# 1026『ミシャ・メンゲルベルク+豊住芳三郎/逍遥遊』

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text by Kenny Inaoka 稲岡邦弥

Chapchap Records 006  2,500円(税込)

ミシャ・メンゲルベルク(p)
豊住芳三郎(ds)

1.行く川の流れは絶えずして 34.55
(The River Flows Always and These Water Are Never Same)
2.ザ・ラーフ・イズ・インポータント 42.47
(The Laugh Is Important)

Recorded live at Cafe Amores, Hohu, Yamaguchi, October 06,1994
Produced by Suetomi Takeo & Takayo
Mastered by Kojima Yukio

ピアノのシングル・トーンで綴られるモノローグ...。なつかしく、ときには稚気さえ帯びて...。公園のベンチ。少し離れてもうひとりの男が腰をかける。ふたりは心を通わせ合う仲のようだがあらためて挨拶を交わすこともなく...。ひととき、男のつぶやきに耳を傾けていた男がつぶやきを返す。やがて、ふたりはベンチから腰を上げ、そぞろ歩きを始める。前になり、後ろになり。横道にそれ。道草を食い...。薄暮のなか..。男がハミングを始める。妻との在りし日を思い出すように。妻の名はネリー...。ふたりの男の姿は薄暮のなかに溶け込んでいき...。こんなことを書き綴っているうちに最初の演奏が終わったが、次の演奏が始まらない。プレイヤーの表示を見たら、何と2曲目から聴いていた。
どうしたのだろう。1曲目は、ピアノに続いてすぐさまシンバルが対応し、両者の緊張感あふれる交感が始まる。短いリフを繰り返しながら模索しているミシャを助けるようにサブがブラシでさまざまなフレーズを繰り出す。やがてミシャが滑り出し、サブが反応する。しかし、ふたりの歩行は決してウォーキングにはならない。つねに「逍遥」である。文字通り、そぞろ歩き。歩みを早めることもあるが、道端に何かを見つけたように歩みを止めてしまう。そしてまたそぞろ歩き....。因に、「逍遥遊」とは『荘子』の中の一篇で、冒頭に「何ものにも拘束されない全く自由の境地。荘子は伸びやかに遊ぶ」とある。

このアルバムにはミシャとサブの他にもう一匹(!)共演者が登場する。コオロギである。コオロギはミシャのピアノに限って共演を買って出る。なに、サブのドラムが入ってくるとコオロギの声がマスキングされて聞こえないだけなのだが。ミシャのファンはこれがミシャの人間以外との二度目の共演だということに気付くだろう。ミシャはかつてオウムとピアノの掛け合いをアルバム化したことがある。あのエリック・ドルフィーとの共演の裏(B面)がオウムとの共演だった(『Epistrophy』ICPO015 1974)!何とも人を喰った話だが、ドルフィーとのリハを公開するには、オウムを登場させる必要があったのだろう。ミシャらしいといえば、ミシャらしい感性だ。

このアルバムを制作した末冨さんご夫妻は山口県防府市の在住。末富さんの本職は貨物船の船員なのだが、1989年から1995年までの6年間は船から降り、「カフェ・アモレス」という喫茶店(写真を見ると瀟洒なレストランといった趣きである)を経営されていた。もともと、デューク・エリントンの次に好き、というフリージャズを中心に、類は友を呼び内外の錚々たるフリー系のミュージシャンのライヴを主催、西日本のひとつの拠点となっていった。閉店の1年前にchap chap recordsというレーベルを立ち上げ、CD制作に乗り出す。chap chapはすなわち、ちゃぷちゃぷ、“波をちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷかきわけて”(ひょっこりひょうたん島)の“ちゃぷちゃぷ”である。chap chapレーベルからの第1弾はアジア最強のアルトサックス奏者のひとり、韓国のカン・テー・ファンによる『姜泰煥/Kang Tae Hwan』(ちゃぷ CPCD-001)。94年の日本ツアーから岡山Pepperlandと防府Cafe Amoresでのソロ、デュオ、トリオを収録したもので、共演はネッド・ローゼンバーグ(as,b-cl)と大友良英(turntable)。
以後、ワダダ・レオ・スミス(tp) 率いるN’Da Kultureによる『Golden Hearts Resemblance』(CPCD-002)、吉沢元治(b)とバール・フィリップス(b)、金大煥(perc)とのデュオを収めた『音喜時』(CPCD-003)、浅見光人の無伴奏アルトサックス集『Gloria in Excelsis Deo』(CPCO-004)、崔善培のトランペット・ソロ・アルバム『自由』(CPCD-005)と続く。今回発売されたこのアルバムは閉店を控えた1994年10月のカフェ・アモレスでのライヴ収録だが、末富さんの羅病などによりリリースまでに19年を要している。

ミシャ・メンゲルベルクは、ウクライナ(キエフ)生まれのハーグ王立音楽院に学んだオランダのピアニスト。ジャズ・ファンにはハン・ベニンク(ds、翌年やはり豊住とカフェ・アモレスで共演している)と共にエリック・ドルフィー(as,b-cl,fl)の名盤『ラスト・デイト』(Limelight 1964)での演奏で知られる。一時期ネオダダやジョン・ケージの影響を受け、僕が観た1975年のノースシー・ジャズ・フェスティバルでは、ベニングと登場、ピアノとドラムセットにそれぞれシートを被せ、紐で縛って演奏をせず退場して行った。

豊住芳三郎は1943年横浜生まれ。中学時代からジャズに興味を示し、高校時代にジャズに目覚め、内外のジャズの現場を体験し学んでいった。海外ではSabu Toyozumiとして広く知られ、一時期逗留したシカゴAACMでは唯一の外国人会員として遇されている。多くの欧米のミュージシャンを日本に招聘、地方の隅々まで帯同し地方のジャズ・ファンに最先端のジャズを聴かせた功績は長く語り継がれるに違いない。

さて、末冨さんだが、8月中旬、NYのダウンタウン・ミュージック・ギャラリーから入った数十枚のオーダーを発送したのち出航して行った。船舶業界にも人出不足を病躯で補わねばならない現実がある。来年5月には愛妻の主宰する「みつばち合唱団」のリサイタル制作が待っている。好漢末富さんの無事の帰港を祈るや切である。

初出:Jazz Tokyo 2013年8月30日

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稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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