#1414『Genzo Okabe 岡部源蔵/Disoriental ディスオリエンタル』

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♪ 今月のクロス・レヴュー2

text by 金野Onnyk吉晃

Challenge CR73442

OKABE FAMILY ;
Genzo Okabe 岡部源蔵 (as)
Miguel Rodríguez ミゲル・ロドリゲス (p)
Steven Willem Zwanink スティーヴン・ヴィレム・ズワニンク(b)
Francesco de Rubeis フランチェスコ・デ・ルーベイス (ds)

1. Opening  2:31
2. Castroni  4:47
3. Stepped on the Sheet  6:23
4. Go Sleep  7:07
5. Ningyo  7:27
6. SMS  4:20
7. Still Blues  4:43
8. Disoriental  06:57
All tracks composed by Genzo Okabe

A&R Challenge Records by Anne de Jong & Martijn Verlinden
Recorded on December 20&21, 2016 at Wedge View Studios, Woerdense Verlaat
Mixed and mastered by Udo Pannekeet
Produced by Challenge Records

 

何故、「ゲンゾー・オカベ・カルテット」ではないのかと、まず思ってしまうのだ。ジャズにはコンボがあり、ロックにはバンドがある。バンドとコンボは違う。コンボはミュージシャンの緩やかな集合であり、個人表現の一時的邂合である。そしてバンドは原義からして部族であり、その表現は個人のそれではなく集合的である。岡部源蔵は、コンボではなく「ファミリー=バンド」を作った。そしてまた岡部が、自らの担当をサックスより先に「作曲」としているのは、まさにこのアルバムが全面的に岡部の音楽を実現するための集団である事を意味している。

何年か前、若いDJと話す機会があった。私は自分の若い時に、常に最先端の音楽を求めていたと語った。それに対して彼は言う。「僕らには新しいものなんて何もないんです」。私はそれを聞いて「現在」に失望した。そして、以前に私の師の一人が呟いた言葉を思い出した。「要は何をどんな順序で聴くか、それだけなんだ」。私はそれにひどく反発した記憶がある。

私が若かった頃、前衛と実験という言葉は何よりも魅力だった。そして、その背景にある精神、思考、主義、主張を理解しなければ、前衛も実験も知った事にはならないのだと言われた。人はそれをイデオロギーと呼んだかもしれない。幻想と呼んだかもしれない。しかし必死に幻を追いかけた。

その幻想が消えて行く頃(それを幻滅というのか)、便利なコトバが一人歩きし始めた。それを「ポストモダン」と言った。それが時代の芸術や表現を席巻した(ように見えた)。私はそれを多様式主義と新古典主義、あるいは単純に、「反動」とさえ思った。

概念もまた多様化し、経済のグローバル化とネット社会の濃密化が進んで行くなかで、ジャズは、即興演奏は、前衛は、実験はどのような意義を持つのか?はたまた如何なる異議申し立てをできるのか?もしそうでなければ「長いものには巻かれ」、高精細化した音響や画像によってユビキタスな娯楽を提供しているだけのデータになってしまえばいいのだ。

「この後、もはや時、なかるべし」。過ぎ去った時代の歌がファミリーによって蘇る。最後の曲、デジタルディレィをかけたアルトの音色はつむじ風のなかの落ち葉のように舞い、いきなり地に落ちて全てが終わる。ワタシ・ハ・ダレカ?

音楽をレビューするに、その演奏者、作曲家の言葉を参照するのは問題がある。しかし私は随分とそれをしてきた。其の愚をまた犯し彼のインタビューや、このアルバムの自筆ライナーノーツを読んでしまった以上、脳裏に彼の言は反響する。その音楽とともに。

彼がこのアルバムのタイトルに込めた意識が、反、ではなく汎「東洋的」アイデンティティ探求と、同時に普遍的な可能性への「方向付け」の意味だったことを。それは奇しくも私が前回にレビューした、イスラエル出身のサックス奏者オデッド・ツールの意識、彼の音楽、彼のカルテットに共鳴しているのではないかと。初めて耳にしたときから気になっていたもの、それはこの相似性だったのかもしれない。自らディアスポラーに身を投じたノマド達。

私はこのアルバムに対して極めて「不安な希望」を持っている。実に精巧に作られた、そして柔らかな音色の卓抜した伎倆のアンサンブル。それは完成された工芸品の持つ美しさだ。

岡部のサックスが華麗に舞えば舞う程、私は地に目を落とす。自己同一性と普遍性、このアンビバレントな旅の果てに飛天はどこからやって来るだろうか。


金野 Onnyk 吉晃 (よしあき Onnyk きんの)

1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。
1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。
1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。
共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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