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CD/DVD DisksNo. 241

#1524 『カート・エリング/ザ・クエスチョンズ』+『ブランフォード・マルサリス・クヮルテット&カート・エリング/アップワード・スパイラル』

text by Masahiko Yuh 悠雅彦

♪『カート・エリング/ザ・クエスチョンズ』

OKeh / CBSソニー SICP-31140

カート・エリング (voice)
ブランフォード・マルサリス(saxophones)
マーキス・ヒル(tp,flh)
スチュ・ミンデマン(p,hammond B-3)
ジョーイ・カルデラッツォ(p)~Track 4,6,9
ジョン・マクリーン (g)
クラーク・ソマーズ (b)
ジェフ ”テイン” ワッツ(drums)

201710月5日~12日  at Sear Sound  NYC
カート・エリング&ブランフォード・マルサリス(プロデューサー)
クリス・アレン(レコーディング・エンジニア)

♪『ブランフォード・マルサリス・クヮルテット&カート・エリング/アップワード・スパイラル』

OKeh / CBSソニー SICP-31141

ブランフォード・マルサリス(saxophones)
ジョーイ.カルデラッツォ(p)
エリック・レヴィス(b)
ジャスティン・フォークナー(ds)
カート・エリング(voice)

2015年12月16日~19日 at the Ellis Marsalis Center for Music in New Orleans , LA

ブランフォード・マルサリス(プロデューサー)
ロブ ”ワコー” ハンター(エンジニア)


 ことヴォーカル・テクニックに関する限り、ジャズとポピュラーとを問わず、少なくとも今日、この人の右に出るヴォーカリストはいない。その名はカート・エリング。去る1月にはブルーノート東京に出演し、2年前を大きく上回るファンを前にして堂々たる歌唱を披露して喝采を博した。20日のファーストセットで聴いた格別の感動を、私が本紙のライヴ・リポートに書いたことはいうまでもない。感激醒めやらぬ3ヶ月後あのときのライヴで味わった感銘が2倍にも3倍にもなって再び甦ったことを確信させられたのが、この最新作を聴いたときだった。完璧という言い方は決してふさわしくないと知りつつ、正直なところこの言葉以外に本作における彼の唱法を言い当てる表現が見つからないのだ。試しに、ボブ・ディランの隠れた秀作といっていいオープニングの「A Hard Rain’s A – Gonna Fall」(1962年末)を感覚を研ぎすますつもりで聴いてもらえば、恐らく”完璧”という言葉しか思い当たらない私の気持を汲んでもらえるのではないだろうか。試聴する前から予想していたことだが、最初の第1曲でカート自身の最良の表現と飛び抜けて輝かしいヴォーカル・センスが全開する。彼ならではのピアニッシモ表現、巧みな息遣い、歌のドラマティックな運び等々、カート・エリングの唱法のエッセンスがすべて顔を出す。それこそが聴く者を惹きつけて放さないのだ。かつてどんな作品でもフランク・シナトラが取り上げればスタンダード曲となるという神話が、カート・エリングのこれらの唱法で現代に甦ったとさえ称えたくなるほどだ。ブルーノート東京でも然り。あの夜、彼が選んだオープニング曲は何と、ウェイン・ショーターが1964年に作曲してブルーノートでの第6作に吹き込んだ『Speak No Evil』だった。ライヴでは彼の細心の唱法が生むこの魅力(美学と言い換えてもよい)を満喫するのはいたってむづかしいが、モード時代の先駆けとなったモダン・ジャズの名曲を、エリングは鮮やかに現代のスタンダード曲としての風格を湛えて甦らせた。

 そうした例は、故ジャコ・パストリアスが現代に生き続けることを示す最良の作品といってよい「A Secret in Three Views」でも明らかだった。エリングが新たな詞を書いた一事だけでも、この曲への彼の深い思い入れが分かる。ジョン・マクリーンのギター・ソロを受けて披露されるエリングの躍動美が横溢する唱法が実に素晴らしい。敢えていえば、これと続く第6曲の「Lonely Town」が本作のクライマックスといってもよい。この曲は故レナード・バーンスタインが作曲した佳曲ながら余り聴く機会に恵まれないのは惜しい。エリングのこの唱法が他のシンガーたちの注意を惹くきっかけとなることを期待する。ここではジョーイ・カルデラッツォのソロとともに、エリングの洗練されたアーティキュレーションから生まれる詩的な表現とソウルフルな息遣いが生む詩的な感動を称えたい。

 ほかにもポール・サイモンの③「American Tune」での、決して媚を売らないストレートな快唱に身を委ねていると、こうした60年代以降のポップ曲をエリングの高度なアプローチが現代に甦らせている彼独特の感性に感心しないではいられない。ここでのマーキス・ヒルのトランペット・ソロも傾聴に値する。過日、コットン・クラブで聴いたときとはまた一味違った詩的な叙情性が実にいい。その他ピーター・ガブリエルの④、エリング自身が詞を書いたカーラ・ブレイの⑦など一聴に値する曲が全部で11曲。まさに聴きごたえに富む現代最高の(ジャズ)・ヴォーカル・アルバムだ。

 唯一首を捻ったのが⑩「Skylark」。「スターダスト」や「わが心のジョージア」で馴染み深いホーギー・カーマイケルの名曲で、カート・エリングが歌うとなれば期待するのは当然というべきだろう。ところが半世紀以上も前にビリー・エクスタインの名唱が皮膚に染み込んでいる私には、彼のアプローチはいささか不可解だった。エクスタインやエラ、サラの名唱が身に沁みついている悲しさか。さらに時間をかけて聴き込んでみることにしよう。この曲とリチャード・ロジャースの⑧、最後にボーナス・トラックとして入っているアーヴィング・バーリンの⑪が本作でカートが手がけたこの世界の大御所が作曲した作品(スタンダード曲といってもよい)だが、最後の「He Ain’t Got Rhythm」が予想外の快唱だった。

 余白がなくなった。先を急ごう。

 発売元のCBSソニーからは本作と、ブランフォード・マルサリスの新作『アップワード・スパイラル』が同時に送られてきた。ここにもカート・エリングの名が目を射る。日本盤では『ブランフォード・マルサリスとカート・エリング』としているが、米国盤では『ブランフォード・マルサリス・クヮルテット~スペシャル・ゲスト・カート・エリング』。表記上の問題はさておき、本作では③「From One Island to Another」を除く全11曲にカート・エリングが名を連ねている。両作ともブランフォード・マルサリスがプロデュースをつとめている。大きな違いは、本作がブランフォードのリーダー作で、恐らくはエリングと意気投合し合うブランフォードの希望で合作に近い形をとったということになるのではないかと想像する。実際、⑩のようにエリングが作詞を担っている作品もある。それはともかく、ソニー・ロリンズの「ドキシー」のほか、スタンダード曲として「儚い片思い」の邦題もある「I’m a Fool to Want You」と「There’s a Boat Dat’s Leavin’ Soon for New York/ニューヨーク行きの船が出る」(ジョージ・ガーシュウィン作曲『ポーギーとベス』より)が収録されているが、後者が素晴らしい。ブランフォードのソプラノ・サックス・ソロやジョーイ・カルデラッツォのソロも聴きごたえがあるが、何といっても軽快かつ力感を込めたスウィンぎーな快唱を印象づけるカート・エリングのヴォーカルがお見事。

 アルバム自体の出来は圧倒的にエリングの『The Questions』の方に軍配が上がるが、カート・エリングのヴォーカルに焦点を絞って評価を下せば、ことに新たにエリングのファンとなった方ならブランフォードの『アップワード・スパイラル』にもぜひ耳を傾けていただきたい。(2018年4月21日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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