ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #6 『People Make The World Go Round』

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昨日5月27日はディー・ディー・ブリッジウォーターの誕生日であった。本年2016年で66歳。2010年にグラミー賞を得たビリー・ホリデーへのトリビュート作『Eleanora Fagan』は、歌モノをあまり聴かない筆者も楽しんだアルバムだ。ブリッジウォーターのソウルフルなスタイルと、思いっきりグルーヴするリズムセクションを常に選び、彼女もガンガンにスイングするのが大好きだ。若い頃の彼女は、特にイントネーションが正確なシンガーというわけではなかったが、グルーヴしまくるのでイントネーションなどそれほど気にならない。それに彼女はいつも奇抜なアレンジを採用する。

ふと、昔聴いた<People Make the World Go Round>を思い出した。筆者が1987年にアメリカに移住してすぐの頃、ルームメイトが持っていたLP、ブリッジウォーターのデビュー作『Afro Blue』の収録曲だったと思う。この曲はトム・ベルがスタイリスティクスのために書いた名曲で、多くのミュージシャンがカバーした。マイケル・ジャクソンが子供の頃ジャクソン・ファイブで歌ったものが有名だ。筆者はフレディ・ハーバードのバージョンを愛聴した。ロック風なパワーコードがスロー・グルーヴで始まるイントロがシグネチャーの曲で、そのイントロだけでこの曲だとわかる。ところがブリッジウォーターはこのイントロを採用しなかったのがとても印象的だった。

オリジナル "People Make The World Go Round" イントロ
オリジナル “People Make The World Go Round” イントロ

急にまた聴きたくなって探したが、どこにも売っていない。このアルバムのことはWikiにもない。調べたところ日本で作られたアルバムで、なんと本誌編集長も参加していた企画だという。どうしても聴きたくて中古CDをネットで探し、大枚をはたいて注文したが先1週間は届かないらしい。ありがたいことにYouTubeでは見つけることができた。

驚いたことに<People Make the World Go Round>はWikiにも載っていない。こんな有名な曲なのに、だ。この曲がヒットしたのは、ソウル・ミュージックでは珍しい社会批判、または経済構造を批判する歌詞が特異であったからだと思うが、また、意外な変拍子の挿入も新鮮だったこともあろう。

70’sソウルサウンドを前面に出したオリジナル曲のフォームは:

[ヴァース]
4/4 E-7 4/4 E-7 3/4 D-7|A-7 4/4 E-7 4/4 E-7
4/4 E-7 4/4 E-7 3/4 D-7|A-7 4/4 E-7 4/4 E-7
[コーラス]
4/4 A-7 4/4 A-7 6/4 FMaj7
4/4 A-7 4/4 A-7 4/4 F#-7(♭5)
6/4 ブレイク 4/4 E-7 4/4 E-7

ブリッジウォーターは1972年にヒットしたこの曲を2年後に自分のデビュー・アルバムで取り上げているわけだが、その斬新なアレンジに目を見張る。本誌編集長によるとアレンジは当時のご主人兼トランペット奏者で録音に参加しているセシルか、ピアノ担当の、筆者の大好きなローランド・ハナの手によるとのことだが、ブリッジウォーターの数々のアルバムからして本人のアイデアも大きいのではないかと思う。以下がブリッジウォーターが録音したこの曲のフォームだ:

[ヴァース]
6/8 D-7 2/8 D-7 6/8 D-7 2/8 D-7 5/8 C-7 6/8 D-7 2/8 D-7 6/8 D-7 2/8 D-7
6/8 D-7 2/8 D-7 6/8 D-7 2/8 D-7 5/8 C-7 6/8 D-7 2/8 D-7 6/8 D-7 2/8 D-7

[コーラス]
4/4 G-|A- 4/4 G-|A- 6/4 E♭Maj7|A♭Maj7 4/4 G-|A- 4/4 G-|A- 4/4 E-7(♭5) 6/4 A7(♭9♭13) ブレイク
6/8 D-7 2/8 D-7 6/8 D-7 2/8 D-7

曲のスタイルはオリジナルのソウルミュージックと全く違い、なんとモード・ジャズだ。しかもこれだけ変拍子を多用していて少しもグルーヴを壊していない。そして、ピアノのコード進行だ。メロディーとベースラインはオリジナルを2度下に移調してDドリアンだが、ピアノのコードはAマイナーから階段状に上がって行く。しかしこれは何のダイアトニックコードにも当てはまらない。

うっかり聞き流すとすべて4声で規則正しく上行しているように聞こえる:

A-/D B-/E C-/F D-/G E-/A F#-/B

これだと何のモードのダイアトニックに当てはまらないとしても、11thをベース音にしたハイブリッドコードが上行していると解釈すればよいのだが、よく聞くと2番目のコードと3番目のコードだけ5声なのだ。毎回必ずそうしているので、これは意図的だ。余計分析がややこしい。

著作権に触れるといけないので2小節だけここに披露する。2拍目の裏でベース音のGとピアノのヴォイシングのF#との間にできる長7度の音程が異常にお洒落に聞こえる。

ディー・ディー・ブリッジウォーターのバージョン
ディー・ディー・ブリッジウォーターのバージョン

後半で登場するセシル・ブリッジウォーターのトランペット・ソロを聴くとお気づきだろうが、このコード進行は恐ろしくインプロが難しい。なぜならそれぞれのコードスケールが目まぐるしく変わるからだ。表にしてみよう。

コード名 使用スケール
A-/D A ドリアン
E-9 E エオリアン
F9 F ミクソリディアン #11
D-/G Dドリアン
E-/A Eエオリアン
F#-/B F# フリジアン

3つ目のコード、F9は学校によっては『リディアン♭7スケール』と教えるらしいが、その名称は理論的に正しくない。なぜなら3度と7度の間にトライトーンができる限り耳は解決するためのコードとして認識するので、ミクソリディアンのオルタードテンションと分析されるべきだからだ。

次に使用されるコードスケールを見てみよう。Eエオリアンを二回表記しているのは、インプロ時の流れを見やすくするためである。

各コードに対する使用コードスケール
各コードに対する使用コードスケール

前述のベースとピアノのヴォイシングで長7度がお洒落に出る部分で、実はメロディーはアヴォイド音、つまり干渉する音なのがわかる。しかし弱拍なので邪魔にはならないばかりか、お洒落な捻りに聞こえるわけだ。実によく考えられている。しかしインプロをするものにとっては、目まぐるしく変わるFとF#の他に、一瞬出現するE♭やC#に悩まされるというわけだ。

さて、筆者はこの曲がとても気に入っていて自分でも演奏してみたくなったので、手前味噌で申し訳ないがご紹介したいと思う。Facebookにポストしたところディー・ディー・ブリッジウォーター本人から『いいね』が入って驚いたと同時に幸福気分を味あわせて頂いた。お楽しみ頂ければ幸いである。

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ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。昨年9月、ブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」を率い、新作CD『ハシャ・ス・マイルス』(インパートメント)発売記念ツアーを敢行、東京JAZZ他に出演。 [ホームページ:RachaFora.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook]

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