#1369 『山口正顯・渡辺生死 duo / 砂山』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

Bishop Records EXJP023  1,800 円 +税

山口正顯    Yamaguchi Schoken (ts, cl, b-cl)
渡辺生死 Watanabe Shouji (ds, perc)

1. 砂山 tenor saxophone version (中山晋平)
2. Danny Boy (Traditional)
3. Grandfather’s Clock (Henry Clay Work)
4. 渓流(たにがは) (齊藤コメゾウ)
5. 赤蜻蛉 (山田耕筰)
6. 音叉 (渡辺生死)
7. You don’t know what love is (Don Raye and Gene DePaul)
8. Summer Time (George Gershwin)
9. 砂山 bass clarinet version (中山晋平)

2016.10.13 at Knuttel Hosue, Tokyo
recorded, mixed and mastered by Kondo Hideaki
photos by Tanikawa Takuo
directed by Yamaguchi Schoken and Watanabe Shouji
produced by Kondo Hideaki

 

パンドラの箱から現れたフリージャズの精霊たちのパラレル・モーション。

今から35年前、荻窪グッドマンというライヴハウスは、筆者にとって重要な「地下音楽」との出会いの場であった。1982年にアルトサックスを手に入れて初めて人前で演奏したのが荻窪グッドマンの「即興道場」だった。他のライヴハウス等でも自由参加のセッションやワークショップは少なくないが、殆どの場合セッションホストやリーダーがいて、演奏の方向性を導く形式である。しかし「即興道場」は全く違っていた。最初に各参加者がソロ演奏を披露してから、店長の鎌田雄一が組み合わせを決めたグループでセッション演奏をする。もちろん課題曲などなく、よく言えば集団即興、ぶっちゃけたところ出鱈目のやりたい放題だった。音量の競い合いになることも少なくなかったが、絶好の自己解放の場だった。「即興道場」だけでなく、一般的には “フリージャズのライヴハウス” と呼ばれていた荻窪グッドマンのラインナップは、プログレやパンクやインダストリアルに影響された有象無象の演奏家も多く、ジャンル分け不能な「地下音楽」のひとつの拠点という印象がある。

筆者は80年代後半以降グッドマンを訪れることがなくなったが、2006年7月に高円寺へ移って現在まで営業を続ける「場」の磁力はまったく衰えていないところか、地下音楽家の交歓の場として純度を益々高めているように思える。

それを強烈に感じさせるのが

『東京のフリージャズのメッカのひとつ「高円寺グッドマン」にて長年レギュラーを務める強力ユニットによる、成熟のパフォーマンス。』

と帯に書かれたこのCDであった。山口正顯(1961年生まれ)と渡辺生死(1950年生まれ)、どちらも初めて名前を聞く演奏家だが、山口の経歴に「New Jazz Syndicate」の名を見つけて「なるほど」と思った。

『ニュー・ジャズ・シンジケイトは、1974年、初夏、十数名の創造をめざす個人と法政大学学生連盟・事業委員会のメンバーによって設立された。ニュー・ジャズ・シンジケイトの目的は、それら総ての個性間における限定されない相互交流を通して、創造的な音楽の発展のための「場」を提供し、維持することである。』

とライナーノーツに書かれたNew Jazz SyndicateのLPレコードを大学生協の中古セールで購入し、サン・ラ・アーケストラやICPオーケストラを思わせる野蛮ギャルドなビッグバンド・サウンドに興味を惹かれた。そこにはグッドマン店長の鎌田雄一や、ある日即興道場のスペシャルゲストとして鎌田が紹介した井上敬三の名前もあった。New Jazz Syndicateは正田次郎を中心に21世紀も活動を続け、鎌田と山口が出会ったのは下田で毎年行われていた夏のコンサートだったという。

「グッドマン」と「ニュー・ジャズ・シンジケイト」という二つのキーワードを持つこのCDを聴くことは、心の奥に封印されたフリージャズのパンドラの箱を開けるような気持がする。収録曲でわかるように、ポピュラーソングを素材にしたアルバムである。童謡や抒情歌とフリージャズとの親和性は、坂田明が吹く「赤蜻蛉」のフレーズがアルバート・アイラーを彷彿とさせた 76年モントルー・フェスティバル以来、国内外で定評がある。そういう意味ではコンセプト的には新奇なものではない。このアルバムの特異性は、二人の重なり合いの無作為性と覚醒度の差異にある。原曲のメロディを引き伸ばすロングトーンを提示する山口に対し、渡辺は寄り添いと離別を繰り返し、時に相手の存在を忘れたように自分のプレイに没頭する。何となく男女の恋の駆け引きのように聴こえるが、そんなロマンティックなものではなく、むしろ鎮守の森で敵か味方か探り合うように木霊する精霊たちのざわめきに近い。エモーション(感情)の語源はモーション(動作)だが、このアルバムでの二人の表現は、アクション(行為)に至る直前のモーションの生々しいドキュメントと言える。お互いのモーション(動き)を探り合ううちに、しばしば両者が交差し合って、甘い睦みあいや一発触発の睨み合いが勃発する。予定調和を嫌うパラレル・モーション(平行運動)は、自由音楽の聖地で培われた感性の賜物に違いない。

高円寺グッドマンと並ぶフリージャズのメッカ、入谷なってるハウスでのライヴ録音。眼前に迫るダイレクトなホーンと、少し離れて反響するパーカッションの音像は、ESP DISKの諸作品、特にアルバート・アイラー『スピリチュアル・ユニティ』を思わせる。ECMよりESPを愛する筆者にとっての魔法の言葉である「シカゴAACM」や「ロフトジャズ」も想起させる、ギミック無しの生のジャズの圧倒的なパワーの前では、小手先の録音テクニックなど吹き飛んでしまう。その仮説を目と耳で確かめる為に、30年ぶりに(高円寺)グッドマンに聖地巡礼せねばなるまい。

(2017年1月30日記 剛田武)

 

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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

One thought on “#1369 『山口正顯・渡辺生死 duo / 砂山』

  • 2017年2月9日 at 1:45 AM
    Permalink

    素晴らしいCDです!

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