#1033 『ミシャ・メンゲルベルク&豊住芳三郎/ミシャ・サブ・デュオ 逍遥遊』

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text by Yumi Mochizuki  望月由美
Chap Chap Music (ちゃぷちゃぷレコード)
CPCD-006 2,500円(税込)

ミシャ・メンゲルベルク(p)
SABU豊住芳三郎(ds)

1.行く川の流れは絶えずして
2.ザ・ラーフ・イズ・インポータント

録音:1994年10月6日
防府市「カフェ・アモーレス」にて ライヴ・レコーディング
プロデューサー:末冨健夫 & 末冨孝代

本誌前号(NO.189)で稲岡編集長が本作をイマジネイションに満ちたエッセイ風に論評されていらっしゃるので、ここでは視点をかえてSABU 豊住の心象などを交えてのインサイド・レヴューとさせてもらった。

SABU豊住芳三郎は1967年、山下洋輔Gのドラムを森山威男にゆずりミッキー・カーチスのバンドに加わりヨーロッパに遠征、その後単身で世界中を旅し、時にはAACMにも加わるなど多くのフリー系のミュージシャンと交流を深め、1980年以降はそれらの友人たちを次々と招き日本にフリー・ミュージックの種をまいてくれているが、とりわけミシャ・メンゲルベルクとの信頼関係は絶対でSABU はこれまでに5回ミシャを日本に呼んでいる。本アルバムはその3回目の来日時のステージを収録したものである。
1994年というとSABUが日本にいる時は高木元輝とデュオを組んでいた頃である。当時のSABUは自らの演奏にとても厳しく、何度もミシャとの録音の機会があったがリリースのOKを出さずお蔵入りにしていて本作もそうした中の1作。19年経って聴きなおしてみて、まあ、こういうのもありか、との思いに至りGOサインとなったわけである。
SABUは鴨長明が好きでとりわけ方丈記のはじめの文章が気に入っているのだそうだ。フリーそのもののSABUの生き方とぴったり波長があっているように思える。(1)<行く川の流れは絶えずして>はその方丈記からの一節である。ミシャとSABU,この二人の演奏は完全即興を目指しているもので、当然演奏時には曲名はなく、今回のリリースにあたってSABUが付けたもの。
ミシャのピアノからのスタート。ミシャに呼応してSABUがシンバルから入り込むがミシャは我れ関せず、飄々と音をつむぐ。たまりかねたSABUがソロをはじめる。このブラシ・ワークが素晴らしい。SABU のブラシのスピード感にはジャズのスピリットが宿っている。そこにミシャが加わり二人の即興になる、終わりそうで終わらない。ときにミシャが新たな方向へと歩き出すとSABUが道をかえる。交差点でどちらに曲がるかは二人のどちらが主導権をにぎるかによってきまる。裏切りの美学のような対話が続く。フリーの面白さはひとえにこの裏切りにあるといっても過言ではない。
(2)<ザ・ラーフ・イズ・インポータント>もミシャのソロから始まる。ミシャのソロ・アルバム『Impromptus』(1988/FMP)で聴かれるような音の模索が始まる。7分半ほどの間くわえタバコで音を探りひとり音とたわむれているミシャの顔が見えるようだ。ミシャ特有の諧謔性は影をひそめ専ら音の探求をしている。この間、SABUは何を感じているのかずっと沈黙を保っている。

ミシャはSABUにとって特別な友人だという。SABUはミシャのことを音楽性が素晴らしいよね。でかい、でかい、ジャズの塊みたいな人だよ、見ていても、演奏していても、タバコ吸っていても全てが絵になるね、と話してくれた。確かにミシャのアルバムや写真にはタバコを手にしたものが多い、まるで聴くものを煙にまくかのように。
ミシャのソロにSABUが割って入っていつの間にか主導権はSABU にかわる。SABUのマレット主体のソロは映画「真夏の夜のジャズ」のチコ・ハミルトンさながら熱を帯びる。フリーのデュオでマレットやブラシは色彩がつくんだけど、ちょっとリラックスというかマイルドだね、とSABUは謙遜するがどうして、なかなかダイナミックでスリリングである。
ふたたびミシャが入りこんで、二人は楽しそうに音でたわむれる。二人は好き勝手に遊びながらいつの間にかイン・テンポになる。延々とフリーを聴いた後の4つは気持ちがいい。そして二人はいつしかモンクの世界にもぐり込む。ときに<アスク・ミー・ナウ>が響き、また、ときに<クレパスキュール・ウィズ・ネリー>が聴こえる。一音一音にモンクのエッセンスがにじみでている。ミシャがモンクを弾く時、ミシャとモンクが一体化してえも言われぬミステリアスな世界が広がる。
ミシャが<エピストロフィー>を弾いたのは1964年、あのドルフィーの『ラスト・デイト』(Limelight)であった。以来ミシャにはモンクが影のようにずっとそばにたたずむようになり、モンク集もつくっているほどずっとミシャのそばにはモンクがいる。
SABUもミシャもモンクがとても好きなのだ。そりゃー、好きなんてもんじゃないですよ。初来日(1963年)の時から言っているもんね。ミシャはモンクの後継者だよ。コピーやらずにあれだけモンクのスピリッツを出せる人ってほかにはいないでしょ、世界でいないよ。ミシャがドルフィーとやっていた関係でアンコールでは結構モンクも弾いたね、そういうとき僕は胡弓を弾いていたよ、とSABUは語る。
モンクの世界をさまよったあと、二人は一瞬の間、沈黙する。そしてミシャが短いソロを弾いて42分47秒の(2)<ザ・ラーフ・イズ・インポータント>は終わる。聴いている方は一緒に二人の遊びに入れてもらったような気分になり、長さは感じられない。
SABUはジョン・ゾーンに始まり、ジョン・ラッセルに至るまで多くの友人を日本に招いてくれた。その数は両手の指を折ってもまだ足りないくらい沢山呼んでいて、みなフリーの達人ばかりである。そのなかでもミシャ・メンゲルベルクはSABUにとって人生のベスト・パートナーだと語っている。ミシャとの出会いは1982年、ICPの初来日、つまり『ヤーパン、ヤーポン』(IMA)のときだそうだ。このときSABUはなにかとICPをサポートしていてミシャと仲良くなり、いちど自宅にミシャを招いておもてなしをしたのだそうだ。以来友好関係が続き1986年の秋、第1回目の招聘を行う。このとき神奈川県の「足穂」で聴いた二人のデュオは今でもまぶたに焼きついている。東大和まで重たいVHSのビデオカメラをかついで行って映像を撮らせていただいたがその時の映像は私のマイ・フェイヴァリット・シングス、大事な宝物となっている。それ以来SABUはヨーロッパのフェステイヴァルなどで会うと楽しい会話を交わすという。フリーなんていう言葉では言い尽くせない二人の記録が『ミシャ・サブ・デュオ 逍遥遊』(ちゃぷちゃぷレコード)という形でCD化されたのは快挙だ。
SABUは今年の10月からチリ、ブラジル、アルゼンチンなど南米諸国を旅するという。フリーやる人は世界中にいるからね、と心はすでに旅先での友人達とのインプロに向かっている。

初出:JazzTokyo 2013年9月30日

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望月由美

望月由美 Yumi Mochizuki FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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