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CD/DVD DisksJazz Right NowNo. 233

#1438『Max Johnson / In the West』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Clean Feed Records CF439CD

Susan Alcorn (pedal steel g)
Kris Davis (p)
Max Johnson (b)
Mike Pride (ds)

1. Ten Hands
2. Greenwood
3. Great Big Fat Person
4. Once Upon A Time In The West

All tracks composed by Max Johnson, Max Johnson Music ASCAP, except “Once Upon a Time in the West”, composed by Ennio Morricone, arranged by Max Johnson
Recorded April 27, 2014 at Acoustic Recording by Michael Brorby
Mixed by Eivind Opsvik at Greenwood Underground
Mastered by Jim Clouse at Park West Studios
Produced by Max Johnson
Executive production by Pedro Costa for Trem Azul
Artwork by Victoria Salvador
Graphic design by Travassos

マックス・ジョンソンは、アメリカ生まれでニューヨークを中心に活動するベーシストである。まだ20代後半ながら、これまでの活動範囲はロックからブルーグラスまで非常に幅広い。ジャズに限ってみても、ベース演奏をヘンリー・グライムスやレジー・ワークマンに師事し、ジョン・ゾーン、アンソニー・ブラクストン、ムハル・リチャード・エイブラムス、ウィリアム・パーカーなど前衛の名だたる巨匠たちとの共演も果たしている。また、同年代のクリス・ピッツィオコスの傑作『Gordian Twine』におけるプレイも鮮やかなものだった。

本盤を聴くと、上に挙げた過激な突破者たちのサウンドとは異なり、むしろウォームでバランスの取れた作品であることに驚かされる。だがそれは、ジョンソンがサイドマンとしてこそ優秀であることを意味するものではない。じっくり聴き込んでゆくと、作曲・編曲を通じて意思がサウンドの隅々にまで行きわたっていることが実感できる。また、ベース音が常にサウンドから浮かび上がる、傑出したプレイヤーであることにも気付かざるを得ない。

一聴していろいろと新鮮な驚きを覚えた筆者は、自身のバンドと他のバンドとの違いについてジョンソンに訊いてみた。かれの答えはこのようなものだ。クリス・ピッツィオコスなど他のミュージシャンの音楽に参加するときは、主役の持つヴィジョンを変えることなく、愛と敬意とをもって自分の音楽を供与する。ブルーグラスであろうとストレートなジャズであろうと、あるいはインプロであろうと変わらないよ、と。これが確固としたプロ意識に基づくものであることはもちろんだが、それ以上に、自身の音楽の揺るがなさや強靭さ、また、幅広い音楽フィールドへの探求心がなさしめるものでもあるだろう。

本盤のサウンドはバランスが取れたものではあるが、決してオーソドックスなジャズではない。ジョンソンのベース、クリス・デイヴィスのピアノ、マイク・プライドのドラムスというニューヨークの精鋭たちの名前を一瞥するだけで容易に想像できることだ。それに加え、ペダル・スティール・ギター(PSG)を弾くスーザン・アルコーンを加えたことが極めてユニークな要素となっている。

アルコーンは、ジャズのフィールドにおいては、最近、メアリー・ハルヴァーソンやネイト・ウーリーのグループにも迎え入れられ注目を集めている。楽器こそ違え、ハルヴァーソンのギターやウーリーのトランペットがそうであるように、サウンドから重力を取り払う力を持っているように感じられるプレイヤーだ。PSGという楽器は主にカントリーなどで使われ、また、アルコーン自身はアストル・ピアソラの楽曲を演奏したアルバムを出していたりもする。このあたりに、音楽の拡張や越境に向かうジョンソンと共通する意思を見出すことができるだろう。ジョンソン曰く、デイヴィスとプライドとのピアノトリオに新たな肌触りを付け加えようとした。エレクトロニクスや、特異な管楽器奏者なども考えたが、ニューヨークのThe Stoneにおいて数年前にハンク・ロバーツ(チェロ)、ジェリー・ヘミングウェイ(ドラムス)と共演するアルコーンを観たことを思い出したんだ、と。まさに、音楽が密集するニューヨークならではの出来事だと言うことができよう。

1曲目の冒頭は、ジョンソンのウォームなベースが着実にビートを刻み、デイヴィスの知的なピアノが入ってくる。まずは主導権はこのふたりのものである。ベースは揺るがず、ピアノが自在なリズムを持ち込む。やがて加わるアルコーンが、音楽世界からじわじわと線形性を取り払ってしまう。ドラムソロを経て、ベース、PSG、ピアノが螺旋を描いてゆく。

2曲目では、まるで広い空間においてのようにピアノとPSGとが響き、プライドのドラムスがその虚空感を引き立てる。その中でベースの存在が、サウンドを、発散から物語のほうに引き戻すようだ。ベースとピアノのトリルをバックにして、PSGは電子音のような響きを与える。次第にサウンドの色合いはシフトしてゆき、素晴らしいグラデーションを描く。

3曲目においては、いきなりアルコーンのPSGが聴く者の足許をぐらつかせ、それにデイヴィスのピアノが論理を与えようとする。ドラムスはその対立を愉快に煽る。しかし、ここにベースが加わると、それまでが序章であったのだと気付かされる。不思議な目眩がするようなサウンドは何度も音風景を転換させ続けるのだが、その中で、ジョンソンのベースは一貫してウォームであり、サウンド全体から浮き上がって聴こえる。

4曲目のみジョンソン自身ではなくエンニオ・モリコーネによる長い曲である。PSGとベース、シンバルを擦るドラムスが、数々の短いアーチを描きだし、対してピアノがゆっくりと語るような旋律を弾く。この静謐な音空間において、ジョンソンの弓弾きがとても美しい音を発していることは特筆すべきだ。たくさんの間があり、PSGがまるで宇宙からのメッセンジャーのように振る舞い、ベースはリズムを柔軟に変えながら疾走する。

本盤は、四者が別々のタイムフレームを持ちつつも同じ時空間を共有しているかのような、サウンドの万華鏡である。そしてかれらは、相互を尊重しあうコミュニティを形成してみせるのだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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