#1419『Chris Pitsiokos / Valentine’s Day』

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Text by 剛田武 Takeshi Goda

 

Digital Album Self Release

Bandcamp Download Site 

Chris Pitsiokos – alto saxophone and composition

  1. Ballad25
  2. Four Alto (dedicated to Anthony Braxton)
  3. Flutter
  4. Arentwe
  5. Waiting
  6. blue24
  7. Kettle of Birds
  8. Two lines one dotted

All tracks recorded at Issue Project Room in Brooklyn, NY in March of 2017.
Track 2 contains several overdubs–all other tracks done without overdubbing.
No effects used on any tracks.
Recorded and Mixed by Chris Pitsiokos
Mastered by Philip White
Cover photo by Anna Ekros
Special thanks to Bob Bellerue, Zev Greenfield, and Issue Project Room

 

9月に来日決定!NYハードコアジャズの現在進行形クリス・ピッツィオコスの慈愛に満ちたサックス・ソロ最新作

5年前にニューヨーク・ブルックリンの即興シーンに登場した若きサックス奏者クリス・ピッツィオコスは、今やNYのみならず世界の即興ジャズ/前衛音楽シーンで注目の存在になりつつある。夏には長期ヨーロッパ・ツアーが計画され、秋には待望の来日公演も予定されている。そんなピッツィオコスは6月2日にニューヨークの実験的アートのメッカであるISSUEプロジェクト・ルームに出演。公演告知にはこうある。

クリス・ピッツィオコスは、2017年3月下旬にISSUE Project Room 22 Boerum劇場で録音されたサウンドを組み込んだ作曲作品を初演する。特に劇場のユニークな反響効果を活かして、ピッツィオコスの叙情的な音楽的精神をこのスペースの音響的性格に統合する。 新しい作品の中でも、(アンソニー・ブラクストンに捧ぐ)「4つのアルト」は、4チャンネルサウンドで演奏され、劇場の空間内の位置や場所の違いにより、劇的に聴こえ方が異なる画期的な試みである。

その2週間前に音楽ダウンロードサイトBandcampで『Valentine’s Day/バレンタインデー』と題されたデジタル・アルバムが突然リリースされた。ISSUEプロジェクト・ルームで2017年3月にレコーディングされた8つのトラックが収録されている。告知文にある「Four Alto」でサックスを多重録音している以外は、オーバーダブ無しの一発録音で、エフェクトは一切施されていない。

2015年4月にリリースされた1stソロ・アルバム『Oblivion/Ecstasy/忘却・恍惚』から丸2年。同じアルトサックスによる無伴奏ソロ作品でありながら、性質・感触・意義は全く異なる。前作制作時にピッツィオコスが語っていたのは、アルトサックスへの愛を楽器本体への学習・実験・探求に昇華させ、どれだけ多彩な音色を産み出せるかの実験であった。息継ぎのないフリークトーンの超音波に始まり、目紛しいフラジオの上昇と下降、超人的な高速運指の連続連打と、これでもかと繰り出される驚異のテクニックは、ピッツィオコスがブルックリンにやって来た当初の即興セッションで共演者とオーディエンスを驚かせた怒濤のプレイの集大成であり、演奏する自己の意識が忘却の彼方に消え去り、ただ恍惚だけが残る無償の愛の行為であった。

それから2年の間に、ピッツィオコスの活動範囲は即興中心のセッションだけでなく、グループでの作曲作品の実演へと進化してきた。その変化がこの2作目のソロ作品に明確に反映されている。M-1「Ballad25/民謡25」で聴ける深いナチュラル・リバーブの中に立ち現れる静謐なアルトのドローンは、教会のグレゴリア聖歌のレチタティーヴォと同じ独白である。M-2は敬愛するアンソニー・ブラクストンに捧げる「Four Alto/4つのアルト」。殆ど音程が変わらないハイトーンのフラジオと途中から加わる中音域のロングトーンが重奏し、カモメの鳴き声か警報サイレンのように鳴り響く。5分経過する頃には聴覚が麻痺し、管楽器というより電子ノイズの耳鳴りの快感に溺れていく。生演奏で、しかも4チャンネル(前後左右のスピーカーから立体的に音が放射される)で聴いたら、耳だけでなく五感すべてが酩酊してしまうかもしれない。

アルト管の中を息が通過する摩擦音(M-3「Flutter/ときめき」)が、短いフレーズが繰り返されるミニマリズム(M-4「Arentwe/アーントウィー」)に転化する。聴き手を包み込むアルトの柔らかい残響が安心感を育むM-5「Waiting/待ち合せ」が暫しの憩いを齎す。M-6「blue24/青24」はM-1と同じドローン・ナンバーだが、しわがれた声のブルース歌手のような哀愁が漂う。本作で最も躍動感に富んだM-7「Kettle of Birds/鳥のケトル」は鳥のさえずりを模した微細なフレーズが反復されるミニマル狂想曲。高校時代にクラシック・サクソフォンの名手フレデリック・ヘムケに師事して体得した超絶技巧が遺憾なく発揮される。怒濤のフレーズの奔流の中に貫かれた冷静な意志に、聴き手の意識と無意識が覚醒され攪乱される。超意識が目覚めた聴き手の魂に、残響の霧に煙るジャジーな旋律(M-8「Two lines one dotted/2本の線と1つの点」)が優しく別れを告げる。

ピッツィオコスのアルトと共に薄明の心の森を旅するような41分のリスニング・ジャーニー。即興ジャズの攻撃性とも、現代音楽の冷淡さとも異なる、豊潤な音色と温かい反響の中に溢れる慈愛に心が拓かれる体験だった。バレンタインデーの愛の誓いが、ハードコアジャズの進化を祝福している。

(2017年5月27日記 剛田武)

 

●クリス・ピッツィオコス来日決定!

2o17年9月17日 Jazz Artせんがわ 2017を皮切りに、2週間全国公演予定。ヒカシューや吉田達也他との共演も予定されている。詳細後日。

 

クリス・ピッツィオコス・ミニ・ドキュメンタリー
『バベルへの帰還』(2015/05/23公開)

<ナレーション翻訳>
確かに、僕の音楽は政治的だ。
でも、音楽を通して政治改革を訴えたりするという意味ではないし、そうすることに興味はない。
というのも、既存のシステムと何らかの会話をしようと試みることは、そのシステムを信頼することになるし、そんな”信頼”を与えるつもりはないから。その代わり、そのシステムの「外にあり」それに「反するもの」という主張として存在していたい。

人はよく、二人のミュージシャンがただ、ステージに登って、打ち合わせもなく、その場で共に言葉を創って行くことに驚く。しかし、音楽の歴史を考えてみても、現在創られている音楽にしても、多くは即興演奏から生まれてきたものだし、そう考えると、驚く方がちょっと不自然だ。

僕が思いつく音楽的アイディアを書き示すためには、普通とは違う書き方をしないといけないことも多い。たとえば、この楽譜では、細かく演奏を指示するのではなくて、各プレイヤーの演奏の長さだけを書き記している。それによって、プレイヤーは、演奏するたびに新しいことを試みて、毎回違った演奏になる。必要なときには、従来の音楽表記のように五線紙の上に書くこともあるけどね。

ミュージシャンに、音符を書いた楽譜を渡す場合と、図形楽譜や口頭で説明して演奏してもらう場合では反応が違う。それは「なにが書いてあるか」よりも、「どうやって説明するか」による。「伝え方」はとても大事だ。

サックスで即興演奏をしているときは、楽器をコントロールするというよりも、サックスと一緒になって音を出そうとしている感じ。サックスが元々持っている特性を解放したり引き出す感覚だね。

モートン・フェルドマンはかつて、作曲家がそれぞれ独自の言語を確立していっている様を述べ、それを『バベルへの帰還』と呼んだ。近年の作曲家やアーティストはみな、たくさんの異なった音楽的言語を放出させる機会があって、バベルの塔は個々人の中に存在すると思う。問題は、どうやってそれを意味の通じるものにしていくか、そして、そこからどうやって面白いものを作り上げていけるかだ。
(Transcribed by Nonoko Yoshida)

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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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