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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 235

#1461『シーネ・エイ/ドリームス』

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

 

ビクターエンタテインメント VICJ-61764  ¥ 2400+Tax

シーネ・エイ vocal, music & lyrics ( 1,2,3,6,7,8)
ヤコブ・クリストファーセン piano
スコット・コリー bass
ジョーイ・バロン drums
ラリー・クーンズ guitar

1. The Bitter End
2. Head Over High Heels
3. Love Song
4. What Is This Thing Called Love   恋とは何でしょう
5. Falling In Love With Love   恋に恋して
6. Dreams
7. Aleppo
8. Time To Go
9. I’ ll Remember April   四月の思い出
10.Anything Goes  うまくやれよ
11. On A Clear Day  ある晴れた日に

録音:2017年1月12日, 13日 at Systems Two  Brooklyn (New York)
録音エンジニア:マイク・マルシアーノ
Mixed & Mastered by ラッセ・ニルソン at ニレント・スタジオ(ゲーテボルグ)


一聴したとたん、思わず頭をよぎった。もし4、50年前だったら、この唱法はきっと珍しくも何ともなかっただろう、と。それが突然、甦って目の前に飛び出した。そんな思いがけない快感を覚えずにはいられなかった。ここには、例えば、ジャズを歌ったときのペギー・リー、あるいはざっくばらんなアニタ・オデイ、あるいはシーラ・ジョーダンやキャロル・スローンらのジャジーな快唱の数々を思い出させる芳香を放つ花がある。エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレーの3者が君臨したジャズ・ヴォーカルの全盛期、3者の唱法に範をとったさまざまなジャズ・ヴォーカルの花が咲き乱れ、ヨーロッパからもリタ・ライス(オランダ)、クリオ・レーン(イギリス)、カーリン・クローグ(ノルウェー)らに代表される傑出したジャズ・シンガーが輩出して、エラやサラやカーメンに代表されるジャズ・ヴォーカル・スタイルは動かしがたい古典的歴史になりつつあった。そんなかつての魅力的な唱法が突然甦ったような気がして、何かしら心躍る気分だった。それがこのシーネ・エイの魅力的なヴォーカル・スタイルであり、収められた11曲(最後の1曲は日本盤ボーナス・トラック)から発せられる芳香だった。

もっとも、彼女は14年も前の2003年にデビュー作を発表して話題になっており、すでに現在まで7枚のアルバムを世に出しているとか。おまけに2003年の初来日以来、2012年の富士通コンコード・ジャズ祭をはじめ何度か来演しており、彼女の優れたジャズ・ヴォーカルの魅力にはまっているファンも少なくないはずで、不運にも聴く機会を失していた私などより彼女の唱法に通じている方が多いのを承知の上で言えば、独自のヴォーカル境地を切り開いている英国のノーマ・ウィンストンとともに、こと私にとって強く印象づけられたシンガーだった。

シーネ・エイはデンマーク出身。モニカ・ゼタールンド、カーリン・クローグらを生んだ北欧の、今や北欧はおろかヨーロッパ屈指のジャズ・ヴォーカルの歌い手として高い知名度を獲得しつつある。スパイス・オヴ・ライフ社から次々に紹介されるスウェーデンの魅力的なジャズ歌手や、ノーマ・ウィンストンら英国の粋なシンガーとともに、私が最近特に注目している女性歌手である。

この最新作でスマートな唱法とともに注目したいのが、シーネ・エイの作詞及び作曲の能力の高さだろう。オープニングの「ザ・ビター・エンド」に始まって、「ヘッド・オーヴァー・ハイ・ヒールズ」、「ラヴ・ソング」、「ドリームス」、「アレッポ」、「タイム・トゥ・ゴー」の6曲が彼女の作詞と作曲によるオリジナル。あとの「ホワット・イズ・ジス・シング・コールド・ラヴ」(コール・ポーター)、「フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」(リチャード・ロジャース)、バド・パウエルの名演で知られるジーン・デ・ポールらの「アイル・リメンバー・エイプリル」、「エニシング・ゴーズ」(コール・ポーター)、ボーナス・トラックの「オン・ア・クリア・デイ」(バートン・レイン)の5曲がいわゆるスタンダード曲である。彼女の才能を多角的に知るうえでバランスといい選曲といい申し分ない。何といっても自作曲とスタンダード曲の双方を聴き比べても、どの歌唱も、全体の演奏自体も、遜色がない。そのバランスのよさ、唱法自体のテクニックの洗練性や技巧が上滑りしないフレージングの小粋さなど、随所にカーメン・マクレーの影を感じるのは、決して私1人だけではないと思う。冒頭の「The Bitter End」。何と自然な発声と滑り出し。フレーズといい、呼吸や発声といい、すべてがスムース。ヴォイスの変化や応用にしてもいささかの無理がない。2曲目でのワルツのノリの巧さといい、続く「Love Song 」でのしっとり感を浮き彫りさせた情感表出といい、シーネ・エイのここでの最高に優れた表現力のひとつで、前曲とこの曲で彼女とカーメンの唱法や呼吸術の共通性をおぼろげに感じ取ることができるのではないか。いずれにせよ、この「Love Song」は彼女の作曲能力の高さを示して余りある。加えて正確な音程、自然な息遣い、無駄や余計な誇張が一切ない最高のバラード唱法といってよいだろう。彼女に絡むクーンズのギターによる演奏にも思わず聴きほれた。

次の(4)と(5)のスタンダード曲では彼女のスキャットの巧さが光る。加えてバックの4者によるソロを含む呼吸のあったプレイが素晴らしい。ピアニストを除いては全員米国のミュージシャンであり、この点も今回米国で録音することにした大きな理由だろう。アニタ・オデイやベティ・カーターばりのこのスキャットにはしばし堪能させられた。北欧的童話の世界にいざなわれるような短調のワルツ曲「Aleppo」など3曲が終わると再びスタンダード曲となるが、この種のスインギーな展開ではカーメン的表出といってよいのか、カーメン・マクレーからの影響力を指摘しなければなるまい。それは「四月の思い出」でも指摘できるが、スキャット風のフレーズが顔を出すこの辺りの展開ははシーネ・エイの独壇場だろう。また、「Anything Goes」での歌詞を変えて歌う粋な唱法などを含め、シーネ・エイのジャズ・ヴォーカルの実力と魅力を味わい尽くせる素敵な新作であった。バックのセンスのいいプレイをも称えたい。もっと人気が出ていいシンガーだ。

最後に、注目しておきたいことを1つ。この1作が初のファン・ファンディング・プロジェクトによって制作されたこと。インターネットの交流が世界的なスケールで展開されるようになり、愛好家からの資金援助を得て作品を制作し発表する例は、以前に本誌で紹介したマリア・シュナイダー・オーケストラを嚆矢としてますます広がるとの予想が成り立つ。ファンが推すシンガー、バンド、プレイヤーなどの話題作や力作がこのプロジェクトを通して発表される流れに注目したい。その意味でも、このシーネ・エイの新作がこのファン・ファンディング・プロジェクトを通して世に出たことに改めて注目を払いたいと思う。

(2017年10月21日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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