#1500 『福盛進也トリオ / フォー・トゥー・アキズ』

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『Shinya Fukumori Trio / For 2 Akis』 (ECM2574)
text by Hideo Kanno  神野秀雄

ユニバーサルジャズUCCE-1171 (2018.3.28)

Shinya Fukumori 福盛進也: Drums
Matthieu Bordenave マテュー・ボルデナーヴ: Tenor Saxophone, Clarinet
Walter Lang ウォルター・ラング: Piano

1 Hoshi Meguri No Uta 星めぐりの歌(Kenji Miyazawa 宮澤賢治)
2 Silent Chaos (Shinya Fukumori )
3 Ai San San 愛燦燦(Kei Ogura 小椋佳)
4 For 2 Akis (Shinya Fukumori)
5 The Light Suite:
Kojo No Tsuki 荒城の月(Rentaro Taki / 滝廉太郎) / Into The Light / The light *, Shinya Fukumori)
6 No Goodbye (Walter Lang Junior)
7 Spectacular (Shinya Fukumori)
8 Mangetsu no Yube 満月の夕(Hiroshi Yamaguchi, Takashi Nakagawa山口洋, 中川敬)
9 Émeraude (Matthieu Bordenave)
10 When the Day is Done (Walter Lang Junior)
11 Hoshi Meguri no Uta 星めぐりの歌(var.) (Kenji Miyazawa 宮澤賢治)

Recorded March 2017 at La Boissonne, Pernes-les-Fonaines
Engineer: Gérard De Haro
Mastering: Nicolas Baillard
Cover photo: Woong Chul An
Liner photos: Nadia F Romanini
Design: Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher

気鋭のミュンヘン在住ドラマーが”日本の歌”とともに拡げるECMの地平

ミュンヘン在住、1984年大阪市阿倍野区出身のドラマー福盛進也がECMからリリースしたトリオのデビューアルバム。ECMから自己名義のアルバムをリリースした日本人は、細川俊夫、児玉桃、菊地雅章に続き4人目となる(先駆者では傍系レーベルJAPOから加古隆がいる)。”菊地に次ぐ2人目の日本人”という記述を散見するが、細川が道を拓いたことは正確に歴史認識しておきたいし、ECMにおける福盛の存在、日本の存在を読み解く鍵ともなりうる。

宮澤賢治(1896〜1933)の<星めぐりの歌>から幕を開ける。ウォルター・ラングのピアノが、左手で四分音符を刻みながら高音域のコードを輝かせ、マテュー・ボルデナーヴが淡々と歌い上げ、福盛の得意のシンバルワークと、ブラシによるスネアとタムの自在なサウンドが寄り添う。ECM アルバムの冒頭と最後を日本の曲が飾る驚きとともに、それが福盛とECMプロデューサーのマンフレート・アイヒャーにとって自然な選択であったことがやがて分ってくる。

アルバムタイトルでもあり、ハイライトとなるのは<For 2 Akis>。優しく包容力に溢れたピアノに、テナーサックスが切なく歌い、福盛の巧みなシンバルワークとブラシで安らぎに満ちた風景を描き、全編ルバートで演奏される。福盛は17歳でダラスの芸術高校に単身留学し、ブルックヘブンカレッジ、テキサス大学アーリントン校、バークリー音楽大学で学び、10年後の2011年6月ボストンから帰国したが、日本のジャズシーンにも溶け込めなかった福盛を暖かく迎え、ミュンヘンに渡るまで支えた、大阪市西天満の「いんたーぷれい8」のマスター中村明利とスタッフの”あきさん”にこの曲を捧げ、2012年2月の福盛の人生初リーダーライヴの前夜に書いたという。「彼らは私と私の音楽を信じてくれ、ヨーロッパに発つまで私のことを気にかけてくれました。」「初めてルバートで作った楽曲のひとつであると共に、このトリオで一緒に演奏した最初の曲でした。そのため(この曲が)私たちを代表する曲だと感じています。」 (日本盤ライナーノーツより)。

<For 2 Akis>に加えて、<Silent Chaos>、<Into the Light>、<The Light>、<Spectacular>と福盛作曲によるロマンティックでメロディアスな歌の数々も素晴らしい。初期ECMもキース・ジャレット、チック・コリア、エグベルト・ジスモンチをはじめシンプルに美しい歌で彩られて来たし、必須のものだった。ただ福盛の取り上げた日本の歌もそうだが、シンプルに美しい歌はかっこよさとどこかかっこわるさの境界に存在する。それを美しいサイドに導いているのは3人それぞれの力量の集積だが、特に福盛の繊細なシンバルワークに注目する。福盛も認めていたが、キース・ジャレット”ヨーロピアン・カルテット”も含めて、ノルウェーのドラマー、ヨン・クリステンセンには大きな影響を受けたという。なお、編成的に比較され易いポール・モチアンは、これまであまり聴く機会がなかったと言うことだ。

<愛燦燦>(1986)もトリオの十八番であり聴きどころだ。祖母がよく歌っていたというこの曲は今でこそ美空ひばり(1937〜1989)の代表曲だが、「味の素」CMとしてハワイ・オアフ島北部のサトウキビ畑で働く家族の映像に小椋佳(1944〜)が歌をつけたもの。最初に書いた軽快な曲<轍>に担当者たちが「もっと抱擁力を」と駄目出しをし、送られて来たテープが<愛燦燦>。だから名曲が生命を持つ瞬間は分らないものだ。小椋は勧銀でアメリカ勤務経験があり、美空の遺作である秋元康作詞、見岳章作曲<川の流れのように>(1988)がマンハッタンから見下ろすイーストーリバーに着想したように、日本の心と思われている両曲は、アメリカの風景にインスパイアされ生まれていた。それはECMのアメリカの大地とヨーロッパの森を結ぶ感性の絶妙な距離感にも通じる。個人的には東京大学出身者(小椋は1963〜67、1994〜2000に在学)の音楽がECMの一部となったこともとても感慨深い。東京大学ジャズ研ではECMは重要な位置を持ち続け、出身ミュージシャンにも大きな影響を与えてきたからだ。宮澤賢治も文京区本郷で東京生活を送り、また東京大学理学部の片山正夫(1877〜1961)が(東北大学教授時代に)著した『化学本論』(1915)を『法華経』とともに座右の書として世界観のバックボーンとし、詩人・作家である前に科学者の視点で創作していたことも福盛トリオの<星めぐりの歌>を聴きながら振り返りたい。小椋の芸名が大学3年時に滞在した福島県会津地方に由来し、宮澤同様に東北の農村を原風景のひとつとして持っていることも付け加えておく。

高校からアメリカに留学し、バークリー音楽大学出身の福盛が、敢えてミュンヘンに居を定めたのは、ただひとつそこにECMがあったからだ。2013年のミュンヘンにおける特別展「ECM – A Cultural Archaeology」での座談会でマンフレートに「なぜECMが日本のファンに愛され、財政的にも支えられながら、日本人のアルバムがECMからリリースされることがなかったのか?」と質問をしたことがある。特に感性や文化論という話にはならず、録音のためにオスロやニューヨークに日本からミュージシャンを呼ぶことはコスト的にも時間的にも難しいという点を挙げていたし、自分の耳が届く範囲に確実に責任を持つというマンフレートなりの誠意とも受け取れた。「でも菊地雅章のような優れたミュージシャンが日本にいることは知っている」。東京への距離感を乗り越えないことは残念だったが、児玉桃を見出したのもリガでのアルヴォ・ペルトのコンサートだったし、細川俊夫はドイツでも活躍しヨーロッパで高く評価されていた。ECMからのリリースを夢見た日本人ミュージシャンはたくさんいて、デモ音源をミュンヘンに送った話も聞くが、マンフレートは普通に送られたデモ音源はあまり聴いていないとも推測される。福盛の戦略はこの状況に見事に合致する。

ミュンヘンを拠点に1983年フランス出身のサックスとクラリネットのマテュー・ボルデナーヴ、1961年ドイツ出身のピアニスト、ウォルター・ラングという経験豊富で表現力に富む二人とトリオを結成しライヴを重ね、その評判はマンフレートにも届いたと思う。ここで福盛はECMの聖地とも言えるオスロのレインボー・スタジオでヤン・エリック・コングスハウクに依頼してデモ音源を創るという勝負に出た。1年後の2016年10月、ミュンヘンの音楽大学で行われたリハーサルを観終えたマンフレートは福盛と握手を交わす。2017年3月南仏で録音に入り、マンフレートは4人目のメンバーとしてアイデアを出し編曲にも踏み込み、ときに厳しくときに楽しく共同作業で本作を創り上げた。ECMへの憧れを目標に換えてアルバムを実現した福盛。優秀な人材を擁しながらも世界へのアピール、交流や影響力に限界を感じざるを得ない日本国内ジャズ界。むしろ中国や東南アジアが追い抜いて行く予感さえある。その閉塞感を打ち破っていくモデルのひとつとして、福盛の戦略と心意気は20代の才能たちにとって学ぶべき点が多い。

ECM展の後、マンフレートにサインを求めたら松尾芭蕉の言葉を書き添えて来て、侘び寂びをひとつの理想としていることを知った。彼が日本人ミュージシャンに求めるとすれば、既存のECM的サウンドではなく、日本的な感性と曲であり、日本とECMの結びつきは細川俊夫と武満徹の作品に糸口があり、日本的感性からフランス的感性までを自在に表現し作曲家の心象風景にダイレクトに迫ることができる児玉桃がいた。シンプルな美しさを持つ”日本の歌”と福盛の曲に、3人の表現力と即興を得て、マンフレートが歓びを以て取り組んだことはその流れで説明が付く。

トリオの大切なレパートリーであるサトウハチロー作詞 加藤和彦作曲<悲しくてやり切れない>は今回アルバムには収録されなかったが、のん(能年玲奈)が主演声優をつとめた片渕須直監督映画『この世界の片隅に』で、コトリンゴが歌い日本中の心をつかんだのも記憶に新しい。この曲と<星めぐりの歌>、<愛燦燦>も大友良英プロデュースの「フェスティバルFUKUSHIMA!」と「アンサンブルズ東京」まわりで、坂本美雨&CANTUS、故Rei Harakami、U-Zhaan、七尾旅人、勝井佑二、原田郁子らも交え重要な演奏曲目となっていた。この昭和の歌の感性が平成終盤に求められ、思わずシンクロしていたことも嬉しいし、ヨーロッパで活躍する福盛と大友らがいつか交叉したらとも期待したい。

CDレヴューから脱線して長文にお付き合いいただいたが、『For 2 Akis』は、ECMと日本を巡るさまざまなストーリーの広がりと収束を秘めた特別なアルバムであり、福盛進也トリオをライヴで聴くことをぜひお勧めしたい。また、伊藤ゴローや石若駿らとの共演も楽しみだ。

L+R: © Ralph Philips

L : © Ralph Philips| R:  © Nadia Romanini / ECM Records

 

Shinya Fukumori Trio Live at Unterfahrt on December 15, 2015

【参考文献】
『Way Out West』2018年2月号、Vol.107より
藤岡宇央「BEAT A PATH〜ジャズドラマー福盛進也、ECMデビューへの道のり」
福盛進也「SHINYA FUKUMORI TRIO: FOR 2 AKIS〜福盛進也による解説〜」

小野昌弘「化学本論と宮沢賢治」 大阪市立科学館研究報告 27, 31 – 34 (2017)
http://www.sci-museum.jp/files/pdf/study/research/2017/pb27_031-034.pdf

【関連リンク】
福盛進也 公式ウェブサイト
http://www.shinyafukumori.com/

Walter Lang official website
http://www.walterlang.de/

Matthieu Bordenave official website
https://www.matthieu-bordenave.com/

Shinya Fukumori – ECM Records Website
https://www.ecmrecords.com/catalogue/1511878813/for-2-akis-shinya-fukumori-trio

福盛進也 – ユニバーサルジャズ
https://www.universal-music.co.jp/shinya-fukumori-trio/products/578-8817/

<愛燦燦> 味の素CM (1987)

Toshio Hosokawa | Landscapes (ECM NS2095)
Münchener Kammerorchester / Alexander Liebreich
http://player.ecmrecords.com/hosokawa

Momo Kodama – Point and Line. Debussy and Hosokawa (ECM NS2509)
児玉桃/点と線~ドビュッシー&細川俊夫:練習曲集
https://youtu.be/8oUpO4tv-vo

<星めぐりの歌> 坂本美雨 with CANTUS
https://youtu.be/FWvTXc34-ZU

映画『この世界の片隅に』予告編〜<悲しくてやり切れない> コトリンゴ

<悲しくてやり切れない> 大友良英スペシャルビッグバンド

【JT関連リンク】
『Shinya Fukumori Trio / For 2 Akis』(ECM2574) text by 多田雅則
http://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-24882/

及川公生の聴きどころチェック
http://jazztokyo.org/reviews/kimio-oikawa-reviews/post-25376/

ECM – A Cultural Archaeology (Haus der Kunst, München, 2013)
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report506ex.html

ECM at Winter JazzFest (New York, 2016)
http://jazztokyo.org/reviews/live-report/

『Norma Winstone / Descansado – Songs for Films』(ECM2567)
(マンフレート・アイヒャーの”編曲”について)
http://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-25512/

【ツアー情報】
Shinya Fukumori Trio “For 2 Akis” Japan Tour 2018
Shinya Fukumori 福盛進也(ds), Matthieu Bordenave (ts、cl), Walter Lang (p)

3/31(土) 新宿ピットイン
4/01(日) 岡山・城下公会堂
4/03(火) 大阪・阿倍野区民センター・小ホール
4/05(木) 名古屋・JAZZ茶房 靑猫
4/06(金) 横浜エアジン
4/07(土) 東京 L’atelier

企画・制作 : 株式会社ソングエクス・ジャズ
詳細は;
http://www.songxjazz.com/news/2018/01/294.html

4/8 (日) 東京・千駄ヶ谷 TOT STUDIO(THINK OF THINGS 2F)
THINK OF SONGS #1 『伊藤ゴロー + 福盛進也 コンサート』
http://think-of-things.com/news/2018/03/think-of-songs-1.html

4/9 (月) 渋谷・公園通りクラシックス
福盛進也 drum solo × 石若駿 Songbook trio feat.井上銘
http://ur0.work/J7C1

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神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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