#1284 『Vladimir Tarasov, Eugenijus Kanevičius, Liudas Mockūnas / Intuitus』

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text by Toyoki Okajima 岡島豊樹

NoBusiness NBLP 92-93

LP2枚組/400枚限定

diskunion

Vladimir Tarasov:ウラジーミル・タラーソフ (drums,percussion,cimbalom and hunting horn)
Eugenijus Kanevičius:エウジェニュース・カネヴィチュース(bass and electronics)
Liudas Mockūnas:リューダス・モツクーナス (soprano and tenor saxophones,clarinet and bass clarinet)

Side A:
CELEBRATING LIFE 1
ONCE AROUND THE CORNER
Side B:
BROKEN CHRISTMAS
TIME LOOP BACKWARDS
Side C:
PACE MAKER
CELEBRATING LIFE 2
LIES
Side D:
ANTI-ESTABLISHMENT
INTUITUS INTERNUS
SEARCHING FOR PEACE

All compositions by Liudas Mockūnas (Koda), Eugenijus Kanevičius (Latga), Vladimir Tarasov (Latga)
Recorded at Vladimir Tarasov home studio in Vilnius, June 2014 by Arūnas Zujus
Mixed and mastered by Arūnas Zujus at MAMAstudios
Cover photo by Vladimir Tarasov of his instalation “Shekina” 2003
Inside photos by Edita Grėbliūnaitė
Design by Oskaras Anosovas
Produced by Liudas Mockūnas, Eugenijus Kanevičius and Vladimir Tarasov
Executive producer Danas Mikailionis
Co-producer – Valerij Anosov

ウラジーミル・タラーソフのLPレコードと本の話題(2016)

LPによるリリースが主軸になっているリトアニアのジャズ・レーベル「NoBusiness:ノービジネス」から、ジャケ、顔ぶれともに惹き付けられる新作が発売になったばかりだ。ジャケは、ここでドラムス他を演奏しているウラジーミル・タラーソフ(1947年ロシアのアルハンゲリスク生まれ)のインスタレーション「Shehina」(2003年発表)の現場を撮影したものである(タラーソフはジャズ・ドラム奏者としてだけではなく、今ではインスタレーション作者としても注目される存在となって久しい)。写っている書物はヘブライ語の聖書とのことで、いずこからか風が吹いてきて聖書のページがめくれサウンドが生まれるという仕掛けになっているらしい。この断片でもよければ、私たちは案外簡単に見ることができる。タラーソフの音楽作品や、自称Sound Game(インスタレーション作品を自身はこう称している)を収録したCD11枚+DVD1枚入りのボックスセット『ATTO』(Long Arms/Leo Records*1)のそのDVDに入っている。タラーソフがインスタレーションに着手するきっかけになったイリヤ・カバコフの「The Red Wagon」の外観や内部を見ながらその重要な構成要素であるタラーソフの作ったサウンド(「Drumtheatre」*2)も当然体験できるボックスである。ちなみにこの「Drumtheatre」(1989年)は、ガネーリン、チェカーシンとのトリオ(通称GTCheトリオ)との後期1984年に始まったタラーソフのソロ・パフォーマンス・シリーズ「ATTO」(actionの意味)の第3弾にあたるもので、30年代から50年代にかけて広くソ連で歌われた曲の録音を多数使い、ドラムス他多数の打楽器類で共演した音楽である。その歌についてタラーソフはこう述べている。
「ここではアレクサンドル・ツファスマン、イサーク・ドゥナエフスキー、ドミートリー・ポクラス他といった、革命前の流儀をもった作曲家の曲を使っているわけだが、彼らは熟達したプロフェッショナルだったから、つまらない曲を作ることをよしとしなかった。だから、歌詞はレーニンや共産党といったソヴィエトの讃歌が主題となっていて、<我が国は素晴らしい。君たちを誘う。バラ色の国>といった調子で、愛、国、党について歌われる、聴くに耐えないしろものなのだが、曲自体はうっとりするくらい魅力的なのだ。その曲の質のせいで、国民を迷わせ、欺く結果となったのだ。(以上大意)」(*3)。
タラーソフは多彩な音を繰り出しているが、その中で「シュッ、シュッ、シュッ」というブラシで出した音は「輸送車」が出発する直前にたてる音として象徴的なものであると教えられて絶句してしまった。好きな歌詞や曲が、ある契機によって突如として全く異なるものに感じられるような経験は誰しもあるのではないだろうか。タラーソフの「Drumtheatre」にはそれがある。これを聴いてしまった人は誰しも、以後タラーソフのパフォーマンスを流し聴きすることなど不可能になるだろう。一音一音に集中しないではいられないに違いない。タラーソフのドラム/パーカッションの演奏はGTCheトリオ時代から今日に至るまで、多彩で、なおかつ刺激に満ちているが、今度それも振り返ってみたいと思っている(収穫がありそうだ)。

そう、タラーソフは、ジャズ愛好家にとってはインスタレーション作家やヴィジュアル作家として著名人である以前に、素晴らしいジャズ・ドラマーであり、ソ連のフリージャズの草分けである。1971年に結成された、ヴャチェスラフ・ガネーリン(ピアノ、バセット他)、ウラジーミル・チェカーシン(マルチリード楽器、他)とのトリオは、ソ連広しといえども前例のないジャズ演奏を継続した。ここで念のために示しておきたいのは、ソ連でも1920年代からジャズが盛んに演奏されてきた事実である。スターリン時代に国立ジャズ・オーケストラが存在したことや、第二次世界大戦中、対ドイツ線の最前線の慰問に多数のジャズ楽団が派遣されたことは、今や忘れられているかもしれないが本当である。ところが戦後まもない頃からスターリン死去後のスターリン批判(1956年)あたりまでの8年程の間は、ジャズは徹底的に弾圧された。しかしその後、1957年にモスクワで開催された「第6回世界青年祭」(*4)の頃からジャズは急速に息を吹き返し、60年代が進むにつれて、全国主要都市でジャズ祭が恒例となるまでに至っている(ジャズ祭の実況録音LPも積極的に作られた)。タラーソフはジャズ復活期にジャズにのめりこみ、めきめき腕を上げ、ハイティーンの頃には立派に稼げた人である。彼はその頃のソ連で主流だったオーソドックスなジャズの技法もマスターしたが、それに飽き足らなかった。縁あって1968年、ヨーロッパの気風があるリトアニアの主都ヴィリニュスに移住し、現在まで当地を拠点としている。移住してすぐ出会い意気投合したのが、俊英の作曲家でジャズマンでもあるガネーリンだった。彼はモスクワからの移住者だった。各地のジャズ祭に出演したという。そんな中、1971年に出会ったやはりロシア人チェカーシンが合流してトリオになった。三人ともに同時代の欧米ジャズをかなり把握していたが、「ソ連のオーネット・トリオ」でなく、「ソ連のセシル・トリオ」でもなく、GTCheトリオのジャズと言い切れる音楽を打ち出していたことは、70年代〜80年代のライヴ録音から明白である。ちなみにトリオのフルアルバムは、1976年のポーランド盤LPに始まり、ソ連国営メロディア社盤LPとして4枚、英国のLEO盤LPとCDとして約20枚がある。その他、70年代〜80年代のジャズ祭のアンソロジー盤でもいろいろ聴ける。

TarasovBook
ウラジーミル・タラソフ著/鈴木正美訳『トリオ』法政大学出版局

このトリオについて知る上で、ごく最近、絶好の本が出た。タラーソフ著『トリオ』の和訳版である(鈴木正美訳/法政大学出版局)(*5)。これはGTCheトリオの活動をタラーソフの目線で刻んだドキュメンタリーである。このトリオはソ連・ロシア・ジャズ史に燦然と輝く重要なジャズ・グループであるが、ソ連時代の存在位置は、訳者の鈴木氏による巻末の解説によれば、「半合法的アンサンブル」であって、「公式でも非公式でもないその中間、半分公式的でありながら、どこかアンダーグラウンドな存在としての音楽家が1970〜80年代のソ連で活動しており、しかも多くの鑑賞者、聴衆がいたのである」だったとのことである。本書の冒頭で、トリオの音楽が一体どのように作られていたかタラーソフは分かりやすく教えてくれる。それを知り、なおかつ演奏を聴く限り、このトリオの音楽が非合法となるような体制というのは、ふつうなかなか想像しにくいかもしれない。しかし読み進めるうちにその状況がわかってくる。
たとえば、このトリオは、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ドイツ、イタリア、フィンランド、英国、フランス、ポルトガル、米国へのツアーも行っていて、かなり海外演奏に行ったようにも感じるかもしれないが、しばしば当局の操作(妨害)があって、外国からのオファーに応えず、断ったり別のグループを派遣したりしたことも多々あったという。当局はしばしば、御しやすい者をかわりに派遣したのだった。しかし、実現した外国での公演や英国のLEOが世界市場に向けて発売したディスクを通じてトリオは著名な存在となり、当局はもはやうやむやにできなくなった。
タラーソフは、「私が生きていた政治や社会体制について書くのを避けようとした」と断り書きを入れているが、「共に共演した15年間に私たちトリオに起こったことのすべてを、私たちと共にそして私たちの周りにあった興味深いこと、おかしなこと、悲しいことのすべてを私は記述したい」というスタンスなのだから、当局とのやりとりの詳細から、ツアー先の出来事、交友、交流がこまめに記録されており、行間にあるものが見えて来ることもしばしばある。タラーソフの交友範囲というのは、上記のカバコフをはじめとしてなかなか興味深い。
ソ連をはじめとする全体主義的な共産主義国家のジャズについて関心のある人にはなかなか願ってもない一冊であり、これをもとに改めて同じような体制の中に置かれたジャズを見直すことを促す内容であると思う。

ちなみに、半分非公式のグループが立派に存続できた理由として、簡単に言えば、必要とされたからである。なぜ多くの聴衆がトリオを必要としたかといえば、体制の統制機能の衰弱、聴衆の同時代認識の亢進、そしてトリオの演奏に言語がなくても内面を聴衆に伝えられるコミュニケーション機能をもった作編曲・即興演奏のテクニックがあったからではないかと、通読して思う。それは情熱、人格、人間性に裏打ちされたものであったはずである。筆者はかつて90年代半ばのヴィリニュス・ジャズ・デイズ(毎年恒例の国際ジャズ祭)の客席で両隣になったお客さんに、GTCheトリオのライヴを聴いたことがありますか?と尋ねたことがある。二人とも「はい」、一人は「彼らの演奏にはいつも勇気づけられました」と言葉をつないだことは忘れようがない。
ヴィリニュスの若いミュージシャン達も、このロシア人トリオと素敵な関係を築いた。ガネーリン、タラーソフ、チェカーシンはリトニアニアの多くの若いミュージシャンと共演するだけでなく教育面で貢献もした。特にチェカーシンがビッグバンドを指導する中で、多くのことを伝えたことはおなじみである。そうして生まれた絆が、次世代、その次世代へというように現代まで連鎖している「ヴィリニュス楽派」である。これはGTCheトリオと共演し、または指導を受け、あるいは私淑し、自立的な音楽表現を優先するようになったジャズ・ミュージシャンたちのことを指すときに使われる言葉である。チェカーシンもガネーリンも今でも積極果敢に若者との共演を続けている。ガネーリンは1987年にイスラエルへ移住したが、ヴィリニュスとのつながりは続いている。チェカーシンは刺激的マルチスペクタクルなパフォーマンスの推進者としておなじみであるし、タラーソフは即興度のかなり高い演奏の機会を組織し続けている。そんな中で薫陶を受けた第一世代は、たとえばピャトラス・ヴィシニャウスカス(マルチリード)やヴィタス・ラブティス(同前)であり、彼らの重要な共演者でもあり、『Intuitus』で素晴らしいベース演奏を聴かせてくれるエウジェニュース・カネヴィチュース(1959年生まれ)も同様である。そして第二世代の代表的かつリーダー的な存在と言えるのが、やはりこのLPで先輩と同様マルチリードで多様な「歌」を繰り広げるリューダス・モツクーナス(1976年生まれ)である。三人の敏感な交信が伝わる演奏である。互いの音楽行為に強い関心をもっていなければ、このような、なんというか素な衝動の、それも温和な交わりは生まれないのではないだろうかと感じる。

カネヴィチュースは表現のレンジが非常に幅広く、メロディ、音響、構造面の創造的な取り組みから、ラディカルなフリー・インプロヴィゼーションまで、主体者として協力者として多彩な活動を展開している。ヴィシニャウスカス、ヴィタス・ラブティスらとともに、GTCheトリオのスタンスを継承し、「風」を送り、モツクーナスら次世代の音の発生を促した。そしてモツクーナスは今や、ヴィリニュスの次世代に新しい「風」を送っている。彼はチェカーシン率いる少年アンサンブルで8歳の時にデビューし、早くから自分のグループを率いて活躍しつつ自国の音楽アカデミーで学ぶだけでなく、コペンハーゲンの音楽院に留学もした。多様な音楽を研究し、リード楽器演奏の開拓も推進し、ジャズの領域を拡張してきた。限りなく微妙なレヴェルの音の動きにも注意を払い、応答・提案できる凄い耳と技術の持ち主である。これが決して誇張ではないことは、2013年のモツクーナスの来日公演(*6)に接した人は納得してくださるだろう。
現在、タラソフ、カネヴィチュース、モツクーナスの送る「風」にめくれ、魅力的な音を発する若者がリトアニアには多いようだ。

*1: Long Arms Records CDLA 05071-82, Leo Records CDLR 817/828.2005年発売.CDはATTOシリーズのI(1984)からXI(2004)までの11枚。DVDには、カバコフとの共作「The Red Wagon」「Red Pavilion」他、「Water Music」「Music of Spirits」「Nocturne for Paper」「Shehina」「Concerto for Flies #2」他を収録。
*2:「Drumtheatre」はカバコフの「The Red Wagon」のために作った音楽ではなく、タラーソフが単独の音楽作品として制作したものである。この音楽を聴いたカバコフがタラーソフに使用を求めた結果、共作になった。
*3:『Vladimir Tarasov: between sound and image』Baltos Lankos Publishers, 2008
*4:ミッシェル・ルグラン楽団(フランス)、ブルース・ターナー楽団(英国)、クシシュトフ・コメダ・セプテット(ポーランド)他、外国のジャズ楽団も出演した。
*5:四六判 / 334ページ / 上製 / 定価:3,600円 + 税  ISBN978-4-588-41030-7 C0073。http://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-41030-7.html なお、訳者の鈴木正美氏によるソ連〜ロシア・ジャズ通史『ロシア・ジャズ 寒い国の熱い音楽』(東洋書店)もお勧めしたい名著である。
*6:2013年11月にペトラス・ゲニューシャス(ピアノ)と共に来日し、チュルリョーニス作品をもとにした「The Sea in the Forest」他、即興ソロでも公演した(カフェズミ、Ftarri、他)

このアルバムの購入先:
http://nobusinessrecords.com/NBLP92-93.php

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岡島豊樹

岡島豊樹 Toyoki Okajima 東欧ロシアジャズコレクター。ジャズ喫茶イントロ、季刊ジャズ批評を経て、東欧ロシアジャズリサーチセンター、Jazzbrat他。 http://jazzbrat.exblog.jp/ http://homepage3.nifty.com/musicircus/odessa/b_n.htm

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