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CD/DVD DisksNo. 214ヒロ・ホンシュクの楽曲解説

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #3 『ハシャ・フォーラ/ハシャ・ス・マイルス』

『ハシャ・フォーラ/ハシャ・ス・マイルス』

Racha Fora :
ヒロ・ホンシュク (fl/EWI/vo)
リカ・イケダ (vln)
マウリシオ・アンドラーデ (g)
ハファエル・フッシ(b)
ベンユール・オリヴェイラ (pandeiro)
スペシャル・ゲスト;デイヴ・リーブマン (ss)

1.マイルストーン
2.E.S.P.*
3.ブルー・イン・グリーン |
4.フェザー・ルー**
5.チッキン・ドン**
6.ドアB**
7.ソーラー
8.オール・ブルース
9.サークル
10.セヴン・ステップス・トゥ・ヘ ヴン
11.ウッド・ロウ**
12.フットプリンツ*

無印は作曲:マイルス・デイヴィス
*:ウェイン・ショーター
**:ヒロ・ホンシュク

録音:2015年7月 ボストン/ストラスバーグ
ミックス+マスタリング:2015年7月 @アヴァタ・スタジオ NYC
ミックス+マスタリング・エンジニア:内藤克彦
プロデューサー:本宿宏明


10月8日にインパートメント社から国内配給が開始された我々ハシャ・フォーラの新譜、『ハシャ・ス・マイルス』の曲目解説を依頼されたのだが、実は困っている。自分の曲の説明を公開したくないのだ。自分の音楽はリスナーにとって毎日違って聴こえて欲しいという願いがある。だから歌詞のある曲を書くのは好まない。今まで書いてきた歌手入りのビッグバンドの曲でも歌詞はない。タイトルも意図的に意味不明にする。蛇足だがこの意味不明のタイトル付けは<Ducky Wucky>等のタイトル付けをするエリントンの影響もある。ただ、何曲かタイトルの説明を、わざわざはしないものの、拒否しない曲もある。例えば2006年のトリオでのアルバム、『Here We Go』に収められている<The Arrow>、これはどろどろブルースで、「やぁだぁよぉ?」っという唸る声がそのままメロディーのモチーフになっている。つまり、「やだ」→「矢だ」→「The Arrow」というわけだ。本アルバムにも1曲だけタイトルの説明を拒否しないオリジナルがある<Chicken Don>だ。読んでそのまま、「鶏丼」だ。京都駅で食べた鶏丼にインスパイヤーされた。

本アルバムのテーマはマイルス賛歌なので、それほど隠すことはないことに気がつき、慣れない解説を書いてみることにする。ぼくが曲を書く時の決まりは、我が教祖マイルスの教えの通り、新しいサウンドを目指すこと。これは恩師ジョージ・ラッセルのリディアン・クロマチック理論(以下リディクロ)を使用することと、ジャズの構成にブラジルのリズムを合わせることで簡単に実現できる。ラッセルの理論をひと言で説明すると、音楽の流れを西洋和声理論ではなく、サイコロジカルな重力を使って進めるということである。このサイコロジカルな重力は当然和声だけに留まらず、曲全体の構成に反映される。ラッセルが産み出した数々の大曲をお聴きいただければすぐにご理解頂けると思う。リディクロを使用すると、使うモードの動きが慌ただしく、難解な音楽に聴こえてしまう危険がある。それを難解に聴こえず、口ずさむことができるようなメロディーを書くことをいつもプライオリティーにしている。音楽は決して難解に聴こえてはいけないと思っているからだ。ただし、たまったもんじゃないのは、自分も含めてインプロをするミュージシャンだ。ぼくの曲でソロを与えられると必ずと言っていいほど演奏しづらいというコメントを受ける。実は自分でも、自分で書いたくせにこんなにインプロがつらいコード進行なのかと呆れることがよくある。
曲目解説を試みてみよう。

1)Milestones
ニューイングランド音楽院在学中にラッセルの授業で散々演奏させられた曲である。40小節フォームで掴みどころがなく、ラッセルは学生がフォームを見失うのを怒鳴りつけて楽しんでいたようだ。この曲はマイルスがラッセルのリディクロを本人から教わって書いただけにぼくにとっては重要な曲だった。そしてゲストのリーブマンが素晴らしい演奏をしてくれたのが嬉しくてしようがない。

サンバのリズムからブリッジはロックビートに変えて、またサンバに戻るというフォームでアレンジしてみた。ハーモニーはオリジナルからどこまで離れられるか疑問だったので、オリジナルのB♭リディアン・モードは残し、そのモード上にできる別のリディクロのコードと置き換えたので、それほどオリジナルから離れては聴こえないはずだ。ただし8小節ごとのつなぎにE7(#9)やE♭リデイァン(#5)やEドリアンのコードを投げて変化をつけた。録音当日リーブマンが譜面を見た時に、このややこしいコードをみんなちゃんと演奏してるのか、とびっくりした顔をし、本人はそのままきっちりコードを外さずにインプロしたのを見て、さすがだと唸った。リーブマンとの付き合いは1994年にぼくのビッグバンドのツアーのフロントとして付いてきてもらって以来だが、最初、リーブマンは譜面なぞ気にしないでブローするだろうと完璧に誤認識していた。ぼくのややこしいコード進行が書いてある譜面を持ってきて、全部一つずつ説明しろっと言われて驚愕したものだ。今回はさすがにリーブマンもぼくの書くスタイルに慣れていたのか、説明しろとはどの曲でも言われなかったのでホッとした。

2)E.S.P.
2008年のジャズ・トリオのアルバム、『trio La Lu』ではストレート・ファンクとして収録したこのアレンジのブラジル版である。ここで使われているブラジルのリズムはMaracatu(マラカトゥー)という。通常スネアドラムでマーチのように演奏されるが、起源はブラジル北東部に連れられてきたアフリカ奴隷の宗教的ダンスだ。すべてのビートが16部音符の2つ目のアクセントであり、それを跳ね上げるように演奏し、ダウンビートは演奏されない。これをどうしてもロック風にアレンジしてみたかったので、頭のダウンビートにパワーコードを挿入してみた。コード進行はリディクロでオリジナルとかなり違うものにしてある。

3)Blue In Green
色々なアレンジで演奏されている有名な曲なので、何か新しいことができないだろうか、とアレンジャー冥利に尽きる曲である。この曲もE.S.P.と同様『Trio La Luna』に収録されており、速いジャズ・ファンクで演奏した。今回はスロー・サンバだ。ボサノバではない。あくまでもサンバだ。同じテンポでもボサノバに対してサンバは強い重力が2拍目に発生する。ちなみにブラジル音楽はすべて2拍子であることを覚えておいていただきたい。これに対し、4拍子で書かれているのはジャズ・ボッサとかジャズ・サンバとか呼ばれる別物である。

この曲のハーモニーはいじらなかった。『Kind Of Blue』のオリジナル・レコーディングを忠実に採譜したハーモニーを使っている。こんなに美しく書かれたオリジナルに手を加える気になれなかったのもそうだが、もともとこの曲もリディクロで書かれているのだ。ビル・エヴァンスはラッセルが発掘したという事実はあまり知られていない。ハーモニーをいじらなかった代わりにメロディーのリズムを少しだけ変更し、ヴァイオリンのオブリガートを限りなく美しく書いてみた。

4)Feather Roux
僕のオリジナルである。この曲の趣旨は、ネイティブなサンバのサウンドの曲で如何に違ったことができるか、というマイルス信者としての試みである。メロディーはあくまでもネイティブなサンバの響き、ハーモニーは完璧にリディクロ。これでも足りずに演奏者泣かせのひねりがもうひとつ入っている。2/4のサンバタイムに1小節だけ3/8が入り、つまり8部音符一つ分だけ短い小節が挿入されており、それでもグルーヴは止まらないように配慮してある。ストップタイムを使用することで跳び箱のスプリングボードの役目をさせている。これでもまだ足りず、フォームの後半同じスプリングボード役のキックを前述の3/8ではなくわざと2/4で使い、演奏者が完璧に混乱するようになっている。これだけひねくれているのに、ひねくれが一切邪魔にならないよう努力が施されている。

5)Chicken Don
冒頭で述べた京都駅の『鶏丼』ソングである。チキ・ドンドン、チキチキ・ドンドンという発想からAfoxe(アフォシェ)というリズムを使ってみた。これもブラジル北東部の黒人宗教音楽が起源だ。ブラジルのリズムのほとんどがそうであるようにダウンビートがない。あるのは2と2の裏(ドンドンの部分)だけなので慣れない演奏者は見失うことが多い。

ここでのマイルス教信者としての新しいサウンドへの努力は、まずフォーム前半はブルース、後半はリディクロということ。マイルスの60年代のブルース・フレーズの数々や、80年代の『New Blues』に対する答えを出したかった。ただ、伝統的なブルースを演るのでは勝ち目がないので使うスケールにまずひねりを入れた。ミクソ #11、俗に言うリディアン♭7というモードだ。これはブラジルのBaiao(バイヨン)の特徴を形成するモードで、それを無理やりAfoxeに使い、ネイティブでないサウンドを作り出してみた。つまりブルース、Afoxe、Baiao、と3つ混ざらないものを混ぜるという新しい調理法を試みたというわけだ。

6)Door 8
このオリジナル曲の目的は、マイルスが<Time After Tim>」などのポップスの曲を取り上げていたことに対する試みで、ぼくにとってブラジルのポップ音楽として馴染みのあるJoao Bosco(ジョン・ボスコー)のファンキーなギターのスタイルをベースにしてみた。ただしコード進行はリディクロ、メロディーはボサノバのスタイル、それをショーロのようなビハインド・ザ・ビートのタイム感で演奏するという、ここでも色々違うものを混ぜて新しい味を出す調理方法だ。

7)Solar
マイルスのこの曲のオリジナルは12小節フォームなのにブルーではない、フォームは8+8+2+2という、じつにユニークなものとなっている。ジャズを勉強し始めた頃からこの曲は好きで、その頃からヘッドを2倍の長さに伸ばし、最後の2小節リックで元の長さに戻すというアレンジをしていた。ただし当時はスイング・ビートとしてのアレンジだ。今回ここで使っているリズムはBaiao(バイヨン)、ブラジル北東部の原住民のリズムだ。2拍子の2拍目を食って2の裏を跳ね上げるという軽快なリズムだ。通常はザブンバが付き物で、日本公演の際にはブラジル音楽研究家で著名なケペル木村さんにザブンバをお願いしている。今回のこの録音ではフレームドラムでザブンバのパターンを叩くという方法で変化をつけた。コード進行はオリジナルとはかけ離れたリディクロ進行である。

リーブマンとの録音当日、テーマで最後の2小節リックもユニゾンにすると重くなりすぎると気がつき、急遽その場で譜面を書き換えた。その書き換えた曲の最後の音はEなのだが、それをリーブマンはG#に変えて吹いた。あまりにもかっこよすぎて失神しそうになった。リーブマンは偉大である。

8)All Blues
マイルスのオリジナルからしてそれ以前のブルースの概念を超えている曲だ。それを料理するには相当の細工が必要と思った。そこで、本来まったく混じり合わない3つのブラジルのグルーヴを混ぜてみた。最初の4小節、つまりトニックコードの部分はブラジル南部にアルゼンチンから伝わったChacarera(チャカレーラ)というリズムだ。ブラジル南部ではこれをChamame(シャマメ)と呼ぶ。民族が違うから当然タイム感も違うわけだが、パターンは同じだ。このChacarera/Chamameの特徴は、3拍子の1は演奏せず2と3だけ演奏する。これは他のブラジル音楽と共通する。その3拍子が鳴っているところで常に誰かが2拍子を刻んでいるという、俗に言う 2 Against 3 というポリリズムだ。

ブルース・フォーム次の5小節目、サブトニックの部分でまったく関係のないXote(シャチ)という、スコットランドのポルカがブラジルに伝わって発生したと言われる、ブラジル・バージョンのレゲエ的なリズムでファンキーになり、次のトニック部分でChacarera/Chamameに戻る。ブルース・フォームの最後、ターンアラウンドの部分では今度はサンバに変化する。このように3拍子と2拍子が取っ替え引っ換え行き交う中でもパルスは一定しているので不自然に聴こえないし、難しく凝った曲にも聴こえない配慮がしてある。

タイム感の違ったリズムを混ぜる、例えばスイング・ビートの曲のブリッジをラテンビートやストレート・ファンクビートにするのは、グルーヴを壊すのでぼくは好きではないのだが、ブラジルのリズムを混ぜる時はタイム感が変わらなく、グルーヴが中断されないのが楽である。

9)Circle
この美しいメロディーとハーモニーの曲はマイルスの曲でもあまり知られていない。『Miles Smiles』に収録されているが、聴いているとちゃんと譜面が書かれていたのか怪しい部分がある。なぜならコーラスを繰り返すたびにフォームの長さもコード進行も変わるのだ。それを忠実に最初から最後まで採譜してみた。よってリディクロは使用していない。その代わりリズムはChacarera/Chamameのパターンをバラード風に調理してみた。その他特徴となるDリディアンのアルペジオを強調するようなアレンジを施してみた。

これはどこまできっちり書かれていたのかが不明な曲だが、最初の16小節はテーマとしてしっかり書かれていたのだと思う。その前半は例によってマイルスお得意の変則で、6+4という10小節フレーズだ。マイルスの作曲のセンスには感嘆する。

10)Seven Steps To Heaven
オリジナルのイントロがしっかりそのままAfoxeのパターンに当てはまってしまうことから、リーブマンがこれを聴いた時に、この曲だけはイントロですぐに分かったっと言った。コードはオリジナルと殆ど同じだがブルース感を出すコードを挿入したり、ソロ・フォーム最後のターンアラウンドを切り落としてインターリュードを挿入したりなどで変化を付けているが、この曲に関しては意外性が少ないので教祖マイルスに怒られるかも知れない。リスナーの反応を待つことにする。

11)Wood Row
オリジナルである。これは70年代マイルスに近づく試みである。よってリーブマンが重要な鍵となっている。70年代のマイルスを聴くと、如何に同じ曲が毎回まったく違って演奏されていたかがよくわかる。この曲のテーマの部分は70年代マイルスとは違い、ソロ部分に期待感を持たせるようにリディクロを使って手が込んだ書き方をした。サンバのリズムを基盤にしているが、インプロ部分は自由に動けるようにDとCのペダルが8小節づつ繰り返されるだけで、何が起こってもいい、という設定だ。演奏する度に違う曲になる。ただしそれぞれのセクションのあいだのインターリュードはかなり手の込んだリディクロのハーモニーで進行するようになっている。12小節フレーズをリディクロで4小節ずつ3つに割り、それぞれをさらにリディクロで4つに割ってある。

12)Footprints
アルバム最後のこの曲は開放感を与えるために、またCDをループ再生しているリスナーが1曲目の<Milestones>に自然に戻れるようにファンク・サンバを取り入れ、しかもブルース感が損なわれないようにアレンジしてみた。そのために3拍子のオリジナルを4拍子に変更した。こういうベースラインを書いて曲のムードをセットアップすることは好きでよくやる。マイルスの音楽は常にグルーヴを大切にしており、それをここで継承することを試みた。コードはオリジナルをそのまま使用した。

言葉にして色々解説してみたが、やはりリスナーには先入観なしに聴いていただきたいというのが正直な気持ちではある。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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