなぜ禁則とされているかというと、この音程は存在するだけで同時に鳴っている他の音が生み出すハーモニーの要素を破壊するからである。つまり長和音であるはずなのに長短判別のつかない響きになったり、調性に対して重力不在の響きになったりする。ここで例外になるのがドミナントコードだ。ドミナントコードはかならずトライトーンという増4度の音程を第3度と第7度の間にもっている。このトライトーンというのは古来“悪魔の音程”と呼ばれているほど不快な音程で、常に解決に向かって進みたいというサウンドを醸し出す。だから「ドミナント」、つまり“一番強力な”という意味の名前がついている。言い換えれば、ドミナントの響きは強力で、矢が降ろうが短9度が来ようがドミナントとしての役割、つまり解決に導くという役割は損なわれない。この「短9度が...」を理論化したのがシェーンベルグ (Arnold Schonberg) のハーモニー理論書である。彼は面白いことにディミニッシュコード、つまり減和音はドミナントコード の根音抜きに代用できると解釈し、後々ジャズ・ミュージシャンが好んで使うドミナント・♭9 コードというものを定義付けてしまった。蛇足が長くなったが、Pooさんはこの短9度を陰旋法に被せて、ドミナントのトライトーンを使用してジャズ風のサウンドにするようなはしたないことはせず、トライトーンなしで見事に解決感を出したオスティナートを作り上げている。

2)<銀界>。アルバムのタイトル曲である。今度はオスティナートではなく、繰り返して挿入される4小節フレーズがテーマになっている。邦山のフリー・インプロは前曲の<序>と同じGを基音にした陰旋法を基本にしているのに対し、テーマにあたるバンドの挿入フレーズは 、なんと同じGを基音にしているが陰旋法ではなく陽旋法からなるハーモニーだ。邦山もそれを利用してか、2度音に陰旋法のA♭を使用する中で陽旋法のAを挿入したりしてリリース感を見せたりする。筆者はこれまた恥ずかしながら邦楽の知識にうといので、この技法を説明できないのだが、この陰旋法の2度音を陽旋法の2度音と入れ替える技法には聞き覚えがあるので 、多分古来から伝わる技法に違いない。そうすると、こういう邦山のフリー・インプロを想定して、またはそういう自由を与えるために、Pooさんはこの挿入4小節フレーズを陽旋法ハーモニーでテーマに設定したのではないか。 この憶測は中間から始まるグルーヴの部分で確信させられる。Pooさんは基本的にジャズコードのGマイナー・サスコードを使って邦山のインプロのコンピングをするが、これはきっちり陽旋法に合致しており、しかも邦山は続けて陰旋法でインプロを続けている。やはりこれがこの曲の提示なのである。 ところで、グルーヴが始まった時、一瞬誰にソロが与えられているのかわからない。すぐにこれがグループ・インプロなのだと気がつく、が、決して巷にあるノイズ的グループ・インプロではない。反対にグルーヴを中心にするグループ・インプロだ。ゲイリーはイントネーションなぞ気にならないくらいドライヴしている。Pooさんのピアノはといえば、じつに素敵だ。マイルスやカウント・ベイシーのように意味のある音しか弾かない。ひたすらビハインド・ザ・ビー トでゲイリーとのタイム感の幅を楽しんでいる。こういう達人の演奏は、聴くものに決してもっと弾いてくれという思いはさせない。さすがとしか言いようがない。

3)<竜安寺の石庭>。ここで調も音階も変わる。GマイナーからAマイナーと2度上がる。 組曲の構成では、起承転結の承の部分に当たるのかも知れない。邦山が冒頭部分で堪能させてくれるソロ・フリー・インプロの音階は邦楽からではなく、西洋音楽のAマイナーからで、メロディック・マイナーを取り混ぜたり、はたまたお洒落に陰旋法の2度のB♭をあたかもナポリの2 度からの解決のように響かせたりしている。ここで決められているテーマ・フレーズは“ドード・シシ・ララー”という下降する3音だけだ。奥が深い。中間部で始まるグループ・インプロは一般のフリージャズのスタイルで、グルーヴを楽しむタ イプのものではないが、邦山の説得力ある音とそのフレーズで、フリージャズに偏見があるリスナーにも容易に受け入れられるだろう。

4)<驟雨>は、がらっと変わってスイング・ビートだ。アメリカではこのチンチキスタイルをスイング・ビートの曲と言うが、タイム感がスイングなのであって、スイング・ジャズというスタイルのことを言っているのではない。例えばサッチモのようなアルバムはスイングのアルバムだと言わないで、スイング・ジャズのアルバムと言う。スイング・ビートはタイム感の表示、スイング・ジャズは歴史的スタイルの表示と覚えておけばよい。タイム感に興味がある読者は以下の記事を参考にしていただきたい;
http://anonemusic.com/jazzTheory/whatIsJazz/timeFeel
この曲のテーマは8小節フレーズを変化させて二回繰り返し、インプロ・パートに入る。この 8小節フレーズは陰旋法の基音を2度下げたところから始める、俗に言うヨナヌキ短音階からできている。基音はCだが、ベースはD-(♭6) のラインを弾いてA7で5度停止するというジャズ進行だ。メロディーがC-(♭6) なのに対してベースがD-(♭6) というハイブリッド和音の構成である。そしてインプロ部分に入るとベースがいきなりB♭のペダルに変化し、PooさんのコンピングはB♭リディアンをベースにしており、邦山のインプロもそれと同期してB♭リディアンだ。ジャズファンにとっては初めてスイング・ビートの曲が出てきて、待ってました!、となるかもしれないが、筆者にとってこのトラックはいまひとつ馴染めない。せっかくスイング・ビートを持ってきてもPooさん以外全員が気持ちよくグルーヴしていない。そもそも穴が5つしかない尺八で日本音階以外を出すことが至難の技だ。その上タイム感を出せるような発声法には向いていない楽器であるからグルーヴ感が出ない。このトラック以前のようにバンドがジャズでも尺八だけ朗々と日本調で続けていて欲しかった気がするのだ。その邦山のタイム感での躊躇さが影響してとは思えないが、ドラムのライド/ハイハットとベースとの間のタイムの幅が殆どないのでドライヴ感がないのがどうも気になってしまう。ただし特筆すべきはPooさんだ。こんな状況でも別世界感覚でグルーヴしている。仙人のようだ。その仙人のピアノソロの後、村上寛の、短いが素晴らしいドラムソロが入り、ルバートに移行する。邦山の鳥肌の立つような合いの手を混ぜながらゲイリーの素晴らしいベース・フィーチャーのパートを経て、テーマに戻って終わる。筆者にとって前半のスイング・ビートの部分で落ち着かなかっただけに、この後半の秀美のパートには特に感銘を受ける。
蛇足だがベースソロの始まりで2回オーバーピークのノイズが入る。エンジニアを副業にする筆者は、今ならRXなどのツールで簡単に修復できるのだが、70年の歴史的な録音をノイズ入りで残す方がよいのだろうか、などとしばし瞑想に耽るのであった。

5)<沢之瀬>。前曲でスイング・グルーヴ、ドラムソロ、ベースソロ、と佳境を迎え、結び の部分に入る。<序>とミラーしているのかGのペダル・オスティナートだ。ただし邦山は基本的にはDの陰旋法からの音列を用いてモードジャズ的インプロをしており、これはゲイリーのペダル・オスティナートがドミナントのDを引っ掛けるのにオーバーラップするように仕組んだのであろうか。興味深い。Pooさんのピアノ・インプロはと言えば、ゲイリーがペダル・オスティナートを保っているのをいいことに、いきなりGマイナーからCメジャーに移行してしまう。ピアノトリオというのはこういう荒技を敢行できるので羨ましい。ただし、どうやら仕掛けたのはゲイリーのようだ。ピアノのパターンの繰り返し中に、G-Dとオスティナートを続けていたゲイリーがヒョイとC を弾いて引っ込める。そこでPooさんはすぐに飛ぶのではなく、2回ほど待ってCに移行する 。ゲイリーはGのペダルをきっちり続ける。お洒落だ。ここでG-DのオスティナートはGのみのペダルになり、ピアノは自由を与えられる、この運びがじつに自然に開放感を与えてくれる。その後 A7/F# から C Maj7に移っていくあたりはほぼ確実に事前に書かれた進行だ。そして Gエオリアンに戻ると邦山がぐぁっと盛り上げながら入ってくるが、花火が上がるように瞬間的なものが断続的に続き、日本美の極致だ。蛇足だが、アメリカの花火は次から次へとこれでもかこれでもかと打ち上がるが、日本の花火は余韻を味わうような間隔があいている。そしてこのトラックは、花火が終わって名残惜しい気持を引きずるかのように長いディミニエンドで終了する。今気がついたが、銀界なのに花火の例えを持ってきてはPooさんが草葉の陰で嫌な顔をしているかも知れない。

6)<終>は最初の<序>の繰り返しだが、当然<序>で提示されたような期待感の湧く味付けではなく、見事に物語の終わりを表現している。注目したいのは<序>では聴かれなかったPooさんの2つのコードである。Gー11とA♭Maj7(#11)、この二つが<序>との差を大きくつけている。つまり<序>ではもっと邦楽的なサウンドを示唆し、<終>ではモードジャズの要素を埋め 込んでこのアルバムの趣旨をはっきり提示したのだと思う。さすがだ。

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ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。昨年9月、ブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」を率い、新作CD『ハシャ・ス・マイルス』(インパートメント)発売記念ツアーを敢行、東京JAZZ他に出演。 [ホームページ:RachaFora.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook]

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