#1530 『ブラッド・メルドー/アフター・バッハ』『ブラッド・メルドー・トリオ/シーモア・リーズ・ザ・コンスティチューション』

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text by Masahiko Yuh 悠雅彦

『ブラッド・メルドー/アフター・バッハ』
Nonesuch/WMJ  WPCR-18004  ¥2,400+税

ブラッド・メルドー (pf)

 

1,ビフォー・バッハ:ベネディクション
2.前奏曲 第3番 嬰ハ長調 BWV848 (平均律クラヴィーア曲集 第1巻)
3.アフター・バッハ:ロンド
4.前奏曲 第1番 ハ長調 BWV870(平均律クラヴィーア曲集 第2巻)
5.アフター・バッハ:パストラーレ
6.前奏曲 第10番 ホ短調 BWV855(平均律クラヴィーア曲集 第1巻)
7.アフター・バッハ:フラックス
8.前奏曲とフーガ第12番 へ短調 BWV857(平均律クラヴィーア曲集 第1巻)
9.アフター・バッハ:ドリーム
10.フーガ 第16番 ト短調 BWV885
11.アフター・バッハ:オスティナート
12.プレイヤー・フォー・ヒーリング

録音:2017年4月18~20日 マサチューセッツ州ワーセスター「メカニックス・ホール」
プロデューサー:ブラッド・メルドー


『ブラッド・メルドー・トリオ/シーモア・リーズ・ザ・コンスティチューション』
Nonesuch/WMP WPCR-17959  ¥2,400+税

ブラット・メルドー(p)
ラリー・グレナディア(b)
ジェフ・バラード(ds)

1  スパイラル
2  シーモア・リーズ・ザ・コンスティチューション
3  オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ(アラン・J・ラーナー/フレデリック・ロウ)
4  ディ・ダー(エルモ・ホープ)
5  フレンズ(ブライアン・ウィルソン/デニス・ウィルソン)
6  テン・チューン
7  グレイト・デイ(ポール・マッカートニー)
8  ベアトリーチェ(サム・リヴァース)
9  ミドル・ゲーム(* Bonus Track)

 


ブラッド・メルドーの新作が2種、ほぼ同時に発売された。

私がメルドーというピアニストに大きな関心を抱き、その特異なピアノ奏法に肉迫したい衝動に駆られたのは、今ではまったく思い出せないほど昔のことになってしまった。初来日演奏がはねたステージ脇の通路で彼と短い立ち話をしたことだけは鮮明に記憶しているものの、それがいつだったかが思い出せないほど彼は今や別世界の巨大な存在となって、多大な影響力を行使するミュージシャンとして活躍している。初めて会った彼の人間的な優しさや温かさがある種のぬくもりとなって私の心のどこかでわだかまっている懐かしい思いとでもいえばよいか。それが彼の素敵な演奏に触れた瞬間、活きいきと甦る。

この2種のCDは上記のデータを参照して頂ければ、おおよそのことはお分かりになるだろう。最初の1枚は、J.S.バッハ作曲の『平均律クラヴィーア曲集』からの前奏曲と、これに対応するメルドーの作品の計12曲とで構成されている。バッハの永遠の名曲クラヴィーア作品は全24曲(1722年、及び1744年)で、どれも前奏曲とフーガからなり、すべての長調と短調を用いて作曲されている。演奏曲でいえば、②(第1巻)、④(第2巻)、⑥(第1巻)、⑧(第1巻)、⑩(第2巻)。このうち②、④.⑥の3曲は前奏曲のみ。⑧は前奏曲とフーガ。⑩ はフーガのみの演奏。これらのバッハ作品に対する返歌の形で、メルドーのオリジナル曲が6曲(③、⑤、⑦、⑨、⑪、⑫)演奏されている。意味がよく分からないのは①の「ビフォー・バッハ・ベネディクション」。バッハ以前の教会における祝祷(祝福の祈り)とすれば、バッハが出現する以前の音楽の形でメルドーが提示し、そして第2曲のバッハの『平均律クラヴィーア曲集』へとリレーしていくと考えるのが自然だろう。ここでのメルドーの演奏は、彼自身の音楽の土台がバッハの偉業によって成立していることを深く認識し、バッハへの深い愛情とともにバッハから出発している現代の音楽家としての喜びと感謝を活きいきとしたタッチで表出しているといっても決して的外れではないと思う。

一方、現代最強のトリオといってよいブラッド・メルドー・トリオの新作は選曲といい、曲想の展開といい、ツーカーで成立する3者の会話といい、私自身は久方ぶりにメルドー・トリオの演奏を耳にしたせいか熱い感涙に浸った。ここでも理解しかねたのが「シーモア・リーズ・ザ・コンスティチューション」というCDタイトル。字義通りなら「シーモアが憲法を読む」。お手上げの態だったこのとき、編集長からメルドーが自身のブログでその謎を明かしているとの助け舟を得た。ブログにはこうあった。<2014年、私は役者のフィリップ・シーモア・ホフマンが私にアメリカ憲法を読んで聞かせているという夢を見た。彼は控えめながら半ば諦めたようなメランコリックな声で、しかし同時に冷静さを装った声で憲法を読む。私はといえば彼の声から発せられる憲法の節を慎重に追っていく。彼の声を追っていくと、彼の奏でたメロディーから”シーモアが憲法を読む”が聴こえてきた。目を覚ますや私はそのメロディーをつかんで放さず、宙に消えてしまわぬうちにその旋律を紙に書きつけた>。それが②の「シーモアが憲法を読む」で、シーモアとは俳優フィリップ・シーモア・ホフマンと分かってほっとした。彼の葬儀の様子もブログで見ることが出来た。

録音は恐らく最初に紹介したソロ録音から間もないころだろう。①、②、⑥、⑨がメルドー自身のオリジナル。そのどれもよく出来た楽曲といっていいが、それ以上にメルドーが何と故エルモ・ホープと故サム・リヴァースの作品を採りあげて演奏したことに感激した。それが④「De–Dah」と⑧「Beatrice」(ベアトリーチェとあるが、ベアトリス、あるいはビートリース)。彼女はテナー奏者故サム・リヴァースの愛妻で、ロフト時代に自身が開いたライヴ店にも愛妻の名を冠した)。サム・リヴァースはともかく、エルモ・ホープがついに甦ったか、と私は思わず落涙しそうになった。彼はコルトレーンが亡くなるほんの少し前(67年5月)に44歳の生涯を閉じた優れた黒人ピアニストで作曲家だった。ブルーノート等のマイナー・レーベルに幾つかのアルバムを残しているが、まさかメルドーによってホープが突如甦るとは思っても見なかった。私にとってこれは奇跡だった。曲はAABA32小節から成るが、グレナディアの素晴らしい2コーラスに続いて、メルドーが満を持したかのようにバップ・ピアニストが突如甦ったかのような熱い5コーラスのソロをとる。

この「ディ-ダー」が屈指の熱演であるのは確かだが、こればかりではない。私が二重丸をつけた演奏はほかに①「スパイラル」、②「シーモア・リーズ・ザ・コンスティテューション」、⑥「テン・チューン」そしてリヴァースの「ベアトリス」。唯一のスタンダード曲③「オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ」も、ウィルソン兄弟の⑤「フレンズ」やポール・マッカートニーの⑦「グレイト・デイ」も決して悪くない(最後の「ミドル・ゲーム」は日本だけのボーナス・トラック)。だが先にあげた①、②、⑥にメルドー及びトリオの演奏の秀逸ぶり、メルドーの音楽的特徴の一端が明快に窺われる。例えば、①ではメルドーの左手が一定のパターンを終始繰り返す(パターン自体は3度形を変える)。ここにメルドーの演奏コンセプトが明快に息づいている。②は3拍子のマイナー曲だが、ピアノの奏でるメロディーにベースが同質の音で呼応し、一方ジェフ・バラードがブラッシュ奏法で両者に対応する繊細なプレイにも強い感銘を受けた。⑥「テン・チューン」での変化に富んだ演奏展開。特に「スパイラル」と同じ左手のパターンに乗って弾きまくるところから、最後のクライマックスのソロ・ピアノまで。思わず聴き入ってしまう。なかんずく互いに異質な右手と左手のリズム性が生むスリルが素晴らしい。冒頭で左手のパターンが提示されるあたりにバッハの影が忍び寄り、やがて演奏が最高潮に達したところでバッハから解放される高揚感が聴く者をエキサイトさせるくだりは、ある意味で本アルバムそのもののクライマックスといえるかもしれない。

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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