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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 241

#1521 『Patty Waters / 6.12.17』

text by 剛田武  Takeshi Goda

Digital Download  OTOROKU 118

Patty Waters / vocals
Burton Greene / piano
Tjitze Vogel / bass

1. Interlude I (Introduction)
2. Moon, Don’t Come Up Tonight
3. Strange Fruit
4. Interlude II
5. I’m So Lonesome I Could Cry – Sometimes I Feel Like a Motherless Child
6. Don’t Explain
7. Interlude III
8. Natureboy
9. Loverman, Oh Where Can You Be
10. Say Yes – Interlude IV
11. Hush Little Baby
12. Wild Is The Wind

Recorded live at Cafe OTO on Thursday 6th December 2017 by Shaun Crook.

Mixed and mastered by James Dunn.

Photo by Maiken Kildegaard and artwork by Oli Barratt.

https://www.cafeoto.co.uk/shop/patty-waters-61217/

 

伝説と呼ぶには生々しすぎる異端表現者の美学

70年代末〜80年代初頭16・7歳の頃にアンチ・コマーシャルな音楽、特にアンダーグラウンドなロックやジャズに心惹かれた筆者が当時からミューズ(音楽の女神)として崇める女性歌手が3人いる。ひとりはニコ。アンディ・ウォーホールの庇護を受けてロック・バンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナのジャケットの1stアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』に参加したドイツ生まれの女優兼歌手である。もうひとりはアート・アンサンブル・オブ・シカゴと共演した『ラジオのように』で知られるフランスのシャントゥーズ、ブリジット・フォンテーヌ。そして最後の一人がアメリカの前衛ジャズ・レーベルESPに2枚のアルバムを残した謎の白人女性シンガー、パティ・ウォーターズである。三者に共通するのは、時代を超越した自由且つ前衛的な表現者でありながら、他から孤絶した暗黒世界の巫女として霊性を持っていることである。彼女たちの歌は音楽と物語だけでなく、祈祷や呪術に通じる異世界への導きである。

特にパティ・ウォーターズは60年代半ばにたった2枚のレコードを残してシーンから消えたという伝説がひと際神秘性を醸し出し筆者の心を魅了した。奇しくも同時期に入手したESPのバートン・グリーン・カルテットのレコードに心酔していたこともあり、両者がコラボしたパティの2作品『Patty Waters Sings』(ESP Disk ‎1025 / 1966)と『College Tour』(ESP Disk ‎1055 / 1966)には強い愛着がある。ジャズ・ヴォーカリストとしてパティの実力やテクニックがどの程度のものかは判断できないが、1stアルバムのA面の静謐なピアノの弾き語りの深い孤独感と、B面すべてを占める「Black Is The Color Of My True Love’s Hair」の常軌を逸した呻き声や絶叫のヒステリーとの落差には、ジャズやクラシックは勿論、どんなロック・シンガーをも凌駕する衝撃を覚えた。1stアルバムのジャケットの美貌のシンガーが、2ndアルバムではまるで殺人鬼チャールズ・マンソン・ファミリーの一員のような猟奇性を帯びているのも印象的。

ESPのリリースの後、パティは1969年に男児を出産した。父親であるドラマーのクリフォード・ジャーヴィスに捨てられて、パティは育児の為に音楽活動を休止してカリフォルニアに移住する。西海岸各地やハワイの温暖な気候の下で静かに生活していたという。歌を歌うのは家族や親しい友人の集まりだけだったが、1996年にサンタ・クルーズで近所に住んでいたピアニストのジェシカ・ウィリアムズのサポートを得て30年ぶりのカムバック・アルバム『Love Songs』(Jazz Focus ‎JFCD012)を発表。ライヴ活動を再開し、1999年「モントレー・ジャズ・フェスティバル」、2003年ニューヨーク「ビジョン・フェスティバル」とスコットランドの「Le Weekend Tolbooth Festival」、2006年にヘンリー・グライムス(b)とのベルギー/フランス・ツアー等、散発的に演奏活動を行って来た。その間60〜79年の未発表テイクを集めた『You Thrill Me』(Water ‎Water137 / 2004)と2002年のサンフランシスコでのライヴ・アルバム『Happiness Is A Thing Called Joe : Live In San Francisco 2002』(DBK Works ‎ dbk523 / 2005)をリリース、またESPの2枚のアルバムをカップリングした『The Complete ESP-Disk’ Recordings』(ESP Disk ‎ESP 4019 / 2005)がリリースされもした。こうして“伝説の前衛歌手”パティ・ウォーターズへの注目がじわじわ高まっている。

本アルバムは、、2017年12月6・7日の二日間ロンドンのライヴハウスCafe Otoで開催されたパティ・ウォーターズのレジデンシー公演の初日のフル・ステージ85分を収録したものである。ピアノにESP時代の盟友で現在フランスをベースに活動するバートン・グリーン、ベースに1958年オランダ生まれのコントラバス奏者ティッチ・フォーゲルが参加。

実は筆者は昨年12月に10数年ぶりにロンドン旅行した際、この公演を知って予約を入れたが、ロンドン到着日が公演の最終日にあたり、当日飛行機の到着が遅れたため泣く泣く断念せざるを得なかった経緯がある。それだけにダウンロードのみとは言え音源リリースは嬉しい限りである。

(近年欧米ではCD,LP,カセットなどいわゆるフィジカル・リリースよりも、デジタル配信のみで音楽作品が配給されるケースが増えており、従来のようにフィジカル作品を追うだけでは、興味深いリリースを聴き逃してしまうので、配信作品についても積極的に紹介したい。)

コンサートはグリーンとフォーゲルによる即興のインタールードで始まる。60年代にプリペアド・ピアノや内部奏法といった現代音楽的手法で異彩を放ったグリーンのイマジネーション溢れる演奏は、長らくジャズ史から無視されてきたこの異端ピアニストの面目躍如である。拍手の後に入るパティ本人のMCの、予想以上に弱々しい老女そのものの声に驚いた。自作曲M2「Moon, Don’t Come Up Tonight」での音程の覚束ない不安定な歌声に要らぬ心配をしてしまうのも束の間、この歌唱法こそパティ・ウォーターズ独特の心象表現だと気付いた。しゃくりあげるようなヴィブラートで呟く言葉の魔術的パワーは、パティ自身のフェイヴァリット・シンガー、ビリー・ホリデイのM3「奇妙な果実」で存分に発揮され、バートンのピアノ内部奏法によるノイズと相俟って情念が歪み引き裂かれる。曲は切れ目無しにクレジットされていないオーネット・コールマンの「ロンリー・ウーマン」に続く。“寂しい女、なぜそんなに泣くの? バカな女、あなたは一度も愛されたことがない、なんて寂しい女”。おそらくパティのオリジナルの歌詞だと思われる。歌い終わって一瞬漏らす含み笑いに籠められた深い無念に総毛立つ思いがする。再びインタールードを挟んで、ハンク・ウィリアムズのM5「I’m So Lonesome I Could Cry」から黒人霊歌「Sometimes I Feel Like a Motherless Child(時には母のない子のように)」。アカペラで、“家からは遠く離れて死にかけているように感じる”という元曲の歌詞に続いて“時には平和に生きられたはずだと感じる、平和な我が家で”とパティ自身の心の内を吐露する。ベースだけの伴奏で歌われるM6「Don’t Explain」は ビリー・ホリデイの曲。再びインタールード。グリーンとフォーゲルがサン・ラの『Space is the Place』に引っ掛けて会場の狭さをネタに冗談で笑わせる。会場はリラックスしたムードに包まれる。M8「Nature Boy」では“Love Love Love …人生で最大のものはLove ただ愛し愛されることだけ”と繰り返し、狂おしい愛への渇望が歌われる。続いて再びビリー・ホリデイ・ナンバーM9「Lover Man (Oh Where Can You Be)」を歌い終わり、“ここに来れてよかったわ。ご来場ありがとう”と挨拶するパティのか細い声の奥に強固な表現者の意志が漲っているのを感じる。その証拠にピアノ内部奏法で歌われるM11「Hush Baby」、そしてM12「Wild Is The Wind」の咳き込み喘ぎ叫ぶヴォイス・パフォーマンスの衝撃は、伝説などと言う過去の亡霊を吹き飛ばす迫真性に満ちている。

この凄まじいパフォーマンスをほんの僅かな時間差で目撃できなかったことは残念だが、こうしてドキュメントされた音源を聴くことで、生で観るのとは違ったイマジネーションが広がる。いつの日かパティの姿を自分の目で見る時が来たとしても、この日この時だけの一期一会の心象を追体験することは不可能。アーカイヴされた「音源」の持つ想像・創造性喚起力には驚くばかりである。

(2018年4月30日 剛田武記)

Patty Waters – Strange Fruit (Live in Copenhagen, November 8th, 2015)

Recorded @ Jazzhouse in Copenhagen, Denmark on November 8th, 2015.

Patty Waters on vocal, Burton Greene on piano, Barry Altschul on drums and Tjitze Vogel on bass.

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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