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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 224

#1360 『Aggregate Prime / Dream Deferred』

text & photo by Takehiko Tokiwa 常盤武彦

ONRX 007

Aggregate Prime

Ralph Peterson (ds)
Gary Thomas (ts,fl)
Mark Whitefield (g)
Vijay Iyer (p)
Kenny Davis (b)

  1. Iron Man
  2. Emmanuel The Redeemer
  3. Strongest Sword Hottest Fire
  4. Dream Deferred
  5. Father Spirit
  6. Fearless
  7. Queen Tiye
  8. Who’s In Control
  9. Monief Redux

Recorded by Dani Cortaza at Intune Recording Studios Hyattsville MD on October 4, 2015.

Produced by Ralph Peterson


1980年代末から1990年代初頭にかけて野心的なアルバムを続けてリリースし、マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルでも来日、アート・ブレーキー(ds)の後継者として日本でも高い人気を誇っていたラルフ・ピターソン(ds)。その後、ドラッグと酒に溺れた低迷期を過ごすが20年前に悪習を断ち、現在はバークリー音大で教鞭をとりながら演奏活動を展開し、2回目の全盛期を迎えようとしている。しかしその道のりは平坦ではなく、結腸癌、顔面麻痺、近年は、脊椎固定や、尾骨、足首の関節の再建手術を受けるなど闘病生活を克服して、新たなクインテット”Aggregate Prime”を結成した。メンバーは、ピーターソンと同時期に鮮烈なデビューを飾ったマーク・ホイットフィールド(g)、M-BASEで活躍し現在は故郷のボルチモアで教鞭をとりながら活動しているゲイリー・トーマス(ts,fl)、やはり同世代のケニー・デイヴィス(b)に、現代ニューヨーク・ジャズ・シーンで注目を集めるヴィジェー・アイヤー(p)というアンサンブルだ。タイトルの『Dream Deferred』は、1951年に出版されたアフリカ系アメリカ人の作家、ラングストン・ヒューズの詩『Harlem』の一節から引用されている。ラングストン・ヒューズは1920〜1930年代のアフリカ系アメリカ人の文学、音楽、芸術が花開いたハーレム・ルネッサンスで指導者的役割を果たし、1960年代の公民権運動にも多大な影響を与えた人物である。ピーターソンがアルバム・レコーディングの最初のリハーサルをした2015年10月に、同年4月にボルチモアで起きた3人の白人警官によるアフリカ系のフレディ・グレイ殺害事件の最初の裁判を聞き、頻発する白人警官による無実のアフリカ系男性への暴行事件に、1951年当時と変わらぬ人種差別の現実へのピターソンの怒りが、生み出した作品である。

オープニングを飾る”Iron Man”は、エリック・ドルフィー(as,fl)のカヴァーである。整形外科手術で金属が埋め込まれている、ピターソンの身体へのアイロニーでもある。本作でピーターソンは、トーマスのフルートをフィーチャーしたかったと語る。ドルフィーの公民権運動の時代の空気に影響された激しくも美しいフルートの音色をトーマスに託し、現代アメリカ社会の矛盾を描く。ピーターソンのブラッシュ・ワークと、デイヴィスのビートにのって、ホイットフィールドとアイヤーがせめぎ合うようなコンピングがスリリングだ。”Strongest Sword Hottest Fire”は、ピターソンが見た、日本刀が精錬される加熱と冷却を繰り返し叩いて鍛え研ぎ澄まされるプロセスと、侍の自己鍛錬のドキュメンタリーからインスパイアされて書かれた曲だ。過酷な環境が、人間を鍛えさらなる高みに導くというピターソンの信念を表現した。激しいリズムと一体となって、トーマスのテナーが骨太に貫いている。タイトル曲の”Dream Deferred”も、差別を受ける人々の怒りをリリカルに描く。トーマスのフルート、アイヤーのピアノ、ホイットフィールドのギターのソロが、哀しみといつか達成される希望のストーリーをエモーショナルに語っている。ジャズ・レジェンド達からの口承伝授を受けている、いわゆるオールド・スクール出身の4人と、現代のシステマティックなジャズの申し子とも言えるアイヤーのアプローチのコントラストも面白い。アイヤーの”Father Sprit”は、幾何学的な一定のパターンが展開され4人のオリジナルとは異なるカラーを放っている。この曲は、2年前に逝去したピーターソンの父、ラルフ・シニアの思い出を描いているのであろう。ピーターソンの父は、若き日はボクサーとニュージャージー州南部のローカルのプロ・ドラマーとして名を馳せ、のちに地元のプリーザントヴィルの警察署長と市長を務めた名士だそうだ。ピターソンは父が健在だったら、現代のアフリカ系市民をめぐる状況に、どのような行動を起こすかをよく考えるそうである。アルバムは、ピターソンのオリジナル”Monief Redux”で幕を閉じる。セロニアス・モンク的なモチーフが盛り込まれたハード・コア・チューンは、人種差別撤廃への道のりはまだまだ続くことを象徴しているようだ。変拍子の曲が多いが、それを感じさせないのがピーターソンのハード・スウィングである。5人のオリジナルをフィーチャーし、アレンジのアイディアも提供しあい、まさに最高の集合体(Aggregate Prime)にふさわしい壮大なストーリーを奏でた。

11月16日のディジース・クラブ・コカコーラにおけるギグでは、まさにピーターソンのハード・スウィングと、メンバーの壮絶なインプロヴィゼーションに圧倒された。またドラムスにタイショウン・ソーリーが座り、ピーターソンはハード・バビッシュなトランペットも響かせた。数々の困難を乗り越え、ドラマーとしてだけででなくアーティストとしても、新たなピークに到達しつつあるラルフ・ピーターソンに注目したい。

 

Ralph Peterson website : http://www.ralphpetersonmusic.com/

 

 

 

 

常盤武彦

常盤武彦 Takehiko Tokiwa 1965年横浜市出身。慶應義塾大学を経て、1988年渡米。ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アート(芸術学部)フォトグラフィ専攻に留学。同校卒業後、ニューヨークを拠点に、音楽を中心とした、撮影、執筆活動を展開し、現在に至る。著書に、『ジャズでめぐるニューヨーク』(角川oneテーマ21、2006)、『ニューヨーク アウトドアコンサートの楽しみ』(産業編集センター、2010)がある。2017年4月、29年のニューヨーク生活を終えて帰国。翌年2010年以降の目撃してきたニューヨーク・ジャズ・シーンの変遷をまとめた『New York Jazz Update』(小学館、2018)を上梓。現在横浜在住。デトロイト・ジャズ・フェスティヴァルと日本のジャズ・フェスティヴァルの交流プロジェクトに携わり、オフィシャル・フォトグラファーとして毎年8月下旬から9月初旬にかけて渡米し、最新のアメリカのジャズ・シーンを引き続き追っている。Official Website : https://tokiwaphoto.com/

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