ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #8 追悼ジェレミー・スタイグ

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ジェレミー・スタイグが亡くなってしまった。
編集部から追悼特集に例の有名なビル・エヴァンスとの作品、『What’s New』から<枯葉>を取り上げてはという提案があったのだが、実のところ筆者にとってそう簡単ではないのだ。追って理由を説明する。

筆者とフルート・ジャズについて

ご存知の方もあるかもしれないが、筆者はフルート吹きである、が、ジャズを勉強するにあたりほとんどフルート奏者を聴いていないのである。渡米してからジャズを勉強し始める決意をしたのは、30年以上ボストンで活躍するフリー系のトリオ、「The Fringe」のテナー奏者、ジョージ・ガゾーンに魅せられたのが発端で、ジャズはタイム感がすべてだと理解していなかった当時、一般的に有名なジャズフルート奏者、ヒューバート・ローズ、ハービー・マン、ジェームス・ニュートン等のフルートの音色にジャズを感じられなかった。その頃の自分の稚拙なジャズの理解は、ビリー・ホリデイからジャズを感じ、インストルメンタルなジャズはすべて人間の声の模倣であるべきと思っており、倍音の多い金管楽器やサックスで人間の声の模倣は可能でも、倍音の数が極端に少ないフルートにはジャズは不可能ではないかと感じていた。フルートやピッコロはヒステリーを起こしてるい女性の声を模倣することくらいしかできないかと思い、筆者はフルートに色々なエフェクターをかけ人の声に近づける努力をしていた。蛇足だが、同様に倍音の少ないヴァイブラフォンは打楽器なので人間の声になる必要がないことに嫉妬したものだ。

Jeremy Steig: Lend Me Your Ears
Jeremy Steig: Lend Me Your Ears

そんな時に出会ったのが、中古屋で何気なしに手にしたLP、プログレ系ロックを示唆するジャケットはジェレミー・スタイグの『Lend Me Your Ears』だった。1978年の作品である。彼のフルートは非常に人間の声に近いのに驚いた、と同時に、クラシックを子供の頃から演奏してきた筆者にとって彼の音は受け付けないものでもあった。それと、多重録音が多用されていたのも当時ジャズの理解を正しくできていなかった自分には、純粋なインプロとは違うとして拒絶材料となってしまっていた。インプロはジャズにとって重要な要因ではないことをまだ知らなかったのだ。

ここである程度筆者の矛盾を説明する必要があるだろう。筆者はサックスを吹かない。サックス奏者にフルートを持ち替えろと誰が言い始めたのであろう。アンブシュアがあまりにも違いすぎて、サックスを吹いたらフルートでフォーカスする息の流れが作れない。知られていない事実だが、実はトランペットとフルートの持ち替えの方がよっぽど理にかなっているのだ。フルートの音をフォーカスして出せるサックス奏者はあまりいない。ジョー・ファレルくらいしか思い当たらない。筆者のクラシックで過ごした習癖からジェレミー・スタイグの音を受け入れられず、当時の自分の誤ったジャズの理解からヒューバート・ローズなどのクラシックの訓練で完璧なフルートの音を出す奏者にジャズを感じられず、ジャズフルートを聴かずに過ごしたと言うわけだ。勉強する者が選り好みするとは情けないことである。

後々ジャズを少しずつ理解し始めて、ヒューバート・ローズの素晴らしさはあのタンギングから醸し出されるタイム感だと気がつき、またジェームス・ニュートンのラテン系の攻撃的なタイム感が秀でていると理解した。しかし自分としてはガゾーンのフレーズ、ウェス・モンゴメリーのフレーズ、マイケル・ブレッカーのフレーズ等に魅せられていたので、ローズやニュートンの素晴らしさを理解したものの愛聴するには至らなかった。彼らのボキャブラリーはバップから発展したジャズのそれではないと思っていたからだ(今考えればこれも正確には正しくない)。

前述のジェレミー・スタイグの『Lend Me Your Ears』、今回新たに手に入れ直してじっくり聴いてみて、彼の音に拒絶感を抱き愛聴しなかったことを非常に悔やんだ。今なら彼の音はまさに自分が考えていたジャズのための人の声だと思えるし、ボキャブラリーも筆者が好むジャズのものであり、何よりも彼が作り上げようとしていた音楽の方向性に深く共感する。当時気になった多重録音も、今の自分には共感どころか、素晴らしいアイデアと賞賛できる。筆者が成長したと言うことだろう。

ビル・エヴァンス・トリオ

さて、ビル・エヴァンスとジェレミー・スタイグのこの有名なアルバム『What’s New』、なぜジェレミー・スタイグが好きになってからも筆者の愛聴盤にならなかったか。この録音はエヴァンスの第2期リズムセクション、エディー・ゴメスのベースとマーティ・モレルのドラムである。1968年から7年続いたトリオであり、エヴァンスのお気に入りのリズムセクションだ。これに対し第1期のリズムセクションは、スコット・ラファロのベースとポール・モチアンのドラムだ。こちらの方は10年近かったと記憶する。1961年のラファロの交通事故死の後、第2期リズムセクションを見つけるまでエヴァンスは苦しんだそうだ。

Bill Evans: Portrajt In Jazzここでこの2つのリズムセクションの違いを聴いて頂きたい。本題の『What’s New』に収録されている<枯葉>と、1959年録音の第1期リズムセクションで録音した『Portrait In Jazz』に収録されている同曲などはどうであろうか。リズムセクションの違いからエヴァンスのタイム感が正反対なのにお気づき頂きたい。エヴァンスの追従を許さないスタイルは、繊細なハーモニーはもちろんだが、独特のマルカート奏法でスイングするグルーヴである。この二つの<枯葉>を聴き比べると、第1期リズムセクションではビハインド・ザ・ビートで心地よくスイングしているのに比べ、第2期リズムセクションでは恐ろしく攻撃的なオン・トップ・オブ・ザ・ビートでガンガン喰いかかる。

このビハインド・ザ・ビートとオン・トップ・オブ・ザ・ビートの概念は筆者のこちらの記事の、後半の図解を参考にして頂きたい。

Scott LaFaro, Bill Evans and Paul Motian
Scott LaFaro, Bill Evans and Paul Motian

ビバップ以降のジャズのリズムセクションは、ポール・チェンバースが『Bass On Top』というアルバムを作成したことからもわかるように、パルスに対しベースがオン・トップ・オブ・ザ・ビートでバンドをドライブし、ドラムがビハインド・ザ・ビートでタイムの幅を作り、ソロイストに空間を与えるとジャズ独特のドキドキするグルーヴ感を醸し出す。ところがエヴァンスのリズムセクションは第1期も第2期もこれに当てはまらない。スコット・ラファロはなんとドラムよりもビハインド・ザ・ビートだからだ。そしてポール・モチアン自身もパルスよりビハインド・ザ・ビートでグルーヴする。つまりタイムのポケット自体がパルスに対してビハインド・ザ・ビートにあるからエヴァンスはゆったりとスイングしてご機嫌だ。ちなみにスコット・ラファロは本当に怪物だと思う。ビハインド・ザ・ビートでドライブするベーシストが他にいただろうか。オーネット・コールマンがラファロをお気に入りだったのがラファロの特異性を強調する。

それに対し第2期リズムセクションは竹を割ったように正反対なのだ。エディ・ゴメスはラテン系の恐ろしく攻撃的なオン・トップ・オブ・ザ・ビートなのは周知だ。彼は自分のソロさえオン・トップ・オブ・ザ・ビートだ。レイ・ブラウンを代表するジャズの大御所ベーシストは、ソロになるとフロント管楽器奏者のようにビハインド・ザ・ビートに切り替えてグルーヴする。エディ・ゴメスはそれをしない。筆者はエディ・ゴメスのドライブ感が大好きだ。ドキドキするドライブ感だ。このエディ・ゴメスのものすごくオン・トップでドライブするベースなら、筆者としてはビハインドでタイムの幅を作ってくれるドラマーを欲するのだが、なんとマーティ・モレルもオン・トップ・オブ・ザ・ビートなのだ。ベースがガンガン引っ張っていくタイム感に対してモレルのライドが煽りまくっている。つまりタイム感のポケットがパルスよりも前に位置する。これだからエヴァンスもオン・トップ・オブ・ザ・ビートで一緒に徒競走でもしているように聴こえてしまうのだ。結果的には他のジャズコンボが出せないサウンドを作り上げた、ということには違いないのだが。

以上の長たらしい理由から、筆者は『What’s New』からの<枯葉>を選ばず、ブルージーなバラード、<Lover Man>を選ぶことにした。

『What’s New』

以前にどこかのインタビューで読んだ記憶があるが、このアルバムは突発的に発生したらしい。ジェレミー・スタイグはエディ・ゴメスとハイスクールメイトで、クラシックの音楽高校だったから地下で隠れてジャズを練習していたという。そのゴメスを通してエヴァンスと親しくなった。後年エヴァンスがミュージシャンのたまり場、バードランドでギグをする時は必ずセカンドセットで飛び入りさせてもらっていたある日、最近仕事はどうかと聞かれ、デビューアルバム以来全然だと答えたら、この月曜にレコーディングに来い、と言われてこのアルバムが誕生したという。ジャズだ。

今回このアルバムを聴き直して、以前と自分の印象が違うのに気がついた。このトリオは前述のように喧嘩を売っているように聴こえるのだが、ジェレミー・スタイグのタイム感がひとりでビハインド・ザ・ビートなので、フルートソロが入るとむちゃくちゃグルーヴし始めてドキドキする。ここで気がついたのは、これはマイルスの黄金カルテットのそれだ。

Miles Davis Quintet話が脱線して申し訳ないが、いい機会なのでこのマイルス黄金カルテットの凄さをご説明したい。まずベースのロン・カーターはレイ・ブラウンやポール・チェンバース同様、かけ離れたオン・トップ・オブ・ザ・ビートでバンドをドライブさせるが、それに対してドラムのトニー・ウイリアムスはビハインド・ザ・ビートとオン・トップ・オブ・ザ・ビートを自由自在に使い分ける驚異のドラマーで、こんなことができるドラマーは他にいないと思う。だからトニー・ウイリアムスが煽っている時は運動会状態、または喧嘩状態のグルーヴなのだが、マイルスはいつもパルスより後ろでグルーヴしているし、ショーターなどはタイム感が宇宙的で、トランスクライブ(採譜)さえできないような位置で音を並べる。ハンコックは臨機応変にタイム感を変え全員のベストを引き出す。ハービーが仲裁役的な役割だったのかもしれない。ここでハッと思ったことだが、エヴァンスはそのマイルス黄金カルテットに自分の方向性を見てこのリズムセクションを選んだのだろうか。

トラック2:Lover Man

このトラックはさすがにゴメスはオン・トップ・オブ・ザ・ビートで突っ込んで来ないし、モレルも心地よくビハインド・ザ・ビートでブラシにスナップを効かせている。最高のグルーヴだ。面白いのは、エヴァンスは一人でオン・トップ・オブ・ザ・ビートで馳け廻るやんちゃ坊主のような演奏をしている。繊細でフラジャイルなエヴァンスの精神構造に何があったのかとふと想像してしまうのは筆者だけだろうか。

コード進行

『A』の部分のコード進行は以下の通り。エヴァンスは原曲と少し変えている。

8 bars
D-7 | A7(♭9) D-7 | G7 G- | G-(Maj7) G-7 | C7
F7(#9) B♭7 | A7 A♭7 G-7(♭5) | C7 Turn Around

Turn Aroundは一回目が

FMaj7 A♭7 | E-7(♭5) A7(♭9)

ブリッジに進む二回目が

FMaj7 | G-7 G#dim7

 

『B』すなわちブリッジの進行は以下の通り。こちらはもっとブルース感を出すようなコードに変更されている。赤字参照

8 bars
A- | A-(Maj7) A-7 | D7 GMaj7 | CMaj7 B-7 | A-7
G- | G-(Maj7) G-7 | D♭7 C7 FMaj7 | F7(#9)/C E-7(♭5) | A7(♭9)

この赤字で示したF7(#9)/C、原曲ではE♭7だ。同じブルース音であるE♭の音を入れるのだが、もっとブルース色を強調するようにもう一つのブルース音であるA♭を#9とし、Aナチュラルをぶつけてオシャレな不協和音を出している。

構成

通算2コーラスのみの演奏で、最初から最後までジェレミー・スタイグのフルート・フィーチャーになっている。ヘッドも最初の8小節のみで、9小節目からスタイグのインプロが始まる。しかしエヴァンスの醍醐味のひとつであるソロイストとの絡みが絶妙で、フルートソロとピアノソロを同時に楽しめるだけでなく、エヴァンスとスタイグが触発しあってブルージーな会話を楽しませてくれる。エヴァンスが話し始めるとスタイグが聞き手に回ったり、絶妙な会話だ。スローバラードを2コーラスのみでこれだけの濃い内容で圧倒させるエヴァンスに感嘆する。

ジェレミー・スタイグのフルートソロ

周知の様にジェレミー・スタイグは19歳の時にバイク事故で重傷を負い、顔面左側が麻痺しているだけではなく左耳も聞こえない。最初は唇が閉じず、フルートを吹く息が漏れて演奏不可能だったが、自分でその息の方向を調整するアダプターを作って、それを咥えて演奏したそうだ。そのアダプターが一体どんな形のものだったのか想像もつかないが、その後筋肉ができてきて、アダプターは必要ではなくなったと言う。この特異な境遇がスタイグのユニークなフルートサウンドを作り上げた。しかしそこまでしてもフルートをやめたくなかったということに、同じフルート吹きとして感動してしまう。

実際彼の音を真似ようとすると非常に難しい。ホワイトノイズが多いので、アンブシュア自体はフォーカスが甘いのだが、あの図太い低音や絞りきるようなフレージングはかなりタイトなアンブシュアだ。ひとつ不思議なことがある。スタイグのビブラートは俗に言う ”喉ビブラート” なのだ。つまりクラシックのトレーニングを受けた者だったら横隔膜を使ったビブラートのはずだが、彼はそれをしない。今日筆者は自分の生徒のレッスン中に、ジェレミー・スタイグは好きかと聞いたら、受け付けないという答えがすぐに返ってきた。多くのフルート奏者にとってこの ”喉ビブラート” が彼を疎遠にしている理由だと思う。

筆者は幸いにもこの壁は乗り越えた。今回この<Lover Man>を聴き直してみてジェレミー・スタイグの唯一無二の素晴らしさを再確認した。今ではこの ”喉ビブラート” をブルージーとさえ感じられるようになった。昔マイケル・ブレッカーのマスタークラスで、「常に自分の実力の7割のちからで演奏しなくてはいけない」と言われたが、スタイグはまさに7割のちからで余裕を見せながら、恐ろしく高度な演奏を自由自在にする。そして、彼の素晴らしいタイム感を是非楽しんで頂きたい。オン・トップ・オブ・ザ・ビートで速いフレーズを吹いたと思ったらすぐにビハインド・ザ・ビートにスイッチしてグルーヴする。それの繰り返しが実にスリル満点でドキドキする。驚くべきハイレベルのテクニックを貯蓄し、その7割出力だから、エヴァンスがバラバラ撒き散らすフレーズに即座に対応してクリエイティヴな会話を可能にしている。この曲のエンディング部分、エヴァンスが急にF-9から半音ずつコードを上げる。F-9 > F#-9 > G-9 > G#-9という動きだ。なんとエヴァンスはこの理論的に説明できないG#-9で止まり、間を空けてからFに移行して説明のできない解決感を出す。さすがだ。筆者が想像するに、エヴァンスはAマイナーをトニックコードとし、そこに向けて半音ずつ上げるが、Aマイナーには行かず直前で止めて期待感を高揚させておいて、その実Fに解決してサプライズ感を出したのであろう。このG#-9で止まったところでスタイグはとてもオシャレな速いカデンツァをアトーナルに入れる。エヴァンスが何を考えてG#-9で止まったのかスタイグには当然理解できていないはずである。それを軽くさばくスタイグ、あまりにもすごすぎてため息が出てしまった。

ともかくスタイグのエヴァンスとの絡みの醍醐味と、心に直接語りかけるようなブルージーなフレイズを堪能して頂きたい。

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ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。昨年9月、ブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」を率い、新作CD『ハシャ・ス・マイルス』(インパートメント)発売記念ツアーを敢行、東京JAZZ他に出演。 [ホームページ:RachaFora.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook]

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