#1498 『Peter Kuhn Trio / Intention』

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Reviewed by 剛田武  Takeshi Goda

FMR Records 467

Peter Kuhn (cl, b-cl)
Nathan Hubbard (ds, perc)
Kyle Motl (b)

1 Intention 4:33
2 ChaWang 6:31
3 The Stream 4:47
4 Perception Deception 5:45
5 The Path 5:11
6 Arise 4:49
7 Gift In The Wound 5:46
8 Resilience 8:00
9 Disaster And After 4:19

Recorded March 27, 2017 at Rarefied Studio in San Diego
Recorded, mixed, and mastered by Chris Hobson

 

ウェストコーストに花開くクラリネッティストの無為自然のインテンション

前号に掲載したレント・ロムスのインタビューで面白かったことのひとつは、回答の中に登場する様々なミュージシャンの顔ぶれだった。メール・インタビューなので口頭で答えるよりも考える時間があったことは確かだが、ロムスの個人的フェイヴァリット・ミュージシャン・リストの長さは、彼自身が先達や同胞の音楽家に大きな敬意と愛情を抱いていることの証であろう。筆者にとって特に印象的なのは、最大の影響を受けたミュージシャンの一人としてアーサー・ブライスを挙げていることである。もちろんブライスは偉大なアーティストであり音楽シーンに大きな影響を与えたことは確かだが、ブライスからの直接の影響を公言するミュージシャンはあまり聞いたことがない(もちろん好きなアーティストに挙げる人は少なくないだろうが)。他にもオリヴァー・レイクやチコ・フリーマン、ジョン・チカイといった70年代ニューヨークのロフト・シーンで活躍したミュージシャン出てきて筆者の琴線に触れる。当然ながら、名前は知っていても聴いたことがない、ましてや名前も知らないアーティストも多数いる。そんなミュージシャンを調べて聴くのが目下の筆者の密かな楽しみなのである。例えばロムスの定期的な共演相手でもあるサックス奏者ヴィニー・ゴリアをSpotifyやYouTubeで試聴したところ、今まで知らなかったことが悔やまれるほど素晴らしい演奏に痺れてしまった。そんな未知との出会いの歓びは愛好家冥利に尽きる。

現在64歳のベテラン・クラリネット奏者ピーター・キューンもその一人。名前は知っていたがスティーヴ・キューンかヨアヒム・キューンの親戚だと勘違いしていた、というのは冗談としても、その程度の情けない知識しかなかったが、調べてみて極めて興味深い経歴の持ち主であることを知った。詳しいストーリーは、5年前の2013年に本サイト稲岡邦彌編集長が行ったインタビューに克明に記されているのでぜひご一読をお勧めしたい。

Interview #117 ピーター・キューン Peter Kuhn

インタビュー冒頭の回答の中にレント・ロムスの名前が登場する。長年のドラッグ依存症から更生して、2013年に演奏活動を再開したキューンの最初の活動のひとつがカリフォルニア州バークレーで開催されたデイヴ・セウェルソンのグループ「ノン・プロフィット・プロフェッツ」のコンサートであり、そのメンバーの一人がレント・ロムスだった。その様子はYouTubeで観られるが、4人の管楽器奏者とベーシストとドラマーが自由気侭に絡み合う気の置けない即興演奏は、キューンの社会復帰のリハビリにもなったに違いない。特に年配3人の管楽器奏者に誘いかけるようなロムスのプレイは、偉大な先輩へのリスペクトに溢れている。キューンとロムスの関係はその後も続き、今年1月にはサンフランシスコで開催されたロムス主催のSIMMシリーズ公演に出演したという。

フランク・ロウ、ウィリアム・パーカー、ビリー・バング、レスター・ボウイらと共に70・80年代ニューヨーク・ロフト・シーンで活躍したピーター・キューンは、90年代にリハビリのために生まれ故郷のロサンゼルスへ移り、2013年の演奏活動再開後はサンディエゴを拠点に活動している。今や西海岸即興シーンの重要なジャズメンの一人と言えるだろう。本作はキューンがネイザン・ハバード(ds)とカイル・モトゥル(b)と共に結成し、自ら「自分の演奏活動の核になるグループ」と明言するピーター・キューン・トリオの『The Other Shore』(NoBusiness Records 2016.6リリース)に続く2ndアルバム。2017年3月27日サンディエゴのRarefiedスタジオにてレコーディングされた。

クラリネットはサックスに比べて音が上品な分、パワフルなブローや狂ったフリークトーンは、象の雄叫びや馬の嘶きではなく、猛獣に襲われた草食系小動物の断末魔の叫びの悲哀と切迫感を感じるし、サックス以上に演奏者の性格が音に出るような気がする。それゆえ特に即興演奏ではより正確なコントロールが求められる楽器と言えるだろう。ドラッグ中毒だったキューンがそんな繊細な楽器を選んだのは、自らを律したい無意識の表れかもしれない。そんな素人精神分析をしたくなるような演奏が本作『インテンション』に満ちている。

クラリネットとドラム+ベースという最小単位のユニットは、あたかも集団即興演奏の骨格を剥き出しにした無防備な捨て身の業に思えるが、三人の精神的結合(Spiritual Unity)がバリアとなって、聴き手や厄介者の介入を許さない。長くても8分、主に4、5分台の比較的短いトラックには、内省的なトリオ演奏の気分が表れている。「Intention=意図」「Perception Deception=知覚詐欺」「Gift In The Wound=傷の賜物」「Resilience=回復力」「Disaster And After=災害とその後」といった楽曲タイトルには、コンセプト・アルバムではないが、作為のないストーリー性が感じられる。3人のコンビネーションを基本に展開される演奏は、饒舌過ぎることはなく、音の鋭利さに比して茫洋としたユルさが横溢する。感性を研ぎ澄ますことによるリラックス空間への導きが、空想の王国の歓喜の歌を描き出す。

筆者にとってジャズ・クラリネットの筆頭に上げられるジミー・ジュフリー3に通じる朴訥とした感性を共有するピーター・キューン・トリオの“無為の意図”は、キューンが日常生活の糧にする禅や仏教思想から生まれたに違いない。地獄を見た男だからこそ到達できた無為自然の境地こそ、ウェストコーストに奇跡的に出現した超越的集合体なのである。

(2018年2月26日 剛田武記)

Peter Kuhn Trio (1-4) 10-7-16 Gold Lion Arts

Peter Kuhn – bass clarinet, tenor saxophone
Nathan Hubbard – drums
Kyle Motl – bass

October 7, 2016
Gold Lion Arts, Sacramento

 

 

 

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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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